恵方巻をつくろう
雅稀「と、いう訳で、今日は節分である。巷では豆まきしたり恵方巻を食ったりする日なのだが」
琳「はい」
雅稀「残念なことに、ウチには豆を買う余裕も、恵方巻を買う余裕も無かったりする」
沙夜姉「ほうほう」
「なので、今日は自給自足生活第二弾、『地元の食材をとってきて恵方巻を作ろう』作戦を実行する!」
琳「おおっ! 何かすごいことがはじまるのですかっ?」
雅稀「よくぞ聞いてくれた! 作戦の内容はこうだ。先ず、恵方巻に使う材料を海、山からそれぞれとってくる。それを使って、家にある海苔とごはんで恵方巻をつくって食べようという訳だ」
琳「なるほど……お金をかけずに"えほうまき"をつくろうということなのですね!」
沙夜姉「巻き寿司一つ買えないなんて、どんだけ貧乏な暮らししてるのよ……」
雅稀「うっ……給料日前なんだよ! それに、元はと言えばこいつが来てから――」
琳「あーあーあー! その話はもういいですっ! その節はすみませんでした!」
雅稀「分かっていればよろしい。では早速だが、先ずは海に出で海産物をとってこよう」
沙夜姉「恵方巻に入っている海産物って言ったら、かにかまとかホタテの貝柱とかかな~? あぁ、お酒に合いそうな物ばっかり……」
雅稀「沙夜姉、かにかまは海産物じゃないぞ。あと、この辺りでホタテは獲れん。因みに俺は未成年だから酒も買えん」
沙夜姉「えぇーっ!! なんでよ! わたしが生きていた頃は子供だってお酒飲めたのにぃっ!」
雅稀「しょうがないだろ。この国の法律でそう決まってるんだから」
沙夜姉「世知辛い世の中だわぁ……」
琳「あの、殿っ」
雅稀「おう、どうした。まさかお前も酒が飲みたいとか言い出すんじゃないだろうな?」
琳「いえ、私はお酒あまり好きではないので……って、そうじゃなくて!」
雅稀「じゃあなんだよ」
琳「"えほうまき"とは何ですか?」
雅稀&沙夜姉「……」
琳「どうしましたか?」
雅稀「……沙夜姉」
沙夜姉「……なぁに?」
雅稀「節分が始まったのっていつだっけ?」
沙夜姉「わたしも詳しくは知らないけど、生きていた頃に似たような習慣はあったわね」
雅稀「じゃあ、生きていた頃に寿司の文化は?」
沙夜姉「無かったわね」
雅稀「もうひとつ質問いいかな。琳が寿司を口にしたことは?」
沙夜姉「アナタのような勘のいい殿の子孫は嫌いじゃないわよ」
雅稀「どこで覚えたそのネタ」
沙夜姉「さぁ~てねぇ~」
琳「あ、あのっ!」
雅稀「お、おう?」
琳「"えほうまき"とは何ですか? 教えてくださいっ!」
雅稀「あー……、それはだなぁ……」
琳「(ドキドキワクワク)」
雅稀「ぐっ……あ、そうだ! 沙夜姉が教えてくれるって――っていねぇッ!!」
琳「樒さんならもう出ていきましたけど?」
雅稀「あっ、あんの自由霊めッ! 待てやコラぁっ!」
琳「あっ、ちょっ、殿っ!? 待ってくださ~いっ!!」
―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―
雅稀「ゼェっ、ハァっ、ハァっ……あいつ、なんて道順を行きやがるんだ……」
琳「樒さんは、極度の方向音痴ですからね……私も一緒にいて何度も迷子になったことがあります」
雅稀「にしたって酷すぎだっ! 海浜公園まで三時間かかるとか異常過ぎだろッ!」
琳「で、でもっ、何とか海まで来れたので良かったですっ!」
沙夜姉「ふぅ~っ、海風が気持ちいいわね!」
雅稀「昼間は実体無いくせによく言うぜ。誰のせいでこんなに疲れてんだよ……」
沙夜姉「あはははは。でも、おかげで寒くないでしょ?」
雅稀「うん、まぁ、それはそうなんだが……って、さりげなくごまかそうとするなっ!」
沙夜姉「テヘッ」
雅稀「テヘッ、じゃねぇっ!」
琳「そんなことよりっ! ここでは何をするのですか?」
雅稀「あぁ、ここではテキトーに貝とったり、ハゼくらいなら手で掴めるだろう」
琳「ハゼも食べられるのですか?」
沙夜姉「そりゃ食べられるさ! 開いて干物にしたハゼを、軽く七輪で炙ったらそりゃあもう――」
雅稀「琳に変なこと教えんでいいっ! 取りあえず手分けして探すぞ。琳と沙夜姉は貝担当。俺はハゼだ」
琳「わかりました!いっぱいとってきますね!」
沙夜姉「つまみになるものあるかしら……」
雅稀「(大丈夫かなぁ……)」
――……。
――……。
――……。
雅稀「くっそ! 岩の中に手を突っ込むから海水が冷たいし、ごつごつしてて痛ェ! しかも全然ハゼいないし……」
琳「殿ーーっ!!」
雅稀「ういしょっと……どうしたー?」
琳「私たちはっ! 何の成果もっ! 得られませんでしたっっっ!!」
雅稀「……それ教えたの沙夜姉だろ」
琳「おぉっ! なぜわかったのですか?」
雅稀「やっぱり……んで、なんも見つけられなかったのか?」
琳「はい……お役に立てなくてごめんなさい……」
雅稀「いや、しょうがない。そもそも、この真冬に海産物を狙う方がおかしいんだから。うぅっ、寒ぃ」
沙夜姉「アワビもサザエも何もいなかったわ。海はこんなにも綺麗なのに」
雅稀「酒のつまみになりそうなものは一個も?」
沙夜姉「あぁ、ナマコならいたわよ?」
雅稀「却下」
沙夜姉「えー。ポン酢で食べると美味しいのにぃ」
雅稀「俺と琳にはまだ早い」
沙夜姉「ちぇ~」
琳「どうしましょうか……」
雅稀「しゃーない。こうなったら山に賭けるしかないな」
琳「そうですねっ! 山に行けばきっと何かありますよ!」
雅稀「海風が冷たいから、さっさと行こうか」
琳「はーいっ!」
沙夜姉「山、ねぇ……」
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雅稀「なん、だ、こりゃ……」
琳「一面、土と木……だけですね……」
沙夜姉「だと思ったわ。今は冬だもの」
雅稀「なんてことだ……山菜はおろか、草一本すら生えてないじゃないか……」
沙夜姉「そりゃ冬だもの」
琳「殿……」
雅稀「くっ、俺としたことが、季節のことをすっかり忘れていた……いや、忘れてはいない。季節と山菜の関係を甘く見ていたっ……!」
沙夜姉「どーすんのよ、コレ」
雅稀「ま、まだだっ! 地面掘ったらなんか出てくるかもしれないだろ! 琳っ!」
琳「は、はいっ!」
雅稀「いつか前みたいに地中に潜ってみて、何かないか探してきてくれ!」
琳「わ、わかりました! 琳、行っきまーっすっ!」
雅稀「……なあ、沙夜姉」
沙夜姉「今度はなに?」
雅稀「琳に変なネタ仕込むの止めてくんないかな?」
沙夜姉「うん? 何のことかしら~?」
雅稀「とぼけなくてもバレバレだっつーの。琳はアニメを見ないからな」
沙夜姉「あら、それは誤算だったわね」
雅稀「つーか、そんなネタどっから仕入れてんだよ」
沙夜姉「それは企業秘密ってやつよ。でも、面白いからいいじゃない。あの子単純だから、すぐやってくれるし」
雅稀「まぁ……それについては異論はない」
沙夜姉「でしょ~?」
琳「殿ーーっ!!」
雅稀「うおっ! いきなり足元から生え出てくんなっ! ……んで、結果のほどは?」
琳「私はっ! 何の成果もっ! 得られま――」
雅稀「おし分かったもう口を開けるんじゃねぇ」
沙夜姉「あ、あらら? なんで私を睨むのかなぁ……?」
雅稀「自分の頭に聞いてみたらどうだ?」
沙夜姉「あ、あははは、学習能力が高いって言うのも時として困りものねぇ~……」
雅稀「あ、コラっ! また逃げようとするなっ! 見つける身にもなれっ!!」
沙夜姉「うぐっ! え、襟を引っ張らないでぇ~っ!」
琳「うぅっ……すみません……」
雅稀「ったく、どいつもこいつも……」
琳「ど、どうしましょうか……」
沙夜姉「ゲホッゲホッ、んぐっ、こ、このままだと恵方巻にならないわよっ……?」
雅稀「んなこたぁわかってる。だけどなぁ……」
琳「帰り道になら何か生えているかもしれませんよ?」
雅稀「帰り道なぁ……公園にでも寄っていくか」
琳「そうしましょう! まだ望みはありますっ!」
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雅稀「んで、結局何にもなくて、暗くなったから帰ってきちまったな」
琳「そう、ですね……」
沙夜姉「なんとも寂しい結果ね」
雅稀「そういえば、途中で沙夜姉いなくなったけど、どこ行ってたの?」
沙夜姉「それはまあ、アレよ。ちょっとお花を摘みに……」
雅稀「寺の墓地でか?」
沙夜姉「えーっと…………」
雅稀「じーーー」
琳「じーーー」
沙夜姉「な、なんで琳までこっちを見るのよっ! あーもうわかったわよ! コレよっ!」
雅稀「これは……羊羹?」
琳「のようですね」
雅稀「なんでまた羊羹なんか……あ、まさか」
沙夜姉「ア、アハハハハ……」
雅稀「寺からパクってきたな! やりやがったよこの自由霊!」
沙夜姉「だってぇ~、美味しそうな匂いがしたからつい足が……」
雅稀「よりにもよって寺から盗む奴があるか! バチ当たるぞ!」
沙夜姉「そうならないために、豆をまいて鬼を追い払うのが今日でしょ?」
雅稀「なにもっともらしいこと言いやがって、まったく……」
琳「それで、この羊羹はどうしますか?」
雅稀「今から返しに行っても色々面倒だし……仕方ない、有難くいただくとするか」
沙夜姉「わぁいっ!」
雅稀「沙夜姉の分は一番小さくするからな」
沙夜姉「えぇっ!? そんな殺生なっ!」
雅稀「うるせえ。これを機に反省しろっ!」
沙夜姉「ショボーン……」
琳「ま、まあまあ。樒さんには後で私の分を分けてあげますから」
沙夜姉「り、琳……っ! アンタって子は……っ!」
琳「わふっ! し、樒さん! 苦しいですよぉ~」
雅稀「一生そこでじゃれ合ってろ」
沙夜姉「私たちもう一回死んでますよーだっ!」
雅稀「あ、そうだった」
――……。
――……。
――……。
琳「これが、"えほうまき"、ですか……」
沙夜姉「具は何にもないけどね」
雅稀「うるへぇ。仕方ねーだろ。他に使えそうな具材もなかったんだし」
沙夜姉「だからって、流石に何も入れないただの海苔巻き作ってもねえ……」
雅稀「キトウのご飯だけは腐るほどあるからな」
琳「初めて見ました……不思議な形をした食べ物ですね」
雅稀「まぁ、うん、そうだな……」
琳「殿? なぜそんな悲しい顔をするのですか?」
雅稀「うん、大人の事情ってやつだよ……」
琳「はぁ、よくわからないです……」
雅稀「まあいいさ、見た目はそれっぽくできてるしっ! さっさと食べよう!」
琳「そ、そうですねっ! せっかく作ったのですから!」
沙夜姉「それで、今年はどこ向いて食べるの?」
雅稀「あぁ、そうだったな。たしか……」
琳「ん? なにか食べる作法があるのですか?」
沙夜姉「恵方巻は、その方向を向いて食べると吉とされる方角があって、毎年それが変わるのよ」
琳「ほほぅ……面白い習わしですね!」
沙夜姉「んで、今は雅稀がそれを調べてるんだけど……」
雅稀「おう、あったぞ。今年は北北西らしいな」
琳「ほくほくせい? それはどちらに?」
沙夜姉「えーっと、琳が分かる方角で言うと……壬ぐらいかな?」
琳「壬ですか! では子の方角はどちらに?」
雅稀「子の方角?」
沙夜姉「今でいう北ね」
雅稀「なるほど。沙夜姉が通訳してくれて助かるわ」
沙夜姉「でしょ? だから羊羹をもう少しくださいな……」
雅稀「ん、しょうがねーなー。ほらっ」
沙夜姉「ははっ! 有難き幸せ!」
琳「殿ー、子の方角はどちらですかぁ~?」
雅稀「あ、あぁ、そうだったな。えーと、ここからだと、俺の真後ろがそうだな」
琳「ほほぅ、なるほど。では、壬の方角は……」
雅稀「丁度出入り口のドアがある方だな」
琳「わかりました! それでは、頂き――」
雅稀「あ、待て」
琳「はふっ。はんれすは?」
雅稀「恵方巻は、食べ終わるまで一言も喋ってはいけないというルールがあるんだ。お願い事を考えながら黙々と食べるのが正しい食べ方だ」
琳「ぷはっ! な、なんと! それはいと大事なことではありませんかっ! 先に言ってくださいよ!」
雅稀「お前が食べるの早いんだろうが」
琳「むぅ~っ」
――……。
雅稀「さて、みんな自分の分は持てたか? って沙夜姉、それ何巻いてんの?」
沙夜姉「これ? 羊羹!」
雅稀「うへっ、マズそう」
沙夜姉「米とは意外と合うのよ? おはぎみたいで美味しいんだから」
雅稀「へ、へぇ~……」
沙夜姉「食べる?」
雅稀「遠慮します」
琳「早く食べましょうよ~!」
雅稀「よし、それじゃあ……」
三人『いただきまーす!』
雅稀「はむっ……」
琳「んぐっんぐっ……」
沙夜姉「はむはむ……」
雅稀「……(これはこれで、酢飯が美味いな)」
琳「……?(こ、これで合っているのでしょうか……?)」
沙夜姉「……♪(あ~美味し~)」
雅稀「……(さて、半分くらい食べたからそろそろなんか願い事でもするか……)」
琳「……(何か味気ない気もしますが、しょうがないですよね……)」
沙夜姉「……(あ、お茶が欲しいわね。雅稀、雅稀)」
雅稀「ん……?(ん? なんだよ沙夜姉)」
沙夜姉「……(お茶が欲しいわ。用意して)」
雅稀「ん……?? (何が言いたいのかちっともわからねぇよ)」
沙夜姉「ん……! ん……! (お茶! お茶が欲しいの!)」
雅稀「……! (ああ、飲み物が欲しいのか! ったく、ちょっと待ってろ)」
沙夜姉「……(良かった、やっと通じたわ……)」
琳「ん~……♪ (そろそろ食べ終わりますね! あとはお願いを……)」
雅稀「んっ……! (口に咥えたまんまお茶淹れるのは、中々難しいな……)」
沙夜姉「……♪ (まだかなぁ~)」
雅稀「ん……ンッ!?(ほら、持ってきたぞ――うおっ!?)」
沙夜姉「んー……ンンッ!? (あーありがと。ってえええっ!?)」
雅稀「熱ッッッ!!!」
沙夜姉「きゃあああっっっ!!!!」
琳「ゴクン……ご馳走様でし――はわあああっっっ!!!」
沙夜姉「雅稀! 大丈夫!?」
雅稀「あっつッッッ!! ぐぁぁっっ!」
琳「と、殿! どうされたのですか!?」
雅稀「淹れたての熱いお茶を……っ!」
琳「そ、それはいと大変ですっ! 直ぐに冷やすものをっ!!」
沙夜姉「水道! 流水で冷やして!」
雅稀「あ、あぁ……」
――……。
――……。
――……。
雅稀「ふぃぃ~、一時はどうなるかと思ったぜ……」
琳「心配しましたけど、大事に至らなくて良かったですぅ……」
沙夜姉「何はともあれ良かったんだけどね……」
雅稀「ん? なんだよ沙夜姉」
沙夜姉「アレよ……」
雅稀「アレって……あ」
琳「あっ……」
雅稀「床が……」
沙夜姉「うん、そうなのよね。もっと言うと、私は咄嗟に身体を逸らしたから無傷なのよね」
琳「と、言うことは……?」
雅稀「お茶……全部零れてんじゃねぇかっ!!」
沙夜姉「そう言うことになるわね」
琳「殿……」
雅稀「くっ……もとはと言えば、沙夜姉がお茶なんか頼むからいけないんだろうが! 最初に用意しとけっ!」
沙夜姉「私のせい~? 椅子につまずいて転んだのは雅稀でしょ~?」
雅稀「それもこれも、頼まなければ起きなかったことだ!」
沙夜姉「鶏が先か卵が先かなんて、この際論ずるべきじゃないわ。今どうすべきかが重要よ?」
雅稀「ならばっ!!」
沙夜姉「きゃぁっ! なにするのよっ!」
雅稀「家主に盾突こうとするいけない奴にはお仕置きが必要だろ? 我が先祖の殿様に代わって……お仕置きよっ!!」
沙夜姉「ひゃあっ! おっかない鬼が現れたーっ! 琳っ、逃げるわよっ!」
琳「えっ? えぇっ!? ひゃあっ!」
雅稀「待てやコラぁーーーッッッ!!!」
沙夜姉「鬼さーんこーちらっ! 手ーの鳴ーる方へっ!」
琳「はわわわっ! と、殿っ、落ち着いてくださ~いっ!」
雅稀「幽霊は外ッ! 福は家ーーーッッッ!」
おしまい。