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無能賢者と魔法と剣  作者: 秋空春風
第6章 賢者と祭典
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悪戯


「師匠!」

「今行く!」


返事を返し、手袋を外しながら蒼龍の元へ走り寄る。


無駄に広い床に広げられた風呂敷くらいの書きかけの布に、ノート。

蒼龍の性格を表すように整然と並んでいる。

私はその中央にスカート丈など気にせずしゃがみこむと袖捲りもそこそこにペンを取った。

半分くらいだと思っていたが、実際に見てみると三分の一は書き終えてある。

その上面倒な箇所は済んでいるので想定よりも早く完成させられるだろう。

重畳重畳。


「ヨシカさん、あの」


パッとヤル気に満ち満ちた顔のデレクに呼び掛けられた。

内心舌打ちする。

私は敢えて君のことを無視してたんだよ。


「なんですか、デレクさん」

「僕も何かお手伝い出来ることはありますか?」


その問いにフッとイタズラ心が湧いた。

魔がさしたともいう。


そちらを見もせず返事をする。

もちろん手は止めない。


「ああ、あなたにはとても重要な任務があるんですよ」

「!

はい!任せて下さい!

それで、何をすれば良いですか?」

「何もするな。

それが君の仕事だ」

「…え?」

「何も見ず何も聞かず何のリアクションもするな」

「えっ?えっ?」

「とりあえず雪久の側にでもいて下さい。

邪魔なんで」

「え、あの?…はい」


態と嫌な感じに言ってやると、少し戸惑った返事が返ってきたのでほくそ笑んだ。

いつも私を動揺させやがって、いい気味だ。


私の性悪っぷりはともかく、デレクには何もしないでいて欲しいというのは本当だ。

検査結果が常にダダ漏れの歩く嘘発見器は大人しくさせておくのが吉である。

彼がなまじ犯人に気づいてしまって、この緊急事態にどさくさ紛れで彼が一人で襲われても庇える気がしない。

彼なら確実な犯人特定が出来るかもしれないが今はお呼びじゃないのだ。

だいたい、私の中では既に犯人の目星もついているので、彼の出番はない。

大人しくしていてくれるのが一番だ。


「…?」


立ち去る様子もなく無言で私の横に立つデレクを不審に思いつつ作業を進めていると、彼はおずおずと言葉を続けた。


「あの、もしかして、ヨシカさんは僕の事を心配してくださっているのですか?」

「ぶっ!?は!?違わい!消えろ!」

「あ、そうみたいですね。

えへへ、ありがとうございます。

僕、大人しくしてますね」

「くっそ…!」


やっぱりコイツは苦手だ。

一瞬ギッと睨むが、それを見ても相手は一拍キョトンとした後、更に笑みを深めるだけだった。

私の怒りが虚勢によるものだと見抜いているのである。


奴は表情や仕草ですら、偽りのものかどうか見抜ける。

それもそのはず、魔力を読んでいるのではなく、仕草や声音などを読んでいるのだから。

というか、彼のスキルの真価はそこにあると言ってもいい。

と同時に事今回に至ってはとっても厄介なスキルであるとも言える。

何せこのスキルは、意識せずして怯えたふりをしている犯人すら見抜けてしまうということであり、彼は見つけた時に態度でバレバレになってしまう性格なのである。

だからこそ今回は大人しくしているべきだ。


意地悪が通じなくて私を不快にさせた罪を問わないなら、大人しくしていなければならない理由を本人が理解してくれたことは、…それは良い事だ。

ただ、私にとってはとにかく相手すると気疲れする事受けあいなので無視だ、無視。


…と思ったのだが、デレクは側でしゃがみ込むとこちらの作業を眺め始めた。


「…おい」

「あ、お構いなく」

「あ?」


手を動かし続けながらも威圧する。

…威圧したって無駄なんだよな、分かってる。

案の定余計に機嫌を良くしたデレクが話し続ける。


「雪久さんの側が一番安全だと仰りたいのでしょう?

分かってますよ。

だからこそ僕はここでアラン様とヨシカさんのことを御守りします」

「…蒼くんだけでいいよ」

「アラン様とヨシカさんを御守りしますね」

「…いや」

「ヨシカさんも御守りしますからね」

「もう好きにしてくれ…」


演技だとバレると分かっていながらも、私はこれみよがしに溜め息をついて作業に戻った。

匙を投げられたデレクは私の作業を少しだけ眺めていたが、蒼龍が仕上げ用の魔法陣を広げ始めた辺りで手伝いをすると言って、私の視界からはけていった。

一々申告せんでもよろしい。


それから幾ばくもしないうちに魔法陣を書き終えた。

やはり下書きもちゃんとしていたからな。

早く書きあげる事が出来た。


顔を上げると、丁度蒼龍達の準備も整ったところだった。


「蒼くん、はい」

「はい!

撥水加工はしなくて良いですよね?」

「そうだね」

「了解です」


各種処理を始めた蒼龍から目を離し、私は指示を出した他メンバーの仕事のその後の経過を目視確認する。


フレイアがハミルトンの背中をさすりながら何か話しかけている。

その甲斐あってか、ハミルトンの様子は多少は落ち着いたと見える。

狼狽えてはいたが、雪久もなんだかんだで上手くやれているのだろう。

その3人の側で周囲に目を光らせているのがキャサリンだ。

周囲といっても、主に見ているのはユージンが使用人達を集めている一角と扉のようだ。

私達の事をもっと疑ってくれても良いのよ?


医療班を呼びに行った3人は居ない。

思わずさっと時計を見たが、そういえば出て行った時間を確認していなかったという事を思い出した。

冷静な判断を出来ているように思っていたが、割りかし私も焦っていたようだ。


とりあえず体感だが、多分まだかかりそうだ。

デリックはどうだか知らないが、ルネとトーマスの方は少なくとも後10分以上はかかるだろう。

ここから商店街まではそれくらいあるし、それに呼びに行かせた奴はとても面倒な男だ。

奴の性格を考えると断るということはないとは思うが、無駄に心配症なので"念には念を"と大荷物で来る気がする。


「師匠!」

「出来た?」

「はい」

「よし、持ってくぞ」

「了解です」


せーので持ち上げると二人で魔法陣の端を持って運ぶ。

溢れたデレクを引き連れてハミルトン達の元にやって来た。

魔法陣を布団を掛けるが如く被せ、後は蒼龍に発動させてもらう。


蒼龍が手を翳すと、皆の視線が魔法陣に集まった。

私の目には何も見えないが、周りの魔人達には魔力の類が光として見えているのだろう。

皆の目が一点に集まっているなら、私は周囲に気を配ろう。

そう決めて、私はただ第六感がじりじりと訴えかけてくるのを感じながら見回した。


合間にチラとハミルトンの様子を窺うと、少しだけ顔色が良くなっていっている。

どれほど効果があるのかは知らないが、ないよりはマシか。

良かった…。


解毒の魔法というのは、私にはイマイチ原理が分からない魔法なので心配だった。

研究が不十分だというのもあるが、この魔法一つで複数の種類の毒物に対応出来る意味が分からないのである。

この魔法陣で解毒出来る毒物のレパートリーを見るに、中和しているとは思えない。

ならば吸着剤のような効果で解毒しているのか?

いやいや、それにしたってなぁ、解毒出来る毒物の種類が謎だ。


理解出来ない以上、私が出来るのは単に教本を書き写す事のみ。

まあ、この世界の殆どの"魔法陣書きを生業にしている人々"は上記の事しかしていないのだろうけど、私はそれじゃあ耐えられない。

効果を疑っていた訳ではないが、不安がなかったといえば嘘になるだろう。

目に見えて効果を確認することが出来て、私はホッと息を吐いた。


よし、だがさて、この後私はどうしたものか。


思い付く事は全てやった以上、後は医療班の到着を待つばかり。

…つまり早い話が暇である。

だからと言って既に振り分けた仕事を分けて貰う余地はなさそうだし、じゃあ他に何か出来る事はあるかといえばない。

とはいえ、この切羽詰まった状況でヒマそうに惚けていたら顰蹙を買うこと受け合いだ。


とりあえず心配そうにハミルトンを眺めているのが一番だろうか、と考える。


「…」


…そうは思う、思うが、そして実際に数分間実行してはみたけどもなにぶんそれにも飽きてきた。

女性兵が警護に当たっている以上素人の出番はなさそうだし、私には身内でもないおっさんを眺め続けて喜ぶ趣味もない。


暇を持て余した私はユージンの方に気を向ける事にした。

病人を見守るよりも、犯人探しの方が面白そうだ。


その不謹慎な思いを察したのかは不明だが、なんの前触れもなくフッとユージンに視線を向けられた。

そわそわと外野に聞き耳を立てていた私はハッとして顔を背けたが、時すでに遅し。

目で「こっちに来い」と指示されたので肩を竦めつつも、従うことにした。



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