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無能賢者と魔法と剣  作者: 秋空春風
第7章 勇者と饗宴
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『ハミルトン・オーランシュについての人物考察』


会場と問題を一通り片付け終えやっと一息ついた所に、その筆頭がひょっこりと顔を出した。


「父上、今お時間よろしいですか?」


言葉とは裏腹に遠慮も配慮もなくあっけらかんと近づいて来る。


「ヨシカさんから小包を預かってきました」

「僕を差し置いてプレゼントを貰うだなんて、妬けてしまいますね!」

「何をどう勘違いすればそんな言葉が出てくるんだお前は…!」

「勘違い?事実だよ、羨ましい!」


長男と次男の応酬を困りつつ眺め、デリックから小包を受け取り封を切る。


「デリィ、そういう事は賢者殿本人に言いなさい」

「言いましたし、僕もプレゼント貰いましたよ」


思わず絶句するエルマーとユージン。

デリックが「ほら」と言って指を鳴らすと、会場で披露されたあの花弁がひらひらと舞い始めた。


「あれを貰い受けたのか…」


ユージンが私の手の中の花びらを見つめ、半ば呆然と呟く。


「ええ!それにもう一個の方も貰いました!」

「良かった…な…?」

「はい、良かったです!」


嬉しそうに指輪の嵌った手を灯りに翳す長男に対して、親友と次男がコイツを一体どうしたものかという顔で頭を抱えている。

私はというとその3人を困り顔で眺めるばかりだ。


正直、どちらに対してもいまいち味方に付きづらい。

デリックに対して怒る自分も確かに居るのだが、一方で面白いことをしたなと愉快に思う自分も居る。

なんて事はない、私とデリックが似ているのは見た目だけではないという事。

そんな私に、どうしてデリックを叱る権利があるだろうか。


とはいえ流石の私も、まさかデリックが国際的な行事の会場であんな騒ぎを起こして、剰え賢者殿に勢いで求婚などするとは想定外だった。

本当に勘弁して欲しい。


本当に、ーー笑いを噛み殺すのにどれだけ苦労したか…!


デリックの闇魔法でまんまと醜態を晒した連中の、我に返った時のあの間抜け面ときたら!

常に人を喰ったような態度の賢者殿の、帰り際に往生際の悪いデリックから口説かれている時のあの何とも言えない微妙な顔!

今思い出しても笑えてくる。


ああそれに、デリックはいい趣味をしている。

本人にしてみれば、退屈な領地に帰る前に面白そうな人材を確保したかっただけなのだろうが。

だが考えてみれば、デリックの結婚相手が賢者殿だというのは悪くない選択なのではなかろうか。

彼女は無能ではないし、話を聞く分だとデリックの困った性質に理解があるとみえる。

何より、領地経営にどの位役立つかはさて置き、彼女がどうするかどうなるか想像もつかないという所が特に面白い。


ああ、ダメだ。

こんなことを考えているとまたエルマーに叱られる。


思う間に案の定バレたようで、エルマーに睨まれた。

ルネとエルマーは妻と同じで読心スキル持ちだから私の心の声でも聞きつけたのだろう。

エルマーの無言の抗議に苦笑いを返すとギッと睨まれた。


ふふ、こわいこわい。

こういう所が死んだ妻そっくりだ。


こうやって困るのさえ楽しく感じてしまうのは、私の良い所なのか悪い所なのか。

エルマーから目を逸らし、視線から逃れるように小包へ目線を落とす。


シンプルな梱包を開くと、手紙とネックレスが入っている。

手紙を開いて目を通す。


「僕にも見せてください」


読み終えたタイミングで声を掛けられ、言われるがまま手紙を差し出す。

デリックが読み始めたところでハッとした。

また闇魔法を使われ、無意識に渡してしまった。


サッと内容を確認したデリックが首を傾げる。


「ヨシカさん何する気なんだろ?」


ユージン、エルマーの順に手紙を読む。


「…なるほど」

「確かに単なる好奇心だけで父上にこんなこと聞きませんよね」


頷き、一巡してきた手紙に再度目を落とす。


手紙の内容はこうだ。

始めのうちは卒ない社交辞令と同封されている装飾品の説明。

…なのだが。

魔道具だという事は分かるが何の魔道具なのかが絶妙に書かれていない。

態とだろう…彼女らしい嫌がらせだ。


長々と綴られた手紙であったが、本当に言いたかったであろう事は最後の方にしれっと書かれているほんの数行。


『以下についての情報開示を求めます。

1、魔物の分布。

2、妖界と魔界の境界と現場の状況。

3、第5部隊13班レヴィンについて』


この本題と思しき文章を検分する。

黙々と思索に耽る我々をデリックが楽しそうに眺めている。

気づいたエルマーが睨みつけるが、デリックはそれを受けて更に笑みを濃くした。


「何故明文化してきたのでしょうね?

ユキヒサ君が居るんですから1と2は自分で調べられるでしょう?」

「確かに賢者殿の性格を考えれば隠れて 勝手にやりそうなものだ。

こうして言ってくるとは、閲覧する正式な許可を出せという事だな。

頼めば出すと確信する程度にはハミを信頼しているという事か?」


信頼…か。


「それはどうだろう」

「何か思い至ることがあるのか?」


私は静かに首を横に振った。


「賢者殿にとって許可などどちらでも良いのではないか?

彼女の事だ、既に必要知識は手中に収めている可能性さえある」


こちらに通達してからでは万が一駄目だと言われた時に情報が得られなくなってしまうからな。


「先程お前たちは『何をする気だ?』と言っただろう?

大方そう疑わせる事が目的だな。

"これから瘴気、魔物類に関する何か騒ぎを起こす"とこちら側に事前通達し、何を調べているか調べさせ考えさせる。

そうしておけばこれから自分がやらかす事態の後処理を逸早くしてくれるだろうという打算だ」

「こちらがそれを察せるか否かは不明瞭なのでは?」

「彼女からすると身内にさえ被害が出ないのならばそれこそどちらでも良いのだろうな。

直接計画を教えないのはこちらを信用していないから。

とはいえ全くあてにしていないならこんな事はしてこないだろうから、ある意味では…最低限の信頼は得られているようではある」

「「「…」」」


暫しの沈黙の後に、ユージンが溜め息を吐いた。


「…なるほど、デリックと気が合うわけだ」

「事前に連絡を寄越す分、兄上よりも格段に善良ですね」

「そうだね!」

「自覚があるなら改善してくれ…」

「あはは、むりむり。

ふふ、あーあ、やっぱりヨシカさん面白いなあ。

欲しいなあ」

「もう絶対に言いよるんじゃない。

いいな?」

「ああ…駄目だからな?

そしてモノじゃないんだから欲しいとか言うんじゃない」


ユージンの苦笑もエルマーの嫌味もデリックには全く通用していないようだ。

あの調子だと近々また賢者殿に声を掛けに行くのは目に見えているが、私としては手を出すつもりがない。

彼女なら上手く遇らうだろうし、デリックも越えてはならない一線は越えないだろう。

そもそもデリックには領地へ帰らなければならない為タイムリミットがある。

余程の事がなければこの件は放っておこう。


そんな事より考えるべきはこの手紙だ。


賢者殿が何をする気かは知らないが、こちらとしては当面は様子見するつもりでいる。

というよりもそうせざるを得ないというべきか。

それ程こちら側は切羽詰まっている。


現状、瘴気に対する有効な手段は聖女の能力以外見つかっていない。

政府が現在行っている瘴気対策は、妖界と魔界の境目に壁を建設する事と近隣住民への各種補償で、しかもそれさえ十分に機能してないのである。


壁の建築は明らかに間に合っておらず、質は揃わず強度も一定以上のレベルを維持出来ていない。

というのも、瘴気が立ち込めた場所での作業が危険な為、遅々として進まないのだ。

あまりに足りなさ過ぎて所々バリア魔法や封印魔法などで補っているのだが、それでさえも間に合わない箇所がある有様だ。

そもそも壁があれば確実に瘴気を防げるかと言えば否なのだ。

少しの亀裂でも発生すれば、忽ち周囲は危険区域となってしまう。

対策を講じた初期の箇所は既に劣化が始まっており、このままでは永遠に続くイタチごっこだ。


国民補償に関しても問題が多い。

医療班の派遣や物資の輸送、避難誘導などを行っているのだが、何しろ被害範囲が広すぎて圧倒的に足りていないというのが実情だ。

更にこの対策が遅々として進まない理由の一つは、境界間際が寒村又は治安の悪い地域ばかりである事だ。

危険区域で暮らしているからには、その住人達はそれなりの理由がある。

その多くは貧困や障害、犯罪歴持ちなど問題を抱えている。

下手をすると、住民達自身の妨害により被害報告さえもままならない地域さえもあるのである。


頭痛のタネは尽きない。

というか正直もう詰んでいる。


聖女殿がどれ程精力的に活動してくれたとしても間に合わない。

このままでは被害を出さない対策から、被害を最小限に留める為の対策へとシフトしなければならないだろう。

そうなればどれだけの被害が出るか。

スムーズに事を運んだとしても数十万人の死者が出るだろうと予想されている。

"この国だけで"この被害が予想されているのだ。

世界的に見るとどれほど被害が出るか、想定する事も憚られる。


こうして手詰まりとなっている現状、賢者殿に一石投じて貰うのも悪くない。

…というか、願ったり叶ったりだ。

どんな些細な事でもいい、何か切っ掛けを作ってくれるだけで有り難いのだから。


「1、2は分かるとして、3は分からない。

既知の間柄だとしてもほぼ初対面の筈だが…」

「ユー、情報を出して良いか?」

「其方も彼女なら調べれば分かる事だから構わない」

「そうだな、早い方がいいだろう。

明日の朝にでも送って貰うか」

「なんなら今すぐでも可能ですよ」

「頼んで良いか?」

「はーー「はいはい!僕がーー「駄目だ」

「…エルに頼む」

「はい」「ええ?」


息子達の応酬を止め、それでも睨み合う2人に溜め息を吐くと二重になった。

思わず親友と顔を見合わせて、更に苦笑した。


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