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無能賢者と魔法と剣  作者: 秋空春風
第7章 勇者と饗宴
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雑談


部屋の一角が異様に騒がしい。

おっさんと姉が膝を付き合わせ、子供みたいに目をキラキラさせてわいきゃいと盛り上がっているのだ。

2人の前には聖具師が会場からくすねてきた透明な酒瓶が二つのグラスと共に並んでおり、2人はそれを偶に煽っていた。


会話の内容に耳を傾けると、物作りの拘りについて滔々と語らっているようだ。

機能美だとか、作業効率だとか。

なんかもういっそ清々しいほど自分達の世界で会話を続けている。


俺とルネ、トーマスとノエルは半ば呆気に取られて姉と聖具師を眺めていた。


共同で何か作ろうと言い出した所まではぼんやりと聞いていたが、内容が専門的なものになり始めた辺りで耳を横滑りし始めた。


「ああそういえば」と淹れてもらった紅茶の存在を思い出し一口飲むと、すっかり冷え切ってしまっていた。

それでも美味しいのは高級なものだからだろうか。


ほっと一息吐く。


ノックの音で顔を上げた。

ルネが「はい」と返事をすると「失礼します」言って男性が入って来た。


見れば、それはルネの下の兄のエルマーだった。

いつも難しい顔をしている彼だが、今は更にその色を濃くしており一目で物凄く不機嫌だと分かる。

入室時の動きがおかしい事を不審に思い、原因を探るとエルマーが右手に引きずっている物があるらしい。

よく目をやると、それはルネの上の兄のデリックだ。

こっちは引きずられているにも関わらずご機嫌な様子である。


え、何その状態。


「謝罪させに来ました。

デリック!ちゃんとしろ」


エルマーはデリックを目の前に放り、トドメとばかりに前へ蹴り出した。

転がり出たデリックは一回転した後にスチャッと立ち上がり、弟へニッコリと微笑んだ。

実に手慣れている。

よもや彼はこのような扱いが日常茶飯事なのだろうか。


「もちろん!

ちゃんと準備してきたさ!」

「は?」

「準備?」


何故か自信満々のデリックを彼の弟妹たちが訝しげに睨んだ。

かと思うと、何かを察知した2人してハッとして、みるみる顔色を悪くした。


「…っは!?」

「は?馬鹿か、やめろ」

「ディリ兄様、馬鹿なことはおやめ下さい!」

「デリック!やったら蹴るからな、おい!」


デリックは静止させようと殺到した2人をヒラリヒラリと見事に躱した。

そしてスタスタと大股で歩く。

向かったのはいつの間にか立ち上がっていた姉のところだ。

ちょうど姉の手前にやって来ると、デリックは躊躇うことなく片膝をついてパッと何かを姉に差し出した。

何かと思えば大輪の赤薔薇である。


事態について行けずに呆然とする室内を置いてけぼりにして、デリックは満面の笑みで声をあげた。


「ヨシカさん、僕と結婚してください!」

「お断りします」


即答だった。

躊躇いも戸惑いもない。

この事態を予測していたとでも言うのだろうか。

それはもう取りつく島もないほどハッキリとした即答だ。


これにはデリックも目を見張った。


「えっ!?

どうしてですか?」


デリックが目を見開いたのとは対照的に、ルネとエルマーは目を細めてジトッとした視線をデリックを睨んだ。


「当たり前だろう。

何を驚いているんだ、この馬鹿は」

「まずはヨシカ様に謝罪してください」

「私とルネを避ける為だけにまた闇魔法を使ったな。

気軽に使うなといつも言っているだろう」

「ディリ兄様は女性へ告白などなさる前に、デリカシーと呼ばれるものを学んでいただけますか」

「とりあえず宣言通りに蹴るからな」


最後の一言を言うが早いか、エルマーがデリックの腹を蹴り上げた。

その一撃は上手いこと鳩尾にクリーンヒットしたようで、鈍い音とくぐもった悲鳴が聞こえた。


実に痛そうである。


見ていただけなのに何となくお腹が痛くなったような気がして顔を顰めていると、俺やデリック以上に不愉快そうな顔でエルマーが吐き捨てるように舌打ちした。


「ちっ、手加減させられたか」

「え、エル兄様。暴力はいけません」


闇魔法で手加減させたのか。

というか、手加減してあれなのか…。


エルマーは悪態から一転、優しくルネの肩を叩くと姉に向き直り頭を下げた。


「賢者様、うちの愚兄が失礼しました」

「いや、特に気分を害してもおりませんし、お気になさらず」

「おかしいですね。

ヨシカさん、何故即答で拒否出来るんです?」

「デリックは黙っ……ちょっと待て、お前…」

「貴方という人は…」


エルマー、ルネのコンビが再度絶句した。

邪気無く不思議そうにしているデリックと、彼を睥睨する弟妹。

そのやり取りを見て姉は笑った。


「あはは。

私は魔法の類いが効かない体質なんですよ。

残念でした」

「おや、そうなのですか。ふふ。

効かないなら、しょうがないですね。

うん。それはさて置き、改めて、僕、どうですか?

自分で言うのも何ですが、僕ってなかなかの優良物件ですよ?」

「お前は…。

何が優良なものか、お前は事故物件だろうが」

「そうかな?」

「まあまあ。

デリックさんは見目麗しく楽しい人だと思いますよ。

優良物件というのも間違いではないかと。

優秀でいらっしゃいますし、家柄や人当りもよろしいですからね」

「ですよね!」

「デリック、黙ってろ」


ぱあっと嬉しそうにするデリックと、それを嫌そうに睨むエルマー。


「お断りさせていただいたのは個人的な理由でして。

私は早い話が結婚意欲が全くないんですよ」


すみません、と姉が笑った。


「それにデリックさんと私では結婚生活とか上手くいかないでしょうしね」

「えー?そうですか?

毎日楽しそうじゃないですか」

「楽しいのは友人だからですよ。

人にはそれぞれパーソナルスペースや望む距離感というものがあるじゃないですか。

それがデリックさんと私では違いすぎると思うのです」


デリックさんがハテナマークを頭上に浮かべた。

それはもう"全く理解出来ません"と言わんばかりのポヤンとした顔をしている。


「姉の心が狭いって言う話?」

「いや、お互い様じゃない?

だってデリックさん、他者への許容範囲が狭い人間不信でしょう?」

「え?僕ってそんな風に見えます?」

「いや、だってそうじゃなかったらそんなにホイホイ闇魔法使う必要ないじゃないですか」

「…貴女の前ではあまり使ってないと思うのですけど」


姉が苦笑して「それ、ほぼ自白ですね」と言った。


「私は貴方が何回使ったかを見て言ってるんじゃありませんよ。

貴方が闇魔法を使用する時の場面や使い方、反応なんかを見て言ってるんです。

それに、責めてる訳でもありません。

いいじゃないですか、人間不信。

何が駄目なんですか。

だって他人なんて他人でしかないんですもの。

好き嫌いとか関係ないですよ。

かく言う私だって人間不信です。

いいですか、私が最も嫌いな言葉の一つが"信頼"です」

「ええ…?」


あまりの言い草に思わず困惑の声を漏らしてしまった。

俺のドン引き具合を無視して姉が続ける。


「閑話休題。

ここで問題なのはそっちじゃなくてですね。

対人許容範囲が狭いって方なんです。

まあ、例の如く私もなんですけど。

私とデリックさんはその範囲から出た人間に対する処置が競合してしまうんですよ。

デリックさんが他人を自分に合わせて調整するのに対して、私は他人を分析して先回りして対応させるタイプなんです。

つまり長時間一緒にいると互いにやりたいように出来なくてストレスが溜まるんです」

「…すげぇ。

第三者を自分の好き勝手にする事を大前提で話してやがる…」

「ある程度は合わせてあげてるだろ」

「おおう…」

「ううん、確かにそうかもしれません」

「この説明で納得するんすか」


呆れ混じりに相槌を打つ。

デリックの弟妹達は絶句しているのか反応がない。


「友達なら良いんですか?」

「もちろんです」

「では、友達でお願いします。

そして敬語を撤廃してください。

僕もやめますから!」

「あ、そうかい?

じゃあこれからもよろしくね」

「ええ、よろしく」


笑顔で握手を交わす。

とりあえず姉とデリックの間では和解したらしい。


はあ、と溜め息が重なった。

俺の他は誰だったのか、可能性が多過ぎて特定出来ない。


「因みにヨシカさん占いでは、僕に合った結婚相手ってどんな子?」

「えー?そうだなぁ…」


何の気なしに尋ねたデリックに、姉が心底困った様子で口籠った。

あんなにあからさまに嫌そうにしているのは姉にしては珍しい。


「私が恋人選びにアドバイスするとなあ…。

最初は上手くんだけど、最終的には大体悲恋で終わるからあんまりお勧めできないんだけど…」

「構わないよ。参考までに」

「う、うーむ。

全く当てにしないで私の戯言と聞き流してくれるなら話すよ」

「うんうん。大丈夫大丈夫」


姉の不吉な理由も怖いが、デリックの気のない返事も怖い。

本当に大丈夫かよ…。


「そうだねぇ、うーむ。

デリックさんを許容してくれる自己完結系の無口な子、かな。

こういう子は他人のやる事にあまり干渉しないから自分の世界観が区切られてるタイプと揉める可能性が低いからね。

ただし疎遠になりがちだろうな」

「ん?んー?」

「次点で面倒見が良くて包容力のある子だね。

好き勝手してても相手してくれるし、最終的には許してくれる。

でも、やり過ぎるとキレられるよ。

そしてキレたが最後機嫌をとるのが難しいだろうね。

うーむ、どっちも相手によっては破綻の可能性があるから強くは勧められない。

結局は実際に会って話した相性だよ」


姉は自分の発言にうんうんと頷いた。


なんか一々具体的且つ辛辣だな。

確かに聞き流してくれと前置きはしていたが、大分酷い物言いなんじゃないだろうか。


良い言い方をするなら、気を遣わない間柄になれたと言える。

悪い言い方をするなら、やっぱり会場で集られた件についてちょっとは怒ってたのかもしれない。


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