加功
もう少し説得してみてダメそうなら気絶させよう、そうしよう。
「正直、その提案はありがたいですね。
微調整をする為に資料が欲しい所だったんです。
そうしていただければ万全の態勢で取り組むことが出来ます」
「…胡散臭い」
ボソッと言ってきたのは黒いハイネックを着た男だった。
同じ黒だから気づかなかったが、制服勢の只中にいて1人だけ黒いトップスとボトムスだ。
多分軍人じゃない。
態度からしてレヴィンの家族の1人か。
1班4人らしいのでそこからあぶれた1人だろう。
だとすると彼は他の面子より戦闘向きじゃない性格なのか、若しくは戦闘向きじゃない希少で有用な能力持ちなのだろう。
私の勘では多分前者な予感がする。
ってか両方だよな。
今朝読んだ資料によれば彼は医療系の魔法とスキル持ちだ。
名前は忘れた。
現在個人で診療所を開いているはず。
…こんなコミュ障でやっていけているのだろうか。
無駄に心配になる。
とりあえず私が胡散臭いという彼の発言は真理だが、こちらを睨むのはやめてもらえないだろうか。
「だってさ。
こいつ、人によって態度が違うし。
ずっとニヤニヤしてるし。
身振りが大袈裟で嘘っぽいじゃん。
怪しいよ、怪しいじゃん、分かんない?
でも、ラト、こいつ、胡散臭いけどさ。
なんかしなきゃ、このままじゃレヴィ兄が危ないってのはホントだぞ」
酷え言われようだ。
私以外もそう思ったらしく、周囲から口々に注意されている。
私は微笑みを絶やすことはしないが、内心では肩を竦めた。
めちゃくちゃこっちを睨んでくるし、初対面だというのに随分と嫌われたみたいだ。
レヴィンを助けたいのは本心なんだが、この様子だと言っても聞かなさそうである。
なんなんだろうなぁ、こいつは。
そんな風に初対面の人間に対して不用意に喧嘩売ったりするのは得策じゃないと説教してやりたくなる。
自分の好き嫌いを優先させて目的を達成不可能にしてしまったらどうする気なんだ。
私が言うのもなんだが、目先の感情に囚われるなど愚か者のすることだ。
今どれだけ危ない橋を渡っているか分かってんのか?
この様子だと分かってないよなあ。
普段の私だったらヘソ曲げて「そこまで言うならやっぱ治療してあげない」とか言い兼ねないよ?
私はすぐに拗ねるニヒリストなんだから。
でも今回は許してあげよう。
治療対象がレヴィンで、この子はレヴィンの家族だそうだからな。
そう思い警戒心剥き出しの三角の目に微笑みを返すと、サッと銀髪君の影に隠れてしまった。
おお、素早い。
凡そ想像通りのリアクションだったのでそれは良いのだが、1つ疑問がある。
私は何故雪久に後ろ手で拘束されているのだろう?
あれか?
怒って殴るんじゃないかと思われたのか?
いやいや、まさかそんなことしないって。
確かに一時はこいつら全員気絶させてやろうかとは考えたけど、このままいけば話が纏まりそうだし今はもう考えてないよ。
流石にこの状況でちょっと貶された程度で手を出すほど私は喧嘩っ早くはないぞ、失礼な。
牽制の意味も込めて雪久に顔を向けるが、あっちは気づかないフリで前を見たままだ。
「両方とも無害なのは俺自身が何度か体験済みだから保証する。
さっきの立ちくらみは完全に俺への嫌がらせであって仕様じゃ無いからな」
「あれは魔力を急激に失った時の立ちくらみだよ。
君たちも経験した事あるだろう?
レヴィンが魔力量少ないのは把握してるから、その辺はちゃんと対応するよ」
「あと、姉は勝算のない事は言わない人だとだけは言っておく」
「うむ、勿論だ。
それに今回の患者はレヴィンだろ?
他の人ならいざ知らず、こいつが相手なら万に一つも無いように細心の注意を払うと約束するよ」
「…引っかかる物言いだな。
他の奴でもちゃんとやってくれよ?」
「…ん?」
「姉!」
「というかだね、雪。
私、ちょっと面倒になってきたよ。
もういいよな?
私はレヴィンさえ助けられたらそれで良いんだよ。
君達だってそうだろう?
それ以外のものなんてどうでもいい、そうだ、どうでもいいんだ…」
「やめろ!
やめろ、抑えろよ。
こんな状況で暴れられたら困る」
「…」
「おい!?」
「そーんなに心配しなくっても、大丈夫だって!
ミッキーが雪久に二コーっと笑ってみせた。
「ヨシカさん良い人だもん!」
そして渋っている連中にも笑顔を向けてヒョコッと身体ごと傾いで見せる。
「ねー?」
取って返してこちらへ笑顔を向けるミッキーに、私は思わず苦笑を浮かべた。
ねー?って…、無邪気かよ。
私は善良な人間ではない。
そんないい笑顔で断言されると嘘でも同意しづらい。
いまいちなリアクションしか取れなかったのに、ミッキーは気にも留めていない。
裏表なさそうな考えなしの笑顔を見ているとなんだか毒気が抜ける。
「…1つ言っとくと」
次に出てきたのはノエルだった。
昨日と違ってなんか髪のあたりとかがもさっとしているが、この感情表現が絶望的に下手な感じは昨日と同じだ。
「…賢者なんだぜ?
この人に、案があるというなら…一見の価値はある…。
…そう俺は推す」
「じゃあ12班の総意はこの案に賛成だな」
ノエルが淡々と述べ、初対面の筈の赤髪君は当然のように言い放った。
…驚いた。
殆ど交流が無いのに、まさかこんなに援護射撃をしてくれるとは思わなかった。
良い奴らだ。
でも雪久とこの3人が1チーム…か。
うむ、騙されないか心配になる面々だな!
魔物相手なら強いのかも知れないが、対人交渉なんかは不得意そうだ。
大丈夫なんだろうか?
いや、大丈夫じゃないから第5部隊にいるのか。