とりっく・おあ・ユーレイ?
「殿ーーっ! これはなんというものですか!?」
近所のスーパーに買い出しに来たのだが、琳が大きなかぼちゃのオブジェの前で目をキラキラさせて興奮しながら俺の服の裾を引っ張って聞いてくる。
「んぁ? あー、それはかぼちゃって言う野菜だ。 大きいのは偽物で横に積まれてるやつは食べられる」
そう、今日は10月31日、通称ハロウィンの日。この町でも年に一度のお祭りを盛り上げようといたるところでかぼちゃのオブジェが飾られ、お化けやモンスターに扮した人々が昼間から練り歩いている。そして今来ているこのスーパーには毎年大きなかぼちゃのレプリカが飾られて町の名物のひとつになっている。
「すごくおっきいです~!! なんて立派な……」
琳はかぼちゃのレプリカをまじまじと眺め、飛び上がって360度至る角度からその姿を観察している。もちろん普通ならそんなこと出来るはずがないけどこいつは"幽霊"だ。飛んだりすり抜けたりするのは朝飯前だろうし何より俺以外の人には見えてないのだから何も気にする必要もない。
「見てください殿ーっ!」
じゃーん! と自分で効果音をつけてかぼちゃのてっぺんから顔だけをひょこっと出してケラケラ笑っている。こういった芸ができるのも琳ならではである。
「何やってんだ。ほら、買い物終わってないんだから行くぞ」
琳のことを見て小馬鹿にしたような笑みをしつつさっさと肉売り場の方に行ってしまう。うしろから、待ってくださ~いと琳が急いで飛んで追いかけてくる。
……。
……。
……。
一通りスーパーを見渡してから必要なものをかごに入れていく。最近は急に寒くなってきたから温かいものが欲しくなってきたところで、みそ汁やスープに使えそうな物、冬の野菜類、それから色々切らしていた物たちを詰める。ふと我に返った時、そういえば少し前から琳の声が聞こえないことに気づく。ついさっきまで横の棚を物色していたのだが……
「殿っ! これも忘れてはいけませんよっ!」
そういって俺の頭の上に飛び出てきた琳は持っていた緑色の筒状のものをかごの中に突っ込んできた。
「これは――緑茶?」
パッケージには「特選! 静岡県産高級抹茶(玉露入り)」と書かれたかなりいいお値段のする抹茶の筒だった。寿司屋によくあるようなお湯に溶かして飲むタイプで、器具を揃えなくてもこれだけで十分おいしいお茶が飲めるらしい。そう、こいつは幽霊の癖にお茶にこだわりがあるようで以前に冷茶を飲ませて怒られたことがある。
「おまっ、どっから持って来たんだ!」
「この後ろの棚からですっ!」
琳の眼は自信と期待に満ち溢れていて、その力強い眼力は俺が拒否することを許さない。
「意味は分かりませんけど、"とりっく・おあ・とりーと"ですっ!」
「……あーっもうっ! これだけだからなっ!」
「ありがとうございますっ!!」
こういう時は素直に従っておかないと後々機嫌を直すのに無駄な労力がかかってしまうので、俺は渋々抹茶の筒を持ってレジへ向かう。まさに"Trick or Treat"だ。琳は欲しいものを買ってもらえてかなり上機嫌で鼻歌なんか歌っている。
会計を済ませ外に出るとそこら中ハロウィンムード一色な人たちで賑わっている。ジャック・オ・ランタンの格好をした人や、ドラキュラ、ゾンビなど有名どころから、よくわからないガイコツや某キャラクターのコスプレまで皆出揃っている。まさにお化けの見本市だ。
「わぁ~……」
琳は言葉にならない感動する気持ちを体いっぱいに表現して落ち着きのない子犬のようにはしゃぐ。
「あれは何という……あ、それはっ!?」
見たものを片っ端から俺に聞いて周る。俺はそれにしょうがなく答えていくが日本の幽霊に外国のオバケやモンスターを説明するのは何かおかしくて変なむず痒い気分だった。
「……ほほう。つまり、この者たちははるか遠くの国の妖怪や亡霊の姿なのですね?」
「まあ、大体はそんなところ。 もちろん中身は普通の生きた人間だけどな」
「なぜ、生きている人たちが妖怪のような物に扮するのですか?」
「それはー……あ、あれだ。今年も立派なかぼちゃが採れたから日頃頑張ってくれている"カカシ達"に感謝の意を込めてその仮装して祝っているんだ!」
「なるほど……確かに、あんなに立派で大きく育てるために遠路遥々来てくださったカカシさん達には感謝しないといけませんよねっ!」
口から出た出まかせをどうにか上手く信じ込ませることができたらしい。心の中でほっと一息つく。
それからしばらく町中を練り歩く"カカシ達"に交じって俺と琳は色々な店を回った。俺は必要なものを買いたかっただけなのだが、琳の方はオレンジと黒を基調としたハロウィン色の街をあちこち見周り、時々はぐれそうになっては俺にチョップをもらいながらを大いに楽しんでいてた。
日もすっかり落ちて辺りは暗くなり気温もぐっと下がってきた帰り道で、抹茶の缶を手に持って上機嫌な琳が急に振り向いた。
「殿っ。私も"はろうぃーん"というものをしたいです!」
「はぁ? いきなりなんだよ」
「私もカカシさん達と一緒に遊びたかったですし、みんなすごく楽しそうでした! 私もあそこに混ざってお祝いしたいです!」
「でも、人間の祭りだし仮装しないといけないしそれに――」
「ならっ!」
琳が勢いよく俺の目の前に近づく。
「私にも幽霊の仮装をさせてくださいっ!!」
……。
……。
……。
二人の間に沈黙が流れる。雅稀はあっけにとられて間の抜けた顔で固まっていて琳はさっきと同様に力強い目線で期待の気持ちをあらわにしている。
「……無理だ」
第一声に出た突然の否定に琳は驚く。
「なッ! なぜですかッ!!」
「なぜって……」
「お前、本物の"幽霊"じゃん」
「……あ……」
また二人の間に沈黙が流れる。今度は逆に琳の方が生気を失った顔をして固まってしまっていて、雅稀の方は冷静に落ち着いて物事の事実を述べる。
「本物のお前がわざわざ仮装する意味がないし、第一お前の姿は他の人には見れないだろ。混ざってきたところで誰も相手してくれないぞ」
「そっ……そんなぁ……」
的確な理由一つ一つが岩の重りとなって琳の頭に降っていく。
それに、と雅稀は付け足す。
「ハロウィンはもともと外国の文化だ。日本の幽霊が出てくる幕は無い」
次の瞬間に琳に稲妻が走り、ここ一番の大きな岩が降ってきて琳をついに押しつぶす。
手に持っていた抹茶の缶がひとりでに落ちた音が夜の静かな道に悲しく響いた。
「残念だったな」
道端に押しつぶされている琳を救出し、抹茶の缶を拾って琳の方に持っていく。
「ほら。ハロウィンはできないけどかぼちゃは買ってあるからそれ食ってこれ飲んで機嫌直せ。な?」
「うぅ……はろうぃーんなんて、大っ嫌いですぅ~~~っ!!!」
琳の悲痛な叫びが冬の夜空にこだました。
その後、家に帰ってかぼちゃの煮物を作ってやったらすぐに機嫌が戻った。