邂逅
作戦を一通り聞いた後は詳細を詰めつつ現地へ向かう。
それにしても、隊長が全員に声を掛けていくので知らなかった11班の名前も分かるようになった。
11班は、女性2人男性2人のグループである。
喧嘩常習犯の女の方はドローレス。
深緑色の長髪とゴテついたスカートが目に着く。
眦のキツく、高飛車な感じがする。
その喧嘩相手はパトリック。
首元で切り揃えられた金髪、少し垂れ目ながらも気性の強さが窺える。
こちらも貴族っぽくて性格がキツそうな雰囲気だ。
2人を窘めていた枯れ草色の青年はコーネリアス。
コルという名称はコーネリアスという名前の愛称だったらしい。
両手の指腹を合わせるのが癖で、座っていた時は膝の上に乗せていた。
口端を少し上げただけのどこか草臥れた微笑は、まだ2人に対して怒っているのか目が笑ってないので地味に怖い。
最後の1人はガタイの良い、豊かな黒髪の女性で名前はルアンナである。
彼女は2人ーー後に+1名ーーが喧嘩を始めたあたりからずっと苦笑を浮かべてはいるが、その苦笑には何処か見守るような、そんな保護者めいた色を称えている。
関係としてはコーネリアスとドローレスが兄妹で、ドローレスとパトリックは幼馴染、ルアンナはコーネリアスの友人。
ルアンナが揉めてばかりの3人組を見かねて班を組もうと話を持ち掛け今に至るという。
班長はコーネリアスなのかと思っていたのだが、意外なことに比較的物静かなルアンナが班長である。
曰く、「ガキ2人の面倒で手一杯です」「コルは優秀だけど神経質で短気だから、アタシが執り成した方が案外丸く収まるんだよ」とのこと。
成る程なぁ。
隊長に続く面々は最初の方に言葉を交わした後、誰からともなく各班毎にまとまって歩いていた。
特に理由は無いが、なんとなくこの方が収まりがいい。
やはり班毎に慣れや雰囲気というものがあるのだろう。
俺達12班は相変わらず移動中は言葉少なだ。
これは主にアーチボルトが原因だと思う。
アーチは街中では異常な程コソコソしているので、どうしてもそれに引き摺られてしまうというか。
アーチボルトの不審者っぷりを眺めるのが割と楽しいというのもある。
11班はなんかもう殺伐としている。
パトリックとドローレスは懲りずに睨み合っているし、その2人をコーネリアスが口元だけ笑みのまま睨んでいる。
その後ろでルアンナが何も言わずに、悪ガキを見守る眼差しでついて行っている。
どうなんだろう、大丈夫なんだろうかあれは。
主にコーネリアスが怖い。
13班のあのお散歩みたいな感じなのもどうかとは思うけど。
そう思って、そっと視線を背後に向ける。
後ろではラトがレヴィンと手を繋いでいて、そのレヴィンに残り2人が話しかけている。
話す内容というのが何ともほやほやしていて、「今日は良い天気だね、レヴィ兄」とか「終わったら美味しいご飯食べ行こなぁ」とかである。
対する返事が「おー」とか「なー」。
子供の遠足か。
喉元まで出かかったその言葉を俺は飲み込んだ。
道沿いまでは車を出してもらえたが、そこからは全員歩いて現地に向かう。
魔法が無ければ体力がヤバかっただろうなあと思うくらいには歩いた。
遠すぎると思ったが、ヤバイ魔物がいるにしては王都からは近すぎないかと思い直した。
以前聞いた話では、奴はもっと遠くにいた筈だ。
もしや徐々に王都へ近づいているのか?
自分のその想像に背筋が寒くなった。
結局一体どれほど歩いたのか分からなかったが、体感2時間弱位だろう。
辿り着いた目的地は聞いていた通り、木々が避けるように出来た開けた所だった。
森の中にあって、人の手が入らずとも自然開けた場所のようだ。
朽木の残骸が見受けられるところを見るに、恐らく随分昔に立っていた大木でも朽ち枯れたのではないだろうか。
真相はさておき、実家の近所にあった小さい公園くらいの広さはある。
各自所定の位置を決めながら、木々や草叢に隠れてその時を待つ。
標的の現在地は発信機の位置を示す機器を持っている隊長と、その側にいる人物にしか分からない。
事前に見せてもらった感じだと、そろそろのはずだ。
そっと息を殺して潜んでいると、小さい地震を察知した。
震度2くらいかな?などと呑気なことを考えていたのだが、暫く後に誤りだと気づく。
一定の間隔で少しずつ大きくなるそれが、地震ではなく巨大な生物の足音だと理解したのは、バキバキと枝葉を搔き分ける音が聞こえ始めてからだった。
目で姿を捉える前に先んじて悪臭を感知して、その乾いてない雑巾のような獣臭い臭いに顔を顰める。
きた!
身構えして直ぐ、小枝を避けるように木々を掻き分けて黒い巨影が姿を現した。
…デカい。
見た瞬間心中にまず出た感想がこれだ。
その陳腐さに自ら呆れるが、実際問題デカい。
ゆっくりと歩み出てきた姿は、大きすぎて脳が生き物と認識しない。
現実感が湧かず、動く模型のようだと感じてしまう。
その身丈は優に周囲の木々の天辺と並び、所によっては追い越す程だ。
四つん這いの状態でこれなら二本足で立ち上がったらどうなるのか、目算したくもない。
全身を覆う黒い長毛は事前の報告よりも伸び、分かりづらくはあるがその体は以前資料で見た時よりもずっと痩せさらばえていると見える。
…俺の嫌な想像は合っていたのかもしれない。
つまり、こいつは腹を減らして食い物ーーここでは人間ーーが沢山密集している地域を求めて近づいて来ているのだ。
そう考えると剣のつかを握る手に力が入った。
絶対に、ここで、倒さねばならない。
ぎっと奴を睨みつける。
ワカメのように垂れる長毛で覆われ、獣らしい悪臭を漂わせている巨躯。
目を睨みつけてやろうと思ったのに、その毛が原因で目元の所在が分からない。
それどころか、どこからが脚で頭で身体なのかすらいまいち掴みきれない有様だ。
だというのに、爪と牙ばかりがギラギラと光って、いやに目に付いた。
そう、奴は立ち止り、牙を剥いて威嚇している。
奴の行く手を阻むように立ち塞がる人間がいるからだ。
少し洒落たデザインの黒い部隊服が絶妙に似合っていない筋肉質な大男ーーそう、隊長だ。
一匹と一人は睨み合い、己が武器を構えて動かない。
隊長は人間基準では大男でも、クマ(?)からすれば矮小な人間のはずだ。
にも関わらず足を止め唸り声をあげるばかりなのは、隊長がツワモノだと分かるからなのだろう。
「怖気付いてんじゃねえよ、クマ公」
そう言って隊長は矢鱈と楽しそうに笑う。
楽しそうな笑顔なのに眼差しは射すくめるように鋭く、その姿には闘気が漲っている。
皆が以前「カッコいい」と力説していたのも頷ける。
だがちょっと待って欲しい。
楽しそう過ぎやしないだろうか。
隊長は道中ずっとご機嫌で、「書類仕事なんかより俺ぁやっぱこっちのがむいてるわ」と言っていたのはーー疑っていた訳ではないがーー本当だったようだ。
かと言ってここまでノリ気だと、さっきまで神妙な面持ちでいた俺からすると微妙な気持ちにもなるけど。
隊長が買って出たのは、言うなれば足止めをする為の足止め。
ミック達が奴の動きを止める為の陽動だ。
本当は何人かでやるべきなのだが、本人が「やりたい」と言って聞かなかったのだ。
道中俺の耳元でコソッと囁かれた、「多分新人に良いとこ見せたいんだろう」という呆れ声は誰のものだったか。
俺もそう思う。