作戦会議
「なあ、副隊長遅くないか?」
そう言い始めたのは誰だったか。
ふと時計を見るといつもより40分近く遅れている。
言葉は悪いが隊長なら兎も角、副隊長がこんなに遅刻するなんておかしい。
不真面目に雑談に興じていた俺たちだったが、気にし出すと途端雑談内容は仕事の話にシフトされた。
騒つく室内の戸が勢いよく開けられ、疲れた様子の副隊長が早足で入ってきた。
「すまん、遅くなった。
さて、皆察しているだろう。
仕事だ」
"仕事"の一言で空気がピリッと緊張感を持つ。
そんじょそこらの魔物相手なら副隊長があんな深刻な顔をする筈がないと、誰もが分かっているのだ。
バンッ、と前壁のボードに紙が貼り出される。
黒緑色の黒板に白く映えるそれは地図だ。
どうやら南西の森を中心にした地図で、其処此処に印や目撃情報などが記載がされている。
討伐対象は初日から話題に上がっている熊型の巨大な魔物だ。
ホッキョクグマの2〜3倍はありそうな黒い奴。
副隊長の話によれば、既に発信機を魔獣に飲ませる事に成功しており、その上行動経路は確認済み。
これから奴の行く先に罠を仕掛けて倒す予定のようだ。
示された発信機の計器を覗いて魔獣の現在地を確認すれば、奴がいるのは自宅とは反対側だと分かる。
確認した俺はホッと息を吐いた。
作戦その他は休日のうちに隊長と調査&相談済みであるそうで、参加するのは指定の3つの班と隊長だとのこと。
そしてその班の一つというのが俺たちだ。
「11、12、13班。
今指名された者達は至急隊長室に向かいなさい。
残りは通常通りに業務連絡をする」
まだ新人の為、班名で言われても分からない。
とりあえず自分たちが12班であることは把握しているので背筋を伸ばす。
副隊長は地図と資料を纏めて先頭の席にいた枯れ草色の髪の人物に渡すと、伝えることは全て伝えたと言わんばかりに俺たちを含む3組から意識を逸らしてしまう。
それどころか、何時もの王都周辺の全体地図を貼り出してもまだ室内にいる事に気づくと、左手でしっしっと追い払う動作さえしてみせた。
仕方なくーーと言う訳でもないが、俺達はゾロゾロと連れ立って隊長室に向かう。
立ち上がった顔触れを見れば、顔見知りばかりだった。
初日に喧嘩して蔦植物の蒸し焼きになっていた2人がいる班と、レヴィンとその保護者達の班。
そして最後に俺達だ。
「失礼します」
「おー。いらっしゃい、宜しくな」
先頭のラトがノックして戸を開けると、椅子に座った隊長が片腕を挙げて応えた。
挙げられた手をそのまま差し向けてソファを勧め、皆が座るうちにテーブルに資料を広げた。
少々狭いが、詰めれば12人ちゃんと座れた。
全員が座ると、概要について説明を受ける。
例の熊型魔獣の目撃情報を集めた結果、敵の行動範囲がかなり絞られた。
その範囲と経路を確認するため、ここ数日は休み返上で隊長と副隊長は事に当たっていたらしい。
その間遊んでいた身空としては居た堪れない気持ちになるが、それを告げると隊長は笑い飛ばした。
「花祭りと被ってたしな。
3班や6班の奴らに探って貰うってのも考えたんだがな、祭りの日に仕事で呼び出すってのもなぁ、どうかって話し合って決めたんだ。
まあ、心配しなくっても大丈夫よ。
あの祭りはお前らにとっては遊び時でも、俺達おっさんにとってちゃそうでもねぇ。
酒飲みながら仕事の愚痴大会の方が楽しい祭りだぜ」
お前らも打上げに付き合えよ、と言って隊長はニヤリと笑った。
各々返事を返すのを見回し、話題変換の為かパンと膝を打った。
「強さをみるために一昨日ちょっくら1人で奴にちょっかいかけてきたんだがな。
毛皮の防御力が半端なかったぞ。
あれは生半可な攻撃は通らないだろう。
今回攻撃力が高い奴を揃えたのはそんためだ。
何とか足止めして、毛皮を焼き払って、叩く!
これだな。
火が効くことは既に確認済みだが…、同時に大分燃えづらいことも分かっている」
「その為の僕らですか」
枯れ草色の髪の男性が問う。
「そうだ。
なるべく広範囲に渡って体毛だけでも焼き減らしたい。
出来そうか?」
「じっ「「出来ます!」」
万年喧嘩組の2人が同時に宣言して立ち上がった。
男性の言を遮る形になり、彼が微笑で睨んでいるのだが良いのだろうか。
「俺の火矢で」「私の魔法で」
「は?」「何?」
息ピッタリで睨み合った。
コイツらある意味仲良いよなと思いながら、止める気にもならず眺める。
事あるごとに毎日同じような喧嘩をするのでもう慣れっこだ。
「私の補助がなきゃあんたの火矢なんてただの小火じゃない!」
「はあ?
俺の魔法が有ればこその作戦だろうが!
何を偉そうな事を」
「何よ」「何だよ」
「黙りなさい」
枯れ草色の青年が端的に嗜める。
穏やかな、それでいて威圧感に溢れた声だ。
言われた2人はビクッと過剰なほど体を跳ねさせ、黙った。
「また口鼻から麦藁を出したいんですね?」
え?"また"?
「い、いいえ、コルお兄様。ごめんなさい」
「コル兄様、ごめんなさい」
「黙れ」
「「ひっ」」
怯えて身を寄せ合う金髪の男子と深緑髪の女子を見て、"やっぱりお前ら仲良いだろ"と内心嘆息する。
「失礼しました。
隊長、続けてください」
「貴様が」「あんたが」
「カラシナ」
「「ごめんなさいっ!」」
コソコソ言い合いを再開した2人に端的な断罪宣言が飛ぶ。
カラシナとは"芥子菜"のことだろうか。
賢者スキルさんの表示によると、芥子菜は菜の花を細長くしたようなやつで、その名の通り辛く、和がらしの原料…。
麦藁も大概だがそんなもの口や鼻に突っ込まれるなんて、ビジュアル的にも生理的にもあまりに惨い。
喧嘩組の2人は割と美男美女なので刑罰を喰らっている様を想像すると笑いより憐れみが上回る。
だが、まあ、あの様子だと何度も喰らってるのに懲りずにあの調子なのだろうし、いい薬なんじゃないだろうか。
「落ち着け、後でにしろ」
11班連中のやり取りを隊長が苦笑いで執り成す。
「はい、就業後に執行します」
「「ひっ、ご、ごめんなさ「お騒がせしました。どうか続けてください」
隊長はその顔に苦みを深めると、頭を切り替えるように地図上の一点をトントンと叩いた。
「立ち回るのに丁度良さそうな場所も見繕ってある。
奴の見回り経路上で、尚且つ小さな広場になっている場所だ。
こちらは動きやすいが向こうさんにはちと狭いスペースしかない
その上硬い木が周囲に多いそうだから、あの図体では逃げづらいだろう」
「確かにあの辺りはアカガシやアイアンウッドが多いですからね。
ドングリなどは熱されると偶にはぜますから、万が一火が燃え移った時に気をつけた方がいいでしょう」
コルと呼ばれた彼が補足する。
そういえばうちの側にも炭作りの時活用したドングリの樫の木があったなと思い出す。
そうか、樫の木って硬いのか。
スパスパ斬れたけど。
隊長がコルに頷いて、大まかな流れについての詳細も話す。
「ドローレスとミッキー、ノエルで足止め。
その後コーネリアス、可燃性の植物をなるべく奴の全体に頼む」
「ユーカリやカバノキでいいですか?」
「種類を言われても分からん。お前に任せる」
「了解です」
「ボヤン、その上に油類をかけることは出来るか?」
「んー、いける思うけど、どうやろなぁ。
いける思うけど。
周りの木がどんな感じになってるかが分からんもんで」
「無理そうなら、ミッキー」
「はいはい了解っすよー。
足場は任せてください」
「おー、おー。よろしゅう」
「任せろー」
隊長はミックとボヤンのやり取りに頷く。
「そこにパトリックが着火。
ルアンナ、ユキヒサ、俺で叩く。
アーチボルト、様子を見て火傷しないように冷ましてくれ。
だが加熱することで奴の動きが悪くなるなら更に温度を上げてくれても構わない。
言ってくれればこちらで気をつけるから」
「ああ」
「13班は補助を頼みたい。
奴を広場から逃したくないからな。
レヴィン、いざという時は頼む。
無理だけはすんなよ」
「任せろ!
なんなら俺1人でブッ飛ばして「やめなさい、このお馬鹿さん」
レヴィンがパッと身を乗り出して声を上げ、ラトが慌ててその口を塞いで自分の方へ引き寄せた。
レヴィンは途中で遮られたにも関わらず、ラトに大人しく拘束されている。
暴走を止められるにしても11班とは大違いだな。
そう思いながら、ラトレヴィンと未だに怯えてコルに視線をチラチラ送る2人を見較べた。