催眠
メイドがお茶を淹れてくれたので全員で一息つく。
完璧無表情のノエルと、表情薄弱のルネ、そして倦怠感を浮かべている俺と嘘臭い笑いを貼り付けている姉。
全員が明後日の方向を向いてぼんやりしていた。
日中にそれぞれ忙しく動き回っていたから、そろそろ疲労が出てきてるんだろう。
ノエルも仕事してたって言ってたし。
はあ、と息を吐く。
「そういえば、良いのか?魔法道具」
「え?ああ、私が魔法道具作れると暗に言ったことについて、かな?
前に偽名使ってひっそりと活動するって宣言してたもんね」
「それ」
「大丈夫大丈夫。
見られても平気なものを持って来てるから」
「…その言い方だと平気じゃないのもあるみたいだな」
「知られたらマズイっていうか、面倒臭いことになりそうな物、だね。
法に抵触する様なものは作ってないよ。
蒼くんとやってる研究で開発した物がそれに該当するかな。
今回持って来たものは既存のものをいい感じに改造したヤツだからまだ大丈夫。
注目されたくなかったから使わないに越したことはなかったんだけど、メリットもあったことだし結果オーライ!」
「良いならいい。
で、最後にやってたアレは何なの?」
「アレ?」
「袖」
「ああ」
さっきもそうだが、単語だけで聞きたい内容が直ぐに分かるって地味に凄いな。
「あれは"あなたは私の敬愛する友人です"っていう意味を示す動作らしいよ」
「へー」
「…友人にすることもあれば、愛の告白を断る時にもする事もある…。
…つまりそういう事」
ノエルの補足説明に、姉が押し殺した笑い声をあげた。
「くくく、そうらしいねぇ」
「どうせ勘違いされるって分かっててやったんだろ。
ラブレターでも貰ったかのように態と振舞ったりして、タチ悪い」
「んー?どうかなぁ?」
「…」
戯けた言い方にイラッとして睨む。
睨まれた姉は怯むどころか笑った。
「怒んないの。
大丈夫大丈夫。
デリックさんは闇魔法使いなんだよ?
それに言ったでしょ?"後片付けはよろしく"って」
「あれはもしかして…」
「うむ。
告白してフラれただなんて勘違いされたままにしたくなければ、頑張って魔法使ってね!って意味。
悪戯返しだよ」
「あー、なるほど」
性格が悪い。
いや、今回に於いてはデリックも相当アレだが、姉も負けてない。
姉の人身掌握術も、一歩間違えば催眠術みたいなもんだ。
それにしてもデリックさん。
他人の気持ちを、本人の許可もなく好き勝手に操作しちゃダメだろ。
緊急時だとかならいざ知らず、遊び半分だなんて倫理的に色々とダメだ。
緊急時…、か。
うーん、具体的に言うと、何だろう。
災害時の避難誘導とかは絶対役立つよな。
パニックにならずに済むから二次災害、三次災害を防げる。
後は、鬱などの精神疾患の改善とかには凄く役立つんじゃないだろうか。
催眠セラピーとかいうのも聞いたことあるから、きっと効くと思う。
闇魔法なぁ。
悪く使おうとしたら底抜けに悪い使いかたが出来てしまいそうな魔法だ。
でもそんなの他の魔法も同じだしな。
よく聞くアレだ。
刃物があっても、それで他者を害するか林檎を切るかは持ち主次第って奴。
闇魔法も使い方によっては凄く役に立ちそうな魔法だな。
「ユキヒサ様…」
「ルネ?」
名前を呼ばれて目を向けたらルネが涙目でこちらを見ていたからびっくりしてしまった。
「どうした。また具合悪くなったか?」
「………いえ」
ルネは俯いて首を横に振る。
膝に置かれた手を見れば、指が白くなるほど握りしめて震えていた。
「本当に大丈夫か?」
「はい」
「そうか?無理はするなよ」
「…っはい」
「?」
言葉とは裏腹に、ルネは感極まったように両手で顔を覆ってしまった。
対応に困って視線を彷徨わせると、真っ先にニヤニヤ顔の姉が視界に入った。
ムカついたのでサッと視線を逸らす。
背けた先のノエルを見れば、こちらはジェスチャーで「慰めろ」と示していた。
結局どうしていいか分からないので、とりあえずルネの背中をさすってやった。
暫くして大分落ち着いたようだ。
「すみません」
「大丈夫か?」
「はい、ありがとうございます」
「どうしたんだ?」
「…いえ、お気になさらないでください」
「そうか」
泣いていた訳ではなさそうだが、上げた顔はまだ耳が少し赤かった。
結局ルネが何故動揺していたのか分からないままだ。
首を傾げてルネを見ていたら、尋ねる前に先んじて大丈夫です」と言われてしまった。
聞かれたくないと言うならそっとしておくべきか。
そう思いルネの背中から掌を引いたタイミングで、"バンッ"と大きな音を立てて戸が勢いよく開けられた。
何の前触れもなく突然破られた静寂に、体がびくっと跳ねる。
「嬢ちゃんいるかぁ!」
俺と同様に飛び上がった面々は、何事かと振り返った。
「おう、勇者の兄ちゃんもいんのか!
じゃまするぜ」
戸の向こうで立っていたのは、何処かで見た覚えのある人物だ。
背の低い、このムさい髭面のおっさんは誰だったか…。
衝撃から逸早く立ち直ったのは姉だった。
「おや、かくいう貴方は聖具師さんではないですか。
どうしました?」
「おうおう。
さっきの仕掛けを知りたくってなぁ!」
「おや、ふむ、気に入っていただけましたか」
「ああ!」
聖具師が二カッと笑う。
それに応えて、姉がニヤリと笑って指を汲む。
「まあまあ、立ち話もなんですから、どうぞ座ってください。
トーマスさんもそんな後ろにいないでどうぞこちらへ」
言われて気づいたが、聖具師の後ろでトーマスが困った顔で立っていた。
2人とも促されるまま席に着く。
話によると、姉の手品じみた催し物に感銘を受けた聖具師は使用した魔道具についての詳細を聞きたくなってしまったらしい。
だが探してもホールに姉はいなかった。
それでもどうしても話したいがために彼はトーマスを捕まえて詰め寄ったのだそうだ。
仕方がないので、仕事もそこそこに切り上げてトーマスはここまで案内してやって来た、と。
因みにトーマスはノックしようとしたのに、横から聖具師が戸を開け放ってしまったのだそうだ。
なるほど、憐れトーマス。
…ん?あれ?
そういえば、今日のトーマスの仕事は姉のフォローとか言っていたのに、姉放置で商売関連の仕事をしているという方が間違っているのでは?
自業自得だったか。