戦場-いくさば 後編-
「くそっ!何も見えない!」
「一体どうなったんだ!?魔王はどうなった!」
「あばばばばばばっ!」
一瞬の静寂の後、辺りは再び騒然となる。
視界を失った事により、動揺が瞬く間に広がっていった。
「静まれ!そのままじっと待機せよっ!」
動揺を払うかの様にシルバーの声が響いた。
「し、しかし、このままではいつ襲われるか!」
「いつまで待機すれば宜しいのですか!」
恐怖に陥っている兵の動揺は中々静まりそうにない。
「うーん。別に僕は無差殺人なんてしようとは全く思わないんだけどなぁ・・・」
そんな声と共に視界を遮っていた霧が一気に晴れて行った。
「とりあえず、霧は晴らしたよ」
アレクは何とでもない様に平然としている。
あれだけの攻撃を受けたにも関わらずである。傷一つ負っている様子は無い。
「シルバー、君、中々やるねぇー!そんな国の将軍なんて小さくまとまってないでさ、ウチに来ないー?君なら厚遇を約束するよー?」
笑顔を浮かべながら双剣を収め、アレクはそう言った。そして更に言葉を続ける。
「僕、ちゃんとした実力がある者って嫌いじゃないんだよねー。努力して頑張ってるって言うの?今までの将軍はさ、大した実力も無いくせに、たくさんの命を預かる司令官なんて役割をやってたじゃん。それが何か許せ無くって思わず首チョンパしちゃったんだよねぇー。無能者が上に立つことなんて害悪でしかないからさ。だけど君は違う。それだけの実力を持っているように見える。だから、さ、ウチに来ないー?僕、君の事はなるべく殺したく無いんだよねぇー」
その言葉にシルバーは思わず苦笑いを浮かべた。
先程の“魔王”然とした口調とは全く違う、砕けた物言いもそうだが、何より上に立つ者が〜と言うアレクの考えは、全くシルバーと同じだったからだ。
魔王ですら、そう思っているのかと。
「それに、別に僕は戦いたくて戦っているわけじゃないんだよねぇー。いつもさぁ、そっちが攻めて来る訳じゃん?」
アレクは如何にも煩わしいと言った表情だ。
「魔王殿、貴方は人を根絶やしにしたいとは思わないのか?」
「んー?別にそんな事は思っていないよー?そんなの面倒臭いだけだからねぇー。まぁ、父上以前の歴代の魔王達はそうではなかったみたいだけど」
シルバーは考えていた。
この魔王は一体何なのだろう?
話に聞いていた魔王とは全く違う。違いすぎる。
王は以前より討伐だ討伐だ!などと強固な姿勢をとり続けているが、むしろこのアレクと言う魔王ならば、討伐などせずに、お互い干渉せずに、共存した方が良いのではなかろうか?
「魔王殿、とりあえず今回はこのまま引かせては頂けまいか?」
思案の末に、シルバーはそう言った。
「うーん。それは別に構わないよー?別に僕は君たちの事を殺戮したい訳じゃないからね。ただ、出来ればイチイチこちらに手出しして来ないでくれると嬉しいんだけどなぁーっ」
頭を掻きながら、困った様な表情でアレクは言う。
「ならば、その件は我からも王に上申してみよう」
シルバーはアレクに向かってそう言った。
「えっ!本当に!?有り難うー助かるよー!前々から僕は不可能条約を結びたいと思っていたんだよねー」
人懐っこい笑顔を浮かべながらそう言うアレクに、シルバーは何か親近感の様な物を覚えていた。
「あ、そうそう!一応言っておくけど、君の件は本当だからねー?」
「君の件?」
「嫌だなぁ、さっき言ったじゃないか、僕の下においでよって」
アレクは拗ねた様にそう言った。表情がコロコロと変わる。
魔族とはこのようなものだったか?
「魔王殿、有り難いお申し出だが、やはりそれは出来かねぬよ。国には家族も友人も残して来ている事だしな」
その言葉を聞いて、アレクは如何にも残念だと言うように深いため息をつくとこう言った。
「そっかぁー。それは残念だなぁー。あっ!家族や友人も一緒にって事でも、僕は大いに歓迎するけどねぇー。優秀で信頼のおけそうな人物は、幾らいても足りないくらいだし」
アレクのその言葉に、シルバーは更なる苦笑いをする事になった。そして同時にこうも思った。やはり、このアレクと言う魔王は何だか憎めぬー。
「では、シルバー。王様には上手く話してみてね!僕はもう帰るとするよ。もしもまた会う事があれば、その時は敵じゃないといいなぁ」
片目を閉じてウインクすると、アレクはそう言ってテレポートを発動してゲートを開いた。
「あぁ。そうだな。では魔王殿、お達者で」
シルバーのその声に片手を上げて応えると、アレクはゲートに吸い込まれて行った。
「本当に、彼とはもう戦いたくはないものだな・・・」
シルバーはそう呟くと、全軍に撤退命令を出し、魔王領を後にした。