邂逅3
さて…… 一時とはいえ、預かると決めた以上は育てなければならない。
具体的に言えばニーナの引き取り手が見つかるか、彼女が一人で生活できるまで。
……先にも言ったように私は人間が好きではない。
どちらかといえば、薄暗くて適度に湿り気のある洞窟の中で、惰眠を貪りながら一人で静かに慎ましく暮らして居たい方だ。当然ながら、彼女の面倒を見る期間は極力短い方が好ましい。
それなら、彼女に適度に付加価値を付けて人間の引き取り手を探した方が良いだろう。
敢えて同胞ではなく人間に引き取り手を探すのは、人間好きの魔女が居ない訳でもないのだが、「好き」の理由が「美味しい」という理由だったりするので、まったくもって当てにならないからだ。言葉にこそしていないが、私がニーナを食べないと約束した以上、他の魔女が食べるように仕向けるのも約束の反故にあたるという私なりの配慮である。
好きではないからと言って、さりとて約束を踏み躙って良いとは限らないのだ。
「おい、付いて来い。ニーナ。今日からお前の住処になる私の根城を案内してやる」
そう声を掛けると、彼女はキョトンとした表情を浮かべてキョロキョロと周囲を見渡した後、おずおずと確かめるように自分の事を指さした。
「……そうだよ、お前だよ。お前以外に誰が居るんだよ」
早くしろと声を掛けて踵を返すと、彼女は小走りに走ってきて私の外套の端を摘まんだ。
「……お前、臭うな」
出入口近くなのであまり気にしていなかったが、少しでも洞窟の中に入ると彼女の身体から広がるツンと饐えた臭いが鼻についた。よく見れば、ボロキレのような服には蚤が湧いていた。
これでは付加価値もクソもあったものではない。どこかに引き取らせるにしても、まずは清潔にして身ぎれいにしてやらなければならないだろう。
………
まず案内したのは風呂場だ。その場で私はすぐに湯を沸かし、ボロキレのような服を脱がせてニーナを湯船に放り込む。
「わっ…… きゃ…… ごぽっ……」
「ほら、肩まで浸かれ。茹でて喰おうってわけじゃないんだから安心しろ」
ニーナは抵抗し、すぐにでも湯船から上がろうとしたが、私は力業で乱暴に湯船に沈める。ついでにボロキレはもう二度と着る事もないと思ったので薪と一緒に火の中にくべてしまった。
穴だらけで擦り切れていたボロ布は良く燃えた。
「さて…… お前の汚れを落とさにゃならんな……」
っとは言っても浸かっただけで既に湯船は黒ずんでおり、蚤と思しき小さな虫が所々に浮かんでいた。
流石の私もそこに手を突っ込んで彼女の身体を洗う気にはなれないので、汚れが浮かばなくなるまで何度か湯船の湯を張り替える。その度に、ニーナは湯船の中から不安そうな瞳で見上げてくるが、いちいち構っても仕方がないので敢えて無視した。
三度ほど張り替えてお湯が濁らなくなったのを確認し、私は棚から清潔な布を取り出した。そこに身体の汚れを落とす魔法薬を染み込ませてゴシゴシと彼女の身体を洗い始める。
「じ、自分で。自分でできますから……」
「あー…… うるさい、じっとしていろ。大人しくしていればすぐに済む」
……洗っていて思ったのだが、ニーナの肉付きは非常に悪い。
関節は節が随分と目立つし、全体的に骨に皮を被せたと言った方が良いぐらいに細い。肩甲骨と細い肋骨がくっきりと浮かんで見えるほどだ。さほど人間に詳しいわけでもないし、ある程度細身の人間の方が男性にとっては需要があるというのは知っている。
しかし、あまり大きくないはずの私の手で二の腕を掴んでも人差し指と親指がくっついてしまうというのは、いくらなんでも痩せすぎだろう。
「次は太らせる必要があるのか……」
人間に付加価値を付けるのも楽ではないと、私はついつい嘆息を漏らした。