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無能賢者と魔法と剣  作者: 秋空春風
第8章 賢者と境域
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手品


「おーけーおーけー、分かったよ。

それじゃあこうしよう」


胴に回されたチェルシーの細腕をべりっとはがす。

引き剥がした手を離すと、脱力してへにゃりとその場に泣き崩れてしまった。

寧ろよくさっきタックルなんて出来たなと感心する程の脱力っぷりだ。


正面で向き合う形でしゃがみ、目の高さを合わせると泣きながら私の目を見上げた。

涙目をしっかり受け止めて、最高レベルの愛想笑いを浮かべる。

戸惑う彼女の両手をそっと掬い上げ、更にニコッと微笑んだ。


「お手を拝借してよろしいですか、お嬢さん?」


嘘くさい程優しく、歌劇のように大仰に言って膝を曲げて身を屈める。


「ふ、…え?へっ?」

「失礼」


断りを入れてから横抱きに抱き上げる。


「きゃあ!?」

「はいはい大丈夫ですよ」


雑に宥めながらベッドまで運びレヴィンの足元に座らせた。


そのまま身を屈め、彼女の目の前に右手を寄せヒラリと返す。

と、摘んだ指の先に一輪の花がポンと咲いた。


背後から「おお」とか「わあ」などと感嘆符が聞こえ、目の前ではキャンディちゃんが両手で口元を押さえて目を見開いている。

好感触を得られたようで私は大満足である。


特に蒼龍の嬉しそうな悲鳴といったらない。

彼はこういうロマンチックな演出が好きだから、今頃私の後ろで頬を染めてでもいるんだろう。


喜んで貰えたのは良かったが、お披露目が蒼龍相手でないのは少し残念だ。

何を隠そう本来この手品は蒼龍の為にタネを仕込んでいたのである。


魔法ではなく手品なので、花は一本一本お手製の造花だ。

魔力を使わない小手先の一芸なので、魔力の流れを見て相手の行動を予測するタイプの人は他の人よりびっくりするだろう。

蒼龍もその1人である。


キャンディちゃんは震える手で花を受け取ると、消え入るような声で「ありがとうございます」と言って再び泣き出した。


まだ泣くのか。


どうやら「びっくりさせて泣き止ませよう作戦」は失敗のようである。

これはもう処置無しだと匙を投げた。


お前がどうにかしてくれよという気持ちを込めてレヴィンを見ると、レヴィンはジッと私を見つめていた。

思わず見つめ返す。


その目はこの状況を見ているというより、"私"を見ていた。


「お前は…」

「ん?」


レヴィンは何かを測るように、自分の中の疑問に答えを求めるように、マジマジと私の目を見つめてくる。

そんな目をされたら嫌でも気づく。


ああ、これは"治し過ぎた"みたいだな、と。


「…おはよう、レヴィン君。

ご機嫌いかがかな?」

「…」

「おーい、無視かい?」

「…」

「…」

「お二人さんーー」


無言で向き合う我々に、業を煮やした隊長が見兼ねて声をかけようとした時、コンコン、とノックの音が聞こえた。


「はい」と言って応じたのは副隊長だ。


現れた男に目を向ける。

パリッとした白衣を纏った中肉中背の初老男性である。


「こちらに治療に協力して下さった方がいらっしゃると聞いたのですが」

「ああ、私です。

何かございましたか?」


副隊長に投げっぱなしは悪いなと思い名乗りを上げると、白衣の男がパッと嬉しそうにこちらへ身体ごと向いた。

その獲物を見つけたかのような動作に苦い気持ちになるが、どうにか表に出さないように儀礼的な笑みを顔に貼り付ける。

相手が友好的な笑みを浮かべていたので、私も穏やかな微笑みで受け応えする。


心中では舌打ちをしたい気分だった。


チラと眼をやれば、白衣の背後には案の定トーマスが申し訳なさそうに立っている。

彼は私の責める視線に気づくと「すいません、逃しました」とジェスチャーをした。


交渉中に相手に逃げられた、というところだろうか。

歴戦の商人なのだから、もう少し頑張ってほしいところである。


…いや、彼の事だ。

もしかすると説得が難航した為に態と私の所へ誘導した可能性もある。


まあなんにせよ、こうなっては仕方がない。

前向きに考えようじゃないか。

後日自宅へ押し掛けられるよりかは、今ここで決着をつけておいた方が面倒がなくていい。


そう自らに言い聞かせてはみたものの、彼の話は聞けば聞くほどしょうもなかった。


話す内容といえば、長々と今回の件について誉めそやすものばかりで反応に困る。

いや、困るというよりかは何の感慨も湧かないというのが正しかった。


そもそも言動や態度からして、なんかもう色々と思惑が見え透いている。

例えば、私に医療用魔法陣を描かせたいとか。

後はなんとか私を瘴気対策に参加させようとしているのも分かる。


なんやかんやと煽てあげ、自分の思うように相手を動かそうとする人間など掃いて捨てるほど存在する。

今まで数えきれない程そういう大人を捌いてきた上、かくいう自分もその一人なのである。

相手の手の内など既に知れているし、彼はその中でもかなり拙い技術しか持ち合わせていない。


まともに取り合う気にもならず、何か言われる度に社交辞令でちぎっては投げ、ちぎっては投げし続ける。

褒められる度に相手を持ち上げ、何かを提案される度に"謙遜"という名の拒否で撃ち落とすのである。


言質など取られないように一言一言を厳選し、それでいて相手を相手自身の言葉で追い詰めるように誘導する。


まあ、言うなればいつもの舌戦だ。

慣れている。


これもDVネグレクトな癖に次から次へと問題事を家に持ち込んでいた両親のおかげとも言える。

独りで生きていた頃は逃げ隠れして耐えるだけだったが、雪久が生まれてきてからは死ぬ気でーーいや、どちらかといえば喰い殺す勢いでーー抗ってきたから、それ相応の対応力を身につけることができたのだ。


雪久の夢を壊したく無い一心で、両親については色々とオブラートに包んだ言い方でしか伝えてないから、あの子には口が裂けても言えないけど。


そんなこんなでクソガキの頃から大人を相手取ってやりあってきたのだ。

今更この行為に関しては特に思う所はない。


だが一つ文句を言ってもいいだろうか。


ここでおっ始めるなよ、クソジジイ!

病み上がりがいる病室なんだから遠慮しろ!


これに尽きる。


勿論私は席を移すことを提案したが聞き流され、無理に連れ出そうとしても笑って応じる気配がない。


一瞬ぶちのめして部屋から引き摺り出してやろうかとも思ったが、奴が貴族であろう事を考えるとそれは下策が過ぎるだろう。

笑顔を歪める事は無いが、こめかみにバッテンを浮かべてフルフルと耐える。


こうもあからさまにこちらの言い分を無視して自論を展開されると流石にイライラするものだ。

適当にあしらってご帰宅願おうと思っていたが、ここまでされると一矢報いてやりたくなってきた。


チラとトーマスに視線をやる。

私の目つきで心象を察したらしいトーマスは苦笑を浮かべた。

私へ向けて「ほどほどでお願いします」と動作で訴えてくる。


その動作と、恐らく交渉中に部屋を飛び出してここにやって来た横暴をトーマスが咎めきれなかった経緯を考えると白衣男の地位の高さが伺える。


それなのに振りかざすのが権力や財力じゃなくて"正義や善意"?

…ああ、嫌いだ。


とりあえず少しでも情報を得よう。


医院長へ相槌を打ちつつ、隙をついてトーマスへアイコンタクトを送る。


トーマスに視線を向け、白衣男を上から下まで視線を這わせる。

そうして再びトーマスへ戻して問うように視線を向ければ、私の意図を理解したようで頷いた。


トーマスは病院の備品に書いてある国章を指差してこちらを見ると、左手の甲をこちらに見せて人差し指差す。

一度左手の親指を隠すと今度は中指を指した。


一呼吸おいて2つ目のハンドサインは、まず床を指差し、それから先程と同じように今度は親指を指した。


トーマスが伝わっているかどうかを確認するように私を見た。

私が瞬きと笑顔で理解したことを伝えると、彼は微笑んだ。


ふむ、なるほど。

公爵家の次男坊でこの病院の院長様か。


この国では親が存命のうちは親よりも上の爵位に着くことができない。

ということは、恐らくこの男は子爵くらいか?

しかも希少な回復魔法使いの家系ときたら宰相閣下に近い地位の御家柄だということになる。


ふむ、良いご身分だな。

どうりで自己中で偉そうなわけだ。


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