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無能賢者と魔法と剣  作者: 秋空春風
第8章 賢者と境域
141/149

措置


凄い勢いで景色が移り変わっていく。

森を抜け、外壁門の所に来た時は門番がこの男を止めてくれるかと期待したのに、まさかの顔パスだった。


いやいやいや、止めてくれよ。

…ああ、そういえば私の事も最近は買い物の時とか顔パスで通してくれるもんな…、畜生め。


門番達にサラリと二つ返事で了承され、殆ど止まる事なく大扉横の戸を潜った。


時に道無き道を進みつつ街中を抜ける。

ここまで速くて縦横無尽に駆け回っては、道路交通法とかに引っかかるんじゃないかとぼんやり考える。


それにしても蒼龍の方は大丈夫なのだろうか。

私は曲がり角とかで「ぐえ」とか「うお」とかーー呻き声の女子力の低さたるやーー言う程度で済んでいるが、蒼龍は私と違ってかなり繊細なハートをお持ちの筈だ。

彼にこの絶叫マシン強制フルコースは辛いだろう。

しかもこのアトラクションときたら、フリーフォールとローラーコースターを合わせたような、それでいて安定性に著しく問題のある代物なのである。

私もいい加減降ろしていただきたい。


寒さと腰痛で「もう勘弁して」という気持ちになってきたところでどこかの駐車場を通過した。

目的地周辺か。

そう思い頑張って上半身を起こす。


流れ流れゆく景色の果てにたどり着いたのは白いシンプルな建物だった。

公共の施設っぽい大きい建物だと認識した以外、周囲の詳細は目にも頭にもまるで入ってこない。

そのくらい速く景色が流れていくのである。


凄まじい速度で走っていた雪久のスピードが建物に近づくに従って急速に落ちてきた。

かと思うと急に下方への負荷がかかり、一瞬後に浮遊感に襲われた。


跳び上がったのだ。

然も凄い勢いで、凄い距離を。


声にならない悲鳴を上げながら数秒。

2、3回の軽い衝撃の後に何処ぞに着地し、停止した。

と同時に床に放り出される。


咄嗟に受け身をとるが、心構え無しの突然の行動だ。

柔道若しくは新体操の選手よろしくスチャッとはいかないーーいくはずがない。


「うわっ!?ふぎゅっ」


ベシャッという効果音がつきそうなくらい無様に床に転がり落ちる。

それでもダメージは殺しきれたようで、すぐに立ち上がることが出来た。


雪久に非難の目を向けると蒼龍が降ろされているところだった。

しっかりと立ち止まってからちゃんとしゃがんであげて、更にしっかり立てるまで支えてあげている。

蒼龍は多少足元がふらついているようだが、勿論ノーダメージである。


何だこの扱いの差は…。

解せぬ。


これ以上睨んでいても甲斐無しと判断し部屋をサッと見回せば、ここは病院の個室らしい。

どうやら雪久は窓から飛び込んだようだ。

同じ立場なら私もやるから行儀が悪いとか言っても白々しくなるだけだろう。


白く清潔感のある一室に簡素なベッドが一つ。

側には白衣の男と機械があり、機械からベッドの方にかけて管が伸びていた。

入り口側には数人の人々が控えている。

知らない顔の方が多いが、雪久と同じ黒地に白ラインの制服なので第5部隊の人達だろう。


室内にいた全員がびっくりした顔でこちらを見ている。

状況把握が完了すると各々の反応を見せたが、大体は困惑しているように見えた。


まあ、そりゃそうか。

雪久が何と言い置いて私の元へやって来たのか知らないが、半信半疑ーーいや、疑い99%だろう。

もしくは「お前誰?」状態かもしれない。


スカートの埃を叩きながらーーそうだよ、私スカートじゃないか!よくも放り出しやがったな!ーー観察していると雪久に二の腕を掴まれた。

そのまま半ば引きずられるようにして皆の前へ連れて行かれる。

こうなりゃヤケだ。


「魔法陣書ける奴連れて来た」

「はいはい、何が御入り用ですか」

「……その、本当に?」

「本当ですよ」


医師と思しき男が目を見開いている。


魔法陣の書き手は少ないそうだからな。

こんなタイミングよく連れて来れるとは思わなかったのだろう。

だがそんな事を気にしている場合か?


「端的に必要な物を述べて下さい」

「その…難しいとは思うのですが…生命維持管理系の超上級回復魔法陣が…」

「あります」


即答し、鞄からスルスルと長巻の一枚を取り出して広げて見せる。

この魔法陣は一辺が一ヒロ半ほどの長さがある正方形なので広げるだけで手一杯だ。

大変ではあるが、あんな疑わしいと言わんばかりの顔をされては目視確認をさせない訳にもいかない。


「これは…、確かに!」


見ただけで分かるのかという不安はあったが、どうやら杞憂だったようだ。


「直ぐに魔石を取って来させます!」

「いえ、ここにあるのでこれを使って下さい」

「!?ありがとうございます」


その後も必要だと言われたものを次々と差し出し続け、その度に礼を言われるというやり取りを繰り返す。

最終的に私が彼の言わんとするものを先回りして渡すようになると、流石に何も言わなくなった。


彼が手際よく処置していくのを少し離れた所から眺めつつ考える。


ここは首都で、尚且つ国営病院だとの事だ。

にも関わらず、私が持って来た魔法陣や治療薬などをありがたそうに受け取っている。

この医師は魔法陣を見ただけで価値や効果が分かるところからして、素人ではあるまい。

その彼が、看護婦さえ付けずに1人で治癒に当たっている。

あの必死な様子からして、どう見ても演技ではない。


もしかして、いや、もしかしなくともそんなに物資不足は深刻なのか。


以前薬屋が"医療の現場に於ける人材不足の深刻性"について私に懇々と語ってきた事があったが、まさか物資不足すらここまで酷いとは思わなかった。


成程、この調子では境界付近は地獄絵図だろう。

道理で宰相閣下があんな急かしてくる訳である。

血で血を洗うような殺伐とした人々と、病人と死体だらけの救いのない光景。

そんな最前線に派遣されている聖女は大変だな。

あの天然お花畑っぽい彼女には荷が重いんじゃなかろうか。

政府並びに彼女の親近者さん達には彼女に対する早期メンタルケアを推奨したいね。

…直接言いに行ったりはしないけど。


私が遥か遠方の修羅場を憂えている間に医師は処置を終えたらしい。

あっという間だった。

瞬く間に終えることが出来たのは彼の腕が良かったことと、能書きはおろか言葉のやり取りすら碌にせず私が矢継ぎ早に物資を提供し続けた結果か。


なんにせよ、間に合ったようでめでたしめでたしだ。


「処置はお終いですか?」

「ああ、あとは様子を見るしかない。

…持ちこたえてくれればいいんだが…」


ん?ここまで手を尽くして足りないのか?

渡した魔法陣の効果量と魔獣一匹分の瘴気量は大まかに把握している。

今立ち上げているだけの回復系魔法があれば余裕で足りるはずだが…?


「瘴気による不調と聞きましたが、足りないのですか?

それならば、聖女様はいらっしゃらないのですか?」

「今朝早くに瘴気被害の多い地方へ行ってしまわれて…」


ふむ、瘴気が問題で間違いなさそうだな。

そしてやはり聖女は居ない、と。


「ふむ、このままだと助かるか危ういんですね?」

「ああ、だが助かる可能性はゼロでは――」

「じゃあここからは私の仕事ですね」


医師が”何言ってんだコイツ”という顔でこちらを見た。

正直な奴だ。

だが説明が面倒なので無視だ、無視。

さっさと瘴気を治療して、問い詰められる前にトンズラかまそう。


そう思い足早にベッドに歩み寄る。

パッと寝ている人物を確認して、思わず目を剥いた。


「って、よりにもよって親友かよ!」


背後で「え?何?」「シンユ?」などという声が聞こえるがこちらも無視だ。


私は今朝からーーいや昨日からーーコイツを助ける方法を考えてたっていうのに何死にかけてんだよ!

マジかよ、馬鹿かよ。


軽い頭痛を覚えて額を押さえる。


「そりゃあコイツによく効く回復魔法なんて殆どないわな!」


回復系の魔法というのは体内の魔力を操作して肉体の治療をするのが主流だ。

平時から魔力量が少な過ぎて体調不良を起こしているレヴィンだ。

どれほど高位の回復魔法を用いても、これでは追いつかない。


「クッソ、先に言えよ!雪!」

「え、ご、ごめん…」


たじたじと謝罪する雪久を見て少し反省した。

瞑目して自分を落ち着かせる。


「……いや、悪態ついて悪かった。

この可能性に思い至らなかった私のミスだ、すまない」

「う、うん」

「雪君、賢者スキルで"多臓器不全"、"敗血症"、"貧血"、"低血圧"を検索。

読んどけ」

「え?ごめん、も一回言って」

「じゃあまずは"多臓器不全"だけで良い。

それで分からない箇所が出てきたら、それを更に検索。

オーケー?」

「あ、うん」

「蒼君はこれをレヴィンの枕元で起動させといて。

あと、この計器も起動。

こっちの数値が3を切ったら教えて」

「はい!」


箱と計器を蒼龍に渡す。


箱の方は瘴気や魔気を集めて固めるものだ。

瘴気も魔気と同じ性質を持つのが分かっているので、これで少しは空気中の瘴気を減らせるはずだ。

魔力を散らす魔道具をつけた蒼龍が近くに居れば空気中の魔気は増える一方だし、これでいい。

気は心くらいの効果しかないだろうが、やらないよりはマシである。


呆気に取られている医師と唯々諾々と従う2人を置いて、野次馬状態の集団に近づいた。



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