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無能賢者と魔法と剣  作者: 秋空春風
第6章 賢者と祭典
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推理


ユージンの前には数人が集められており、壁際にはそれ以外の人達がズラッと並んでいた。

服装からして全員この邸で働く使用人だろう。

どうにも容疑者とその他で並べられていると見える。

その中でも容疑者リスト入りは男女混じりで女性多め。

誰もかれもが不安げにしていた。

その服装や髪型などから、「きっと調理班なんだろうなぁ」と野次馬気分で見物する。


勿論、私に物見遊山をさせる為に呼び寄せた筈もない。

ユージンの部下らしき人物がーー頼みもしていないのにーーこの食事会開催前の大まかな流れを説明してくれた。

ワー、ウレシイナー。


聞くところによると、準備中には大して不審者の目撃情報やおかしな点はなかったようだ。

なるほど、確かにそれなら料理人が疑われるか。


「賢者殿は今回の毒物に心当たりがお有りだったな?」

「ええ。

確信はございませんが、凡その見当はつけております」


私はしれっと答えた。


横からユージンにつっけんどんに言わても、私は特に気にしない。

というか、彼のこの態度は私に対して思うところがあるのではなく単に素なんじゃないだろうか。

なんだかそんな気がしてきたぞ。

まあいいか。


「私はナス科の植物に含まれる"ソラニン"ではないか、と考えております。

スープの具として使われていたジャガイモもその一種ですね」

「ほう、では今回の件は彼らの不手際だと?」


それを聞いた瞬間に容疑者さん達が身体を強張らせる。

私は「いいえ」と首を振る。


「ソラニンが含まれているのはジャガイモの"め"と呼ばれる窪みの部分と変色してしまった個体です。

ソラニンを多量に含んでしまったジャガイモは緑みに変色致しますから、スキルが無くとも異変には気づくでしょう。

色の変化がなくとも多少は含んでおりますが、一般的な色のジャガイモは"め"と呼ばれる窪みを除去すれば完全に無害です。

それも多少芽を取り逃がした程度で身体に悪影響を齎すものでもございません。

その上、この事を料理スキル持ちの方が知らぬ訳がございませんし、特別気をつけてらっしゃった筈です。

そもそも、こんな重篤症状が出るほどの高濃度のソラニンを含む料理を料理スキル持ちが見逃す危険性はありません。

私の記憶が確かならば、料理スキル持ちの方ならば見つけられた筈だと記憶しております。

そうですよね?」


私が問うと、カクカクと必死に頷く人物が3名いた。

3人もスキル持ちがいたのか。

なら本当に大丈夫そうだな。


「それにソラニンは水溶性でございまして、これがまた水によく溶けるのです。

緑色に変色したジャガイモを"毒化した"と称すのですが、毒化したジャガイモを少し水に浸けておいただけでつけた水に溶け出してしまうような代物でございます。

もしも有害なジャガイモを誤って材料として煮込んでしまったのだと致しますと、スープの中にその殆どが溶け込んでしまうと思われます。

そう考えますと、"事故によって1人の皿だけ致死量のソラニンが入った"というのは理にかなっておりません。

以上から、私は今回の件は料理人の不手際や事故といった可能性はほぼ無いと考えております。

そして、もし毒が混入されたとするならば、それは調理中以前はあり得ないだろうとも申し上げることができます」


私がそう述べると、スキル持ち組が涙目で感謝の意を込めてこちらを見てきた。

今すぐその目を止めろと内心思いつつも、見た目だけは困った様に優しく微笑みかけておく。

我々の言外の遣り取りを観察しながらユージンは質問を重ねる。


「なるほど。

して、貴殿はどう見る?」

「…故意にやった方がいらっしゃるのでしょうね。

そしてその方は料理を作った方々に罪を擦りつけたかったんじゃないか、と推察します。

今回の毒殺が上手くいこうといくまいと、残された証拠は調べられますよね?

例えば残されたスープ。

これを医薬系の魔法をお持ちの方に調べてもらうと、「毒が入っている事」と「その毒が"ソラニン"と呼ばれる毒である事」、そして「その毒の薬物的種類と原材料がジャガイモであること」については判明するでしょう。

ですが、医薬系の魔法使いの方は基本的に植物にはあまりお詳しくないとお聞きしております。

そうであるならば、私が先程申し上げましたジャガイモとソラニンの特徴については見逃されてしまう可能性がかなり高くなるのではないでしょうか。

単に「ジャガイモが原因だ」とだけ判ずるのが関の山なのでは?

するとどうでしょう、料理人達のうっかりで起きた事故と判断される可能性が高いと思いませんか?

犯人はそれを狙ったのではないかと思われます」


まあ、多分これが正解だよなぁ。

そうは思うが、一応念の為に予防線を張っておこう。

間違っていた時に責任を押し付けられたら堪らん。


私は悲しげに目を伏せて首を横に振った。


「しかしこれが間違いなく真実かと問われますと、まだ断言は出来ませんね。

今の段階ではその裏も考えられますし、若しくはソラニンではない別の毒かも知れません。

これが正しいなどと無責任なことは申し上げられませんわ。

何分私は無能な素人でございますので」

「…」


スッと礼をして話を切り上げようとしてユージンを窺うと、目で先を促された。

…続けろと?

そこまで言うなら皆まで言ってやろうか。

この位置どりでそれをやるのはリスキーだと思うが…。


そう考えつつ犯人候補の位置を警戒しようとして、…やめてしまった。

なんだかもう段々と気を張っているのが面倒になってきたのである。

現在、雪久を始めとした私が守りたい人達は軒並み安全圏にいる。

ここで犯人が暴れてもまず被害を受けるのは私か、若しくはこの周囲の人々である。

ならば別にいい。

そこまで心配することもないだろうと思うと途端にヤル気が削がれてきた。


…まあいいや、私が襲われる分には構わないし。

どうとでもなるんじゃないかな。


「私の愚考を続けて述べさせていただきます。

この際、毒の種類は置いておきましょう。

専門家に任せるべきですもの。

さて、ここで不思議な事がございますね。

犯人はオーランシュ伯のスープにいつ毒を混入させたのでしょう。

今回、人目を盗んで毒を混入させるというのは非常に困難であったと推考します。

先程述べました理由から料理中以前ではないでさょうが、調理後もそのようなタイミングは無かったのではありませんか?

スープは出来立てでしたから、汲んですぐに振る舞われたのでしょう?

それを順に手早くテーブルへ並べねばならなかったのです。

そうであるならば、盛り付けをした方も給仕の方々も、常にどなたかの視線の元にありました。

毒を盛る時間的な余裕があったとは思えませんわ。

この方々全員が共犯、などというのは考え辛いですし」


私の発言に、今度は質の良いお仕着せをきた少女達が身を寄せ合いながら涙目でウンウンと頷く。

…あの子たち可愛いな。


「となれば毒物が混入されたのはスープを汲んだ時や運搬中、況してや調理中などではないでしょう」


特に私の想像通りの毒物と理由による犯行の場合、犯人はより慎重に動く筈だ。


外野達が困惑ここに極まれりといった顔で不安げにしている中、ユージンだけは変わらずまっすぐな目をしていた。

私はそれを見返す。


「毒物はそれよりももっと前から仕込まれていたのではないでしょうか。

例えば食器類に予め塗ってあった、というのはどうです?

カトラリーや皿類ーー今回は皿の底にでも塗ってあったと考えるといろいろ辻褄が合いますね。

皆スプーンの柄は同じですが、皿の柄は違うようですから」


近くに置いてあったスプーンを手に取り、それでテーブルの上の皿を順繰りに指し示しながら言うと、メイド達はハッとして息を呑んだ。

ユージンも「なるほど」と呟いている。


食前のお茶のカップと、スープの皿は柄がそれぞれお揃いだった。

恐らくだが、このコース料理は全て各人毎に柄が揃えられているのだろうと思う。

事前に誰にどの皿が給仕されるか決められていたのならば、食事会の日よりもずっと前から毒を仕込んでおく事が可能だ。

そしてその線で辿れば犯人も自ずと見えてくるだろう。


「私からは以上です」

「ああ、貴重な意見感謝する」

「勿体ないお言葉ですわ」


どうやら私が進言した方向で容疑者を出そうと考えたようだ。

使用人達に再び話を聞くようにと部下に指示を出し始めた。

その立ち去って行く背中を眺めながら頬に手を当てて首を傾げる。


もう私は捌けて行っても良いのだろうか。

いや、雪久達のところへ行ってもやる事が無いのは変わらない。

寧ろここで事情聴取を聞きながら思索に耽る方が暇つぶしになるし、犯人はこちら側に居る以上その方が牽制になるか。

なんなら私を襲ってくれたらいい。

所謂、囮というやつだ。

そう考えて一人、居住まいを正した。


ルネとトーマスに呼びに行かせた薬屋が来れば、予測の数々を確定させられる。

あいつは少々規格外なので私が思いつかなかった事実だって他にも色々分かると思う。

そろそろ来るだろうし、それ待ちだな。


やれやれ、"料理自体にではなく食器類に毒を仕込む"、か。

ミステリー小説で使い古された手法だな。

それなら犯行の手段を暴いた私は十津川警部か、ホームズか。

いやぁ、私はそんな良いもんじゃあない、役者不足だ。


だがこんな大勢の前で大立ち回りを演じさせられればそんな気分にもなる。

そう思うと何となくタバコでも吹かしたいような気分になってきたが、この国にそんなもんは無いし、そもそも私は非喫煙者の嫌煙家である。

あくまで"気分"なので、後で棒付きべっこう飴でも作って咥えとこう。

多少はそれっぽくなるだろう。


そんなしょうもない事を考えながらぼんやりしていると、不意に背後から抱き寄せられた。

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