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無能賢者と魔法と剣  作者: 秋空春風
第6章 賢者と祭典
103/149

指揮


ユージンが気づいてハミルトンに声を掛け始めると、すぐ後にカタンと音がした。

思わず見遣るとルネが色を失くして立ち上がり、そのまま部屋を駆け出て行くのが見えた。

恐らく読心スキルを利用して指示でも出されたのだろう。


ルネが跳ね開けた戸が自然に閉まるのと同時に、視線を戻すとハミルトンが椅子を倒しながら膝をついていた。

どうやら退室するどころか、立つこともままならなくなったらしい。

ということはルネの行動はハミルトンからの指示だったか。


ここまで慌しくなれば流石に全員が騒動に気づく。

反射的に犯人の検分をしたのは私とユージンだ。

その視線の流れが一瞬交わるが、私はさっさと次に流した。

どうせ奴は犯人ではないので無視だ。


この部屋には他に食事会の参加者とその世話をしていた召使い達がいる。

心配そうに見守っているのが数人で顔色を悪くして狼狽えているのが更に数人。

殆どの者は状況が掴めていないようで茫然としている。

その中で違和感のあるリアクションをした人間を数人確認出来たが、そこ内情のは判然としない。

とりあえず、反応が薄過ぎる奴と少々過剰な反応をしていた奴を軽くマークしておくこととしよう。


そう判断したのとほぼ同時にルネが先程よりも青い顔で戻ってきた。


「解毒、通信魔道具の類が全て破壊されています!」


その悲痛な声を聞いた瞬間、私は弾かれたように立ち上がった。

様子見している場合ではなさそうだ。

ルネが態々言いに戻って来たということは自分では代案が出なかったのだろうから。


俄かに湧き上がった周囲の惑乱を睨みつけて怒鳴る。


「静粛に! 無闇に動くな!

ルネちゃん、解毒の当てがないならモットレイ医薬店の店員を呼んで来てくれ!

奴なら知識も技術もある!

トーマスさんは顔見知りだね?案内を!」

「えっ」

「は?」

「あの根暗が嫌がったら私の名を出してくれ!以上!

はい、早く行って!」

「はっ、はい!」

「あ、待って下さい」


駆け出ていく2人を見送らずに次々と対象を指しながら歩く。


「デリックさんは医者の手配!

蒼くんは陣を描く準備!

ユージンさんは周囲警戒をお願いします!」


一人一人名指し命令しつつ早足で机を迂回する。

道中で茫然としている雪久の肩をすれ違いざま叩いた。


「雪!お前がボサッとしててどうする!来い!」

「あ、う、うん!」


慌てて立ち上がる雪久を尻目に逸早く目的地に辿り着いた私は、ハミルトンの側にしゃがみこんで状態を確認する。


顔色が悪いし、呼吸は浅く荒い。

涙目になっているし、白目のところを見るに黄疸の気も少しあるように見える。

手は痛みを耐えるように服の胸元を掴んでいるがあまり力が入っていないと見える。

重症だな。

意識があるだけマシか。

効果の程は分からないが、可能な限りの処置をしたい。


「フレイちゃんは厨房で牛乳を取ってきてくれ!」

「ぷ、ふぁい!」

「キャサリンさんは彼女の護衛と案内をお願いします!」

「お任せを」

「頼みます」


パタパタと駆け出すフレイアを追い掛けたキャサリンだったが、あまりの遅さに途中で抱き上げて走って行った。

賢明だ。


「ね、姉ちゃ「再生魔法!」


足元に転げるようにやってきた雪久に食い気味に命令すると泣きそうな顔でおろおろし始めた。


「く、詳「血液に回復の魔法!」

「わ、分かった」


ガクガクと頷き、急いでハミルトンに取り縋るとすぐに魔法を発動させたらしい。

あの魔法が発動した時特有のピリピリした感じに少し顔を顰めつつも、それを甘受して横にしゃがむ。


「雪、恐らく赤血球と神経系統にダメージを負ってる。

赤血球が破壊された事によって酸欠にもなってると思う。

対症療法でしかないが、赤血球の再生と溶血から来る酸欠に対して再生魔法を使ってくれ」

「うん、出来るかは分かんないけど…」

「出来る、やれ」

「う、うん」

「あとは可能なら神経系、私の予想が正しければ特に運動神経の類がやられてると思う。

その辺もなんとか手が回れば頼む」

「分かった…」


自身無さ気に頷いた雪久の頭を軽く撫でて立ち上がる。


「蒼くん準備出来た?」

「はい!」

「あとは私の鞄に研究ノートAの4冊目、緑の付箋のページと描きかけの紙が一枚あるはずだ。

広げておいてくれ」

「分かりました!」


これで一頻り出さねばならない指示は一周出し終えたか。

ザッと見回して確認しながら、カーディガンを脱ぐ。


1人歩み寄ってくる影があった。

ユージンだ。

私があれこれ言うのを辞め、黙って服を脱ぎ出したから話をする好機とみたのだろう。


「…賢者殿、毒の知識が?」

「ええ、多少ですが」


どこかギョッとした様子で問いかけてきた。

その顔には実に分かりやすく、"私の豹変に困惑と不信感を抱いている"と書いてある。


私はチラとそちらを見てすぐに視線をハミルトンの方に戻した。

本人と雪久に声をかけてから寝かせ、脱いだ服を畳んで丸めたものを頭の所に置いて枕にした。

見た目から身分まで高貴さマックスの人物を床で寝かすという事に罪悪感が湧かないではないが、非常事態なので無視だ。無視。


無視といえば目下のユージンである。

彼は現在、"まさかその一言だけを返事としようとしてはいないだろうな"という目でこちらを見ている。

"うるせぇ、質問している暇があったら犯人特定と安全確保に動けよ"とは思うが、彼の立場を思えば質問の意図も知れる。


何より、私は自身の不誠実さと別人っぷりは相当なものだという自覚はあるのだ。

何せ先程までは傍観を決め込んでいたのだからな。

犯人だと思われても…というか、彼からしたら犯人よりも動機が不明かも知れない。

いや、私が犯人の場合、自作自演の可能性が見えてくるか?

であるならば、彼の私へ向けられる不信は当然の感情と言える。


ふむぅ…。

この限られた時間を割いてまで私を真っ直ぐ疑ってくれるのはある意味嬉しいのだがーー疑われて嬉しいなど、私はやはりどこか頭がおかしいと思うーー、その真摯な疑いの要因となっている事柄は単なる私のノリと勢いと気紛れに依るものだと思うと哀れである。

何という時間と疑念の無駄遣い…。

可哀想に…。

この可愛そうな人にはなるたけ真摯に答えてあげよう。


「この食事と症状…。

素人判断ではありますが、毒の種類は祖国でソラニンと呼ばれていたものだと思います。

私の知り合いが以前コレで死んでいるので知っていました。

症状としましては、溶血性貧血や神経障害などを起こします。

酷いと死亡するケースもありますし、彼はかなり酷いように見えます。

とりあえず雪久には出ている症状を回復させていますので、推定した毒とは別物だとしても一定の効果があるでしょう。

解毒用の魔法陣は半分以上既に依頼を受けて書いた物があります。

今から続きを書きますので、医療部隊が来るまでは確実に保たせられるかと」

「…」


ユージンは私に一瞥投げると何も言わずに立ち上がり、そのまま周囲を威圧しながら命令を出し始めたのでそれを見送った。

その一瞬に見えた目は視線だけで殺せそうだった。


おお、こわいこわい。

心中で戯けて肩を竦めた。

だが、苦言も文句も無く動いてくれたと言うことは、多少なりとも私のことを信じてみる気になったらしい。

半信半疑だろうけど、働いてくれるなら別にそれでいい。

犯人云々は任せて、私はハミルトンの方に集中しよう。


「お、おお、おね、おねぇしゃまっ!」


パタパタと駆け寄ってくる影に顔を向けると、両手でミルクに満たされたグラスを持って走って来るのが見えた。

転ばないかハラハラしながら見守る。


「おお、フレイちゃん、ありがとう!」

「ふ、ふぁ、ふぁふぁ」


あわあわと狼狽える小さな影を撫でながら、その背後にも礼を言う。


「キャサリンさん、ハミルトンさんの周囲警戒をお願いしますね。

フレイちゃん!」

「ふぁーっ!?」

「…落ち着いて聞いて、フレイちゃん」


フレイアは小刻みに横揺れしており、最早震えているといっても過言ではない。

両肩に手を添えて落ち着いた声でゆっくりと言い含める。


「彼は頭痛腰痛、呼吸困難だのの症状が出てると思う。

牛乳は飲めたらでいいから飲ませてあげてくれ、これ以上の毒物の吸収を阻害してくれるはずだ。

吐けるもんなら吐いた方がいいけど、無理はしないで。

ハミルトンさんが動こうとしても、安静にさせておいてね。

医療班が来たら専門家に従って、いい?

さて、私は別事するから、ここの対応を任せるね。

大丈夫かな?」

「ふぁ、ふぁい!」

「よし、任せた!」


頭を撫でて元気づけるようにニコッとしてみせる。


今、フレイアは何をしていいか分からず狼狽えているだけなのだ。

彼女はやるべき事を提示すればちゃんとこなせる子ーーいや、女性である。

私が倒れた時も的確に対応してくれたと聞いた。

きっと今回も上手くやってくれるだろう。


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