花祭り
街はいつにもまして賑やかに華やいでいた。
城門を潜った途端、その想像以上の美しい光景に圧倒される。
王都を4分する十字の大通りは、その中央を花の絨毯で分かたれていた。
その各所には二段の山と盛られた花々が整然と作って並んでおり、丁度蒼龍の背丈くらいの高さだ。
絨毯も花壇も色とりどりの花々があらゆる模様を描いており、道行く人々に向けて無類の美しさを誇っていた。
それは宛らイタリアのジェンツァーノの花祭りを連想させたが、花弁のみを使用した件のカーペットと違い、こちらは実際に隙間なく花が咲いているらしかった。
大通りに面した家々はどの窓辺にもいつもに増して花が咲き乱れているし、窓と窓の間を蔦植物が花を伴って繋いでいた。
空を切り分ける色とりどりの花飾りを見上げてその美しさに息を呑んだ。
どこから舞い下りてくるのか宙を躍る花びらたちは、咲いている花から落ちて来たとは思えないほど多い。
そしてその一枚一枚が重量を感じないほどふわふわと滞空時間が長いのだが、これは魔法によるものなのだろうか。
いや、よく考えたらどれもこれも魔法が有ってこそ成り立っているものばかりである。
きっとこれもそうなんだろう。
目の前の光景に圧倒されて「ほう」と息をついたところで、私はハッとした。
自分達は城門を潜ってすぐのところでそろって立ち竦んでいる。
これでは通行者の邪魔じゃないだろうか。
そう思い慌てて周りを見回したが、後ろで門番が笑っている以外、近くに人はいない。
1番の人混みはもっと中央の盛り上がっている辺りだし、外から来る人は普段から南北の大門を通る人が多い。
祭りの今日も東門から入って来るような人はいなさそうだ。
ならまあいいかと視線を戻す。
深呼吸すると、胸いっぱいにお花屋さんの香りがする。
家から王都までの道のりで城壁に近づく度に感じてはいたが、ここに立つと自宅のそれとは比べ物にならない程の花の香りに包まれる。
そして香りと共に風に運ばれてくる花びら達。
ふわりと近くにやって来た一枚を手のひらで受け止めると桃色の花弁は雪のように消えてしまった。
「ふむ」
どうやら宙を舞うこれは花ではなく魔法で作られた模造品のようだ。
まあ、そうじゃないと地面が花びらで埋め尽くされてしまうから、妥当だろう。
光魔法か色魔法か。
いや、舞っていた間は実体があった様なのでコレも実体化した魔力の一種なのだろうか。
籠める魔力を極限まで少なくするとこんな風に自然消滅してゆくのか。
随分と幻想的だ。
皆の頭や肩が彩られてゆく中、私に触れるたび消えてゆく花びら達。
それを見て若干切ない気持ちになっていると、フレイアが身動ぎした。
3人の中では逸早く立ち直ったらしい。
「ふわあぁぁっ!」
フレイアは2、3跳ねると、そのまま跳ねつつ私の袖を引いた。
「しゅごいっ!しゅごいれす!おねぇしゃまっ!見てくらさい!」
「おお、おお、見てるよ。すごいねぇ」
「…だな」
「…」
私がのんびり返事を返すと、後ろから雪久が短く同意した。
唯一リアクションの無い蒼龍を見ると、口を開けてポカンと景色に見惚れていた。
「蒼くん?」
「…」
「蒼くーん」
「…」
「おーい」
「わっ!?」
数度目の呼び掛けでやっとのことこちらに気づいた。
目をパチクリさせて私を見返した後、申し訳なさそうに首を傾げる。
「あ、すみません。
あまりに、その、素晴らしくて…」
「ははは、言葉を失っちゃったか。
分かる分かる。
私も感動しちゃったよ。
すごいよなぁ」
「はい!」
パッと笑顔を咲かせた蒼龍を撫でていると、反対側の袖を引いていたフレイアが今度は雪久に抱きついていた。
「ご主人様!ふあぁっ!しゅごいです!
アレ!ご主人様!見てくださいアレっ!
あのっ、あそこのーーあ!こっち、こっちもれす!
見てください!これ!この、お花っ!
お花がふわふわしてます!」
「落ち着け!」
「うんうん。綺麗だねぇ」
「そうですね」
そこかしこに目移りして黄色い声を上げるフレイア。
「ん?おお、あれは…。
フレイアちゃん見て見て。
あそこにあるの、お花で出来たウサギ像じゃない?」
「ふあっ!?
ふぁ?ふぁ、ふぁ。ふ、ふぁーっ!!」
「うるせぇ!落ち着け!走り出そうとすんな!」
奇声をあげて走り出そうとするフレイアを咄嗟に雪久が片手で抱き止めた。
わたわたしているフレイアと人混みと私とを雪久は困り顔で順に見つめる。
「本当に俺が居なくて大丈夫かよ…。
絶対迷子になるだろ…」
「そん時はそん時よ」
「おい」
「まあまあ、はぐれた時の為に待ち合わせ場所を決めておけばいいじゃない。
こう見えて皆小さい子供じゃないんだよ?
何度もここには来てるんだし、街のマップが変わった訳でもないんだからさ。
モーマンタイっしょ」
「うわ…不安だ…。
迷子が出なくとも、見ろよあの人混み。
ぶつかったらどうするんだ、怪我人」
「大丈夫大丈夫。
地球有数の人避け技術を持つと名高い"日本人"の真価を発揮する時でしょ!」
私は無駄に胸を張って言って笑う。
雪久はそれにジト目を向けると、諦めたように蒼龍に向き直った。
「…。
蒼龍、お前にこの二人を任せてしまって申し訳ないんだが…」
「はい!俺がお守りします!」
「姉はお前が一緒に居るだけである程度大人しくなるから、無理せず側に張り付いてるだけでいいからな」
「はい!」
「おいおい、雪くんや。
その子は最年少だよ?」
「その最年少に頼らざるを得ない現状を反省してくれ」
雪久はこれ見よがしに溜め息を吐き、更に二、三私にーー何故私だけなのかな?ーー忠告してから人混みに紛れていった。
勿論その前に待ち合わせ場所と時間は決めてある。
待ち合わせ場所はいつもの喫茶店だ。
「よし!こっちも廻りますか!」
「ふぁい!」
「師匠、無理だけはしないでくださいね」
「おうともよ!」
強気な笑顔で力強くサムズアップをキメると、蒼龍が心配だと言わんばかりの顔でこちらを見つめてきた。
「し、心配です…」
言いもした。
いい度胸だ。
ニヤリと笑って蒼龍の頭をポンポンと撫でた。