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ペルシアンラヴ   作者: 藤原去鬼(ふじわらさき)
15/27

ペルシアンラヴ 15

「…これからどうするかね」

荒木が静かに聞いた。

「夫には話します。離婚されても仕方ない。子どもたちが気がかりですが…」

加奈子がきっ、とした表情を見せた。

「僕も、ご主人に会います」

 「だめ、それはだめ」

加奈子が勢い込んで言った。

「いや、もう加奈子さんの辛そうな顔は見たくない。僕なんかどうなってもいい」

「落ち着きなさい」

先ほどよりは、抑えた声で荒木が制した。

「それにしても…二人とも、妙な行動をしていたが、なぜなのかな」

「…それが、不思議なんです。優ちゃんとも話しましたが、イランへ来たときから『帰って来た』という感じがするんです。ずっと、二人でこの国で暮らしていたような…私はしばらく住んでいたので、そんな気持ちもあるかなとは思っていましたが、優ちゃんまで…」

う~む、と荒木が唸った。

「よし、明日テヘランに着いたら、夜一緒にある人のところへ行きましょう。それまではとにかくからだを休めて、ゆっくりしてください」

荒木はそう言うと、佐々木を促して立ち上がった。


二人がベッドについたのを見て、佐々木は上掛けを丁寧にふたりのからだの上に掛け、サンドウィッチをテーブルの上に置いた。

そして「失礼します」と言って部屋を出た。


「どうするの? またアヤシイ前世とかソウルなんとかの類の話? 」

「いや、分からん。単なる何かの思い込みかも知れん。でも、呪縛を解かないといけない。あのままじゃ、ヘタすりゃ本当に心中するぞ」

「そんな大時代な…でも、否定しきれないところが怖い」

「まあ、任せろ」

「ラッキーも疲れたでしょ。ゆっくり寝てね」

荒木は腕をぐるぐる回しながら元気だぞと、ポーズをとって笑った。

佐々木は、つられて笑ってから「おやすみなさい」と言った。


 …シルエットを見ても、すっかり悄然としていた。ずいぶんと細い肩だ。金切声を出していないときのみゆは、か弱い女性そのものだ。それに抜群に可愛いのも事実だ。黙ってすましていたら、アイドルクラスかもしれない。特に大きな瞳は男を吸い込むようだ。手足は華奢で、ほっそりとしているが、胸はかなり大きい。お尻は小さいが、形がとてもいい。おせっかいなオトコは誰かが守ってやらないと、と思うだろう。

しかし、みゆは「お客」には絶対に、そんな姿は見せなかった。いつでも最後まで笑顔。今時の風俗のねーちゃんを、見事に演じていた。多くのオトコが出すものを出して、また、癒されもしただろう。でも、当然だが、みゆにはツライ重なりだけが続いていた。でも、ときには時間になってからオトコをハグしてもやった。そのときは心から「元気になって」と思ってさえいた。

ある時、みゆの方を見もしないで、チップだと言って五万円抛って、帰ろうとしたオトコがいた。みゆは激怒した。

「あんたはあたしなんかいらなかったんだ。誰でもよかったんだ。金だけで言うことを聞くと思うな、二度と来ないで!!」・・・そう言い放って、お金とともに部屋から追い出した。店にはさんざんに怒られた。後悔も少しした。「お金」が自分の目標なんだからと。だが、自分は機械みたいなものじゃない。からだとからだがふれあったら、なにか少しはあるはず。そんな気持ちが湧き上がった。

 「誰かとつながっていたい」

 それがみゆの気持ちだった。父は知らず、母親には捨てられ、祖父母にも愛想を尽かされた。しかし、ともだちでも、そういう気持ちを持ったタイプには出会えなかった。みんな「その場限り」の自分の慰めを求めているだけだった。

住処に帰ろうと、混雑した駅でたくさんの人の背中を見て、「みんな、なんて強いんだろう」と思った。でも、あたしには無理だよ。なにかもっとないの? 少しでも、もっとあったかいものが欲しくならないの?

今では遠い記憶のお母さんを思い出す。「お母さんとはどこかでつながっている」のだと思いたい。そして知りたい。お母さんが、どんな気持ちでセックスしていたのか。ワタシのお父さんとは、どこで知りあったのか、どういう風にワタシが生まれたかを。

彼氏がいたことは何度もある。でも、オトコ運がないと言うか、みんな粗暴で自分勝手だった。みんな、みゆが自分のアクセサリーの一種であり、かつ性欲のはけ口としか扱ってくれなかった。大事にされたという記憶がない。中卒で天涯孤独なことをすぐ言ってしまうので、なめられていたのかもしれない。

自棄になって、同僚の女の子が「ホストクラブ、サイコーよ」と楽しげに話していたのを聞いて、あたしも行ってみようか、とも思い始めた。慰めてくれるのなら、お金を払ってもいいと考え出していた。もちろん、そんなことをすれば負のループから余計に抜け出せなくなるのだが…

 そんなことを日々考えていた頃、店に来たのが村中だった。

 村中は部屋に入るといきなり、お茶のセットを用意した。

 大きなバッグを持ってきたから、最初は盗撮する気かと思って警戒した。酷いバカなオトコは、風俗店での自分と風俗嬢とのセックスを撮影して映像として売る。ところが村中は、お茶のセットを机に並べると「一緒に飲んでくれ」と言う。慎重に見てみたが、バッグの中にはお茶のセットしかなかった。でも、逆に「このヒト、変態かしら」とも思って、怖くもなった。

 しどろもどろになりながら、村中は話した。

 「いやオレ、女の子と話すの苦手で、フツーに話せないんだ。だから一緒にまずお茶飲んでくれ。毒なんか入ってないから」

 そう言って慌ただしく、ふたつのカップ両方からひと口飲んだ。

 「ほらね」

 風俗嬢と無理心中、なんてタイプにも見えなかったし、人の好さまるだしだったから、思わず、みゆは吹き出した。

 ぎこちなく会話を始めて、三十分くらいが経った。アニメやマンガの話で盛り上がった。あ、典型的なおたくねー、と思った。でも、みゆもムカシからアニメやマンガが大好きだったから、無理なく話せた。なにか初めて会った気がしない。

しばらくすると村中は無言になった。「手のかかるヒト」と思いながら服を脱がせて、みゆはベッドに誘った。でも不快ではなかった。もっさりしているけど、どこか動物みたいに可愛いじゃない。それにからだはスゴイよ。

 「いいからだしてるねー」

 「あ、オレ格闘技やってるから」

 少し恥ずかしそうに村中は答えた。


 村中のセックスは激しくて淡泊だった。

 一度目を終えた後は、しばらく無言のままだったが、みゆが話しかけるとちゃんと返事をした。

 それから二度目、そして三度目!

 三度目の時はおそるおそる「いいかい?」と聞いてきた。

 「いいわよー」と軽く答えた。


 その後で、

 「今度、総合格闘技の試合に出るんだけど、観にきてくれないかなあ。もちろんチケットは無料で上げる。リングサイドだぜ。本業じゃないけどさあ、たまに試合しているんだ」

 「んー、お店の外でお客さんと会うと、怒られるし…」

 「観に来てくれるだけでいいよ。なにしろ応援してくれる人があんまりいなくて。特に女性は…」

 「約束できないけどー、うん、時間があったらね」

 「ホント? じゃ頼むよ。メインイベントはテレビにも出るぜ」

 時間が来てからのハグに、みゆはいつもよりなんとなく力が入った。村中は力をセーブしながら、見かけによらず優しくハグし返してきた。

 「またねー」

 最後に軽くキスすると、村中は満面の笑顔になった。

 そして、どたどたと階段を降りていって、一回躓いた。

 危ない、と思ってみゆは駆け寄りそうになった。

 しかし、すぐ照れ笑いしながら振り向いた。

 「かーわーいーい」

 みゆは声には出さなかったが、そう思った。


 村中の試合を観に行くか、どうするか、みゆはずっと考えていた。格闘技はキライではない。セックス以外で男の真剣な表情はなかなか見られない。まーいーか、観に行くだけなら。それにこの席リングサイドだから、きっと迫力ある。そんなの初めてだし。

 村中の試合は第三試合だった。遅れたかなーと思いつつ、第二試合の終わりには席に着けた。村中は入場して来て、リングに近づくとみゆの席のほうを探して目を左右に動かしていた。からだが大きく見えた。村中は、みゆの姿を見つけると顔中を輝かせた。

 そして近づくと

 「君のために勝つぞ」と小声で言った。

 みゆはうっとりした気分になった。ほんの一瞬だが。

 それから、派手な曲をバックに相手が入場してくると、みゆは心配になった。村中よりからだが引き締まっていて、顔もいかにも強そうだ。隣のおじさんが

 「今日もKOかタップさせるだろ。将来のスターだからな」

 と話すのを聞いて、さらに不安になった。

 試合は、ほぼ相手の一方的な攻撃が続いた。一分過ぎただけで、村中は目をカットし、鼻血も出していた。でも、何度パンチやキックを食らっても、前へ前へと出続けた。壮絶な展開に、村中を応援する声がふえてきた。いつの間にか、みゆも夢中になって応援していた。

 しかし、第二ラウンドでは、あっさりマウントポジションを取られ、無茶苦茶にパンチを浴びせられた。みゆが「負けるなー」と大声を出したのが聞こえたのか、一度は逃れて右のカウンターを当てた。会場全体がどよめいた。しかし、その後すぐにバランスを崩して、またマウントポジジョン。もう村中の顔は膨れ上がっていた。普通なら、とっくにタップしている状態だ。しかし、村中はタップをしなかった。仕方なくレフリーが試合を止めた。

 村中は自分ではまったく起き上がれず、担架で運ばれた。隣のおじさんが、

 「いい根性しているけど、こりゃ重症だぜ」

 と話すのを聞いて、矢も楯もなく不安になった。そして村中の後を追ってしまう自分に驚いたが、からだが止まらない。

 担架に乗せられたまま、付添のドクターが言った。「こりゃ、救急車だな」

 「ともだちです」

 と言って、担架の上に身を乗り出すと、村中が気づいてにやっと笑った。

 「ありがとう」

 「君のために勝つ、なんて気持ちになれて幸せだったよ」

 途切れ途切れにそう話すと、再び意識を失った。


 …それから関係者に聞いて、病院まで見舞いに行った。そうしないといけないみたいな気持ちになっていた。幸い、村中の人並外れた体力からか、回復も早かった。三日で退院となった。


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