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杜都と翼

何も言わず、俺に付いてこい!

 横田沢(よこたざわ)(つばさ)、バレンタインデーにどれくらいチョコが貰えるかドキドキしている中学1年生。自慢ではないが、翼は男女関係なくモテる。イケメンで運動神経が良く、性格が明るいが大きな理由だ。事実、小学生の頃は、学年で1番チョコを貰っていた。

「今年も、たくさんチョコを貰えるかねえ」

 翼は、チョコをたくさんかかえた自分を想像し、一人ニヤニヤ笑いながら、歩いている。周囲の人は、不審者を見るような目つきで見ているが、翼自身はお構いなし。昨年は、チョコを貰った際、多くて持ち帰るのに苦労したので、学校に紙袋を持っていこうか、考えている。

 家に向かう途中、兄である空也(くうや)を見かけ、声をかけようとした。

「兄ちゃ…」

 翼は口を閉じた。空也が、女性と二人きりで話していたからだ。

 少なくとも天王寺(てんのうじ)樹志花(じゅしか)ではない。

 どういう女性なのか、翼は遠巻きに観察した。髪型はロングヘアー。横顔を見る限り、美人。

 樹志花のことが好きだったはず。付き合えそうにないから、他の女性にしたのか。

 翼の疑問は膨らむばかり。



「それで、空也さんが話していた女性を誰なのか調べるから、僕にも協力して欲しいのかな?」

「そう」

 翌日。翼は樹志花の弟である杜都(もりと)に見たことを全て話した。

「断る!」

「いや、何で。樹志花さんのことが心配じゃないのかよ」

「心配って…樹志花姉ちゃんが空也さんのことが好きだとは言ってない気が…」

「自分を好きだと言っていた人が、別の人と付き合ったら、不満を持たない?」

「持たないよ。空也さんがどの女性と付き合うかなんて自由だし、翼君が口出しすることじゃないと思うんだけど」

 杜都の言うことはもっともだ。だが、それでも、翼は気になるのだ。空也は昔から、恋愛に関しては一途だ。樹志花に好意を抱いている。他の女性と付き合うなど、翼の知っている空也ではない。

「調べるにしても、どうやって?」

 杜都が聞いてきた。

「それを一緒に考えるんだよ」

「少ない情報じゃ無理だよ。空也さんに聞いた方が早くない?」

 翼は首を振る。

「…兄ちゃんはこういう時、いつもはぐらかしてる。今回も同じだよ」

「…諦めた方が早いよ…」

「だよな…」

 翼は諦めた表情で上を見上げた。



 偶然というのは不思議だ。

 この日、翼は杜都と共に全国展開している洋服屋に行った。欲しかったジーパンが手に入り、満足した表情で店を出た。

「お昼、どこで食べようか?」

「俺は、気分的にハンバーガー」

「じゃあ、マックにする?」

「さんせ…あっ…」

 数メートル先に、あの時の女性がいた。

「どうした…」

「杜都、兄ちゃんと話していた女性があそこに…」

「えっ、どこ?」

 女性は、どこかに向かっているみたいだ。

「何も言わず、俺に付いてこい!」

「…もしかして、尾行?」

「それ以外の方法はないだろ」

「13年間生きているけど、尾行なんて初めてだよ」

「俺だって、初めてだ。グダグダ言ってないで行くぞ」

 翼は見失わないように駆け足で跡をつける。女性との距離が1メートルを切りそうなところで、杜都が翼の首の根っこを掴んだ。

「何すん…」

 大声を出そうするも、今度は口を抑えられた。

「大きな声を出さない。それに、尾行してるなら、近づきすぎない方がいいよ。あの女性に気づかれる」

 翼はハッとなった。気づかれでもしたら、尾行は失敗だ。

「すまん、杜都。気を付けるわ」

 二人は、女性を見失わないよう、適度な距離を保つ。


「目当ての場所があるのかな?」

「知らんよ」

「ところで、翼君。僕、あの人どこかで見たことがあるような気がする」

「えっ!?」

 翼は驚き、思わず大声を出した。

「大きな声を出さない。気づかれるよ」

 日曜日で人がたくさん歩いているということが幸いしたのか、女性が翼たちに気づいた様子はない。

「いや、出すだろ。どこで見たんだ?」

「それが、思い出せないんだよねぇ…」

「思い出せ!思い出せ!」

「急かさないの。たぶん、そのうち思い出す」

「そのうちって…」

「今は、あの女性を尾行することに集中しよう」

 翼は色々聞きたいことがあったが、ここは杜都の言う通りにした。



 女性は、仙田の老舗デパートに入り、上りのエスカレーターに乗った。

 降りた階は催事場がある場所。人が大勢いる。ほとんど、女性だ。

「あぁ、バレンタインフェアをやっているのか」

 杜都が「バレンタインフェア開催中」と書かれている看板を指さす。

「つまり、あの女性は兄ちゃんにあげるチョコを買いにきたのか」

「そうと決まったわけじゃ…」

「こうなったら、あの女性が兄ちゃんにどんなチョコをあげるのか確認しよう」

 女性は、どんなチョコがあるのかゆっくり見て回っているようだ。

「色んなチョコがあるな」

「どれも美味しそうだね」

「今年は、どれくらいチョコが貰えるのか」

 翼はたくさんのチョコをかかえた自分を想像し、思わずにやける。

「前から思っていたけど、その表情、気持ち悪いから止めた方がいいよ…」

「でも、バレンタインのことを考えたらなぁ…去年は、何個チョコを貰った?」

「…覚えてないよ…」

「1年前のことだぞ。覚えてないとは」

「バレンタインに興味がないしね」

「…モテないから興味がないとかじゃないよな」

「翼君と同等にはモテると思うよ」


 時間が経つにつれ、催事場には人が増えていった。

「しっかし、人が多いなぁ…」

「久しぶりに人混みの中にいるよ」

「大勢の人といるのは、去年の大学祭以来だ」

「あぁ…思い出した」

「あの女性をどこで見たのかを?」

「大学祭だよ、大学祭。翼君に手を振った女性がいたじゃん。それがあの女性だよ」

 翼は出来事を思い出そうとするも、その後の、杜都についての衝撃の事実の方ばかりが思い出される。

「ごめん、覚えてないや」

「…だろうね」

 その時、誰かが翼の方を叩いた。翼が急いで振り返ると、あの女性だった。

 尾行がバレた!

 翼は内心焦っていた。怒られるのではないかと思っていたが、女性が口にしたのは思ってもいない言葉だった。

「翼ちゃん、お久しぶり」

 翼ちゃん?何で、俺の名前知ってんだ。

 杜都も当惑した顔で翼を見ている。

「もしかして、私の顔忘れちゃったの。3年くらいあってないけど、顔は変わってないよ」

「あの、どなた…」

「いとこなのに名前も顔を覚えてないの?」

「いとこ!?」

 翼は思わず大声で叫んだ。



「空也君も言ってけど、翼ちゃんはホントに人の顔を覚えるのが苦手みたいね」

「いや、3年も会ってないから忘れるのは仕方ない」

「でも、いとこの顔や名前は忘れないと思うけど…」

「杜都は黙って」

 三人はデパート内にあるレストランにいた。

 女性の名前は横田沢さくら。市内にある公立大学の2年生。空也より一つ年上だ。

 実家は山形。今は、仙田市内で一人暮らしをしている。

「仙田に一人暮らしを始めた時、1回挨拶しに行ったことがあるけど、翼ちゃんはどこかに遊びにいってたのか、あの時はいなかったよねぇ。また挨拶に行こうと考えたけど、バイトが忙しくて、時間がなかったの。それにしても、翼ちゃんにあそこで会えるとは…。何で、バレンタインフェアにいたの?」

 翼と杜都は正直に話した。さくらは、最初は真剣に聞いていたものの、途中から笑いたいのを堪えるような表情になっていた。

「あの時は、空也君と話していたのは、ただ単に世間話をしていただけ。空也君が好きなのは、樹志花ちゃんだけよ」

「樹志花姉ちゃんのこと、知ってるんですか?」

「空也君も入れて、三人で食事に行くことが何回もあるからね。たまにだけど、樹志花ちゃんと二人だけで食事をしたこともあるよ」

「へぇー」

「今日、バレンタインフェアに行ったのは、自分用のご褒美チョコを買うため」

「好きな人に渡すチョコじゃないの?」

「好きな人はいません」

「ホント?」

「本当よ」

 さくらが強い口調で言ったため、翼は若干怯んだ。

「ですよねぇ…」


「二人は好きな人はいないの?」

「いない」

「いません」

 同時に答える。

「翼君は、バレンタインに何個チョコを貰えるか気にしているけどね…」

「だって、そうだろ。チョコをたくさん貰える男がモテる男。今年のバレンタインデー当日は昨年のことを踏まえて、学校にチョコを入れるようの紙袋を持ってった方がいいか考えてるし…」

 翼の発言にさくらと杜都が顔を見合わせた。

「二人ともどうした?」

「…翼ちゃん、今年のバレンタイン、日曜日」

 さくらが遠慮がちに言った。

「えっ、日曜…」

「知らなかったの?」

 翼は首を縦に振る。

「全く、貰えないってことないよな」

「知らん」

「去年は、土曜日だったけど、チョコ貰えたでしょ」

「貰った、貰った。たくさん貰った。去年は、前日の金曜日に貰ったのかな」

「今年も貰えるんじゃない。翌日は月曜日だし。紙袋も持ってたら」

「それもそうか…でもなぁ、バレンタインチョコは、バレンタインデー当日に貰いたい」

「だったら、女子に言おうか。翼君はバレンタインデー当日のチョコしかいらないから、その日以外に貰うチョコはいらないって」

「いや、いるわ」

「さっき、バレンタインデー当日のチョコしかいらないって言ってたじゃん」

「バレンタインチョコは、バレンタインデー当日に貰いたいって、言っただけでぞ。他の日に貰うチョコがいらないなんていつ言った」

「言わなかったっけ?」

「一言も言ってない!」

 二人のこんなやり取りを、さくらが楽しそうに見ていた。

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