見舞い
お茶をしながら雑談に花を咲かせていると伝令係の人がやってきた。
事務なのか白衣は着ていないようだが、口ぶりからして彼が病院関係者なのは間違いないようである。
その言によれば、レヴィンが目覚めたとの事。
そして治療の協力に対する謝礼と、魔法陣について上司が交渉したいため一席設けて欲しい旨を伝えて来た。
うわぁ…、やっぱりそう来たか。
だが大丈夫。
既に対応担当がここにいるのである。
勿論交渉の方はトーマスに任せ、我々は病室へと向かった。
部屋へ向かう道中ーー階段を上っているまでは良かったのだが、上ってすぐの辺りで嫌な予感がしてピタリと立ち止まった。
病室のかなり手前の廊下を歩いている時点で既に室内から騒いでいる声が聴こえているのである。
重い足取りを引きずって数歩進むが、泣き声や宥める言葉が聞こえたあたりで私は回れ右をした。
そのまま帰ろうと試みたが、すぐ前を歩いていた雪久にバレて捕まった。
掴まれた腕を振り解くのもなんなので控えめに抗議の目を向けてみたのだが、離してくれそうに無い。
「ほら止まるな」
「いや、なんか元気そうじゃん。
私はもう用済みっしょ?帰っていい?」
「いやいや、ここまで手出しておいて、本人に何も言わずに帰んなよ」
「いやいやいや、家族水入らずを大事にしてあげたいな?みたいな?」
「御託はいいからキリキリ歩け」
「…うぃーっす」
嫌々歩いていたら、いつのまにか雪久が駆け寄って来て後ろに回り込まれていた。
両肩を掴まれて押され、強制的に速く歩かされる。
せめてもの抵抗で体重を掛けるが、残念ながらあまり効果はないようだ。
私が無駄な抵抗をしているうちに、先行部隊は部屋へ到達していた。
代表で隊長がノックをして戸を開ける。
「入るぞ」
「隊長!」
「目が覚めたか」
室内から聞こえた誰かの呼び声が震えている。
皆が入るのを見送ってから中をそっと覗けば、そこではほぼ予想通りの光景が繰り広げられていた。
レヴィンとその仲間達がわーわーと騒いでいるのである。
あの愉快な仲間達の名前は階下での雑談で聞いているので今はまだ覚えている、大丈夫だ。
明日まで覚えているかは分からないけど。
少し遅れて来たからか、こちらに目を向けている人間はいない。
今のうちにと、足音を顰めて室内に入った。
渦中の真ん中にいるために一際目に付くのはレヴィンである。
レヴィンはベッドの上で半身起こして座っており、両サイドをチェルシーとルースの2人に抱きつかれている。
どちらもめちゃくちゃ泣いているので、何か言っているようだが内容は判然としない。
兎に角喜びを表しているのだけは伝わってくる。
レヴィンは抱きつく2人の頭を優しく撫でている。
寝起きのせいかぼんやりと疲れた顔をしていたが、なるほど、その目は確かにしっかりしていた。
視線をキョロキョロと彷徨わせている様子からして、意識ははっきりしているようだが状況をきちんと理解出来ているかは少し怪しい。
2人の事を撫でているのも、もしかしたら無意識のうちにしている行為なのかもしれなかった。
ベッド脇にはラトとボヤンがホッとした様子で立っている。
レヴィン達に話し掛けたり、見舞い連中と言葉を交わしあったりする事もあるが、どうにも言葉少なだ。
きっと自分の感情を咀嚼して嚥下している最中なのだろう。
もしくは激情を抑えているか。
どちらにせよ、私にはついていけそうにない。
あまりの温度差に私はどこか呆然と室内を眺めていた。
私にしてみればこれ以上無いほど近づき難く感じているのに、他の面々はそうではないらしい。
わらわらと歩み寄っていき、遠慮なく話し掛けている。
見舞い客の中で目立つのは、物理的に大きい隊長と視覚的に鮮やかなアーさんーーアーチボルトのことだーーだろう。
アーさんは基本的に無言なので隊長の方に視線が向いた。
「レヴィンはもう大丈夫なんだな?」
「…ええ。
数値も安定して、いるそうです。
調子も、いいみたい、で」
問われたラトが途切れ途切れに答える。
平静を装ってはいるものの、声が震えていた。
「そうか」
どうやら責任を感じていたらしい隊長が重い息を吐いた。
「無事で良かった」
「っはい」
「すまなかったな」
「いいえ」
隊長がフッと笑い、答えたラトの肩を労うようにポンと叩く。
叩かれた方はサッと顔を背けてしまったが、叩いた方は穏やかに微笑んでいた。
命のやり取りをする仕事だからな。
こういうことも少なくはないのだろう。
その隊長をするなんて心労は計り知れないだろうに、この大っきい人はすごいな。
少なくとも私はそんな仕事は無理だし嫌だ。
仕事仲間とはビジネスライクでドライな関係でなければやってられない。
そうでなくとも私は他人に気を遣いすぎてしまうタイプのコミュ障なのに、仕事仲間にまでその一人一人に一々感情的になんてなっていたら疲れ果ててしまう。
やはり他人とは一定以上の距離をおくに限るな。
私は最後尾を陣取り、その後も繰り広げられる"感動の再開"ってやつを遠巻きにぼんやりと眺めた。
あの連中に存在を捕捉されたら、レヴィンのように群がられてるのかと思うと混ざるどころか近く気にもならない。
盛り上がってるなぁと他人事のように思っていると、不意にチェルシーが顔を上げて目が合った。
「!」
「あ、やべ」
彼女は一拍置いてから私の存在を認識したらしく、ハッと勢いよく身体を起こした。
その後の展開を予知した私はすかさず踵を返し逃走を図った。
が、直ぐにタックルを背後からもろに受けてよろめく。
「ぐっ!?」
あまりの勢いと逃げかけの所を突撃されたことも相まってすごい負荷だった。
なんとか踏みとどまったが、私じゃなかったら今のタックルで引き倒されていたんじゃないだろうか?
これが話に聞くラグビーというものか…ってなんでだよ!
そもそも、病室を一歩も出る間も無く捕まっただと!?
間に沢山人がいたっていうのに!?
控えめでドーリーな見目をしている癖に凄い運動神経良いな!
「ちょっ、チェルシーちゃん?
落ち着いて…」
「うっ、うえ、あり、ありがとう、ご、こざっ、うえっ」
「うんうん、分かった、分かった。
大丈夫だから。
ね?ほら、良い子だから離してくれるかい?」
「う、ううー、う、うえ、あり、ありがっ」
「……うん…」
あああ…、精神力が削られていく…。
感謝しているなら是非ともこの心身共に疲れている我が身を労って欲しいのだが…。
文句を言おうにも、泣いている少女は会話できる状態では無さそうである。
私は意思疎通を図ることを早々に放棄する事にした。
とりあえず泣きやませよう。
そして隙を見て誰かに押し付けよう。
そうしよう。