邂逅
私の住まいの入り口に一人の少女が居た。
囚人のように鉄鎖で繋がれて、ボロ切れのような服を着た小汚い小娘だ。添えられた手紙を見る限り私のことを恐れた山の麓にすむ人間達が、私の怒りを恐れて捧げてきた生贄ということらしい。
人間というのは好きではない。
まず、群れで生活するので姦しいということこの上ない。それだけならまだしも、一人では生きていけないくせに個々で主張をするので群衆としての一貫性もない。おまけに、雑食故か食べても雑味が多くて肉が美味しくないし、そもそも野生動物と比べて運動もしないので肉のつきもよろしくない。
正直な所、飼っている家畜の一匹でも貰った方が私も嬉しいほどだ。
そも、生贄に捧げるというのなら、もう少し綺麗にしてから寄越せというものである。大方、村で一番貧しい家庭の子供か、或いは、最も幼い子供を体のいい口減らしとして選んだのだろう。
そういう所だけは、呆れるほど合理的なのが人間という種族である。
だいたい、子供が一匹、住んでいる洞窟に迷い込んだ程度で本気で怒りを買うとでも思っているのだろうか。だとしたら、私は一体どれほど狭量な魔女だと思われているのだろう。
この際なので、私見を言わせて貰うと大概の人間よりも自分は寛容であると思っている。今回だって、確かに私の真の姿を見せて追い返しこそしたが、髪の毛一本ほどの傷もつけていない。
やれやれ、とため息を吐きながら彼女に歩み寄ると、私に気が付いたのか彼女はピクリと肩を震わせた。目に一杯の涙を貯めて今にも泣きそうになっている。泣きそうなのは、人間達の勝手にした誤解のお陰で子供を押し付けられたこちらの方だ。
誤解するのは結構だが、このまま生贄を贈り続けられれば人間達は「正義」の名の下に蜂起して魔女狩りを始めるに違いない。実際、そうやって武力によって住処を追われた同胞を何人も見てきた。
そんな混乱を見て楽しむ輩が居ない訳でもないが、少なくとも私は静かに暮らしたいだけである。
「泣くな、私はお前を喰ったりしたりしない」
とりあえずこの場で泣かれても迷惑なので先手を打つと、相変わらず泣きそうな表情ではあったものの泣き出すことはしなかった。
代わりに、涙を堪えるように唇を噛み締めながら、その黒目勝ちな瞳で私のことを見上げてくる。
「……薬の材料にしたりとか、しない?」
「しないしない。お前を薬の材料にもしなければ、絞め殺したりもしない」
わざわざ、こちらが律儀に応えてやったというのに、それでも彼女は疑いの眼差しを向けてきた。
面倒な奴だと思いながらも、「危害を加えたりしないとお前の所の神様に誓ってやっても良い」と付け加えてやると、ようやく彼女の固まっていた身体が少しだけ緩んだ様に見えた。
私はそれを確認して、もう一歩だけ歩を進める。
流石に歩み寄ると身体を竦ませて私から少しでも距離を取ろうとしたが、いきなり泣き出すようなことはしなかった。
「お前の名前はなんという?」
座り込んで彼女の足を繋ぎとめている鉄鎖に触れて検分しながら、特に興味があった訳でもないけれど、そんな事を口にする。
話が通じると分かれば、彼女とて無暗に怯えることはなくなるだろうし、そうしておいた方が何をするにしても私も何かと都合がいいに違いない。この後どうするにしても、わざわざ敵対する理由はないのだ。
彼女の名前はニーナと言った。家族全員が働かなくては食べていけないような貧しい家の出で、六人兄弟の末子らしい。それらは全て私にとって大して興味のない内容ではあったが、ニーナは身の上を訊くと私の興味を少しでも引くために必死になって答えた。
まるでこの会話が途切れたら殺されるとでも言うように。
こちらは鉄鎖の検分に忙しいので、「あー」とか「うー」とか適当に生返事をしながら、時折、適当に質問を投げかけてやり話を続けてやる。
「チッ……」
検分したところ鉄鎖は聖別された鉄で作っているらしい。これでは魔法で焼き切るのは骨が折れそうである。鍵で外せないかと辺りをさがしてみたが、鍵穴はご丁寧に鉄を流し込んで潰されていた。
一体、私にどうしろと言うのだ。生贄として差し出すのなら、せめて鎖を外すための鍵ぐらい用意して欲しいものである。
確かどこかに鉄を即座に腐食させるための魔法薬があったはずだ。そう思って、ゴソゴソと腰鞄を漁っていると、不意にニーナが静かになっていることに気が付いた。
不信に思って顔を上げると、彼女は先ほどまでとは打って変わって怯え切った表情をしていた。
それはまさしく蛇に睨まれた蛙のようで……
私はハタと無意識の内に舌打ちしてしまったことを思い出す。
どうやら、それで彼女を再び怯えさせてしまったらしい。
私は舌を出すしかなかった。