戦場-いくさば 前編-
「なぁなぁ、魔王ってどんな奴なんだぁ?そりゃあ恐ろしい者だと聞いてるんだぁ」
顔色の悪い男が、ビクビクと周囲を見回しながら尋ねた。
それに別の男達が答える。
「なんだぁ、お前始めてかぁ?大丈夫!大丈夫!大した事ねーって。魔王が出ても、どうせ将軍の首を刎ねて終わりさぁ。俺たちに何かする事なんてないよぅ!」
「んだんだ!魔王なんてちっとも怖くねーぞぉ。オラなんてもう、今回で5度目だ、5度目!だけどいーっつも同じパターンでよぅ。将軍が殺されて、はぃ終了ーってね」
「そうだよなー。本気で戦おうと思ってる奴らなんて上の奴だけだよ。俺ら農民崩れの奴らなんて、金目当の遠足気分さ」
それを聞いて男は少しほっとした様子だ。
「そうだかぁー。何だか皆の話を聞いて安心したぁー」
ニカッと笑うと先程よりも背筋を伸ばして男は歩を早めた。
戦場ではあるのだが、何となく穏やかな空気が周囲に流れた。
「そうそう。そもそも戦なんて面倒臭いだけだしねぇーっ。さっさと終わらせて家で昼寝でもしたいよねーっ」
今までに無かったのんびりとした声が、その会話に割り込んできた。
「んだんだ・・・っ!魔王っ!!!」
振り返りその姿を見て男は驚愕の声をあげた。
「うわぁぁぁぁ!」
「で、出たァァァー!」
周囲はあっと言う間に騒然となる。
蜘蛛の子を散らす様に・・・と言うのは正にこのような事を言うのだろう。
アレクの周囲だけ、不自然に空間が広がってゆく。
「えーっ!何で皆逃げちゃうんだよーう!僕は怖くないんじゃないのぉー?」
情けない声でアレクが叫ぶ。
だがあまりの混乱に、周囲はそれに気づくことは無かった。
「まぁ仕方ない・・・か。じゃあ今回もちゃちゃっと終わらせてしまいますかねーっ」
アレクは浮遊魔法、可憐なる妖精の羽を使い空に浮かぶと、今回の司令官を探した。
「うわーっ。今回は本当多いなぁ・・・。何処にいるんだろう?毎回毎回、司令官を探すのも面倒なんだよねーっ・・・。鎧なんかの他に、もっと分かりやすい目印があると良いのに」
慣例なのか、権威主義であるのか、はたまたそのどちらでもあるのか、この国の司令官は、毎回美しい白銀の鎧を身に纏っていた。
しかしながら、近くで見れば一目瞭然のそんな鎧も、上空からだと実に見分けづらい。
皆、鋼の銅や鉄のプレートなど、思い思いの物を身につけている為、光を反射するとどれも同じ様に見えてしまうのだ。
そんな訳で、大軍の中でたった1つの白銀の鎧を見つける事は、中々に骨の折れる作業であった。
隊列も何も無くなった陣をアレクが目を凝らして見ていると、一騎の騎士が混乱の中を割って進み出てきた。
「魔王殿とお見受けする!我はシルバー=ボージ=サルファと申す者。この軍勢の長の任を受けている。我と一騎討ちを願いたい!」
白銀の鎧に白銀の髪をなびかせ、凛とした佇まいで魔王に対するこの男こそ、王国において時期勇者かと称される男であった。
先程まで逃げ惑っていた兵士たちは、いつの間にか立ち止まり、固唾を飲んでシルバーとアレクを見つめている。
「おーっ!中々やるねーっ」
一瞬で静まった兵士達を見て、アレクは小さく称賛の声をあげると、シルバーに向かってこう言った。
「よかろう!私自ら相手をしてやろう!」
いつもの飄々とした口調とは違い、威厳溢れる“魔王”の声を出す。
そしてゆっくり地上へと降り立った。
「ではシルバー。何処からでも掛かって来い!」
アレクは適当な距離を取りつつ、双剣をゆるりと構えた。
2つとも、脇差しと呼ばれる刀に近い長さをしているが、1つからは熱気が、もう1つからは冷気が溢れ出している。所謂魔法剣と言うものだ。
この世界においても、魔法剣は大変稀少であり、相対する剣を操る者の話など、シルバーは聞いた事さえなかった。
一瞬驚きの表情を見せつつも、直ぐに自らの黄金色に輝くロングソードをスラリと抜き放ち、それを上段に構えた。
「では!参るっ!!」
シルバーは一気に間合いを詰め、アレクの胴体をなぎ払う。
が、アレクはギリギリの所でそれをヒラリと躱した。
シルバーは続けざまに、上段から下段、中段。下段から上段へと常人では目に写す事も不可能であろう速度で数々の剣技を繰り出した。常人ではまず躱す事は難しい攻撃である。
しかしアレクはその全てを紙一重のところでスルリと避けてみせた。表情からは、まだまだ余裕がある事が伺われる。
「流石は魔王。簡単には傷さえもつけさせて貰えませんね」
シルバーはそう呟くと自らに強化魔法、駿足の烈風をかけると、更なる剣速をもって、アレクに襲いかかった。
「おっと、危ない」
アレクは初めて双剣を使い、シルバーの攻撃を防いだ。
キィンッという甲高い金属音が一度大きく響いたかと思うと、連続してそれが起こる。
シルバーの超速の怒涛の連撃である。
ガキィンッ!一際大きな音が起こり、ギチギチと鍔迫り合いをしている。
「魔法で速度を上げても、貴方には通用はしませんか!」
より一層剣に力を込めながら、シルバーは言う。
「これでも一応、鍛練はしているからな」
アレクも双剣でシルバーの剣を受け止めながらそう言った。
「では!これでは如何でしょうか!!雷撃魔法、神なる雷の黄金剣!!」
バリバリと言う音と共にシルバーのロングソードから電撃が伸びると、そのままアレクに襲いかかってきた。
躱しても躱しても何処までも食らいついてくるソレは、さながら雷で出来た意思を持った龍の様であった。
「うわーっ流石にコレはちょっと面倒臭いなぁーっ」
アレクはそう呟くと、双剣のうち、氷雪の剣を構えるとこう言った。
「清浄なる水流の大障壁!!」
剣から溢れる冷気が水へと形を変え、大きな水の壁を生み出す。
そこに雷撃が勢い良くぶつかってきた。
ドォォォォォォンッ!!!!
ビリビリと大気を震わせ、大爆発を起こし、辺りは真っ白い霧に包まれた。
戦場は次回更新で終了予定です〜。