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無能賢者と魔法と剣  作者: 秋空春風
第7章 勇者と饗宴
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水球


パーティ会場の殆どからの注目を浴びながらも、姉はまるで狼狽えた様子は無かった。


「ふふ。少し驚いてしまいましたけれど、でも安心しました。

何故皆様そんなにそわそわしてらっしゃるのかと、ずっと疑問でしたの。

漸く今日抱いていた違和感の正体が分かりましたわ。

皆様、私の身の上話を知っていてこの様なイベントをご用意してくださったのですね。

本に楽しい事を考えなさる」


ふふふ、と姉が笑う。


さっきまで怒りと憎しみの目を姉に向けていた人々は困惑と恐怖の目に変わり、好奇心と嘲笑の目を向けていた野次馬は面白そうな目に変わっていった。


いやまあ…、気持ちは分からんでもない。


割って入る気にもならず、温い視線を送っているとノエルに裾を引かれた。

視線で「止めなくていいのか」と聞いてくるノエルに、苦笑で返す。

様子見しようという俺の意向を正しく汲み取ったようで、視線を渦中の人物へと戻した。


姉は左手をスッと持ち上げた。

何事かとその手を見れば、飲みかけのブランデーのロックがあったーーなんでそんな度数の高いもん飲んでんだこの人…。

ブラウンの液体の上に氷が浮かぶ背の低い丸グラスを姉が右手の平で叩くと、指輪が当たってキンとなった。

ガラスと金属の高音を合図に中のウイスキーがススッと消えていった。

それに伴い、指輪の丁度上の空間に水球が現れた。

水球は美しい琥珀色で、どうやらウイスキーだろうと知れた。

そうして出来たブランデー色の水球をパクリと食べる。


普通に飲めよと思いつつ眺める。


姉が口の端をペロリと舐めつつもう一度高音をたてると、今度は氷が煙を上げて消えてしまった。

あの煙が湯気ならグラスは今相当熱いんじゃないかと手元を見る。

笑顔で苦もなく掲げていられるところを見るとらどうやら平気そうだ。

原理は不明だが、熱される事なく気化しているらしい。


グラスから立ち昇る煙はあっという間に雲散霧消していく。

姉は蒸気が収まるのを待たずして、右手でドレスの滴る紅い染みを叩いた。

と、今度はスカートからシミがすうっと消え、ブランデーと同じように甲の上で紅い水球になった。

指輪の今度は石の所でグラスを叩くと、紅は静かにグラス内に落ちた。


ヒソヒソ話をする大衆の中心で紅いグラスを構えて笑う女と、女に対してあーだこーだといちゃもんをつける面々が改めて見つめ合っていた。


そして姉のあのドヤ顔である。

俺が近くにいたら確実に張り倒しているであろう渾身のドヤ顔だが、反感を持っていようが近くにいようが、俺の様に物理で叩く人物は流石にいないようである。


それにしても、なんだ?

俺は首を傾げてホールの人々を見回した。


姉はまるで手品師であるかのように大袈裟にやって見せているが、タネは皆分かっているだろう。

魔法だ。

だというのにどうしてこんなに会場が騒めいているのか。

そして姉のあのドヤ顔。

まるで意味がわからない。


「市場に出回っていない魔道具だからですよ」


俺が不思議に思っていると、トーマスに耳打ちされた。

驚いて振り向くと、トーマスは2、3度瞬きをした後に微笑んだ。


「あれはヨシカさんのオリジナルなんです。

普通の魔道具職人といえば、既存のものを作れるだけで御の字ですからね。

皆さん大体の魔道具は知っている気でいるんですよ。

だけど、アレは誰も知らない。

先日彼女が発明した物なのですから」


彼はいつのまに背後に立っていたのか。

…いやきっと普通に追いかけて来ていたのだろう。

目の前の事に気を取られていて扉が開いたのにも気づかなかった。


「それに彼女の魔法道具はどれも前例が無い画期的さですからね。

皆驚いているんですよ。

ヨシカさんもそれが分かっていて見せつけているんです」

「…性格悪いですね」

「ああやって自分を売り込んでいるんですよ。

商売ではままある事です」


ウインクして微笑む姿は、西洋風な出で立ちにお似合いだ。

俺が同じことをしたら似合わないだろうな。


「姉の指輪ってそんなに凄いんすか?」

「うーん。

魔道具には色々種類があるんですけど、大体一つの単純な事柄しか出来ないものなんですよ。

"真水を出す"とか、"乾燥させる"とか。

それなのにあの指輪はアレ一つで"お酒だけを検知して抜き出し、水球として手の甲上空で維持し続ける"っていうのは、それだけで凄いです。

普通あんなに小さな魔道具で、状況に合わせて発動する魔法を調整できる物なんてなかなかありませんよ。

その上氷を蒸発させる事も出来るんですから、一体どういう風に魔法を仕込んでいることやら」


そう言ってトーマスは肩を竦めた。


「どうやって自動で感知して自動で調整させているのか。

それらをどうやって競合させずに組み込んでいるのか。

僕も原理が知りたいくらいです。

…多分聞いても理解出来ないでしょうけど」

「ああ。

確かに俺も理解出来そうにありません」


トーマスの苦笑いに、俺は即座に頷いた。


姉の魔道具ということは、十中八九中身の構造は魔法陣。

姉と蒼龍から魔法陣の研究内容について一頻り話を聞いたことがある。

そして分かったのは、あれは俺には無理だ、という事だ。


原理を難しいとはあまり思わないが、単純に手間暇がかかり過ぎる。

あれは未知の外国語を覚える手間とそれを綺麗に並べるパズル的な手間。

そして前後の数値を調整する手間、更に完成したパズルを寸分違わず書き出す手間が必要だ。

俺には無理。

うん、無理。

マジであんな面倒くさいこと出来ない。

俺はあの2人を本当に凄いなと思う。


「いやはや、凄いですよね。

あの人本当に魔法のない世界からやってきて二ヶ月経ってないんですか?

僕、信じられないんですけど」

「ですよねー」

「…」


思わず2人して顔を見合わせて苦笑いになった。


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