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無能賢者と魔法と剣  作者: 秋空春風
第7章 勇者と饗宴
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花屋


目的地は少しイメージと違っていた。

商店街と聞いてイメージしていたのは日本の古き良き商店街だったのだが、実際はヨーロッパ風の下町といった感じだ。

いや、周りの建築物からしたらこれが自然だろう。

俺のイメージの方が理にかなっていなかったのである。


東京に遊びに行った時にこんな雰囲気の場所に案内されたことがあるが、飲食店や服飾系の店が多かったそれと違って此処は年季の入った専門店が並んでいた。

ここはその殆どが見慣れぬ種類の店であり、店名からは何を売っているのか想像もつかない。

何なんだ、”錬金術店”って…。


普段は落ち着いた雰囲気なのであろうこの場所も、今日は色鮮やかな装飾に満ちている。

花とガーラント、屋台によって違う再度の高い屋根やクロス達は色数が多いにも関わらずうるさくない。

きっと何か工夫しているんだろう。


ここはそこそこの数の人が行き交っていた。

食事通りほど閑散としている訳でもなく、大通りほど混んでいる訳でもない。

そんな程々の人波である。


何人かの店主に蒼龍が声を掛けられ、その度に姉の目撃情報を募る。

それによると、姉はどうやらこの通りを訪れたようだ。

だがその後の行き先は杳として知れない。


そうこうしているうちに、俺の視界に見知った人物を見つけた。

薬屋のクェンティンである。


彼はいつものボロボロ白衣――薬品焼けや素材採集が原因らしい――ではなく、下したての服にエプロンを身に着けていた。

エプロンというのがこれまたやけにフリルのついたデザインで、それが恐ろしく似合ってない。

その上いつもよりも3割増しで怠そうに椅子に座っている。

屋台の店番をしているらしいのだが、嫌々やらされている感をありありと態度で示しながらも、しっかりと接客はしているようだ。

だが、その屋台というのがどうにもおかしい。


二輪の手押し車に花が沢山積まれており、軒先に渡された飾り紐には沢山の花冠が吊るされている。

脚の長い洒落た丸テーブルには可愛らしく少女趣味のクロスがかけられている。

その上には瓶詰めされた花や小さなブーケが並んでいる。


品ぞろえを見るにどう見ても薬屋ではない。

これでは花屋だ。


薬屋はこちらに気づくと嫌そうに顔を顰めた。


「おまえらぁ、あの変態女をちゃんと見とけよなぁ?え?

野に放たれてんじゃぁねぇかよ、あの女ぁ」

「姉がどこ行ったか知ってるか?」

「さぁなぁ。

リリぃに聞けぇ、俺は知らん。

…ちょっと待ってろ」


薬屋はそう言い据え、立ち上がると後ろの店のガラス戸を開けた。

更にその裏のカーテンを開けて中に「おぉい!」と呼び掛けると、「はーい」と可愛らしい女性の返事が返ってきた。

続いてパタパタと足音がして少女が顔を覗かせた。


「はいはい、なぁに?クイン」


出てきたのは美少女だった。

少し垂れ目の目尻も色白で細い腕も儚げで酷く庇護欲を誘う姿だ。

菫色のワンピースの上には薬屋と同じエプロンを着けているのだが、まるで別物に見えるほど似合っている。

ブロンドの髪を二つに分けてふわりとした三つ編みにしており、その端々に花が咲いている。

胸には生花のブローチが彩られており、まるで花の妖精か何かのようだ。


俺の隣でミックが「すげぇ」と呟くくらいの美少女である。


この人がリリーという人物なのだろうか?

蒼龍のリアクションからしてもっと元気な感じの人かと思った。


前情報とのギャップに戸惑っていると、蒼龍が俺の後ろにそそくさと隠れた。

そのままリリーを睨みつける蒼龍。

彼女は小首を傾げて見つめ返すと、フッと目を細めた。

たったそれだけの動作なのに、背景の花と合わせて酷く絵になる。


「あら?

美少年君とフレイアちゃんじゃない。

こんにちは」

「リリさん、こんにちは」

「…こんにちは」

「うふふ、いらっしゃい。

今日はヨシちゃんと一緒じゃないのね。

こちらの方々は?」

「はいっ、えと。

ご主人様と、ルネ様と、ミッキー様です」

「あら!あなたがユキヒサさんなのね」


花が咲くように微笑んだ。


「あたし、あなたにお会いしたかったの!」

「そ、そうですか。

何か用でもあったんですか?」

「そう、そうなの。

だってあたし…」


勿体つけるように一度間を開けると、嬉しそうに頬を染めて視線を逸らした。


それはまるで…。

…いやいやいやいや!ナイナイナイ!

初対面で告白とかある訳ない。

おいミック、睨むな。

それじゃあこのリアクションは一体何なんだと怯えていると、彼女はそれはそれは嬉しそうに微笑んだ。


「ヨシちゃんと結婚を前提にお付き合いさせていただいているんです」

「……………は?」

「私達、愛し合っているんです!」

「……は?えっ?あの……えぇっ!?」

「兄さん!騙されないでください!」


混乱し過ぎて白眼になっていると、腰にくっついている蒼龍が俺の横腹をパシパシと叩いた。


「この人こういう事ばっかり言ってるんですから!

リリーさん、嘘を吐くのはやめてください!」

「あらあら、うふふ。やぁねぇ。

私がヨシちゃんのこと大好きなのは本当よ?」

「お友達としてでしょう」

「どうかしら?

一線を越えるのは簡単よ?」


子供相手に何てこというんだこの人…!?


「おっ、お、女の人同士じゃないですか!」

「ダメなの?」

「だっダメです!」

「そうなの…。

それならーー」


蒼龍とリリーのやり取りを呆然と眺めていたら、不意に右腕を取られた。


「えっ?」

「ユキヒサさん。

あたし、どうかしら?」

「どっ、どうって…」

「あたしって魅力あります?」

「え?それは…まあ、美人だと思いますけど…」

「本当?嬉しいわ」


そう言うと瞳を糸のように細めて、絡めた腕に体を預けてしな垂れてくる。


一体何がしたいんだと聞くまでもなく俺を揶揄いたいんだろうが、じゃあ俺はどうすれば良いのかと自問自答しても答えはない。

とはいえ振り払う訳にもいかないし、姉に対してする様な冷たい対応も躊躇われる。

だからといって…


「ダメ!ダメです!

離れてください!」


どうもしようがなく狼狽える俺を尻目に、蒼龍が喚きながらリリーを俺から引き剥がした。

べりべりという効果音を幻聴するくらいの動作で離れていった。


「あら残念」


ほっと息を吐く俺とは対照的に、リリーは鈴を転がしたようにコロコロと笑う。


その姿だけ見るならば、間違いなく繊細で儚げな美少女だ。

傷つけることも傷つけられることにも縁のなさそうな、そんな深窓のお嬢さんらしい見た目である。

それで中身がこの小悪魔っぷりなのか…。

ギャップが怖い。


…確かに美女は美女だが、何となく俺はこういうタイプが一番苦手かもしれないと初めて気づいた。


今まで色んな種類の美女を目にした事はある。

例えば、精霊使いは凛とした高潔な美女といった感じだったし、キャサリンさんは研ぎ澄まされた刃のような美女って感じだ。

ルネも繊細な感じはするが洗練された雰囲気というか、カッコいい感じがする美女だと思う。

秘書とか、そんなイメージだ。


それに対してリリーは見た目は吹けば壊れてしまいそうな儚げな美少女。

そのくせ突っ込みどころ満載の絡み体質ときているのである。

うん、扱いに困る。



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