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無能賢者と魔法と剣  作者: 秋空春風
第8章 賢者と境域
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説得


医院長から長々と繰り返される話題に辟易しながら相槌を打つ。

表面上は困ったような微笑みを作るだけに留めている。


ここまでこの茶番を見せられていた外野も、幾人かは眉を顰めている。

彼らとてこのウザい部外者に良い感情を持っていないのだろう。

まあ、当然といえば当然だ。

この男、かれこれ数十分は同じ内容の話で粘ってやがるからな。


特に副隊長は明からさまに医院長を睨んでいる。

当人からは見えない位置に居るのをいいことに取り繕っていないガチで不快そうな顔だ。

その目に映る感情は鬱陶しがっているとかいう次元ではないので、もしかすると何か私怨でもあるのかもしれない。


そうやって医院長の話を聞き流しつつ、周りを分析するうちに、私は一つ閃く事があった。

雪久が私を家に拉致しに来た時から抱いていた疑問の答えに至ろうとしていたのである。

確証は無い。

勘違いかもしれない。

だが、きっと合っていると勘が告げていた。


問題はこの思いつきをこの場で医院長に問いただすか否か。

今問うならどう切り出すか。

問わないなら、今日の所は適当に凌いで後日別ベクトルから確認してもいい。


さて、どうしようね。


考えながらヘラりと微笑む。

裏表のなさそうな、人好きのする笑顔だ。

嘘だし愛想笑いだけど、嘘も愛想笑いも私なら息を吐くように簡単に用意出来る。

雪久は苦手だろうけどね。


「申し訳ありませんが、やはり私には荷が重いです。

ですからお断りしたいとーー」

「どうしてそこまで強固に断るんですか?」


医院長がグッと一歩こちらへ踏み込んで迫った。

私が揺らがぬ笑顔であまりに根気よく拒否し続けていたから業を煮やしたのだろう。


ヤキモキしているのはこちらの方だと舌打ちしたい気持ちをグッと堪える。

普段なら近づかれた分下がる所だが、イラついている今は全く引くつもりはない。

寧ろ「おう、言いたい事があるなら言えや」という気持ちで向き合う。


とはいえ攻撃的な態度をとる訳ではない。

首を傾げ、申し訳なさそうな微笑を浮かべるだけだ。

インドの有名な革命家が掲げた"非暴力不服従"ってやつである。


それにしても、こちらが相手のしつこさと物言いにキレるよりも、向こうの忍耐力が尽きる方が早かったようだ。

つまりこの男より私の方が我慢強かったという事だな。

それって私の勝ちってことだね?そうだね?

やったぜ!


ー…うん。

そう自分を元気付けなければやってられない。


さあ、ここからは第2ラウンドだ。


私が意気込みを新たにして目を座らせるのを、正面の男は気付かないまま持論を展開し続けている。


「貴女の協力があれば、瘴気で苦しんでいる人々を救うことが出来るんですよ?

それをーー何の罪もないか弱い人々をーー貴女は見殺しにするとでもいうのですか?」


ドヤッと言い切った男に、私は耐え切れなくなって「フッ」と口元を押さえて笑う。

面白くて笑ったのではない。

所謂嘲笑である。


男はここにきて初めて明確に不快感を露わにした。

その事が嬉しくて、つい心からの笑顔を浮かべてしまった。

私の十分の一でもいい、お前も怒ればいいんだ。


「失礼。

貴方があまりにも愚かな事を仰るので、つい笑ってしまいました」


そう言って如何にも楽しそうにコロコロと笑う。


「…何ですって?」


私の豹変っぷりが凄いので医院長は怒りよりも戸惑いが先に立ったらしい。

どうやら困惑している様子である。

私はそれでも高圧的な態度を改めない男の真正面に立ち、背筋を伸ばして真っ直ぐ向き合う。


「先程まで私に仰っていたことを、貴方は聖女様にも仰ったのですね」

「それがなんだと言うのですか」


ああ、やっぱり。


鼻息荒くそう言い放った男に、私は最高の笑顔を向ける。

先程チェルシーを泣き止ませようとして用意した優しい笑みと同レベルの完成度を誇る笑みを。

但し、こちらは一切の感情を乗せていない。

石膏像の様な、ツクリモノの笑みだ。


絶対零度の笑顔に狼狽える男を無視して私は口を開く。


「ここまで黙って聞いておりましたが、貴方は何がしたいんです?

ちゃんとご自分の目的を把握していらっしゃるのかと問い質したくなる程稚拙な言論を披露していらっしゃいましたけど。

医院長様、貴方様はそもそも説得というのがどういうものなのかを理解していらっしゃいますか?

説得とは言動などの働き掛けによって、相手に思想や行動を差し向けるためのものです。

相手をその気にさせてその行動を遂行させる為の言葉を用意していただかなければ、貴方個人のワガママをがなり立てているのと変わりません」

「そっー!」

「ああ、返事など必要ありません。

貴方が私の返事など必要としていらっしゃらなかったのと同様に、私も貴方の返事など必要ありませんから」


私に対して一々食い気味に返事をしていた事に対する嫌味である。


微笑みかけると「ぐっ」と、息を詰めた。

その隙を逃さず、言葉を続けて黙らせる。


「今回貴方が私に希望するのは"妖界と接する地域に行って慈善活動をして欲しい"ということですよね?

ハッキリと申し上げましょう。

嫌です。

お断りします」

「…沢山の人々が、今も尚苦しんでいるのですよ?」

「だからなんだというのです?」


なんでもない事のように笑い飛ばす。


「貴方ならご存知でしょう、あの界隈にいる連中は分かっていて危険地帯に住んでいるのだと。

そう、好きでその生き方を選んだのですから、好きに死ねば良いのです。

私の知ったことではありません」


あんまりな私の言い分に、雪久が何か言おうとしているのを察知して遮るように言葉を続ける。


「そちら様の都合でこの国に喚び出されてからこの一月と少々の間に、私が何度死にかけたと思っていらっしゃるのですか?

それについて何の補償もしていただいた事もありませんよ。

貴方方とて、私が死んでもどうでもよろしいのでしょう?

そういう態度で今日まで対応されて参りましたわ。

でもこれで構いませんし、何もいりません。

責め立ても致しませんわ。

ただ、私も貴方方をどうでも良いと思う、というだけです。

そもそも私と瘴気被害者の間に一体どんな因果関係があると言うんです?

彼らを助ける事に何のメリットがあると?

どうか私に教えてくださいませ」

「…可哀想だとは思わないのですか?」

「可哀想!?」


私は楽しそうにケラケラと嘲笑った。

本当は全然楽しくないけど。


事の経過を見守る周囲は少々怖がっているようだが、知ったことではない。


「傲慢ですのね。

貴方の思う通りに周りが動けば全て救われると、本気で思っていらっしゃるのですか?」

「少なくとも、貴女が現場に行けば救われる命があるでしょう」

「ありませんよそんなもの」


ここまで突き離してもまだ取り縋る男に対して、流石に眉を顰める。


「私が誰なのかご存知ですか?」

「賢者様でしょう」

「なんだ、知っているじゃないですか。

なら、無能賢者に対する世間の認識がどんなものかお分かりでしょう。

そして境界の人々の事をもう少し無い頭を使って考えて下さいませ。

想像してください。

生きるか死ぬかの瀬戸際で苦しむ人々の阿鼻叫喚の生活と、それによって彼らがどれだけ心をすり減らしているか。

物資の枯渇した場所で物を奪い合う殺伐を。

神経を研ぎ澄ませて死と隣人に怯えながら生きなければならない人の気持ちを。

想像してください。

得体の知れない人間の、得体の知れない治療を、彼らが素直に受け取ると本気で思われますか?

無理無理。無理ですね。

人間が皆貴方や聖女様のように頭の中に花が咲いている訳じゃないんです。

もう何も奪われたくないんです。

赤の他人なんて信用できる訳ないじゃないですか。

それが赤の他人どころか、無能な賢者ですよ?

そうでなくとも八つ当たり紛いに恨まれてるっていうのに、絶対無理ですよ。

どうしても私に救わせようっていうなら、全員気絶させて勝手に治療して逃げて来いというならまだ可能性はありますかね」


「あら、良いことを思いつきました」と、態とらしく明るい声をあげる。


「貴方が行けばよろしいわ。

病院の医院長先生で、貴族様で、回復魔法使いなのでしょう?

少なくとも私よりは信用があるではありませんか」


ハッ、と吐き捨てるように笑う。

そのままどうでも良いという風に振る舞いながら、難しい顔になって唸る医院長を観察する。


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