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無能賢者と魔法と剣  作者: 秋空春風
第8章 賢者と境域
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治療


「ラト」

「ラト兄…」

「…分かった」


糸目君の諭す声とキャンディボイスちゃんの縋る瞳にトドメを刺されたようで、銀髪君が不承不承で頷いた。


漸くか。

無事籠絡出来たようでホッとした。

時間がかかったが、そんだけ銀髪君も家族が大事なんだろう。


実を言えば瘴気による体調不良は人工的に起こすことが出来るから銀髪君でも治験は可能なんだが…、言わなくて正解だよな?

どう考えても新たな火種を生む未来しか見えない。

これ以上グダグダと揉められたら短気な私の忍耐力が限界を迎えるだろう。

そうなれば、それこそ全員昏倒させないでいられる自信はない。


何はともあれ親族からの了解を得られたので、即座に用意を始める。

取り出すのは人に魔力を補充する魔法陣と各種計器だ。

蒼龍にはレヴィンのほうの計器を見てもらっているし、雪久には検索を続行してもらわなければならないのでこっちは私が見なければならない。

各種微調整しながら確認作業もするのか…、間違えないように十分気をつけないとな。


コード類や計器のチェック中、態度の悪い黒服君がずずいっと出てきた。


「作業中僕がチェシーの手を持ってる。

いいよね?」


疑問形ではあるが有無を言わせぬ形相だ。


彼は医療系の魔法使いだから、体調管理をするつもりなのだろう。

一説によると医師は手元が狂う可能性があるから身内の治療はすべきではないという話を聞いたことがあるが、まあ、体調管理をするだけだし大丈夫か。

彼ならーー面倒なくらいーーしっかり役目を果たしてくれるだろう。


「どうぞどうぞ。

そうしていただけるとこちらとしても助かります」

「フン」


かわいくねえなあ。

まあいい、作業に集中しよう。


とはいえ、作業自体は手馴れたものだ。

魔力供給の魔法陣の方は私の怪我を治す目的で雪久がしょっちゅう使用していたし、魔力類を削る方は蒼龍相手によくやっている。

問題なのは同時使用による体調変化について。

併用しても特に何も無いならいいがーーそう思っていたのだが、やはり体調に影響が出た。


魔力に限った話ではないが、急激な変化は体が追いつかないのだ。

地球知識に於いても、重力や酸素、気圧の変化などは人が体調を崩してしまう。

高山病や乗り物酔いなんか該当するだろう。

かくいう私も電車酔いや車酔いをする。

でも絶叫マシンでは酔わないから不思議だ。

気持ちの問題かもしれない。


結局処置が全て終わったのは夕方前だった。


試して、魔法陣書き直して、試しての繰り返し。

書き直しの度に床に広げた魔法陣に取りすがり、試す度に監督官共にわーわーと注文をつけられ量を微調整し続ける。


レヴィンはレヴィンで想像以上に衰弱していたものだから作業が遅々として進まなかった。

キャンディボイスちゃんに対するよりも更に細心の注意を払わなければならなかった。


書き直す、威力調整、数値確認、あと雪久にあれこれ指示する。

その全てに携わっていたので私はすっかりクタクタだ。


キャンディちゃん相手の治験と調整で1時間。

レヴィンの治療で2時間半くらいか。


普段の仕事をしていれば3時間半なんてあっという間に過ぎてゆくのに、今日はずっと長く感じた。

あれだ。

長時間に渡る緊張の連続で疲労が何倍にもなった感じ。


ああ、こういうのを相対性というらしいね。

なんでも、相対性理論を哲学的に言うと

「熱いストーブに1分間手を当てると、まるで1時間のように感じられる。

逆に可愛い女の子と1時間一緒にいると、まるで1分間ぐらいにしか感じられない。

それが相対性です」

なのだそうだ。

この論を提唱したドイツ生まれの物理哲学者本人が言っていたらしいからきっと間違いない。

私は哲学はともかく物理学はさっぱりなのだが、きっと間違いないのである。


そんな事を考えながら、私は先程自分で書いた覚書ノートをペラペラと確認していた。


現在レヴィンの意識が戻るのを病院一階にある食堂スペースにて待機しているところだ。


別に帰ってしまってもいいんじゃないかとも思ったが、全会一致で引き止められては仕方がない。

体調が急変したらと心配なんだろう。

私なら必要だと言われれば大体の魔法陣は書けるし、まあ分かる。

特に急ぐ用事も無いから構わない。

私も心配だしね。

夜になっても起きなければ一旦帰るつもりでいるんだけど…、あの一家の必死な引き留め様からすると無理かもしれない。

一体いつ私は帰らせて貰えるんだろうか。


ノートにザッと目を通し終えたところで息を吐く。

緊張を解いて背もたれに体重を預けると、ビニール張りの椅子が抗議するように軋みを上げた。

ギギィッと言う音はなかなか大きい。


聞こえの良い言葉選びをするならば、重く年月を重ねた雰囲気ある華奢な椅子。

遠慮なく真実を言うなら単にぼろい安物椅子というだけだ。

公共施設の椅子なので当然といえば当然か。


この座り心地に不満はなくとも普段使いの家具と比べてしまうのはご愛嬌という奴だろう。

とはいえあれと比べるのは少し酷かもしれない。

我が家の家具は元からあの家に放棄されていたものを使用しているのだが、これがなかなかどうして物がいいのである。

前住人はどうしてあんないいものを置いて行ってしまったのか。

そもそもあんな良い家具を買い集めて、それなりに高価そうな邸宅をあんな所に態々立てて住むとは、いったいどんな事情があったというのだろう。

そんな事をぼんやりした時には考えてしまうのだ。

そう、こんな疲れた時なんかには。


閑話休題。


開いたノートの端をトントンとペンで叩きながら考える。

叩いているのは治療中に録った各種記録を記したページだ。

作業しながら書くのは大変だったがこの記録は今後絶対に役立つ。

そう分かっていて記録しない手はなかった。


さっきまでこれを見つつレヴィンの体質対策を考えていたのだが、これを活用すれば大分目途がたちそうだ。

レヴィンの過少魔力についてはあまり前例や記録がなく対策を立て辛かった。


そりゃあ瘴気による体調不良は人工的に引き起こせるとはいえ、自ら進んで実験体になってくれる人間なんて殆どいないだろう。

私が知る限りでは医療研究中毒患者である薬屋君くらいのもんだ。

となればこの記録は貴重である。


因みに体調不良を起こす方法は至ってお手軽。

材料は蒼龍が起動させた箱の中にある。

あの瘴気を集めて魔石みたいにしたやつーー妖石と呼ばれているらしいーーを触らせるか、もしくはただ近づけておくだけでも体調不良になれる…体調不良になれるってのもおかしなもんだが。

量や時間を調整すればその度合いも加減可能だろう。

極めたらなんらかの悪さに使えそうな技術である。

うむ、これは要検討ーーいやいや、要注意、だな。


そんな危険物を内包した空気清浄機的な箱ではあるが、蓋を開けなければ瘴気が漏れることはない。

貯蔵部に瘴気や魔気を通さない素材を使っているからだ。

素材の性能ソースは書物だが効果は実証済み。

安心安全である。


危険があるとすれば中身の取り出し作業だろう。

それも私が行えば無問題。

私は魔気や魔力が効かないのと同じくらい瘴気や妖力が効かない事が分かっているのである。

更に警戒するなら事故を防ぐために周囲に人がいないところで取り行えば尚の事安全だ。


そもそもこのアイテムは最近作った新作な為、他者にはあまり性能をひけらかしたくない。

上記のように簡単に周囲に悪影響を与えてしまうので素人にはお渡し出来ない代物だし、妖石を生産可能なので売るにしたって相手を精査する必要がある。

面倒過ぎ。


それに最近はトーマスになんか新しいものを作る度に一々あーだこーだ聞かれ説明させられるのもいい加減飽き飽きしてあるというのもある。

紹介しなければバレないだろうが、念の為トーマスとかが不用意に触らないよう取り扱い注意の張り紙でも貼っておこう。


そんな事情から、当初レヴィンの対策アイテムを作るのは大変だろうと考えていた。

レヴィンの事を雪久から聞いた時から余裕があればなんかしてやりたいなと思っていたし、昨日本人に出会ってからはその優先順位をかなり上げた。

作る気は満々だったのだが大分長期で計画していたので、今回色々試せたのは嬉しい誤算だ。

禍転じて福と成す、ってね。

このままいけば年内には奴に最低限の安寧を確保してやれそうだ。


死なせるわけにはいかないと奮闘した結果、今日1日ですごく精神をすり減らしたがその甲斐はあった。


私は誰も見ていない独りの食堂でやれやれと肩を竦めるのだった。


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