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無能賢者と魔法と剣  作者: 秋空春風
第7章 勇者と饗宴
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酒宴


小部屋に場を移してから一時間後。

室内はちょっとした宴会騒ぎになっていた。


エルマーの気遣いでーーいや、もしかしたらデリックを会場に戻したくなかっただけなのかも知れないがーー、テーブルには酒類と軽食が並べられている。

用意した当人は既に退室しているが、それ以外の人々はそのままここに滞在している。


最初のうちは、少し心配だった。

パーティの目的の一つであるところの聖者が半数以上ここにいるというのは、イベント的に大丈夫なのだろうか、と。

だが、すぐにその考えはどっかにいってしまった。

宰相補佐官をしているエルマーの采配なのだから、きっと大丈夫なんだろう。


大丈夫じゃなくても、なんかもう面倒くさい。

頭がぼうっとするし、何故だか無駄に楽しい気分なのだ。

知らない人に余計な事を話しかけられて、この気分を台無しにされたくはなかった。


きっと俺は酔っているんだろうな。


手元の赤い液体をちょっとずつ呑みながら思う。

このグラスに入っているのはベリー系のお酒らしい。

"らしい"というのは、勧められたものを何となく飲み始めただけで酒の名前すら知らないから。

味と香りからしてベリーっぽい。

どういうお酒なんだろう。

とりあえず甘くて、美味しい。


コレを勧めてくれたのはノエルだったので、「お酒って甘くて美味しいんだな」と笑顔で言ったら、「…お前が好きそうなのを選んだから…な。…普通のは別に甘くないぜ…」と言われた。

試しに姉が今煽っている透明なやつを飲んだら、信じられないくらい不味くてびっくりした。

口直しに慌てて手元の赤いのを飲んだ。

そんな俺を見て姉と聖具師は笑っていた。


なんだろう、アレ。

なんか嫌な香りがしたし、喉が焼けたかと思った。

"よくもあんなものを次々と飲めるな。やはり味覚音痴なのか?"とは思ったが言いはしなかった。

姉以外にも飲んでる奴がいる。

俺は空気が読める男なのだ。


あれは所謂"上級者向け"という奴なのかも知れない。

コーヒーも、苦いから最初のうちは苦手な人が多い。

きっとお酒もそんな感じのあれなのだ。


姉は「清酒には甘いものだね!」と言ってあのお酒とケーキを摘んでいたが、本当もう意味が分からない。

あんなもの飲みながらケーキを食べたらケーキが台無しだ。

あの酒の如何はともかく、姉は絶対味覚音痴だ。

前々から思っていたが間違いない。

改めてそう思った。


もう他のお酒怖い。

美味しいコレだけ飲んでようと決めて、何の気なしにぼんやりと周りに耳を傾ける。


俺の左隣ではトーマスとノエルが何かの商談をしていて、右隣では姉と聖具師が盛り上がっている。

そして正面ではデリックがルネに説教をされていた。


デリックは座っている椅子を横にされ、正面を無表情のルネに陣取られていた。

ルネはデリックに飲み食いを決してさせず、淡々と反省点を説き聞かせている。


「ディリ兄様、聞いていますか?」

「聞いているよ、ルネ」


チラチラとテーブルや他の人を見るデリックに、ルネが厳しい声をかける。


「もういいじゃないか、僕もお酒を飲ませてくれ。

皆と楽しい話がしたい」

「きちんと私の忠言を理解なさったらそうしていただけるのですよ」

「分かったって、反省してる、うん、本当反省してるよ。

次からはもっと分からないようにやる、約束する」

「全然分かっていないではありませんか!」


アレはダメだな。

ルネが諦めるまで続きそうだ。


横からの「宝剣だ!」という大きめの声に少しびっくりして、そちらに目を向ける。


「私たちの祖国、日本に伝わる伝説にあやかって嵐を呼ぶ刀を作ろうよ。

私が専用の陣を刻もうじゃないか。

名は"江戸亀戸天神"の宝剣、刻銘は"天国"だ!

まあ、雨風で敵を滅ぼせる訳でもないし、ただのロマンでしかないんだけどね」

「いんや、良いじゃねーの。

アリだろ、アリあり。

天へ翳すと雷鳴轟き豪雨が吹き荒れる!

稲光に照らされる一振りの剣!

それが儂の打ったもんだってんだろ?

イカすじゃねえか!」

「そうかい?

じゃあ決まりだね!

なんか、こう、嵐を呼びそうなカッコイイ剣、打ってよ、爺ちゃん!」

「任せろ!」


ああ、なんかこっちはたのしそうな話をしているなあ。

かっこいい剣、いいな。

えど、あまくに?

その伝説はよく知らないけど、日本の伝説剣ってことは刀なんだろうか。

わあ、俺には使えなさそう。

だって刀、難しそうだもん。


未だ見ぬかっこいいファンタジーソードに夢を馳せていると、反対側から「のります!」という大きい声が聞こえてきた。


そちらを見るとトーマスとノエルが立ち上がって握手していた。


「いやぁ、助かります。

ヨシカさんが沢山魔法時をお描きになるんで、材料不足だったんですよ」

「他のも買ってくださいよ」

「勿論です。

ああ、うちからもお勧めしたいものがありまして」


トーマスは柔らかく微笑んで、よっこいしょと腰掛け直した。

ノエルの方は無表情でサッと座ると姿勢良く背筋を伸ばす。


ノエルは相変わらず無表情なので分からないが、トーマスのどこかホッとした様子を見るにきっと何か話し合いが上手くいったんだろう。


良いことだなぁ、よかったなぁ。

なんだかよく分からないが、俺も嬉しくなってきてニコニコと微笑んでしまう。


楽しい気持ちと笑顔のままテーブルの皿に手を伸ばし、マドレーヌみたいなお菓子を少しずつ食べていたら急に頭を撫でられた。

腕の持ち主を辿ると姉がいた。

姉がニコニコしながら俺を撫でているので、俺もニコリと返す。

そしたら今度は抱きついてきて「かわいいかわいい」とうるさくなったので、引き剥がして撫でている手を叩き落した。

ものには限度というものがあるのだ。

でも、叩かれても姉は嬉しそうだった。


「美味しい?」

「うん」

「お前はかわいいなぁ」

「ううん」


俺はフルフルと首を横に振った。


「かわいくない。

かわいいよりカッコいいがいい」

「大丈夫、雪くんはカッコイイよ!

強く正しく優しいヒーローだよ!」

「馬鹿にしてゆ、だろ」

「してないって」


疑わしいと睨んで示せば、姉は両手を挙げて降参の意を表明した。


「普通は"お前今日から勇者な"って言われてすぐに他人の為に戦おうなんて思えないよ。

ちゃんと自分で決めてお仕事してる雪くんは偉い!

そして剣を振るう姿が最高にカッコイイよ!」

「…そうか?」


うーん、と考えて。

そうかなぁ、と思って。

そしたら嬉しくなってまた笑顔が沸いてきた。

俺が笑うと姉が悲鳴をあげる。


「可愛い!ああ!私の雪くんが可愛い!

くぅっ、私ってばこの笑顔のために生きてんなぁっ!」

「おねえちゃん、うるさい」

「はっはっは。

ああ、もう、こんな甘くてアルコール度数の高いお酒飲んで…。

大丈夫かい?お水飲める?」


差し出された水を受け取る。

そういえば、さっきからずっと赤いのを飲んでいるというのに喉が渇いた。

不思議に思いつつも水を飲む。

冷たくて美味しい。


姉は水と入れ替えに俺の手から酒を取り上げると、それを飲み干してしまった。

「あっ」と言う間にはもう無くて、「わぁ、レディキラーだ」という言葉に首を傾げた。


「レディキラーにお前が引っかかってどうするの」

「れでぃきらーって何?」

「お持ち帰り用のお酒ってこと」

「お土産なのか?」

「まぁ、そうだね。一夜のお土産だよ」

「一夜の?

この酒、そんなに賞味期限が、短いのか?」


お酒は賞味期限が長いイメージがあったので驚いた。

だが、姉は笑いながら首を横に振った。


「いやいや、そっちじゃねぇよ。

ったく、可愛いなあ」


首を傾げていたらまた頭を撫でられた。


なんなんだ、もう。


文句の一つでも言ってやりたいのに、頭がぼんやりして回らない。

姉の手の体温で眠くて舟を漕いでいたら、姉に肩を寄せられた。


「眠いんなら寝てて良いよ。

肩でも膝でも貸したげようね。

ほらおいで」


言われるがまま体重を預けると、いつの間にやら膝枕させられていた。

お城のソファで寝転ぶとか良いのか?

でも、なんかもういいや。

眠いし、起きる気力もない。


「…こうなるとは………あの酒、勧めるべきじゃなかった…か?…すまない…」

「いやいや、気に入ってたみたいだよ。

美味しいものを紹介してくださって、ありがとう。

単に疲れたんだろう。

今日は朝から忙しかったからね」

「そう…か」

「ねぇ、さっきさ、奥さんの話が出たじゃない。

泣かせてばっかりだって。

私で良ければ相談にのるよ」

「…」

「恋愛相手の相談には自信はないが、人間関係を円滑に進める技術に関してなら私に一日の長があるぞ。

そうじゃなくとも、他人に話してみるというのは考えをまとめるには良い手段だろう。

ね?お姉さんん相談してみないか?」

「…………」


ノエルが何か言った気がした。


なんて言ったんだろうと気にはなったが睡魔には抗えず、俺は意識を手放した。



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