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無能賢者と魔法と剣  作者: 秋空春風
第6章 賢者と祭典
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止血


「おおぉいぃ?」


私と雪久がお互い不服げに見つめあっていると、地の底から這い出てきた亡者が如き声がした。

不意に周囲の温度が下がったような気がして冷気の出先を辿ると、顔色の悪い白衣の男が怠そうに歩み寄って来ていた。


「…何じゃれあってんだぁ、変態女ぁ」

「あ、薬屋くん」


彼は私がルネ達に呼びに行かせた人物だった。

商店街の一角で父親と2人で薬屋を経営している男で、スキルも魔法も薬剤系の能力を持っており、ついでに脳内まで薬剤系に極振りという、良くも悪くもマッドなサイエンティストだ。

そのマッドさが原因で、彼は常に不健康そうなーーというか、実際に不健康なーー見た目をしている。


青白い顔色もさる事ながら目の下にはクマがあるし、手にはあちこちに傷跡があり、所々に包帯を巻いている。

この見た目で口も態度も悪いものだから、ぱっと見不審者にしか見えない。


「よくも俺をこんな所に呼び出してくれたなぁ?え?

しかもなんだそのザマは。

てめぇは常に怪我してねぇといられない病気にでも掛かってんのかぁ?」

「いやいや、お仕事を提供してあげたんじゃないか。

嬉しいでしょ?でしょ?」

「…」


元来の陰気な顔を更に不機嫌そうに歪めて私を睨み付ける。

眉間のシワは深く、名刺でも挟めそうなくらいだ。


何を怒ってるんだろうと考えて、怪我をした経緯を見ていたのかなと思い至った。

ああ、そういえば彼と始めて出会った時も私は怪我をしていたな。

その上無茶もしていた気がする。


薬屋はジトッとした視線を私の上から下まで全身に送った。


「…チッ。

どうせこんな事だろぉと思って、てめぇ用に治療道具を持って来てやったんだよ」

「お、ありがとう。

流石薬屋くん!用意がいいね!」

「おい、そっちの、この女に治癒魔法とか効かねぇだろぉ?

コレ使え、止血剤だ」

「あ、ああ。ありがとう!」

「浅いのはそれ塗って当て布しときゃぁいい。

ほら、布、とこっちが包帯だ。

使い方分かるかぁ?

いいかぁ、塗って、布当てて、包帯でぐるぐる巻きにして押さえとけってぇことだ」


雪久がコクコクと頷くと、薬屋は黒縁眼鏡を押し上げて「そうかぁ」と言うと自分の鞄を再び漁りだした。


「傷が深いのはそれじゃぁ止まんねぇだろぉが、後で縫うから。

今は圧迫止血しとけぇ。

圧迫して止血、これは分かるかぁ?」

「ああ、どっちも分かる。大丈夫だ」

「そうかよ。じゃぁやれぃ」

「うん。

あの、あっちは…?」

「あぁ?」


雪久は手を動かしながらも心配そうにハミルトン達の方へ目をやった。

薬屋は雪久の視線を追って、合点がいったという顔でガシガシと頭をかいた。


「…あー、閣下の方かぁ。

向こうも問題ねぇよ。

後は俺の仕事じゃぁねぇや」

「そうか、良かった…」


厳しい顔のままの雪久だが、少しホッと息を吐いた。

器用なことするな。


私は「ところで」と色々な道具の準備を着々と進めている薬屋に向き直る。


「皿の毒は特定出来た?」

「あ?おぉ、あんなもん一口で分からぁ」

「おい、また毒杯を煽ったのかよ。

そんなんだから君はその顔色なんだよ」

「うるせぇ。

別にいいだろぉがぁ。

この方が正確に結果が出るんだからよぉ。

それにしても」


薬屋はケヒヒと笑った。


「俺がスープを煽った時の周りの反応は見ものだったぜぇ?」

「わあいいなぁ、私も見たかった。

因みに毒はソラニン?」

「の、強化版だなぁ。

これぁ薬物系の魔法使いが噛んでやがる。

許せねぇよなぁ…おい」


そう言う薬屋は目が据わっていた。


彼は現在の"治療といえば治癒魔法"という固定概念をどうにかしようと奮闘している人間なのだ。

何故どうにかしたいかといえば、治癒魔法使い頼りだと、どう考えても手が足りないからである。

彼は"民間療法や薬で何とかなるような軽傷ならば、各自で何とかすべきだ"、"そうすれば本当に治癒魔法が必要な重篤患者に手が回る"と考えているのだ。

人助けの一助となるべき魔法使いが他人を殺す為に魔法を使っているとなれば、彼の怒りは計り知れない。


薬屋は見た目はともかく、中身はこんな風に割と優しくて熱い男なのだ。

…まあ、そうは見えないよな、うん。


「おい、姉ちゃん、腕と太腿の深い傷を押さえててくれ」

「むむ、分かったよ」

「あぁ?ねぇちゃんん?

お前、この女の弟なのかよ」

「そうだけど?」


雪久はキョトンとすると、それがどうかしたのかと不思議そうに薬屋を見た。

一方の薬屋は雪久を繁々と眺めると、覇気のない顔を更にげんなりさせて目を細めた。

チラと私に一瞥を投げると再び雪久に向き直る。


「………お前も大変だなぁぁ?」

「…ああ、うん」

「…なんだいそのやり取りは」


憐れみを含んだ薬屋の顔と諦め半分といった雪久の顔に対して、私は交互に拗ねた目を向けたのだが2人とも何処吹く風だ。


「…おぃ変態、薬。

痛み止めと増血剤だぁ。飲んどけ。

おぉい、ガキぃ、水ぅ!」

「はいっ」


ガキと呼ばれた蒼龍が普通に返事をして、水入りコップと共に駆け寄ってきた。

私と一緒に何度も彼の店に訪れていた為、すっかり"ガキ"呼ばわりに慣れてしまったとみえる。


苦笑しつつも礼を言って水と薬を受け取った。

躊躇いもなく口に含むと、口いっぱいに広がる苦味を伴う青臭さと何とも言えない独特の風味に襲われる。

どう贔屓目に言っても美味しいとはいえない。

顔を顰めてそれを手早く飲み込むが、流し込めなかった後味に更に苦笑いが深まった。


「うむ、不味い!」

「うっせぇ。

代わりに効果は絶大なんだから我慢しろい」

「はっはっは、そうだね。

私達の祖国にもこんな諺がある、"良薬口に苦し"ってね!

まあ、美味しかったら懲りずにまた病気とかになりそうじゃん?

不味くていいんじゃない?」

「別に狙って苦くしてるんじゃぁねぇよ。

出来るならやってる。

不味くないならそれに越したこたぁねぇんだからよ。

俺ぁ、作ってる薬は自分で試さないと気がすまねぇんだから」

「じゃあ美味しい薬を作ってよ!」

「…もし出来てもてめぇにはやらねぇよ」

「えー?なんで?」


問うと、薬屋は待ってましたとばかりにニヤァと笑った。


「美味しかったら懲りずにまた怪我とかしそうだろぉ?なぁ?え?」

「むむ…ってぁっ!?

えっ、ちょ、痛い痛い!」

「あったりめぇだろ、こんだけ深く切ってんだから」


薬屋は私の訴えに表情一つ変えず、脱脂綿に薬品を沁みさせた物を傷口に塗っていく。

私が悲鳴をあげているにも関わらずしれっと嘯く。


「いやいや、君がそれやる度に一際痛むんですけど!?」

「縫い合わす前の消毒ぐらいでグダグダ言ってんじゃぁねぇよ。

おぉい、これどぉにかしろぃ」


思わず薬屋の肩に置いた手を雪久にはたき落とされた。


「はいはい、姉ちゃん抵抗すんな」

「む、分かってるよ…」


そろそろ意識が朦朧としてきたところだし、貧血のせいか寒い。

正直、カラ元気で振る舞うのも限界が近い。


この満身創痍の状態で、これから身体のあちこちにある切り傷を縫い合わされないといけないかと思うと溜め息がでる。


はぁ、面倒くさい…。

怪我するとこれだから面倒なんだよ。

痛いし、我慢しないといけないし、手当てされるのも痛いし。

手当てを我慢して乗り越えても終わりじゃない。

その後も日々この怪我たちに気を使ってやらないとならないのだ。

ああ、面倒だ…こんなに面倒なら、いっそのこと死ねば良かった。


すっかりいじけてしまった私の気も知らず、薬屋は手際よく用意をこなしてゆく。


「さっさとやってやるから、なるたけ動くなよ」

「おう…」


というか、前から思っていたがこの人薬屋という次元を超えているよな。

彼の傷跡を見て薄々察してはいたが、傷を縫ったりも出来るなんて。

なんというか、私からしてみれば彼こそが医者って感じだ。

魔法に頼らない治療といえば何でもかんでもできるイメージがある。

この国での"医者といえば治癒魔法"という世界観に於いて、彼は私にとってはいざという時の頼みの綱と言っても過言ではないだろう。

そして丁度今、その"いざという時"であるようだ。

彼とはどうも長い付き合いになりそうだし、なんとか友好的な関係を維持したいものである。


そう、治療して貰えるのは本当に有り難い。

大変有り難いは有り難いのだが、これから自分がされる事を考えると微妙な表情になってしまう。

雪久と蒼龍が細かい傷を塞いでいく様子と、彼が針だの糸だのを用意する様を眺めつつ、私は1人覚悟を決めるのだった。

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