商売人
私と一緒に第五部隊の会話を眺めていたトーマスがフッと此方に視線を寄越した。
「それで、新しい魔法陣とは?」
「…ああ、何でやってきたかって、そういうことですよね」
どうせ雪久と蒼龍から事のあらましを聞きやって来たのだろう。
新しいものがあると聞けば確認せずにはいられない。
何故ならーー
「はい、金儲けの匂いを感じ取りました」
「お、おう…。
予想はついてたけど、やっぱり案内人としての義務感だとかではなくそっちが理由でやって来たんですか」
トーマスが私の若干ドン引きに気づかない筈はないだろう。
気付いていながらスルーしているのだ。
それを察して微笑む。
「ううむ。
何というか、貴方もブレませんね」
「ええ、商売人ですから」
トーマスも私へニッコリと笑顔を返すが、その目が怖い。
目を輝かすーーというよりギラつかせて続ける。
「それにヨシカさんに取り繕っても意味無いでしょう?」
「まあ確かに」
だから嘘をつかずに素で対応しているとでも?
…それこそ嘘くせえ。
まあいいけど。
「えーと、じゃあ商談とか吹っ掛けられたらその時はお任せします。
魔法陣の方はペンネームでよろしく」
「了解です。
それで物の詳細は?」
「はいはい」
問われてここまでの経緯と魔法陣の概要を説明した。
一通り聴き終えたトーマスは至極真面目な顔で考えているようだ。
「”魔石に溜めた魔力を人に付与する魔法陣”、ですか」
「まあそんな感じです」
「これはまたすごいものを…」
「うーむ、そうはいってもなあ」
感心しきりといった様子で顎を撫でるトーマスから視線を外し明後日の方向に目を向ける。
確かにこれは新しい魔法陣ではあるし、瘴気対策に一石を投じるものかもしれない。
だが、使用に当たっての条件がかなり厳しいのだ。
治療以外へ転用は難しい。
用途はかなり限られるのではないだろうか。
それに魔力と妖力を消す方は私の固有能力だから、これだけではいまいち即効性は無いだろう。
「調整が難しいので素人には勧められませんよ。
医療用魔法陣の一つって感じになりそうですね。
回復系魔法使いでない人物にも使用できないわけではありませんが、各種計器をフル活用し尚且つ本人の調子をうかがいながらでお願いしたいですね。
一度に沢山供給しすぎると体調不良を起こしますし、逆に少なすぎると意味が薄い。
そしてその供給可能スピードは個人差がすごくて、体調などにも左右される。
極めつけは供給途中にも変化するってことです」
じわじわと感情が高ぶっていき、最後は声を潜めつつも喚いていた。
それくらいあの過保護な回復魔法使い2人が面倒だったのだ。
私がレヴィン一人の為に何回数値を計算して、何回魔法陣を書き直したか!
あの過保護な治癒魔法師どものクソ過保護っぷりも相まってホントもう、めちゃくちゃ大変だったのだ。
正直言って相手がレヴィンじゃなかったらあんな面倒くさい条件で作業なんてやってられない。
そうだ、明日は休みにしよう。
「身内なら兎も角、私は赤の他人の治療に当たる気はありませんからね。
もし国がこの手段を用いるなら、以後は他者を頼っていただきたいです。
患者さんも私では嫌なはずでしょう?」
以前雪久にも言ったがこの世界は魔力至上主義者が多いようだからな。
能力も魔力も無い私には触られたくも無いという人間層が都市田舎関係なく一定数いるのである。
私だってそんな奴の相手はゴメンだ。
「あーなるほど。
うーん、じゃあ魔法陣は数がいるなあ」
私の嫌味に眉一つ動かさずトーマスは顎を撫でている。
その余りの生返事っぷりに不満を抱いた私は「むう」と唸った。
彼みたいに図太い神経をしていなければ大商人なんてやってられないのかもしれない。
「それだと実用化するなら複数枚1セットにすべきでしょうか。
予め少しずつ数値をずらした魔法陣を用意することになりそうですね。
それで状況によって使い分けるのがいいと思うのですが、どうでしょうか?」
「…書く方が大変じゃないかな?」
「そのあたりは頑張ってもらうことになっちゃうんですけど…」
そう言ってトーマスは申し訳なさそうに眉尻を下げるが、私は口を尖らせてジトリとした視線を彼に放った。
あれはほぼ演技、単なるポーズであることは既に割れている。
トーマスも私にバレていると分かっていて、それでもやるのだからタチが悪い。
いや、ある意味商人として正しい姿勢なのかな?
多少あざとくとも明確に立場を示す事こそ商談の場では必要なのかもしれない。
何となく分からないでは無い。
彼の態度と言い分は分かるが、正直乗り気になれないというのが本音だ。
あの魔法陣を書くのは一枚だけでも大仕事なのである。
一枚でブランケットくらいの大きさがあるのに、書き込む必要のある文字数と幾何学図形はビッシリあるからだ。
今回は一枚の完成品を一部書き換える事によって対応していたから最小限の作業量で済んだが、彼の言うように複数枚書くとなればそうはいかない。
全パターン一から全て書かなければならない。
それを数枚で1セット。
しかもそれらの仕事を1人で全て賄えだと?
嫌過ぎる、というか無理。
「これの権利売るんで、別の方に書いてもらってくださいよ」
「いやあ、無理ですよ。
前も言いましたけど、こんな大掛かりな魔法陣を書ける人なんてそうそういないんですって。
縦しんばいたところでヨシカさんじゃないんです。
一枚書くのに数ヶ月必要だったりするんですよ。
数揃えようと思ったら何年かかることか」
困った顔で「お願いしますよぅ」と首を傾げて言ってくるおっさんに、更なるジト目で返す。
あざといのが許されるのは少年少女、美女までである。
四十路のおっさんではアウトだ。
全然可愛くない。
暫し睨んで不満を露わにしたが、彼に当たっても仕方がない。
私はこういう展開になる事が分かっていてレヴィンを助けたのだ。
自業自得である。
私が仕方ないなぁと溜め息を吐いたら、トーマスが嬉しそうに微笑んだ。
あのね、私まだ了承してないよ?
「分かりました。
でも程々でよろしくお願いしますよ?
あんまり多いとボイコットしますからね」
「了解です」
私の大袈裟な言い方にトーマスはひどく軽い調子で了承する。
そんな自分達の茶番地味たやり取りに、思わず微苦笑を浮かべる。
仕事を受ける気でいるのに拗ねて見せる私と、私が仕事を引き受けると確信しつつもご機嫌伺いをするトーマス。
無駄とも思えるこの茶番劇は滑稽な気もするが、ある意味良いコンビのような気もする。
まあ、どうあがいても私とトーマスはビジネスパートナーの域を出ないだろうけどね。
良く言っても友人か。
トーマスが…友達…?
うーむ、しっくりこない。
やっぱり仕事仲間だな、うん。