串焼き
ここ数日ずっと考えていた事を脳内で逡巡させているうちにも、ミックは気にせず彼方此方へと俺たちを連れ回した。
「この時間はあっちが空いてる」とか「毎年来てるあの店は絶対抑えるべき」だとか騒ぎ立てている。
予定を立てて来たのか、それとも毎年来ていて知り尽くしているのかは分からないがやけに手慣れている。
お陰で待ち時間もなく色々な店を回れているのでありがたい。
それに相変わらずうるさいミックに少し癒された。
「飯屋は昼時から少し遅くまでめっちゃ混むから、早めに行こうぜ。
飯屋ばっかの通りがあるんだけど、あそこ時間によってはホントヤバイからな。
俺のオススメは串焼きの店なんだけど…、ルネちゃんはガッツリでも平気?
その、あんま上等な店じゃないんだけど…」
「問題ありません。
そういった料理をいただく機会も間々ありますので、慣れております」
「よっしゃ!じゃあ決まり!」
「今から行くのか?」
「もっち!」
「もち?」
「ろん!モチロン!」
「お、おお」
「引くなよ!」
「ミック、アレ何だ?」
「うん?ああ、アレはなぁー…ってスルーすんな!」
「ふふ」
わーわーとうるさい俺とミックの後ろを時折笑いながらルネが付いてくる。
そういえば最初に会った時と比べて、ルネは表情が豊かになった気がする。
俺にその実感はないが姉曰く勇者って大物らしいし、あの頃はルネに凄い気を使われていた自覚がある。
緊張していたのかもしれない。
それだけ準備して気を張り詰めて対応したにも関わらず、その人物の内情が俺や姉みたいなボヤッとしたマイペースな人間であるあたり、なんだか気の毒だ。
「ユキヒサ様」
声を掛けられて振り向くと少し困った様子のルネが少し離れたところを指差していた。
「あれはもしや…」
「うん?」
「え?なになに?」
ルネが指差す先を見ると、見慣れた二人がキョロキョロしながら歩いていた。
数時間前に別れたフレイアと蒼龍である。
「…何やってんだあいつら」
いや、大体予想はつく。
案の定姉と逸れたのだろう。
「すまん、ミック。
うちの身内の迷子だ」
「えっ!?身内?」
「ああ」
そうこうしているうちに向うもこちらを見つけたらしく駆け寄って来た。
…それは良いんだが、二人ともスピードを落とさず維持し続けている。
俺はなんか色々と察して身構えた。
予想通りの勢いで突っ込んで来た2人は、そのままの勢いで腰元に飛びついた。
割と遠慮の無い2連撃に思わずうめき声が漏れる。
魔法使って身構えといて良かった。
じゃなきゃ吹っ飛んでたぞ。
「兄さん!」
「おお」
「師匠とはぐれてしまいました!」
「だろうな」
「ふぇ、私のせいです…」
「だろうな」
分かっていた事なので特に驚きもない。
「まあいい、気にするな。
そんな事よりお前ら昼飯食べたか?」
「えっ?いいえ」
「じゃあ一緒に食うか」
「あれ?ほっといていいの?」
「大丈夫だろ。子供じゃあるまいし」
ミックは「そう?」と言って納得したようだったが、俺に張り付いている二人は納得出来ないらしい。
「待ってください!
師匠だけ仲間外れだなんて!」
「そうれす!
お姉様きっと寂しくって、今頃どこかで泣いてましゅよ!」
「いや、それはない」
あの姉ならどこかでのんびり見て回っているだろう。
どこかでお茶している可能性もあるな。
何にせよたかだか迷子で大した精神ダメージは受けていないのは確実だ。
心配するだけ無駄である。
「お前らのうちのどっちかが迷子なら俺も必死に探すけどなぁ。
まあ、姉なら一人で大丈夫だろ。
ミック、こっちは気にするな、行ってくれ」
「えー、いいの?」
「ああ」
くっ付いている二人を引き剥がして両手に抱き上げるとそれぞれがわたわたと抵抗する。
背中をタシタシと叩かれるがスルーだ。
普段の俺なら蹌踉めく所だが、今は各種強化魔法を使用しているので平然と歩き続けられる。
搔きわける程ではないが中々混み合っている大通りを潜り抜け、迷いなく細道を行くミックに続く。
そうして辿り着いた人も疎らな食事系の屋台が並ぶ通りを進むと、中程の所にあるミック推しの串焼き屋に着いた。
青ビニールの屋根に手書きの看板。
頭にバンダナを巻いた気っ風のいいお兄さんが店番をしている。
屋台の前にはいくつかのテーブルと椅子が置いてある。
まだ客はいないらしく、遠慮なくその一つを陣取った。
テーブルには姉作のサンドイッチとミックに見繕って貰った串焼きと飲み物を並べる。
そわそわと人通りの多い方を見ていた二人も、椅子に座らせて目の前に食事の用意を並べられて漸く観念したらしい。
五人揃って食卓を囲んだ。
串焼きは色んな種類があって面白い。
ブロッコリー、人参、玉ねぎ、長ネギにパプリカ…。
使われている野菜は何となく分かるが、この肉は何肉なんだろうか。
この国で料理を食べるときにはいつもこの疑問を抱いている気がする。
姉の料理ですら正体不明の肉が出ている以上、既知の食用肉は高価なのか存在しないのか。
まあ、今まで食べたものは美味しかったし、少なくとも食べられないものは出ないだろうけども。
考えながら頬張った串焼きはどれもミックが勧めるのも納得の美味しさだ。
俺はパプリカは苦手なので色味の少なそうな串を選って手に取る。
ミックとルネはサンドイッチに感動しているらしい。
サンドイッチというよりも挟まれているカッテージチーズと厚切りベーコンに、だろう。
二人にとっては初めての出合いのはずだ。
日本では一般的なベーコン、レタス、トマトのサンドーー略してBLTサンドーーだが、この国にはそもそもベーコンなる物が存在しない。
いや、何処かにはあるのかもしれないが一般的ではない。
そもそも燻製、という調理法があるのだろうか。
無い気がする。
そんなパンの厚みほどもあるベーコンはカリッと焼かれていて薫香も良い。
レタスもトマトも新鮮だ。
これで美味しくない訳がない。
普通にヤバイ。
食べ過ぎてしまいそうだ。
晩餐会のことを思うと、早めに昼食を済ませられたのはそういう意味でも良かったかもしれない。