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無能賢者と魔法と剣  作者: 秋空春風
第8章 賢者と境域
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資料


柔らかな日差しが窓から差し込んでいた。

刺繍の花が舞う厚手のドレープカーテンは規則正しく襞を寄せ、タッセルで両端に括りつけられている。

露わになった薄いレースカーテンが爽やかな森の風で煽られてひらひらと舞い踊った。


カーテンを揺らした風が頬を掠める。

少し肌寒さを感じて、カーディガンの襟元を寄せた。


この国は日本よりも気温湿度共に低い。

暦の上で言えば今日は夏前だというのに早朝は酷く寒い。

その落差からだろうか。

今みたいなぽかぽかと暖かな午後の昼下がりは気が抜けてしまう。

昼食後からルネの下の兄から受け取った資料を読んでいたのだが、なんだか眠くなってくる。

春眠暁を覚えずってね。


因みにこの資料なんだが、色々とすごい。

まず仕事が早い。

ハミルトン宛の小包をデリックに渡したのが昨夜の帰る前で、これを受け取ったのが昨夜の寝る前という早業だった。

所要時間およそ4時間。


いやいやいや、仕事が早すぎる。

ここまで早いと何某かの威圧を感じるよ。

"何か案があるなら早急にどうにかしろ"という遠回しな要求だ、コレ。

カマかけしといて難だが怖すぎだろ。

それだけケツに火がついているという事だろうなあ。

なんだかハミルトンが可哀想になってきた。

今日まであの人に散々嫌がらせをしてきたが、そろそろ許してあげよう。


嫌がらせと言っても一つ一つはちょっとしたものだ。


直近だとプレゼントした魔道具の説明がダメダメだったり。

例の貴族共に対して報復した時はほぼ同時に顕在化するように調整したり。

魔石不足が祟って水不足だと聞いた時は、年間予算案が可決された後を見計らって魔力要らずの水汲み上げシステムーー水車、竜骨車、アルキメデスの螺旋などーーをトーマスに売り。

そもそも魔石不足を解消出来そうな装置をいくつか思いついているというのに"開発を頼まれたら面倒"という理由で隠しているという極めつき。


どれも最終的には先方へ利益を齎しているので怒るに怒れないだろう。

それを良いことにプチプチと無駄が増えるように立ち回っている。

元より忙しい宰相の事、度重なるとキツかっただろう。

ひひひ。


うむ、でも、もういいや。

イジワルは今日をもってやめてあげよう。

優しくしてあげる気は皆無だけどね。


フッと内心で笑いつつ手元にある資料をペラと捲る。


資料は私が要求した全てが揃っていた。

一つは境界を記した地図。

二つ目は魔物の資料。

三つ目は国営新聞。

そして四つ目がレヴィンについての諸々の資料だ。


読んでみた所、どれもこれもがヤバい。

懸念していた案件全てが凡そ想像通りに酷い有様だと分かったのである。

これらをどうにかしようと奮起しているであろうハミルトン達へ同情心さえ湧く。

まあ、憐れみこそすれそれ以上の感情はあまり湧かないのだけども。


私としては、今最も彼等を悩ませているであろう境界付近の問題について手を出そうという気がまるで無い。

私は公正無私の慈悲深い博愛者じゃ無い。

見ず知らずの魔力至上主義者共の為に割く時間など無いし、その理由もないのだ。

ハミルトン達には悪いがこれが本音。

動かしたかったらそれ相応の報酬を持ってこい。


口出しすんなって言われてるんだからしょうがないじゃん?

それに私は政府に協力しないって宣言しちゃったもんなー。

いやー、ホントは助けてあげたいんだけどなー、ザンネンダナー。


そんなことより身内の方が大切だ。

雪久は魔物相手に危ない仕事を引き受けているのだし、蒼龍とフレイアは魔力異常をどうにかしてやらなければ。


特に逼迫しているのはレヴィンだ。

あの体質は深刻なレベルだ。

下手すると私生活すら怪しい程の死活問題だと言えるだろう。

にも関わらず魔物相手の戦闘部隊に所属しているとか、あいつは自殺志願者なのかと問いたい。

ーー別にそういう訳ではなく、他に理由がある事は知っているんだがな。


午前中にレヴィンの為に対応策を掻き集めておいたのだが、まだまだ足りないし検証不足だ。

この件に関するせめてもの救いといえば、既に手元にある知識を活用出来る事だろう。

蒼龍達の為に魔力異常対策を何より優先させてきたので、対応策はかなりのパターンを書き出してある。

レヴィンは蒼龍達とは真逆の異常体質なのだから、単純に考えれば対策についても真逆をしてやれば良い。

勿論、実際にはそう簡単にはいかないのだけども。

はてさて即興で用意したこれらは一体何処まで役に立つのか。


そう思い、参考にと一番奴についての資料を読み込んだ。

第三者視点の調査結果ばかりでイマイチ要領を得ないが、関係者やそのステータス等はきちんと記載があった。

と言うか、身体情報から能力直をはじめとして生年月日から出生地、血縁者との関係から現在の友好関係に至るまで、そりゃもう子細に刻まれている。

あまりに洗いざらい書かれていたので頭を抱えた。


…誰がここまで教えろと言った。

やはりこの国には個人情報保護という概念が存在しないらしい。

有り難いような恐ろしいような。


気を取り直して目的を遂行しよう。

そう思い資料をよく読んだが、読めば読むほど嫌な予感しかない。

本人と話した感じと総合して考えると、体質の悪さもそうだし、レヴィンの半生についてもそうだ。

知れば知るほどあいつを贔屓してしまいそうである。

いや別にしたって悪かないんだけどさ。


他に気になるといえば、魔物魔獣が増加の一途を辿っている件か。


うーむ、この一件は瘴気問題と関連しているような予感がするんだよな。

妖界に住む鬼人達の仕業だとか考えている人が一般的みたいだけど、単純に規模から見ても人為的なものなのかと不思議に思う。

他にも動機や手段の拙さだとかに疑問が湧く。


だとすれば自然現象か?

地殻変動の影響か、はたまた異常気象か。

調べてみて分かる原因だと良いんだがな。

…天文現象なんかが原因だったら頑張っても私なんかにゃ分からんぞ。


何にせよ魔物や魔獣の増殖量を考えると、"瘴気だけでなく魔気も増えているのではないか"という考えが私には浮かんでいる。

考えれば考えるほどあり得ない想像じゃないんじゃないかと思えてくる。


…これ、もしかして妖界の方も被害がでているのでは?

互いに誤解から怨み合ってるとかいう展開なら救えねえな。


とりあえずその辺は片手間で考えるとして、瘴気についてはちょいちょい対策を練っている。

理由は無論雪久も被害をうける可能性があるからだ。


魔物は魔力しか持っていないが、魔獣は妖力と魔力の両方を持っている獣だ。

私以外が相手取ると危険である。


…うむ、私以外だと、な。

私は魔力に当てられないのと同じ様に妖気にも当てられないという事が既に分かっている。

それだけではない。

魔力を魔気にして散らせる事が出来るのと同じ様に妖力も散らせる事が出来るのだ。


この事実に気づいたのは魔物狩りを始めた頃。

早朝に作った魔道具の試運転をするために1人で狩りをしていた時の事だ。

以前記した"威力調整ミスって上半身の殆どを消し飛ばしてしまった魔物"というのが、魔物ではなく魔獣だったのである。

あまりに平気だったので、最初のうちは魔獣だと気づかなかったくらいだ。

気づいたのは解体中で、理由は魔物と魔獣だと身体の構造が少し違うからだ。

妖石ーー魔石の妖力バージョンーーに触れても全然平気どころか消してしまった。

その反応が魔石に触れた時と全く同じだった点からして、私が魔力関係において苦戦させられている特性は妖力関係にも適応されると知れた。


まず思ったのは「これは使える」という事。

そして次に思ったのは「これはヤバい」だった。


現状この特性はあまりにも有用過ぎる。

知られればどう転んでも面倒な事になるのは火を見るよりも明らかだ。

なので誰にも教えていない。

幸いにも蒼龍達にさえ知られていないので、いくら心を読めるルネ達でも知る術はないだろう。

やむを得ない場合に出し惜しみをする気はないが、そうでなければ自ら喧伝する気はない。


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