給仕
「リリぃ、悪ふざけはやめろぃ」
「なぁに?クイン。
もしかしてヤキモチかしら?」
リリーが片目を閉じて悪戯っ子の笑顔で尋ねると、クェンティンは苦虫を噛み潰したような顔になる。
「…ちげぇよ。
…こいつらはお前に聞きたいことがあって呼んでんだ。
答えてやれぃ」
「あら」
クェンティンが溜め息混じりに窘めれば、リリーは「そういえば」と目を見開いた。
「何故私は呼び出されたのだったかしら?」
「ヨシカが迷子なんだとよぉ」
「あらあらあら、しょうがない人ね、うふふ。
…あら?でも、ヨシちゃん。
ここに来た時は既に一人だったのではなかったかしら」
「おぉ」
「確かヨシちゃんが来たのって、本当にちょっと前よね。
お話しして、ヨシちゃんに教えてもらった果実酒や花酒を見てもらったの。
ほら、綺麗でしょ?」
丸テーブルに並んでいる瓶詰めの花々を指し示す。
「最初はこれを売るのに必要な飲食物の販売許可書を取得出来なくて困ったけど、薬品枠で売ればいいのよね。
クインがいればそれも可能なんだもの!
これを思いつくなんて流石はヨシちゃんよね!」
「…あの女の思いつきが原因でよぉ、俺はコレの商品開発から店番までさせられてんだけどなぁ?」
「良いじゃないの、クイン。
付き合ってくれてありがと。
ほら、大好きよ」
「…はぁ」
ウインクと投げキスを寄越された薬屋は、これ見よがしに溜め息を吐きつつそっぽを向く。
だが、その横顔は耳まで真っ赤だ。
ああ、なるほど、そういう関係なのか。
薬屋さん…、なんてあからさまなんだ。
流石の俺でもこれは分かる。
俺は先程まで動揺しきっていたというのに、不意に微笑ましい光景を目撃してすっかり和んでしまった。
「ヨシちゃんと別れた後に追加の花冠を5つ、6つ作れたから…今から30分くらい前かしらね」
「その後どこに行ったか分かるか?」
「待ち合わせ場所があるような事を言っていたけれど」
「じゃあ、喫茶か」
「その場所へここから真っ直ぐ向かったかは分からないわよ?」
「構わない。ありがとう」
じゃあ喫茶に向かうかと言おうとして、フとフレイアの様子が目に入った。
花飾りやブーケなどをキラキラした目で見ている。
やはり女の子ーーいや、年齢的には女性ーーはこういうのが好きなんだろう。
そう思った俺は特に深く考えもせずリリーに声を掛けた。
「リリーさん、花冠2つください」
「あら?
ええ。どの花がいいかしら」
「フレイ、ルネ、どの花がいい?」
「「えっ!?」」
「す、しょの…、ご主人様買って下さるんでしゅか?」
「ああ、遠慮するな。
こういうの、好きなんだろ?」
「ユキヒサ様、私までそんな…」
「遠慮すんなっての」
「わー!ユキってば紳士ー!
オレもオレも!
リリーちゃん!花冠とお揃いのブローチ2つ!」
「み、ミッキーしゃんまで…」
「貰っとけ」
「そーだよ。
今こそ男の甲斐性見せる時!
だからね、貰ってくれたら嬉しいな!」
「お、俺も!師匠にその2つ買います!」
「あらあら、うふふ。
全部承りますよぅ」
リリーは悪戯していた時とは違って優しげに微笑むと、全部のリクエストを魔法で次々と叶えていった。
仄かな薄緑色の光を伴って花を咲かせていく様は、本当に綺麗だった。
真顔だったせいか普通にしている時よりも神聖な感じがしたから、妖精というより女神みたいだ。
花代の他にパフォーマンス代も取っていいんじゃないかと思うくらい幻想的だ。
これで性格が大人しかったらモテモテなんだろうな。
いや、もしかしてこういうのがいいと思う人もいるのだろうかーーいるかもしれない。
それなら今のままでモテモテなんだろう。
薬屋さんも大変だな。
俺は苦手だけど。
下らない事を考えているうちに各自に花が行き渡った。
嬉しそうなフレイアと少しはにかんだルネから、俺とミックはお礼の言葉を受け取った。
俺が「おう」と言うだけなのに対し、ミックは「喜んで貰えて嬉しいよ」と真面目に返している。
偉いな。
そんなやり取りをする俺たちの横では、蒼龍がわくわくした顔で花を抱いている。
確かに、あれを渡せば姉ならば過剰なくらい喜んでくれるだろう。
リアクションに期待してしまう気持ちも分からなくはない。
俺たちはリリーと薬屋に礼を言ってその場を後にした。
言われた通りに喫茶店を訪れると、店の様子が違っていた。
普段とは違い外にオープンテラス席を少し出しているようで、2、3人ほど談笑している。
花飾りも派手すぎない程度にあちこちと施されており、いつもとは違う様相を呈していた。
ここも今日はお祭り仕様というわけか。
どうやら今日はそこそこの人入りがあるようで、失礼ながら珍しく客が多い。
と言っても混んでいると言うほどでもないのでスタスタと店内に入る。
ドアベルの音と共にドアを開けると、すぐにマスターと目が合った。
普段はのんびりと食器を拭いているのに今日は随分と忙しそうだ。
視線を交わして直ぐに「あっ」という顔をした彼は申し訳無さそうに一番奥の席を目で示した。
そちらを見ると予想通りに姉がいた。
…ウエイトレスをしているというのは予想外だったが。
「いらっしゃいませ!」
「…姉、何してるんだ」
パッと笑顔で対応する姉に頭痛を覚えて尋ねる。
「ウエイトレスですよ。
さあ、奥の席へどうぞ」
「おい怪我人」
「ご注文は?」
「…ブラック」
「え、えっと…?」
流石のミックも思考が追いついていないようだ。
というか、他の面々も同様な反応をしている。
当然といえば当然だが。
「ミルク多めのカフェオレが4つ。
で、いいか?みんな」
「あ、うん」
「大丈夫です」
「じゃあそれで」
混んでいる時に停滞するのはいただけないだろうとこちらで勝手に注文してしまったが、皆戸惑いながらも頷いているので良しとする。
「ブラック一つにカフェオレ四つですね。
かしこまりました、少々お待ちください」
姉はさらさらと手慣れた様子で伝票を書くとさっさと行ってしまった。
そのまま行く先を目で追うと、極めて手際よく客席を巡り始めた。
注文、配膳、片付け、会計をこなしているらしい。
その合間合間に客に呼び止められては請われるまま商品の説明をしたりもしているようだ。
まあ、あの人はバイトをあれこれやっていたし、料理店に勤めたことも少なくない。
手慣れているのも頷ける。
頷けないのは何故ウエイトレスなんてやっているのかということだ。
…いや、理由は分かる。
忙しそうだったから手伝ってるんだよな。
客は多くはないが少なくもない。
マスター1人では回らないのだろう。
でもあなたは怪我人だよな?
動き回るなって言ったよな?
これ、注意していいか?
良いよな?
そうは思うが、それを言うとマスター1人にこの修羅場を切り抜けろと言っているも同然である。
それはちょっと躊躇われた。
数分後。
「オレンジジュース2つとベリーパフェ1つ」
「はいっ!」
「こっちはトマトとチーズのペレとミルクティーだよー」
「了解です」
「お会計お願いします」
「はーい、少々お待ちくださーい」
…まあ、姉を動かさないように現状を打開しようとなるとこうなるよな。
俺は型抜きしたクッキー生地をオーブン皿に並べながら周囲をチラ見した。
店内ではフレイアとマスターが食事の用意をし、ルネが飲み物類の用意。
蒼龍が皿洗いで、姉とミックがホールを担当していた。
そして俺は3時のティータイム用に先んじてお菓子作り。
どうしてこうなった。
どうしてこうなった…。