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無能賢者と魔法と剣  作者: 秋空春風
第7章 勇者と饗宴
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薔薇


ふと視線を感じて隣を見るとノエルがチラとこちらを見て、スッと姉に視線を戻した。

それに釣られるように俺も視線を姉に向ける。


姉は通りすがりのメイドにワイン入りのグラスを預けているところだった。


それを見て密かに安堵した。

良かった。

姉ならやりかねないので心配していたが、流石に零したワインを飲もうとはしなかったようである。


「こんな事もあろうかと用意して参りましたの。

皆様、私がこの魔道具を作ってきた事をご存知でいらしたのですね。

御披露目する良い機会をご用意くださりありがとうございました。ふふふ」


こんな事もあろうかと思ってたのか…。

いや、でも、そうか。

そうじゃなきゃあんなもの作って付けてこない。


ふーんと聞き流していた俺は、突然姉が上げた名前にハッとした。


「仕掛け人は…デリック様、ですね?」


姉がニヤッと笑う。


思わずデリックの姿を探した。


野次馬達も同様の心理が働いたのだろう。

次々と彼らの視線が一点に集まった。

それを追えば、勿論そこにいたのはデリックだ。

彼の姿をみつけて、そして俺は困惑の色を深めた。


思いの外姉の側にいた彼は、笑っていた。

困惑する周囲の人々や青褪める姉の対面にいる人々、そして挑発的に笑う姉を見て、笑っていたのである。

…本当に、それはそれは楽しそうな満面の笑みを浮かべている。


場違いだ。

姉の無駄に嬉しそうなーー恐らく演技のーー笑顔もそうだが、完全に周囲との温度差がヤバい。


「どうしてそう思われるんですか?」

「だって私がコレを作ったのが2日前で、その後に我が家を訪ねていらっしゃったのは貴方様だけではございませんか」


え?そうだったのか。

4日前の訪問は聞いていたが、2日前にも来ていたとは知らなかった。


「それに…」

「それに?」


姉は片頬に手を当てて目を伏せた。

どことなく嬉しそうな、それでいて困った様な表情で沈黙する。

十分に勿体つけてから言葉を続ける。


「あんなに情熱的なお手紙を戴いたのは…初めてでしたもの…」


言い終えるやチラと上目遣いでデリックを見た。

と思ったら、目が合うと慌ててサッと目をそらす。

そして頬の熱を冷ますように両手を当てて、微笑でそっぽを向くのである。

それはまるで…。


…。


騙されるな、あれは演技だ。

間違いなく演技だ。

間違いない。


そう分かっているのに、俺でさえも「まさか、もしかして…?」という気にさせる演技力だ。

何てタチの悪い…。


姉の性格を知らない第三者から見れば、デリックからラブレターを貰って恥ずかしがっているように見えるだろうし聞こえるだろう。

今の姉は会場が薄暗い事もあり頬を染めているように見えなくもない。


勿論姉はデリックにラブレターなど貰っていない。

確かに何か手紙は受け取っていたようだが、その手紙を読んでいる時の真顔っぷりを見るに、絶対甘い内容などではなかっただろう。


というか、あの人は他者から貰った愛の告白をこんな見せ物にして茶化したりする人間じゃない。

そんな事は分かっている。


何が目的かは知らないが、悪ふざけで言っている嘘だというのは間違いないだろう。


その証拠のように、デリックは微笑んではいるものの、姉に探るような目を向けていた。

即座に否定しなくていいんだろうかとハラハラ見守る。


「デリック様」


姉はデリックの警戒心をまるで取り合わない様子でスタスタと歩み寄った。

一歩離れた位置で立ち止まりドレスを少し左手で摘み上げると、裾をふわりと膨らませながら膝を折った。


「私は貴方に到底敵わない。

それでも貴方が私に目をかけてくださるなら、私は友情を捧げますわ」


そして上目遣いで口端を上げつつデリックの左手を掬った。

姉は極め付けにデリックの左袖にキスを落として片目を閉じ、一際口の端を引き上げて笑んだ。


演劇を観ているような、大袈裟な言葉と動作。

まるで童話の中の騎士と王子の様な光景である。

…騎士役が役者不足とか以前に、小さいモブ顔の女だというのがアレだけども。


「この事態を起こしたのが貴方なら、勿論後片付けも貴方がして下さるのですよね?

デリック様?」


先程までの言動に目を剥いていたデリックは、姉の最後の言葉にキョトンとし、少しの間を空けて後に声を上げて笑った。

その大きい笑い声にギョッとする。


パーティ会場では歓談の声などで騒がしかったが、本気で爆笑している人などいはしなかった。

皆々声を籠らせて小さく笑ったり微笑みを浮かべるくらいのもので、社交辞令の範疇を出ない感情表現が主立っていたのだ。

だからこそ姉の高笑いが浮いていたし、無駄に悪目立ちしていたのである。

それがここに来て姉を超えるレベルのガチ大爆笑。

この人大丈夫なんだろうか。

色んな意味で。


というか、俺は全くついていけてない。

そもそも姉の言う"今回の事態を起こした"というのがまず持ってよく分からないし。


当の本人達は了解しているようで、デリックは笑いながら「了解しました」と、痞えつつもやっとの事で言った。


「とても楽しませていただきました。

私からも一つ面白い出し物をお見せしましょうか?」

「っ、ふ、ふふ。是非」


1人笑い熱の冷めやらぬデリックを無視して、姉はサッと踵を返した。

先程の演技は何処へやら、さっさと表情をニヤニヤした元のものに戻した。


「では、少々灯りを落としましょうか」


そう言って姉が左手を軽く挙げると、それに呼応するように姉の周囲が暗くなった。

正確には、姉を中心にして周囲の灯りの照度が落ちたのだ。


「えっ?」

「…!?」

「ん?どうしたんだ2人とも」


急に驚いた横の2人に驚いた。


「いえ、その…。

…他の独立した魔法を消したり弱めたりする魔道具と言うのは、見たことが無いので…」

「そうなんですか」

「普通、他者の魔法を打ち消そうと思ったら、発動させた魔法のピッタリ逆を当てる熟練の技術が必要なんです。

つまり長年の勘、というものが必要でして。

それを魔道具でだなんて…」

「はあ。

よく分かりませんが、なんか凄いって事ですか」

「え?ええと、そ、そうです、ね」


トーマスが戸惑いながら同意する。

そんな曖昧な顔をされても、よく分からないんだから仕方ない。


俺達がコソコソと話している間にも、じわりじわりと灯りが弱くなっていっていた。

その光景は幻想的というよりも、邪悪な何かにしか見えない。

黒幕とか悪い魔女とか、そんな感じ。


近くのテーブル灯りが消え、壁の小灯りが消え、頭上にあるシャンデリアが消えた時。

姉が左手を更に上へと挙げた。


途端指の先から舞い上がったのは淡く光る薔薇の花。

それはキラキラと煌めく小さな光を伴って、ゆっくりと舞い降りてきた。

フワリと広がる薔薇の香りも姉仕込みなのだろう。


あちこちから「わあっ」と歓声が漏れる中、姉はくるりとドレスを翻して振り返り、デリックにカーテシーをして微笑んだ。


「ふふ、今日は市井では花祭りがございましたでしょう?

初めて目にしたのですが、とても感銘を受けてました。

これはあのフラワーシャワーに触発されて作ってみたものなのですけれど、如何でしょう?」

「ええ。とても素敵ですね」

「お気に召していただけたのでしたら、光栄でございます」


デリックはフッと笑った。


「全く。

今日の日中に観たものを夕方までに形にするなんて、流石ですね。

"あなたに敵わない"だなんて、それは僕の台詞ですよ。

盗らないでください」

「あら、先に言った者勝ちですわ。

それに本心ですもの」

「仕返ししますよ?」

「そうなんですか?」


ニッコリ笑い合う姉とデリックの姿はどちらもとても楽しそうだ。

だがあんな遣り取りを披露された後では、どうしても胡散臭いと感じてしまう。


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