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無能賢者と魔法と剣  作者: 秋空春風
第8章 賢者と境域
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留守番


それにしても静かだ。


病院の診察時間は既に終了しているため、食堂で独りでいると物寂しさが身に沁みる。

壁を挟んだ向こう側には救急外来があるので遠くくぐもった騒めきは聞こえるものの、逆にその完全ではない静けさが侘しい様子を演出していた。


何故独りで病院一階にある寂れた食堂にいるかと言えば、留守番を強いられているからである。


私以外はそれぞれ役目を果たしに奔走している。


13班+αはレヴィンの病室に付きっきり。

雪久を除いた12班は買い出し中。

当の雪久は蒼龍と2人でミズガルド商会へ行ってもらっている。


ミズガルド商会に行ってもらったのは他でもない。

何種類も魔法陣を書いたせいで資材不足だからだ。

場合によっては私が魔法陣を書く必要が出るのなら、念の為に予備資材の用意は急務である。


なんなら私も彼らに同行し隙を見て逃げたかったのだが、それは叶わなかった。


なんで逃げたいかって?

そんなの面倒事が起こる事が目に見えているからだよ!


まずレヴィンが目を覚ましたら第1の面倒が私を襲うだろう。

絶対に間違いなく各方面から御礼攻撃を食らう羽目になる。


涙ながらに手を取られたりなんかしたりして?

誠心誠意の謝辞を受け取る?

ーーそんなの背中がぞわぞわする。

咄嗟に嫌味か愛想笑いを言ってお茶を濁してしまう予感しかしない。

ああ、嫌だ、逃げたい、切実に逃げたい。

でもレヴィンを置いて逃げ辛い。

辛い。


そしてそれだけで面倒事は終わりじゃない。


謝辞で精神力を削られた後には別勢力に対応しなければならないだろう。

「新しい魔法陣を使って瘴気治療に協力しろ」とか圧力をかけられるに決まっている。

だが赤の他人の治療など私にとって優先度は低いのでやる気があまり出ないのだ。


この魔法陣を知識提供するだけで済むのなら一向に構わないが、どうせそれだけでは済むまい。

何せ複雑な魔法陣は書ける奴があまりいないそうなのだ。

作業協力も要請されるであろうことは想像に難くない。


うむ、面倒くさい。

多少なら良いが、そればかりを義務かのように要求されたらうざい。

ウザすぎる。

前段階で精神力を削られていることと相まってえげつない事を沢山言って牽制してしまいそうだ。


人命救助に対する助力を請求されてぞんざいな理由で断ったりなんかしたら、雪久からキツい苦言を呈されるのは避けられないだろうな。

誰に対して言われるのかって、もちろん私が。

ーー何で私が弟に叱られなきゃならんのだ!


「ただいまー!」


独りで勝手に想像して勝手に憤慨していると、不完全な静けさの食堂内に元気な声が響いて聞こえた。

正面入り口の方を見ると買い出し組が帰って来たのが見える。


「おかえり」


買い物袋をガサゴソさせながら近づいてくるミッキーに声をかける。


彼の素直な笑顔はなんだかわんこを彷彿とさせる。

セピア色の髪色とパッチリした目、真っ直ぐ元気な性格もあってることからしてポメラニアンかな?

うーむ、考えれば考えるほどぴったりだ。


私が座っている隣にポメ君が座り、続いてやってきたノエルと赤髪君もそれぞれ腰を下ろした。


「はい!ヨシカさん!」

「ありがとう」

「オレンジジュースでよかったー?」

「勿論!」

「これなんだけどね、俺のオススメなんだ!

ここのお店のやつが一番美味しいんだよ!

果肉が入ってて、甘過ぎず酸っぱ過ぎない完璧なバランスなんだ。

店内もめっちゃオシャレだし、オススメだよ!」

「おお、そうなんだ」


笑顔で受け取るとミッキーも嬉しそうに笑ってくれた。

よし、褒めて褒めてーという言外の要求に応えてあげよう。


「確かになんか容れ物もオシャレだし、輪切りオレンジが浮いてて可愛いね!

みっ君は物知りだな」

「えへへー」


一口飲んで美味しい旨を伝えるとミッキーは更に自慢げになった。


その後も話が弾む。


結果、後日王都案内がてら雪久と蒼龍を伴って出掛ける話が上がって、私は一も二もなく了承した。

おすすめスポットをいくつも紹介してくれると聞いてとても楽しみに思ったが、ミッキーに伴われて行った後は二度と再来出来ない予感がする。

それくらい私は方向音痴なのである。


あ、蒼龍と一緒に行けば良いのか。

あの子はびっくりするほど記憶力がいいからな。


蒼龍の記憶力は本当に凄いのだ。

きっと私が教えてあげられることなんてあっという間になくなってしまうだろう。


私から学び尽くして、魔道具が無くても暮らしていけるようになって、一緒にいる人間が私以外の誰かでも良くなった時。

その時あの子はどうするのだろう。

まさか宣言通り本当に私とずっと一緒に居るわけでもあるまいし。

貴族の一人息子である以上、父親の跡を継ぐのかもしれない。

私に付いてくるよりも絶対にその方がいいと思うのだが、…どうなることやら。


「師匠!」


噂をすればーー考えていただけで噂はしてないけどーー、蒼龍の嬉しそうな声とともに駆け寄ってくる足音が聞こえた。

買い物袋を広げてパタパタと駆け寄ってくるすがたは実に微笑ましい。

思わず"はじめてのおつかい"を連想してしまう。


「ただいま戻りました!」

「おかえり」


パッと買い物袋を広げて見せ、指差し数えて購入品目を述べていく。

全て言い終えると顔をあげてドヤ顔を披露する。

ミッキーに続いて本日二度目の褒めて褒めてーという顔だ。


お礼の言葉と共に抱き締めて頭を撫でると、私の肩口ではにかんでいる。

私がはぐはぐナデナデと美少年を堪能していると笑う低いバリトンボイスが響いた。


「仲が良いのは良い事だ」

「あ、隊長」


蒼龍をそっと解放してそちらを見ると、見知らぬ人物が2人。

雪久の背後から歩いて来ていた。


その更に後ろからトーマスがハの字眉毛の微笑でやってきていた。


「あれ、トーマスさんも来たんですか?」

「ええ」

「…ああ、なるほど」


恐らく金の匂いでも嗅ぎつけたのかな。

元より新しい魔法陣についての面倒事は彼に任せるつもりだったので呼ばずとも居るなら有り難い。


「その件はよろしくお願いしますね」

「はい」


2つ返事か。

頼もしいね。


彼はさて置き見慣れぬ2人に目を戻す。


2メートルはあろうかという巨漢とパッツンボブの真面目そうな中肉中背の男だ。

服装からして第5部隊の人間だろう。

隊長と呼びかけた人物がいたから、恐らく隊長と副隊長か。

その予想は当たっていたらしく、自己紹介と共に礼を言われた。


私の頭では既に彼らの名前は頭に覚えられそうにないが、ーーというか今日新規で出会った人達の名前を頭に留めていられる気がしないーーともあれにこやかに自己紹介を返した。


彼らのどこかほっとした様子を見るに、雪久達からレヴィンの事を聞いたのだろう。


私が無難な社交辞令で椅子と紅茶と茶菓子を勧めれば、彼らは礼を言って受け取った。

席について雪久たちと始めた会話を静かに眺める。


隊長と副隊長のやり取りを見ていると何故か熊と飼育員みたいだ。

身長と体格差のせいもあるだろうが、大柄な隊長が年も背も自分より低い副隊長の尻に敷かれている様子だからだろうな。

失礼だから言わないけどさ。


会話を聞くところによれば、2人とも残っている仕事とレヴィンの労災申請の書類を作成していたそうだ。

一緒に仕事をしていた11班のメンバーは報告書を提出し解散済み。


隊長と11班は一度治療中に病室へ見舞いに来ていたそうだが、全然気づかなかった。

作業に集中していたせいだろうな。


それにしても労災保険も完備とは、流石公務員。

社会保険制度もしっかりしている。

レヴィンの保護者の方々はレヴィン用の魔石で困窮してそうだし、そういうのは大事だね。


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