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蛇の魔女と少女  作者: 佐藤 敏夫
9/13

交流4

 ニーナは私の話が聞きたいという。

 それなら昔話でもしてやろうと思ったのだが…… さて、どこから話をしたものか。

 単なる蛇だったころの話をしてもつまらないだろうし…… やはり、私が蛇の魔女として名を頂いた頃の話をすべきだろう。つまりは、私の御師匠様と暮らし始めた頃の話だ。


……


 私の御師匠様は随分と物好きな人だった。

 どれくらい物好きかと言うと、元はと言えば実験用に蛇を捕えたものの、捕らえた相手が100年生きた長寿の蛇だと知ると、そのまま自分の弟子として迎え入れてしまう位の物好きな人だ。

 勿論、その100年生きた蛇というのは私のことである。

 弟子を取ろうと思った理由はよく分からない。

 おそらくはいつもの気まぐれだろうし…… 生きることに必死だった当時の私は弟子にされたことは全く持って理解していなかったのだ。

 当然、ことあるごとに御師匠様に噛みついては、あわよくば御師匠様の元から逃げ出そうと考えていた。


 もっとも、今になって考えてみれば、そんな私の決死の反抗など御師匠様にとっては微風のような物でしかなく…… むしろ、物好きな御師匠様を喜ばせるだけの結果に終わったのだけれど……


 そうして、御師匠様に弄ばれるような日々を過ごしている内に、私の中でとある変化が表れ始めた。即ち、御師匠様の言っていることが少しずつ判るようになってきたのだ。

 幾ら長いこと話しかけられたとはいえ…… 無論、長寿とはいえただの蛇である私が人語を理解することなどありえない。

 だが、歴史を重ねた物はそれだけで魔術の素養を帯びる。

 それは、生き物でも例外ではなかったらしく…… 100年もの永い年月を生きた蛇である私は、御師匠様の元で魔力に曝されているうちに魔術に目覚めてしまったのだ。

 話が分かるようになれば御師匠様に悪戯心はあっても害意がないことはすぐに理解できたし、温かい食事と適度に湿り気のある寝床が保証されているのであれば、私もわざわざ御師匠様の元から離れる理由がなくなってしまった。

 代わりに、私は弟子として御師匠様の教えを授かることになる。

 まず頂いたのは「クシャラ」という名前だった。

 名前というのは世界から自己を確立するための呪文である。名前を得て自己を確立した私は、初めて本能以外で世界と接する術を得た。それは私にとって大いなる未知との遭遇であり、未熟な自我を震わせるに値する悦びであった。

 思えば…… あの時から私は一匹の蛇ではなく、一人の魔女として歩み始めたのだろう……

 気付けば、私は物好きなあの人のことを御師匠様と呼び慕うようになっていた。


……


「……眠った、か」

 ふと顎の下に感じていた振動が周期的なものになったのを感じて視線を落としてみれば、いつの間にかニーナは腕の中で規則正しい呼吸をしていた。どうやら、彼女は目を閉じて話を聞いているうちに本当に眠ってしまったらしい。

 最初はあんなにも怯えていたくせに、随分と無防備な寝顔を晒すようになったものだ。

 そんな無防備な寝顔を見て、私の蛇としての本能が無意識のうちに彼女を抱く腕に少しだけ力を込めさせる。すると彼女は私の腕を胸の中に抱き込みながら、安堵したように緩んだような笑みを浮かべた。

「まったく…… どこの世に、蛇に巻かれて安堵する阿呆が居るというのだ……」

 腕の中にある体温を感じながら、私は呆れて果ててしまう。

「やれやれ…… 明日は、もう少し生きるための知恵を教えてやらねばならんようだな…… 或いは、私が寝物語の紡ぎ方を学ぶべきか……」

 ニーナの寝顔に向けてそう呟き、私は目を閉じた。


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