説得
「そこの皆さん、ちょっといいかな」
声をかけると、数少ない顔見知りであるミッキーが不安げに俯いて尋ねてきた。
「ヨシカさん…何とかなるよな?」
「最善は尽くすよ、みっ君。
先に君達に聞きたい事がある。
あそこでレヴィンが寝てるって事はこの中にあいつの保護者がいるだろ」
私が言った瞬間サッと1人に視線が集まった。
実に分かりやすい。
「ああ、君かーーいや」
そうじゃないな。
レヴィンの家族自慢で語られた人数は、確か4人だったか。
「君達か、だな。
全員揃ってるようでなにより」
「…貴女とは初対面の筈ですが」
「顔見りゃ分かりますよ」
だって4人とも死にそうな顔してるんだもん。
「他人に対する心配事じゃそんな顔はしません。
そうでしょう?」
「…それ、は」
とりあえず相手が敬語を使うなら私もそれに合わせようじゃないか。
ペーシングやミラーは対人スキルの基本だ。
「端的に言います。
普通ならあの処置で回復しますが、レヴィンにはキツい。
奴には必要最低限の魔力しかありませんからね」
「何故それを…」
「ここに一つ対処法があります」
ボソリと呟かれた言葉は聞かなかったことにする。
宰相から直接の情報漏洩がありましたなどと馬鹿正直に白状などしてなるものか。
無視だ、無視。
「私は弟から瘴気の被害を受けたと聞いて2つの魔法陣を持ってきました。
"瘴気を魔力ごと排除する魔法"と"魔力を人に供給する魔法陣"です。
これを併用すれば理論上レヴィンの治癒が可能でしょう」
「そんな魔法聞いたこともありません!」
後ろから医師の驚愕の声がしたが放って置いて続ける。
「実は開発したばかりのものでしてね。
実績は少ないですが使用回数はそれなりにあります。
どちらも動物実験や対人実験も十分に済ませてあるので安全性は保証しますよ」
半分嘘だけど。
「ただし今回提案しているような使い方を実際に決行した事はありませんので、同時使用時にどれだけ対象者に負荷が掛かるか分からないのです。
レヴィンはそれなりに衰弱しているでしょうから、その点では不安が残るでしょう」
ですが、と続ける。
「このまま経過を見続けるよりは快方に向かう可能性が高いと私は考えています。
ですから、私がこの措置を取る許可をもらえないでしょうか?」
「何故それを私に聞くのですか?」
「だって貴方がたはあいつの"家族"なのでしょう?
命に関わることですから、貴方達からの了承が必要だと思いました」
「…」
「瘴気は魔力の仕事を阻害する。
それがレヴィンにとってどれだけ致命的か。
貴方がたに分からない事はないでしょう?」
「…」
重い沈黙と共に顔を歪める銀髪の青年を暫し観察する。
私の沈黙をどう受け取ったかは分からないが、銀髪君と似たような顔をした3人が窺うように彼へと視線を寄せている。
それでも沈黙が破られる事はなかった。
迷っているのだ。
当然である。
彼にとって私は信用に足る人物じゃない。
彼等の経歴を考えれば"実験"などという言葉を平然と使う人間を信用する事など出来ないのだろう。
そうでなくとも私って奴は客観的に見ると、"初対面にも関わらず偉そうな不審人物"だしな。
知ってる知ってる。
別にいい。
相手が誰だろうと裏切る時は裏切るし、悪意はいつでも真面目に生きようとする人間を切り刻む。
私も、彼等も、それを嫌という程よく知っているのだ。
だからその不信感は正しい。
私の方だって別に信用など要らない。
信用なんてするのもされるのも大嫌いだ。
「…ふむ」
ただ、今回ばかりは”納得”だけはして貰わなければならない。
「雪君、ちょっといいかい?」
「うん?」
なかなか答えが出ないのに業を煮やした私は雪久を側に呼び寄せた。
声を掛けつつ鞄から計測器を一つ取り出す。
「さっきから思ってたんだけど、お前も少し瘴気に当てられてるだろ」
「えっ?俺?」
「声が少し掠れてる」
「そういえば…」
雪久の反応を見るに自分でも思い至ることがあるようだ。
あんなに魔獣の血に染まっていたのだから当然ではある。
計測器を雪久の手の甲へ翳すと案の定それなりの数値が出た。
「ほら見ろ」
「いや、何だよコレ」
「コレ?瘴気レベル測るやつだよ」
「「えっ!?」」
「え?」
医師ともう1人が驚いて、雪久がそれに驚く。
「これも私が最近作ったもんだ」
「ああ…」
「話を戻すよ。
さっき説明した"瘴気を魔力ごと排除する魔法"をやってみせようと思ってね」
「…ああ、俺で?じゃあ、どうぞ」
「おう、本人からの同意も得られた所で」
手袋を外すとそう言って雪久の首を右手で鷲掴みにした。
苦しくはないだろうが普段に比べて優しさもない手加減だ。
「あの、姉ちゃん?」
「ちゃんと立ってろよ」
乱暴な扱われ方にたじたじとしている雪久を無視して、計器を起動させたまま魔力ごと瘴気を散らす。
瘴気の数値が0になるまで一気に散らすと、急激に魔力を失ったせいで雪久がよろめいた。
「おっと危ない」
こちらに傾いだ身体をすかさず片腕で抱き支える。
弟とはいえ自分より高身長の男だ。
軽々とはいかない。
肩で持つようにして全身のバネを使って支えた。
「おいおい、ちゃんと立ってろって言ったじゃないか」
「いやいやいや、前回はここまで酷くなかったじゃねえか!」
”前回は”って言うってことは、コイツこれが魔法陣じゃなくて”私の体質”によるものだって気づいてるという事か。
気づいた上で合わせてくれるとは、流石私の弟。
やはり私の無茶振りに答えてきただけはあるな!
「んん?何がぁ?」
「仕返しだな?
さっき放り投げた仕返しだろ!」
そうだよ?
「こんな感じで全然無害です」
「無視かよ!」
「"魔力を人に供給する魔法陣"も試して見せましょうか?」
「俺でか。俺でだな、この流れは」
「いいえ!私にやらせてください」
可愛らしいキャンディボイスと共に一歩進み出てきたのは声質通りの可愛らしい少女だった。
「チェシー?」
「大丈夫かどうか分かんないのは、2つ同時に試したことがないからなんだよね?
だったら試してみて、大丈夫ならいいでしょ?」
キュッと眉尻をあげ、口を引き結んで真っ直ぐな眼差しを銀髪君に向けた。
「だから、私がやる。
私もレヴィ兄の側にいたから瘴気の影響が出てるもの。
もし体に何か不都合が起きても、私なら自分の魔法で何とかなるから、平気。
ラト兄さんはレヴィ兄が心配なんでしょ?
私だってそうだよ。
私だって、レヴィ兄のために何かしたいの…」
その声は震えて段々と鼻声になっていく。
トドメとばかりに、溢れんばかりに涙を堪えて潤んだ瞳で「だめ?」と見上げた。
可愛い系美少女の健気な姿は大変絵になる。
愛らしさというのはある種の暴力だ。
心理的暴力に晒された銀髪君が「ぐっ」と呻いた。
あの生物兵器を前にして呻くだけで耐えられるとは…銀髪君はすごい奴だなと感心する。
私なら二つ返事で了承してしまったかもしれない。
そのくらい素晴らしく庇護欲を唆る仕草だった。
かわいいなあ。
だけど…うーむ、もういい加減面倒になってきた。
さっさと決断してくれないと強硬手段に訴えてしまいそうだ。
この4人昏倒させて…いや、もう全員昏倒させよう。
そして処置を終わらせて目を覚ます前に逃げよう。