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無能賢者と魔法と剣  作者: 秋空春風
第7章 勇者と饗宴
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闇魔法


嘘臭いくらい和かに会話を続けていた2人だったが、その後何事もなくあっさりと解散した。

突っかかっていた連中はその様子を呆気にとられて見ていたが、姉がくるりと視線を向けると慌て始めた。


動揺仕切りの面々に笑い掛け、労わるように眉を下げた。

声を潜めて何事か言おうとしているのを見て、俺はすかさず聴力を上げた。


「事情は分かっておりますから大丈夫ですよ。

お互い災難でしたわね。

次からは彼の居るパーティでは気をつけた方がよろしいでしょう」


姉の言葉に対して、彼らは安堵や謝罪の言葉で返している。


…彼というのはデリックの事か?

…よく分からないが、…いや、本当に何が何だか分からないが…。

とにかく丸く収まりそうで何よりだ。


騒動渦中の人々が散り散りになると、会場はすぐに元の喧騒を取り戻した。

姉が弱めた灯りや出した花も、目を離した間にすっかり元どおりになっている。


何が出来た訳でもなかったが、とりあえず穏やかに終幕したようで良かった。

TPOを弁えない姉ではないし、やり返すにしてもこの場で酷い事はしないだろうとは思っていたが、正直、「主犯に手持ちのブランデーをぶっかけ返すんじゃないか」とか「よもや殴ったりはしないだろうな」などとヒヤヒヤしていたのである。


一歩間違えば起きたかもしれない惨事を想像して、改めてホッと息を吐く。


俺達は報告がてら1度ルネの元を訪れることにした。


「ルネ、大丈夫か?」

「はい、ご心配をおかけしました。

…それで、どうでしたでしょうか」


ルネのおずおずとした問いに応えていると、途中でノック音が部屋に響いた。

返事をする間もなく勝手にガチャリと戸が開けられた。

振り向くと、姉だった。


姉は中を覗いて俺達3人を見つけるとパッと微笑んで入って来た。


「皆様、ごきげんよう」

「…なにやってんだよ」


姉はあの騒動の後、野次馬、対立者達、デリックをサラリと笑顔と社交辞令で躱してすぐに何人もの人に群がられて話をしていたはずだ。

それがどうしてこうも早く抜け出して、現在シレッと目の前に現れているのか。

俺は問う視線を向けるが、姉はへらへらと笑いながら手を振りつつ俺の隣に腰掛けた。


「相席よろしいでしょうか?」

「もう入ってきてるし、座ってんじゃねえか」

「いいではありませんか。

減るような物でもございませんでしょう?

ねえ、オルブライト様?」

「…構いません」

「ふふ、ありがとうございます。

ああ、すみません、自己紹介が遅れました。

私、芳佳 長良と申します」

「ノエル・オルブライトです」

「いつも弟がお世話になっております。

これからもよろしくお願い致しますね」

「…勿論です。

こちらこそ…よろしくお願いします」


普段とあまりに違う態度の2人の慇懃無礼な遣り取りに顰めっ面になっていると、そんな俺を2人してじろじろと眺めてきた。

態度はそのままだが、こちらを見てリアクションを楽しんでいるのは分かる。


「…周りが敬語で話してると、俺が異端っぽくなるな」


恨めしく思って2人にジトッとした目を向けると、姉は笑った。

ノエルは何故か今だにあの謎微笑を続けているが、右手はサムズアップをしていた。

そんなノエルを見て、姉は更に笑った。


「オルブライト様は楽しい方ですね。

一緒に仕事が出来る弟が羨ましくなってしまいますわ」

「…そんなことはありません。

妻には、いつも悲しい顔をさせてしまう、ダメな男です」

「まさかまさか」


ちょっと待て。

今聞き捨てならない発言を聞いたような。


「え、お前…、既婚者なのか?」

「はい」


おおう、そうだったのか…。

何だろう、何か、ショックだ。

何に対する衝撃なのかはわからない。


「…俺と同じくらいの歳かと思っていたんだが、実際にはもっと上なのか?」

「18です」

「俺の一つ上で既婚者…」

「…え、お前…一つ下…なのか…?

もっと下だと…」


ノエルはノエルで俺の年齢を知って衝撃を受けたらしい。

口調が素になっていた。


「雪久様。

オルブライト様は子爵位を授かっておられる方です。

貴族というのは、幼少期から親が決めた婚約者が居ることが多いものなのだそうですよ。

既婚者であっても不思議はないかと存じます」

「姉はもうその喋り方止めろ。

鬱陶しい。

ノエルも。

ここなら個室だし普段どおりでいいだろ?」

「そうかい?」

「…いえす、さー」


俺が顰めっ面で言った言葉を聞くと、姉とノエルは同時に外面笑顔を引っ込めた。

替わりにノエルはいつもの無表情に敬礼を、そして姉はニヤリと笑って脚と腕を組んだ。


「とりあえず、姉、説明よろ」

「ん?ああ、デリックさんとの絡みについてか。

おーけーおーけー。

ルネちゃん、話しちゃってもいいかな?」

「!……お願い致します」

「…」

「?」


姉がルネの顔色を窺うように尋ねた。

態々発言の許可を取っているのを見て、俺は首を傾げた。


何故態々ルネに確認を取ったのだろう。

何か言ってはマズイ内容でも含まれているのだろうか。


「うむ、なら良いか。

そうだね。

結論から言えば、今回の件は単にデリックさんの悪戯だよ。

ちょっとばかし度を超えてるし、タチが悪いけどね。

彼は恐らく闇魔法使いだ。

違うかい?」

「…いえ、合っています」


ルネが溜め息を吐いた。

珍しい。


俺がどれだけ面倒を掛けても嫌な顔一つせずに応対してくれていたのに、今は暗然とした雰囲気で佇んでいる。

やはり身内の不祥事には通常よりも心を痛めるものなのだろう。

俺も姉が暴力沙汰を起こすと頭が痛いもんな。


ルネが少し微妙な顔を一瞬俺に向けた。

何だろう。


「早い話が、デリックさんは私にちょっかいかけたいが為にあの会場に闇魔法をぶっ放したってことだよ。

闇魔法っていうのは、人心操作ーー催眠術みたいなものだと言ったら雪くんにも分かりやすいかな?」

「催眠術…」

「そうそう。

人によってかかりやすさとかが違うし、元々その人が持っている感情を増減させるくらいの効果だから、他人を好き勝手にできる魔法ではないよ。

ある程度融通は利くんだろうけどさ。

ただ、国際的なパーティでこれをブッパとか、はっはっは、マジでヤバイ人だね。

ふふふ」


なにわろてんねん。


いや、だが確かに。

今日は他国の王族とか貴族とか重役とかが招かれてるんだろ?

ヤバイ。


「しかも目的が単なる悪戯ってさ。

そりゃ問題児呼ばわりもされるよ」

「ご存知でしたか…」

「ユージンさんに聞いたよ」


問題児呼ばわり…。


「まあ、対象者が全員国内貴族だったっていうのは不幸中の幸いというか、ーー狙ったんだろうね。

それに最低限の配慮というか最低レベル過ぎる配慮なんだけど、一応止めに入る準備はしてたよね」

「そういえばデリックさん、あの時姉の近くに居たな」

「そうそう。

寧ろ自分が颯爽と現れて助けるとこまでが計画の内だったのでは?って感じ?

あの様子だとその後のギスギスは気にしていなさそう。

お父様に丸投げする気だったのかな?」


姉が楽しげにうんうんと頷いている。


「ハミルトンさん達には悪いけど、私は楽しかったよ。

何もなければ話せなさそうな人間層と話すきっかけになったし。

今回私が"余興だ"と言い張ったお陰で助かった人も居たみたいだし、ある種連中の弱みを握ったようなもんだよね。

儲けもんだよ」

「うわぁ…」


言葉通りにホクホク顔の姉にドン引きする。

ドン引きついでに気になっていたことも聞いてしまおう。


「姉ならブランデーでもぶっかけ返すんじゃないかと心配してたから、それが無かっただけで俺は良かったよ」

「いやぁ、あははは。

ただのおふざけに対してそこまではしないよ。

あれが本当に悪意だけで行われたものだったらやるけど」

「やっぱやるのか…」

「ああ、もちろん。

ついでに氷とグラスもぶつけてやるよ。

笑顔でな」

「やめろ」

「そしてドレスが汚れた事を理由にして1人で帰る」

「1人で!?

ギスギスした会場に残されたくねぇ…」

「ふふ、どうだい?

私は大分上手いこと騒動を丸く収めたとは思わないか?

あれなら笑い話で済む」

「いや、済んでないと思うけど」

「冗談だけどね。

実際はやらないよ。

流石の私も空気は読む」


本当かよ。


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