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無能賢者と魔法と剣  作者: 秋空春風
第6章 賢者と祭典
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サンドイッチ


数時間後。

私はバッチリ独り迷子になっていた。


とはいえ、迷子になったのは不注意じゃなく不可抗力だった。

アレは逸れても仕方なかった、うん。


フレイアが「わー!あれかわいい!」と駆け出した先が人混みで、蒼龍が慌てて追いかけて行ったのだが、私の身長では通れなかったのだ。

流石に人混みの足元をしゃがんで行く訳にもいかない。

私はその時既に何度か他人とぶつかっていて色々と懲りていたので、人混みを掻き分けて追いかけるなどという選択肢も選べなかったのである。


そのまま見失い合流出来ぬまま今を迎えた私は現在独りで露店を冷やかして廻っていた。

今いるのは比較的人の少ない通りで、ハンドメイド品や外来品の露店が立ち並ぶ一角だ。

空いているのは、昼時だからだろう。

その証拠にチラと見えた食事処が並ぶ通りには沢山の人々が詰め掛けているのを遠巻きに確認出来た。


「む?」


ふと、男女の言い合う声を聞きつけてそちらを見ると少し先の花屋で騒いでいる男性と店員が見えた。

女性の方は白エプロンの気の強そうな店員で、男性の方はお客らしい。

男は薄茶色のウルフカットの髪を後ろで束ねている痩せぎすの男なのだが、見るからに異様な風体をしている。

半袖を着ている者の多いこの暖かい春の陽気に厚手の上着を着ている。


言い争っているなら素通りしようかと思ったが、聞き耳をたてるとどうやらそうではないようだ。

何か購入したい物があるのにその品が置かれておらず駄々を捏ねているらしい。

花なら花屋に知り合いがいるので助けになれるかもしれない。

そう思い、声を掛けることにした。


「何かお困りですか?」


声を掛けると男がグルンと振り返った。


「あ?だれだ?」


どこかぼんやりとした様子で、首を傾げている。


うーむ、大丈夫なんだろうか。

その顔は病気かと思うほど顔色が悪いし、目の下のクマも酷かった。

薬屋くんよりも酷いかもしれない。

いや、多分酷い。

それに奴は自分の体調不良をちゃんと管理出来ているが、目の前の人物にそれが出来るとも思えない。


「何かお探しですか?」

「…おー。

あのな、花。はなが欲しいんだぞ。

凄い、珍しい花。

みつけて、ラト達を驚かせてやるんだ」

「ふむ。

珍しいお花ならなんでもいいのかい?」

「おー、いいぞ」

「それなら私がいい物を持ってるよ。

あげるからお店の前から退こうね」

「ん?んー、付いて行ってやってもいいぞ」

「おう、ありがとね、こっちだよ」


最初は丁寧語で話しかけたが、どうにも相手の言動が稚拙なのでそれに合わせる。

とにかくここは邪魔であろうと彼の細腕を引く。


さっきまで頑なにわーわー言っていたにも関わらず意外な程素直に従ってくれるので少し驚く。

気紛れで大人しくついて来てくれているのかもしれないから、こういう時はさっさと連行するのが吉だ。

そう思い歩き出すと背後からーー男の更に後ろからーーコソコソと話し声が聞こえた。


『何かしら、アレは』『頭おかしいんじゃないの?』『いい歳した大人が』


そんな言葉が途切れ途切れに聞こえてきて、私は思わず氷点下の冷笑を浮かべて振り返った。

キレた視線を向けるのはキョトンとしている男ではなくその背後だ。

私の殺意さえ篭った目と目が合うと、コソコソしていた数名が小さな悲鳴を上げた。

不機嫌も露わに舌打ちすると、不思議そうに「どーしたんだー?」と首を傾げる男を無視してまた歩き出す。


この男は確かに見た目に比べて中身がガキくさいが、どうも"低魔力症"っぽい。

"低魔力症"は、早い話が蒼龍やフレイア達の反対の症状を持つ病気だ。

"魔力過多"は体質呼ばわりされるのに対して"魔力過少"が病とされるのには勿論理由がある。

保持魔力が少な過ぎると体調や状態などが上手く機能しなくなるのである。

そもそも魔法類が使える魔人さん達というのは、保有魔力が生命活動に必要不可欠なのだ。

具体的に言うと1桁になると気絶するくらいだ。

その状態が常にキープされるというのは、確かに体質では済まされないくらいの死活問題だろう。


因みにじゃあ、私はどうなってるんだと言う話だが、私にもそんなもん分からん。

私は別に魔力がない事による体調不良はない。

あったら今頃死んでるわ。


後ろで「なーなー、どーしたー?」と言っている男を見れば解るとおり、補助系の魔道具をあれだけじゃらじゃら身につけていてもこんな感じになるらしい。

魔力不足が解決すれば、彼ももう少し普通に話したり出来るのではないだろうか。


まあ、そんなことはどうでもいい。

とにかく私はこの見るからに病的な男に対して何もせずあーだこーだと聞こえよがしに陰口を叩くゴミに腹を立てている。

先日の暗殺者の女性でさえあいつらに比べればマシだ。

というか、私は年齢にそぐわない言動を理由にアレコレと口さがない事を言う連中が死ぬほど嫌いなのである。


理由は実に明快で、私が幼少期に大人達からそのような対応をされてムカついた記憶があるからだ。

弟の家庭訪問や三者面談に参加した時にとやかく言われたのはまだ良い。

もっと昔の、年齢1桁時代がトラウマになっているのだと思う。

幼女では働けないし、市役所では書類を受け付けてくれなかった。

銀行ではATMに届かないし、かといって窓口では断られる。

極め付けは、図書館で育児書や料理本を読んでいた私に対して「子供がこんなもの読むんじゃありませんよ」と優しく微笑んで取り上げた司書。

奴は絶対に許さない。

あの女は今だに思い出すとムカつく。


うるせぇ、こっちは弟を育てるのに必死なんだよ!

独りで生きてた頃は困ろうが飢えようが1人で大人しくしてたわ!くそが。

そんな憤懣やるかたない気持ちから、相手の事情も考えずしたり顔で正当者ぶって邪魔をして来るゴミは全て滅べばいいと思っています。あなかしこ。


さて、人目を外れた花壇までやってきたところまでやってきた。

男に淵に座るよう促すと私もその横に腰を下ろした。


「どした?お腹が痛いのか?」

「いやぁ、何でもないよ。

敢えて言うならお腹が空いててね。

君はどうかね」

「空いた!

そうか、じゃあコレ。

コレおまえにやる!」

「む?いいのかい?ありがとう。

じゃあ私は君にコレをあげよう」


シリアルバーを鞄から出して差し出されたのを受け取って、換わりにお手製サンドイッチを取り出した。

バター代わりにカッテージチーズを塗った、BLTサンドである。

パン以外全て自家製という手間暇掛けた一品だ。

まあ、自分で作らないと無いんだからしょうがない。

受け取ろうとする彼の手つきが非常に怪しかったので、私が手ずから持たせてやった。


「お?おー、なんだ?」

「サンドイッチって言うご飯だよ。

その三角のとこから食べてね」

「んー」


生返事をして食べ出すのをお手拭きと水筒を持って見守る。


「ん!?ん。んまいぞ!

褒めてやる!」

「おー、そうか。ありがとね」

「俺に褒められたんだぞ、嬉しいか?」


ぱあっと笑顔になったかと思うとすかさずドヤ顔になった男を見ていたら、私はなんだか悪戯心が湧いてきた。


「うんうん、嬉しいな。

ところでお水はいかがかな?」

「くれ!」

「はい、どうぞ」

「ん!…ん?」


水筒を見て、その後サンドイッチで塞がった両手を見る。

そのまま暫く交互に見た後、私の方を終末かのような顔で見つめてきた。


「…………飲めない」

「ああ、そうだね、ふふふ。

いいよ、飲ませてあげる」


思わず吹き出しそうになりながらもストローを取り出すと、コップに突っ込んで差し出す。

ストローの先を口元に近づけてやるとチューっと飲んだ。

飲み終えてサンドイッチに齧り付く様は実に満足気である。


何だこいつ、面白いなぁ。


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