微塵
俺が剣を抜き下から上へ斬りあげる瞬間に左から右へ真横一文字の光を見た。
緑色光の縦一閃と白色光の横一閃によって、魔獣が四片に分かれて地面に散らばる。
自分でやっといて「うわ…」となるが、これが初めての魔物討伐ではないのだ。
顔を顰めつつも気を取り直した。
その肉片からは何か不穏な黒い靄のようなものが立ち込めている。
今まで何度か魔物を相手取って来たが、あんな謎の煙をだしているのは初めてだ。
あれが瘴気というやつなのだろうか。
先程の横線はと出所を目で追えば、剣を抜いてすらいないレヴィンに行き着いた。
レヴィンはその場に膝をついて胸のあたりを押さえて苦しそうにしていた。
その斜め後ろからチェルシーが緑色の光を纏って抱きついている。
回復魔法をかけているんだろう。
何故急に体調不良を起こしたのかは分からないが、黒い靄から離したほうが良さそうだ。
そう思い駆け寄ろうとして、死体が動いたのを目の端で捉えた。
動かない筈のものが動いたことにギョッとして、思わず剣を振った。
切ってから改めて見れば、やはりそれはクマだったものの肉片だ。
今は6つになった肉片が、それぞれ動いている。
脚を、長い体毛を、断面を、うごうごと動かしてもがく様はそんじょそこらのホラー映画よりもホラーである。
「ひっ、」
自分の口から声にならない悲鳴が漏れた。
思わずまた剣を振り、また動いてはビビるを繰り返してしまう。
何度も、何度も。
急に背後から抱えられる形で止められた。
ガクンと引き止められ、その衝撃で上半身が前に倒れる。
すると丁度自分の腹部が目に入り、鳩尾辺りに誰かの片腕が回されているのが分かった。
「落ち着け、もう死んでる」
ハッと我に返って顔を上げると目の前にはひき肉の山が出来ている。
当然のように俺は血塗れだ。
…気持ち悪い…、我ながらドン引きである。
引き攣った顔でギギギと振り返ると、高い位置に隊長の苦笑があった。
「す、すみません…怖くて…」
「良くあることだから気にすんな。
新人ってのは"足りない"か"やり過ぎる"もんだからな」
隊長はそう言って笑ったが、11班の面々が少し遠くでドン引きしているのが見えてヘコむ。
我が12班は全員ケロっとして「わーすごーい」などとひき肉を眺めている。
これはこれでリアクションとして間違えている気がするが、多少は気分がマシになった。
13班はこちらの事など全く意に介さず、レヴィンを運搬し介抱している。
彼らのえらく手慣れている様子をみるに、良くある事なのだろう。
隊長や他メンバーも気にせずあっけらかんとしめいるところからも、そこまで深刻な感じはしない。
持病とかなのかも?
それなら俺の出る幕はなさそうだ。
とはいえ、回復魔法を当てられているにも拘らずレヴィンは未だに苦しそうだ。
あれは本当に大丈夫なのだろうか…。
心配だ。
「…しっかし、なるほどなぁ」
隊長が呟いたのを聞いて視線を隊長の方へ戻す。
「ずっと不思議だったんだ。
真面目なルネ嬢が報告書に『グレートベア"だったと思われる"』なんて煮え切らない書き方をしてたことがな。
確かにこれじゃあ書類提出までに確認が間に合わないか」
「…」
隊長が言っているのは俺が王都へと来る道中で倒した魔物?か魔獣?の事だろう。
あの時の事は今だに記憶が曖昧なのだが、我に返ったら自他共に辺り一面血塗れだったことは覚えている。
現在の状況を踏まえて鑑みるに、きっと当時も無意識のうちに同じ事をしたのだろう。
改めて、我ながらドン引きである。
俺が思い返して落ち込んでいると、ボヤンがこちらに駆け寄って来た。
「隊長!!」
切羽詰まった声に全員が顔を向ける。
「どうした?」
「いつもならチェシーの魔法ですぐ治りよるのに、レヴィがっ、全然良くなんのです!」
その発言を聞いて、俺も血相を変えてレヴィンに駆け寄った。
喘鳴に喘いでおり意識も朦朧としているようだ。
どうも完全に寝かせると辛いらしくラトに斜めに抱えらていた。
その上でチェルシーに緑の光を当てられていたのだが、どうにも症状を軽減させる効果しかないようだ。
俺も少しは足しになればと手をかざす。
少々血塗れなのは目を瞑っていただきたい。
再生魔法は回復魔法の上位互換のようなものだと聞いた。
もしかしたら効果があるかもしれない。
そう思っての咄嗟の行動だったがそれなりに効果的だったようだ。
まだ苦しそうなものの先程よりかは大分呼吸がマシになった。
…だが、
直接魔法を行使したから分かる。
これはかなり予断を許さない状態だ。
間違いない。
俺に続いてわやわやと全員が集まって来た。
「病院に行くぞ!国営の方だ。
断られても無理矢理急患で捩じ込む!」
隊長が怒鳴るように宣言し、全員が頷いた。
その言に従って、俺達は来た時の数倍の速さで森を抜ける。
目指すは王都東南部に位置する白亜の国営市民病院だ。