赤ずきんの頭巾が赤い理由
昔々、ある町に、仲の良いと評判の親子がいました。
親子は、いつも頭に白い頭巾を被っていて、その頭巾の隙間から見える白い髪がとても美しいということでも有名でした。
「ブラン、お願い。お母さんの代わりに、この野菜をお婆ちゃんのところに持っていってくれない?」
ある日、ブランと呼ばれた少女はお母さんに頼まれました。
「私が? 何で? いつもみたいにお母さんが行けばいいのに」
しかし、ブランは素直に頷きません。お婆ちゃん家まではそこそこ距離があるため、単純に面倒なのです。
「お母さんはちょっと仕事が溜まっちゃってて、今日までに終わらせないといけないんだ……」
ブランがお母さんの仕事用の机の上を見ると、そこには山積みの書類が。
「昨日の夜、お母さんはどこに何しに行ってたの?」
ブランは、少女らしからぬ物凄い剣幕でお母さん詰め寄ります。お母さんは、後退りしながら目も逸らしました。
たったこれだけで、この2人の力関係が分かってしまった気がしますが、お話に関係しないのでスルーしましょう。
「えっと、ご近所付き合いというものが「この机の上にある領収書は何?」ごめんなさい仕事サボって飲み会行ってました」
お母さんは必死に言い訳をしようとしましたが、ブランに証拠を突きつけられたので素直に自白しました。
「はぁ……じゃあ、行ってくるね」
ブランは深いため息を吐き、野菜の入ったかごを腕に掛けました。
「行ってくれるの?」
自分で頼んでおいて何を言っているのでしょう。
「仕事なら仕方ないじゃん」
ブランは苦笑しつつ、おつかいを引き受けました。怒ると恐いですが、根は優しい子なのです。
「私が代わりに行ってあげるんだから、今日中に終わってなかったら…………分かってるよね?」
もちろん、念を押すのも忘れません。
「ありがとうございますブラン様ーっ!」
実のお母さんに様付けされる娘の図、傍から見るととてもシュールです。
「行ってきます」
しかし、ブランはスルーしました。お母さんの仕事のためにも、さっさと出発したいのです。
「ちょっと待って。薬、ちゃんと飲んでから行きなさい」
「あ、忘れてた」
お母さんに言われた通り、ブランは机の上にあった小瓶を一気に飲み干しました。
「じゃあ、行ってきまーす」
「いってらっしゃーい、気を付けてねー。最近、森に人喰い狼が出るって噂があるからー」
お母さん、さりげなくフラグを立てました。娘になんてことをするのでしょう。
「私、やっぱり行きたくない」
当然です。
* * * *
ブランは、薄暗い森の中を歩きます。左手にはたくさんの野菜が入ったかご、右手には鉈を持っています。
「狼が出たらこう、狼が出たらこう……」
ブツブツと呟きながら、鉈を何度も前に降り下ろしていました。イメージトレーニングでしょうか。よっぽど狼が怖いのでしょう。
──ガサガサ。
「──っ!? 狼!?」
茂みが不自然に揺れ動いた音が聞こえて、ブランはその茂みを警戒します。
「………………あれ? 気のせい?」
いつまで経っても何も出てこなかったので、ブランはホッと息をつきました。
「ちょっと、休憩しようかな。確か、この近くに川があったよね」
出発時から気を張りすぎていたブランは、一旦、川で休憩をすることにしました。
* * * *
「殺されるかと思った……!」
ブランがその場から立ち去った後、黒髪の少年が茂みから出てきました。その少年は、人間には無い狼の耳と尻尾が付いていました。
この少年は世間では"人狼"と呼ばれる、人のような見た目でありながら狼の特徴も持ち、森の中でひっそりと狩りをしながら暮らしている種族なのです。
「あの人間、何であんなもん振り回してるんだよ……!?」
──この少年は、いつものように獲物を探していると、遠目で森の中を歩くブランを見かけました。
けれど、少年が言う"獲物"とは、この森に住む人狼を殺してそれを見世物にする"密猟者"と呼ばれる人間です。なので、自分達に害の無い子供に興味なんてありませんでした。
しかしこの時、少年はなかなか獲物が見つからないので、気分転換として人間を驚かせてやろうと考えたのです。そのためにも、まずはバレないようにブランに近づきました。
けれど、それが間違いだったのかもしれません。少年は見てしまったのです。
「…………は?」
鉈をひたすら前に降り下ろしながら歩く人間を、密猟者ではないにしろ、危険と判断するのは当然とも言えます。
しかし、彼女が返り血を浴びていないところを見ると、何かを殺した訳ではないようです。
だから、ひとまず少年はブランの様子を見ることにしたのですが、ストーキング開始直後に、少年はうっかり音を立ててしまいます。
「──っ!? 狼!?」
鉈を持った人間がこちらをガン見してくるのです。茂みのおかげでバレませんでしたが、少年は心臓バックバクでした。
少年の狩りの仕方は基本的に死角からの暗殺。つまり、見つかって正面戦闘になったら滅茶苦茶弱いのです。恐らく、素手の人間の子供と互角ぐらいでしょう。
──そんなことがあり、少年は危険人物を放っておける訳もなく、川に向かったのでした。
* * * *
少年が川に着くと、パシャパシャと水を掬い上げる音が聞こえました。
「あいつか……?」
少年が森の中からそっと顔を出して川を見てみると、危険人物を発見しました。顔を洗っているようです。
「ふぅ、さっぱりした……」
ブランは顔を洗い終え、頭を上げました。
「なあっ!?」
驚くことに、人狼の特徴とも言われる狼の耳が、ブランの頭に付いていたのです。
「──っ、だ、誰!?」
突然、声が聞こえたのでブランは辺りを見回します。すると、森の茂みから顔を出す少年を見つけました。
「お前、人狼だったのか!?」
少年が茂みから出てきて、ブランに確認します。少年が驚くのも無理はありません。ブランには、人狼の特徴である耳は付いていても、尻尾は付いていなかったのですから。
「え、嘘っ、見えてる!? ちゃんと薬飲んだのに!?」
ブランは、少年が人間ではないということよりも、自分の耳を他人が見えていることに焦ります。
──そこからのブランの行動は、見事なものでした。
まず、置いていた鉈を手に取り少年に急接近します。非力な狼少年は、為す術もなく馬乗りにされてしまいました。そして、少年に鉈を突きつけます。
あっという間に制圧してしまいました。少年、ピンチです。
「い、言わないでっ! こ、殺されたくなかったら、このことを言いふらさないでっ!」
「待てっ! 俺、人狼だよっ! お前と同じだってっ!」
「…………へ? 狼!?」
ブランはその言葉で冷静にな…………れる筈もなく、少年の顔めがけて躊躇なく鉈を降り下ろしました。
「うおおおおい!?」
少年は顔を横にずらして、降り下ろされた鉈を紙一重で避けます。そして、降り下ろされた鉈は地面に深々と刺さってしまいました。
「何すんだよ!?」
何もしていないのに突然殺されかけたのですから、その反応も当たり前です。
「……あなたが人喰い狼じゃないの?」
ブランはキョトンとした顔で少年に訊ねます。
「人狼は人なんて喰わねーよ!」
「な、なんだ……」
少年の強い否定にブランは心底ホッとして、力を緩めました。
「なあ、そろそろどいてくれよ」
「──っ、ご、ごめんなさい」
少年に乗っていたブランは立ち上がり、少年も立ち上がりました。
「私はブラン。あなたは?」
「俺はノワールだ」
お互いに自己紹介を済ませると、ノワールはずっと気になっていたことを質問します。
「お前、人狼……だよな?」
そのノワールの問いに、ブランは少し迷った後、首を横に振って言いました。
「私、人間と人狼のハーフなんだ……」
そう、ブランが狼の耳を持っていた理由は、ハーフだったからなのです。
「──っ! そ、そうなのか……」
「あれ、あんまり驚かないんだ?」
ノワールの反応に、ブランは疑問を持ちました。すると、ノワールは頭に付いていた耳を外してしまいました。
「え!?」
「……俺もなんだよ」
なんと、ノワールもブランと同じハーフだったのです。その外された耳は付け耳で、ノワールは男の子にしては長い黒髪に隠れた人間の耳を、ブランに見せました。
「私と同じ人なんて初めて見た……」
「俺もだよ。お前、人間の町に住んでるのか?」
「うん。ノワールは人狼の…………町?」
「俺は森の奥にある集落だな」
──そして、ブランは頭巾を被り直し、ノワールは耳を付け直した後、2人はお互いの情報を交換し合いました。
ブランは人間に耳のことがバレないように、お母さんが作った『耳が人から見えなくなる薬』を飲んだり、常に頭巾を被って頭を隠していることを。
ノワールは仲間の人狼には耳のことは既にバレていて、理解もしてくれていること。そして最近増えてきている密猟者にお父さんが殺されたことを。
ブランは密猟者という存在を初めて知りました。
その後も話を聞くと、ノワールの付け耳は、密猟者からやっとのことで取り返したお父さんの一部ということが分かりました。これを付けていると、お父さんが守ってくれるという安心感があるそうです。
「酷い、そんな人間がいるなんて……!」
密猟者の話を聞いて、ブランは嘆きます。
「俺は密猟者を許さない。この森を荒らす奴等は1人残らず殺してやる」
ノワールの目には覚悟が宿っていました。ブランは、ノワールのことを止めようとは思いませんでした。
密猟者がやってることは、生きるために狩りをする人狼とは違います。人殺しと同じです。だから、逆に殺されても文句は言えないとブランは考えたのです。
「それで、お前は何しに来たんだ?」
森の中を子供1人で彷徨いているのはおかしいと思ったノワールは、ブランに森に入って来た理由を問いかけます。
「あ、忘れてた。お婆ちゃんに野菜を届けに来たんだった」
その言葉にノワールは驚愕しました。そして、再び問いかけます。
「なあ、それってさ、人狼の?」
ノワールに言い当てられたブランは驚き、ノワールに問い返しました。
「何で分かるの?」
「マジかよ……」
「え、まさか、ノワールのお婆ちゃんも?」
「ああ。多分、同じだ」
ここで、ブランとノワールのお婆ちゃんが同一人物という疑惑が生まれました。
2人はそれを確かめるべく、一緒にお婆ちゃん家に行くことにしました。歩きながら、ブランはお父さんを見たことがないこと、ノワールはお母さんを見たことがないことを打ち明けました。
これ、もう確定だと思うのです。
* * * *
「着いた、けど……」
「やっぱり、ここなんだな……」
小さな赤い家の前で立ち尽くすブランとノワール。2人は顔を見合わせた後、互いにぎこちなく笑いました。
……話が進まないのでさっさと入ってください。
「「うわっ、見えない何かに背中を押されへぶっ!?」」
あ、急かしてごめんなさい。ドアがまだ開いていませんでしたね。
「あらあら、どうしたの?」
体が一回り大きい人狼のお婆さんが、内側からドアを開けてくれました。お婆さん、GJ。
「お婆ちゃん!」「婆ちゃん!」
「おやまあ、今日は姉弟揃って来てくれたのね。いらっしゃい」
にこやかに笑うお婆さんは、とても優しそうな雰囲気を纏っています。体格意外は至って普通の、優しそうな人狼のお婆さんです。
「「あ、やっぱりそうなんだ……」」
そしてあまりにあっさりと告げられてしまった衝撃の事実に、2人は頷くしかありませんでした。飲み込みの早い2人で助かります。
* * * *
「いねーなぁ。本当に人狼なんて出るのか?」
そんなことを呟きながら、全体的に黒い服装の青年が森の中を歩いていました。背中には猟銃を背負っています。
そうです。彼こそが、ノワールが最近増えてきたと言っていた密猟者なのです。
「お?」
青年が森の中を歩いていると、小さな赤い家を見つけました。家の前には色とりどりの花が植えられた花壇があります。
「こんな森の中に誰か住んでるのか……?」
青年が窓から顔を覗かせると、中には白い頭巾を被ったブランが椅子に座っており、奥ではノワールとお婆さんが料理をしていました。
「ガキ1人と人狼2匹か。今日の俺はツイてるな。人狼が2匹も見つかるとは。ガキも顔は良いな。あの2匹を殺したあとにちょっと楽しんでやろう」
青年は下卑た笑みを浮かべながらドアノブに手をかけ、勢いよく開け放ち──。
「化け物が! 死ね!」
まず、ノワールを銃で撃ちました。
「──っ、ノワール!」
しかし、お婆さんは尋常じゃない反応速度を持っていました。その反応速度をフルに使ってノワールを庇い、お婆さんは体に弾を受けて倒れてしまいます。
「お婆ちゃん!」「婆ちゃん!」
「お前も死ねぇ!」
「──させないっ」
ノワールに向けて銃を構えた青年の腕に、ブランは噛みつきます。人狼の父親から引き継がれたブランの牙は、青年の服を貫きそのまま腕に突き刺さりました。
「ぐあっ! いってーんだよっ!」
「きゃあ!」
悪態をつきながら青年は勢いよく腕を横に振って、ブランを壁に叩きつけました。その叩きつけられた拍子に、ブランの頭巾が頭から外れてしまいます。
青年は、ブランの頭から生えた耳を見て驚愕しました。
「お前も化け物だったのか!?」
「うぅ……」
ブランは叩きつけられた際に頭を打ち、床に蹲ったままです。
「……まあ、獲物が増えたと考えればいいか」
"獲物"という言葉が聞こえたノワールは、目の前の青年がブランを殺そうとしているということを瞬時に理解し──。
「止めろおおお!!」
「うおっ、邪魔だ! そんなに死にてーならお前からにしてやるよ!」
青年の腕に飛びかかりました。しかし、力が弱いノワールは簡単に突き飛ばされてしまいます。
そして、再びノワールに銃口が向けられました。
「はっ! もう邪魔はいねーなぁ! 死──」
──青年の言葉は、そこで途切れました。いえ、言葉を続けられなかったと言った方が正しいでしょうか。何故ならば──。
「ブラン! ノワール! 大丈夫!?」
2人に駆け寄る1人の人狼。そう、お婆さんです。そのお婆さんの口は血で濡れていました。
青年の首からは大量の血が溢れています。青年はもう既に息絶えていました。
お婆さんは、あの一瞬で青年に接近し喉を噛み千切ったのです。
「俺は大丈夫だけど、ブランが!」
「うぅ…………私も、ちょっと頭痛いけど大丈夫。それより、お婆ちゃん、撃たれた傷は……?」
ブランはお婆さんの体を見ますが、傷のようなものはありませんでした。しかし、服には確かに銃弾によって空いた穴があります。
「お婆ちゃんは人狼だからね。このぐらい、すぐ治るんだよ」
「「えっ」」
"化け物"と言われるだけあって、人狼には優れた再生能力がある…………という訳ではありません。簡単な理由です。お婆さんの再生能力が異常に高いだけなのです。
* * * *
──その翌日から、ブランの頭巾は白から赤に変わりました。町の人々はその理由を知りません。知っているのは、ブランのお母さんと、ノワールと、お婆さんだけです。
さて、一体何故、急に色を変えたのでしょうね。
余談ですが、ブランが頭巾を変えてからは森に入る密猟者もかなり減ったらしいですよ?
「森の中に入って生きて帰ってきた密猟者はいない」とか、そんな噂が町に流れたせいですかね……?
これはもさ餅流のIF童話です。
冬の童話祭に参加しようかなと考え、ふと思いついたので書いた次第であります。
『赤ずきん』のIFストーリー………………の筈だったんですけどね?
IF要素突っ込みすぎたと反省してます。
もはや『赤ずきん』じゃないですねこれ!
題名も締め方に悩んでる最中に決めたものです。
最初はね、シリアス風に書こうとしてたんですよ。
でも、書いてる最中に「誰かが死ぬENDなんて嫌だ!(その"誰か"に密猟者は含まん)」となったのでこんなお話になりました。
赤ずきんと狼が姉弟だっていいじゃない!
お婆ちゃんを最強にしたっていいじゃない!
そんな気持ちで書いてました(笑)
こんな作品ですが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。