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無能賢者と魔法と剣  作者: 秋空春風
第7章 勇者と饗宴
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待ち合わせ


花の道を辿るように登っていくと城の正面に辿り着いた。

元よりここを目指して歩いて来た訳だが、やはりというかここを頂点に飾り付けがなされているようだ。

いつも豪奢な城は、今日は華やかさを増してさらに美しい。


城門前でミックとルネの姿を見つけ駆け寄る。


「おっ、来た来た」

「悪い、待たせたか?」

「いえ、我々も今来たところです」


ミックは片手を上げただけだが、ルネは相変わらずきりっとしたお辞儀をくれる。

その恰好は相変わらずの男装である。

但し、Yシャツに灰チェックのズボンと普段よりはカジュアルだ。

とはいえ、ミックは胸元当たりを開けて着崩しているし、俺は着崩してはいないが着こなそうという気もなく適当にだらっとしているので、相対的にしゃんとして見える。


「毎年のことだけどめっちゃ混んでるな。

逸れないようにしないと!

2人ともどっか行きたいとこある?」

「俺はこれが初めてだから良く分からん」

「私もこの日に市中へ参ったのは初めてでして…」

「そうかそうか。

じやー、オレに任しとけ!」


どんと胸を叩いて先導する背をのんびりと追いかける。

その俺の後ろをルネがついてきている。


今日はこの三人で街を回ることになっている。

アーチボルトには「人ごみ怖い」と即辞退され、ノエルは仕事があるそうだ。

2人とも大変だなぁと他人事ながら思う。


「ヨシカ様のお加減はいかがですか?」

「ああ、…まあ、本人は楽しそうだよ」

「よもやこちらにいらっしゃってはおりませんよね?」

「いや、来てる。

止めたんだがな…」


思わず目を泳がせて応えていると気づいたミックが振り向いた。


「え?何々?

ユキのねぇちゃんの話?

何?なんか来ちゃダメな理由でもあんの?」

「あの人こないだ無茶して怪我してんだよ」

「えええぇぇ!?大丈夫なの!?」

「本人は大丈夫だって言ってたが」

「が?」

「俺は駄目だと思う」

「ダメって…、側にいなくていいの!?」

「いや、俺もそう言ったんだが断られてな。

無理はせず、早めに切り上げるようきつく言い聞かせてあるからな。

それなりには問題ないと思うが…」

「うーん。

まぁなー、こんなに盛り上がってんのに自分だけ参加できないなんてやだよなぁ」


分かる分かると頷くミックを見ながら苦笑を浮かべる。

確かにミックと姉の言い分は分かるのだが、笑顔で見送るにはあまりに姉が重症なのが問題なのだ。

ミックは知る由もないし、怪我をした経緯がアレなので話すわけにもいかない。


だが姉は当事者なのだからもう少し自重してほしい。

鎮痛薬の性能が相当良いらしいのが原因の一つなのだとは思うが、薬で怪我の直りが速くなる訳ではない。

包帯交換の時などに目にする傷は酷く、見ていて痛々しい。

縫わずに済ませてしまった傷の中にも、日本だったら縫われていただろうなと思われるものも少なくないのだ。

にも拘らずすぐに動き回ろうとするのである。


それでなくても心配しているというのに。

俺はこみ上がってくる溜め息を噛み殺した。


怪我を負った後の姉はどこか様子がおかしかった。

いや、始めのうちはいつも通りだったのだ。

手当をしている最初のうちの、冗談半分で「いたいいたい」と大げさに喚いているうちは。

様子がおかしくなったのはワンピースに言及してからだった。

怪我は全身に及んでいたため服を着たままでは手当が出来ないところもあったし、そもそもワンピースはズタボロで服の体をなしていなかった。

だから俺はルネとデリックが勧めてくれたのもあって、着替えと別室への移動を提案した。

姉はそれに「そうだなぁ」と頷きかけて、途端サッと顔色を悪くして立ち上がり、裂かれた布地を確認していた。

そのまま薬屋さんが文句を言っているのも聞こえない様子で涙目で何事かブツブツ呟いていた。

「どうして?」とか「なんで?」とか言っていたと思う。

彼が鼻白んでした「痛かったのか?」という問いにハッと我に返ったが、返答として発された「大丈夫」という消え入りそうな声はとても大丈夫そうではなかった。

そのあとも青ざめたまま「違うの…ごめんなさい…」と繰り返していた。


この未だ嘗て無いほど弱々しい姉らしからぬ姿に俺は愕然としてしまった。


姉は泣いたり喚いたりすることはままあれど、泣き言を言ったり取り乱したりすることはほとんどない。

ましてや、震えながら服の裾を握りしめて涙を流す、なんていうことなど見たことも聞いたこともなかった。


それまでは「またいつもの無茶か」としか思っていなかったのだが、姉の弱った姿を見て色々と考えてしまった。

何を突然そんなに動揺しているのだろうか、とか。

やはり怖かったのだろうか、とか。


いや、そもそもの話。

姉はずっと辛かったんじゃないだろうか。

この世界に喚ばれた時からではなくそれよりもずっと前から。

あの人はいつもどんな理不尽のさ中にあっても割と平然としていたが、平気なフリをしていたんじゃないだろうか。

俺はずっとそれに甘えてきた。


今回のことだってそうだ。

事が済んだ今落ち着いて考えれば、姉がやったことを俺が先んじてやればよかったのだ。

魔法やスキルを駆使すればあの位置関係でもそれは可能だったし、ともすれば無傷で制圧することも可能だっただろう。

怪我を負ってもずっと簡単に魔法で直せていた。

にも拘らず俺はあの時全く動けなかった。

あの時はあの瞬間だけじゃない。

その一瞬後もだ。

姉が突撃したときに防ぎきれなかった刃物が複数あったのだが、あの時弾き落としたのはそのほとんどがユージンで、残りの一、二本キャサリンだった。

俺はこちらに脅威が迫っているのはちゃんと目視していたのに、それに対応することも出来なかったのである。


我が事ながら情けない。

もっと強くなって、ちゃんとしないといけない。

具体的にどうしようという考えはないのだがそう思った。


勿論この決意を姉に言おうとは思わない。

そんなことを言ったら、その日のうちには超具体的かつ苛烈なトレーニングの計画を打ち立てられそうだからだ。

違う、そうじゃないと言いたい。

どうして姉はこうも少しズレているのか…。

いや、そんなことを言えば、「お前もだ」と言い返されるだろう。

言わぬが花だ。


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