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無能賢者と魔法と剣  作者: 秋空春風
第6章 賢者と祭典
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緑茶


私が愛想笑いを浮かべて困っているうちにもメイドさんが皆の前にカップとソーサーが並べられていく。


「こちらはリョクチャです」


デリックの紹介にガタッと反応した男がいた。


「緑茶ですか!?」


デリックの穏やかスマイルに、'い'の一番に反応したのはもちろん雪久だ。


「ええ」

「え、緑茶ってあの緑茶?」

「そのリョクチャですね。

ユキヒサさんの生まれ故郷で飲まれているお茶なんですよね?」

「そうです」

「ヨシカさんと協力して再現してみたんです。

僕自身は本物を飲んだ事がないのでどれだけ近づけているか分かりませんが、美味しさは保証しますよ。どうぞ」

「ありがとうございます!」


見るからにご機嫌になっている雪久に緩い視線を送りつつ私も口をつける。


カップを顔に近づけると黄金色の水面からふわりと緑茶の香りが舞い、その香りの良さに目を細めた。

口に含むと程よい苦味と渋みのあり、飲んだ後は香りと甘みが残った。

美味しい。

そしてちゃんと緑茶である。


口々に色良い感想を述べる人々に混じって、雪久がほうと息を吐いた。


「宇治緑茶っぽいな」

「ん?」

「宇治」

「京都産の浅蒸しの煎茶に近い味だという事ですね?

ふむ、そうなんですか」


カップ内の薄い色をまじまじと見つめる。

西洋風の花柄のティーカップに煎茶が入っているというのはなんだか笑える。

笑わないけど。


「は?姉、分かんねえの?」

「あなたは17年私の弟をしていて、今更私の味蕾細胞に一体どんな期待をしていらっしゃるんですか。

勿論分かりません。

繊細な味覚も嗅覚も私には有りません。

あるのは通り一遍の知識のみです」


言いつつ少し呆れ顔で雪久を見る。

この子は今日はどういう理由で食事会が開かれているか完全に忘れているのではないだろうか。

必要最低限の礼を取るのみで、後は至って普段通り。

まるで友達の家に遊びに来た子供みたいだ。


可愛いから私は気にしないし、向こうも私の他人行儀な態度を気にも留めていないみたいだからいいけど。


「金色だし、飲みやすいし、何かこう上品な感じだ。

コレはもう宇治茶だろ」


雪久が横で色々言っているが、私は「美味しい煎茶だなぁ」という感想しかない。


「…いいですか。

あなたの言う宇治緑茶というものが日本三大茶の一つであると言うことは私も知っていますよ。

主に京都府宇治市で作られているお茶ですよね。

そして渋みが弱く、香り高く繊細な味わいが特徴。

と、まあ、そのような知識はありますよ。

緑茶は加熱することによって発酵を防いだお茶の事を言うのですが、その中でも宇治茶は比較的蒸し時間が短いものの一種ですよね。

比較例を出しますと、静岡茶という茶の「深蒸し」という方法で処理されたものに比べこちらは2、3分の1の蒸し時間です。

また、宇治茶は煎茶と呼ばれる種類の茶でもありますね。

煎茶とは普通に陽に当てて育てた茶木の新芽を蒸して、揉み乾燥させたもののことを言います」


始めは雪久に当て付けがましく述べていたのだが、途中から手帳を取り出してメモを取り始めたデリックに気づいて少々説明的になってきた。

てか、食事会でメモを取るなメモを。


私からの緩い視線など意にも介さぬ雪久とデリックに苦笑を浮かべていると、デリックがハタと何かに気づいたらしく問いかけてきた。


「と言うことは特別に育てたものを使う茶もあるのですか?」

「はい、玉露という種類のものがあります。

これは製造方法は煎茶の一種に分類されるのですが、使用する茶葉に一工夫しています。

摘む二週間前程から藁を編んだ庇で屋根を張り日陰にしておくのです。

こうする事で独特の風味が出るのですよ」

「あれは少し癖があるが、それがまた良いんだよな!」

「ええ、あの違いは流石に私にも分かりますね」

「なんでそんなに反応が薄いんだよ!」

「そう言われましても…。

私はあなたほど飲食物に拘りがございませんので…」

「他にも種類があるのですか?」

「ええ、緑茶は種類が多いですから」


不服そうな雪久をかわすためにデリックに笑顔で答える。

その教えろと言わんばかりの眼差しに私はチラと一瞬だけ周囲を見回した。


わくわくした様子のデリックは良いが、他メンバーがほうけてるぞ。

いいのか?

…招待主が苦笑してデリックを見てるから別にいいか。


「乾燥工程で揉みを入れないと碾茶。

それを粉にした抹茶。

煎茶と玉露の間のかぶせ茶。

新芽以外や茎などを使用した番茶。

茎類を使用する茎茶。

葉先を使用する葉茶。

木っ端類をあつめた粉茶。

蒸し工程を炒り工程にする釜入り茶。

緑茶葉を炒ったほうじ茶。

玄米と緑茶葉を合わせて炒った玄米茶。

ここまでが私共の祖国の緑茶です。

産地や茶木の種類によっても分類されておりましたし、緑茶は隣国等にもございましたから、まだまだ種類がありますよ」

「俺はどれも好きだが、一度好きなのは茎茶の白折、またの名を雁が音、だな。

あっさりしてて、香りが良い」


雪久が自分の発言を耳で聞いて再確認するようにうんうんと頷いてーーこういう自分もよくやる仕草を見ると、やっぱり姉弟だなぁと思うーー続ける。


「なんて言っていいかわからんが、普通の煎茶よりなんかちょっと変わってて、旨味は強い。

玉露の硬いところを集めたものだから玉露より安価だし、でも美味いんだよ」

「あ、はい」

「だからそのリアクションやめろ」


真顔で相槌を打つと雪久が私を睨む。


「…あの、お取り込み中すみません。

書ききれなかったのでもう一度お願い出来ますか?」

「ふふ、デリック様?

ご希望とあらば此度のお話は後日また詳しくお話いたしますよ」


流石にこれ以外この場で種類だの作り方だのと緑茶講座を開くのは躊躇われる。

優しく微笑みながらやんわりと止めに入ると、申し訳なさそうにしていたデリックがぱぁっと喜色を浮かべた。


「いいんですか?」

「ええ、もちろん」

「ありがとうございます」

「…それにしても、やけに種類が多くありませんか?」


話の継ぎ目と見たトーマスが入ってきた。


「そうですね。

私共の祖国、日本の茶は比較的種類が多いと思います。

種類が多い最たる理由は、その、流行りですね」

「流行り?」

「ええ。

日本人はなんと申しますか、周囲の人間たちと同じ行動を好む人種といいますか…、その上新しいもの好きですぐに流行りに乗る種族なのです。

日本という国では一時期お茶の飲み当てをするという遊びが流行りまして、上から下まで東西南北で大流行。

その結果、お茶の細やかな違いを楽しむ文化が発展したのだそうです。

生産者達も皆独自性を出そうと工夫し始め、その結果、産地による特色や多種多様な製法が生まれたのですよ」

「えっ、そんな理由だったのか…」


緑茶の味わいについて熱くなっていた雪久がスッと真顔に戻った。

きっとなんか勝手に上品な理由を想像していたのだろう。

日本人の舌は繊細だからとか、感性に富んでるだとか、自然が豊かだとか。かな?


「でも凄く日本人らしいな」

「あ、そうなんですか」


すぐ様立ち直ったらしい雪久の言葉にトーマスが「へぇー」と極めて軽く相槌を打つ。

尋ねておいてそこまで興味がある訳でも無いようだ。


デリックもこの話題にはあまり興味が無いらしく、余所事をーー多分さっきまでのお茶の話だろうーー考えている。

雪久も気がそがれたようにお茶を堪能し始めたし…。


この3人分かり易すぎるだろ。

私は内心嘆息しながら、もう一口お茶を飲んだ。


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