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もふもふ眼鏡と鉄巨人~禍の角

作者: クファンジャル_CF

【もふもふ眼鏡、禍の角に助けられるの巻】


 砂塵が飛び交う星であった。

 環境は、ほぼ1気圧、1G。酸素含有率20パーセント超。残りは大半が窒素。気温は赤道付近で摂氏15度程度(いずれも地球基準換算)

 そこだけを見れば非常に良好な環境であるが、バン=アレン帯に相当するものがこの惑星には存在しない。よって、この星で生存可能な有機生命体は、特異な進化を遂げたある種の菌類と、そして海水で放射線から守られている海洋生物に限られる。

 そんな星にも文明の残滓は存在していた。

 無数の鋼鉄。巨大なその金属の塊は、人の形を模しているように見えた。

 かつて―――何百年、千年近く前に始まり、数百年間続いた大戦の名残だ。

 この惑星を荒廃させた存在―――高度機械生命群。その屍であった。

 他にも、戦闘車両や航空機の残骸もある。これら、頑丈極まりない戦闘機械類だけが風化せず、惑星上に点在していた。

 かつてこの星が、栄華を極めた星間文明―――銀河諸種族連合加盟種族のひとつ、森林種族の植民星のひとつであったなどと、誰が想像できようか。

 そんな過酷な環境であったが、しかし動くものはいた。

 風で流されているのではない。自らの意志で大地に降り立ち、動き回る者たちである。

 機械類の残骸が散らばる古戦場―――遺跡と言ってもいいかもしれない―――から少し離れた高台。

 大きな翼を備えた、巨大な構造体の姿があった。

 超光速航行能力を備えた、比較的大型のシャトルである。

 その後部の降着口は開いており、中から様々な作業機械と人員とが作業に勤しんでいた。勤勉な姿であった。

 シャトルの周囲には巨大な人型の機械たち。手に槍状の武装を持ち、警戒にあたっている。全部で3体。

 銀河諸種族連合において襲撃型ユニット、と呼称されている戦闘用機械生命体たちであった。

 軽快な旋回性能と、良好な放熱性能が特徴の機種である。装甲は薄いが装備している銃剣の出力は高く、油断のならない兵力だ。

 さて。

 そんな彼らからすこし外れたあたり。二つの影が、手にした端末機械を操作しながらあーでもない、こーでもない、と話し込んでいた。

「やっぱり衛星でスキャニングしたのと、かなり齟齬が見られます。当時の戦闘記録もアテになりませんし。どうされますか、教授」

 言葉を発したのは丸い装甲宇宙服であった。球体のような直径1mのボディから、四肢と尻尾が伸びている。中身がどのような姿かはイマイチ想像しずらい。

「かのう……まぁ。この業界、こういうトラブルはよくある事じゃて。でなきゃ実地にひとなど派遣されぬよ。コモフ女史は、こういう発掘現場は初めてかの?」

 こちらも纏っているのは宇宙服であった。ただし要所以外はソフトスキンである。体にフィットさせることで内圧を保つタイプだ。胴体は細長く、上半身からは3対の腕が伸びている。背中から生えているのは翼であろうか。こればかりは軟質素材で覆われている。そして、バイザー越しに見えている頭部は、外骨格。そして複眼であった。

 銀河諸種族連合では、学術種族。そう呼ばれている知的生命体である。

 その名の通り知的探求を好む生命体で、主に蜜を食べて生きている。

 コモフ、と呼ばれた球体は、自らが教授と呼んだ学術種族に答えた。

「ええ……古戦場も見ておきたくて志願したんです」

「ほっほっほ。そうじゃったのう。兵装開発局じゃったか。そりゃあ興味は尽きんじゃろうなあ」

 教授、と呼ばれた老人―――あえて人という言葉を使うが―――は、楽しそうに笑うと遠景に顔を向けた。

「確かに兵器を生み出すのであれば、現実を見ておくのも悪くなかろう。……ま、割と長丁場になるじゃろ。今のうちに覚悟は固めておくんじゃな」

「はい。そのつもりです」

 彼らは調査隊であった。

 先の大戦後、復興が優先されていたおかげで放置されていた古戦場の発掘がその任務である。

 ―――古戦場、と言っても、そこに残された機械類は生きている事もある。

 比喩ではない。

 字義通り。機械生命体の残骸は、その生命を保っている事もあるのだ。

 故の調査であった。

 息があるならば、回収し、しかるべき処置をする。

 護衛が3体もついているのも、それが理由だ。

 こののちも彼らは機材を降ろし、発掘予定と周辺の簡単な調査を行い、万一に備えてセンサーを設置して、そして眠りについた。

 

「ひゃあ。凄い土煙ですねぇ!」

 活動している重機に負けじ、と叫び声を上げるコモフ。

 眼前で解体されているのは、巨大な機械生命体。おそらく襲撃型指揮個体の亡骸であった。

 惑星に降り立ち数日後。

 周辺の危険度評価はあらかた終り、脅威度の高い機械類から解体。そして回収と相成った。それらは修理すれば、まだ稼働するかもしれないからだ。

 そんな危険なものを残しておくわけにはいかない。

「なんじゃー!?」

「ああもぉ、聞こえなーい!」

 作業機械の放つ電子雑音のせいか、通信機がノイズだらけ。

 コモフは諦めて、ヘルメットを跳ね上げた。

 その下、さらに遮光ガラスで保護されている顔は、つぶらな瞳にもふもふした小動物風の顔。

 されど、視力矯正用らしい眼鏡は彼女に、怜悧な印象をもたらす事に成功している。

「土埃凄いですねって言ったんですよぉ!」

「ほっほ、乾燥しておるからのぉ!」

「で、ご用件はなんですかぁ!?」

「おぅ、機材の増援がもうすぐ届くんでのぉ!受け取りを頼めるかぁ!」

「分かりましたけど!予定じゃあ3日後じゃないですかね!?」

「どうも、運送の方で空きが出たらしくてのぉ!早めに運んでもらえるようじゃ!」

「了解でーす!」

 機械の音がうるさすぎて怒鳴り合いである。こういう時は真空中の方が助かるのだが。レーザー通信も使用できるし。

 

 降りて来たのは、随分と大型の輸送艦であった。

 こんなデカブツで運ぶような機材だっけ?

 頭の中で疑問符を浮かべつつも、コモフは可能な限り愛想のよい顔を作った。再び降ろされたヘルメットに隠されていて見えはしないのだが。この辺癖である。

「ごくろうさまです。調査部隊副隊長のコモフと言います」

「よろしく。運送を担当してます、《黒牙》です」

 降りて来た男は、地球人の感覚で言えば熊のような―――比喩ではなく―――大男であった。毛むくじゃらで、黒くて、宇宙服のシールドから覗く顔はまさしく熊。片目は機械化されている。サイボーグらしい。

「これに印鑑お願いしますわ」

 コモフが電子ホログラフにサインと電子捺印を押すと、相手は満面の笑みを浮かべた。

「じゃ、お渡ししますわ」

「はい。あ、《朝潮-22》、受け取って」

 名を呼ばれた襲撃型ユニットは、コモフの命に従い、35mの巨体をコンテナの前に跪かせた。

 銃剣を背中にマウントすると、コンテナに手を伸ばし―――

ぐしゃっ

「……ほえ?」

 うっかりコンテナが握りつぶされたのか、と思った。

 天体爆破用の工作型機械生命体を祖先とする襲撃型ユニットが、そんな失敗をするはずはない、と分かっていてもである。

 それくらい、コモフの目の前で起こった光景は理解を越えていた。

 コンテナを突き破って伸びていたのは1本の腕。

 突撃型指揮個体のものだろうか?

 それは正確に《朝潮-22》の腰を貫き、そこに内蔵されていた球体を掴みだしていた。

 直径30cmほどの球体。それは機械生命体のコア。

 致命傷であった。

 《朝潮-22》が倒れるのと同時。

 輸送艦の上面装甲が開き、そこに、3機の機械生命体が屹立していた。

 彼らは両腕を、調査隊のシャトルへと向ける。

 直後。

 大出力のレーザービーム。そして荷電粒子の束が発射されていた。

 それはシャトルとその周辺の作業員たちを焼き払う直前、強力なイオン膜と強電磁場で阻まれる。

 無慣性状態で割り込んできた襲撃型ユニットの仕事であった。

 コモフが呆然と見上げる真上に、突如として槍が出現した。

 串刺しとなった機械生命体が即死する。

 無慣性状態―――亜光速機動によって肉薄したもう一体の襲撃型ユニット《朝潮-54》は、槍のごとき銃剣を引き抜こうとして―――至近距離から放たれたビームに貫かれた。

 防御磁場は作動していなかった。

 もし作動させていれば致命傷は受けなかったであろうが―――代わりに、近くにいたコモフが即死していただろう。装甲宇宙服は襲撃型ユニットの防御磁場を遮られるほど強靭ではない。

 部下が、自分のせいで死んだ。

 その事実はコモフの精神を打ちのめしたが、そんなことお構いなしに状況は推移していく。

 シャトルを庇う最後の襲撃型ユニット《朝潮-88》はその場を動かないでいた。

 動けないのだ。彼女が動けば、撃ちこまれるビームとレーザーはその後方、装甲を持たない作業員たちを容赦なく焼くだろう。

 装甲が比較的薄い襲撃型ユニットは、長射程のビーム兵器で敵を過熱させたところで接近戦に持ち込む、という戦術を得意とする。そのために防御力よりも、センサー性能と火器、そして放熱性能に主軸を置いた設計がなされている。

 なぜ、こんな。

 コモフの疑問に答える者はいない。

 見る間に外装が溶融し、膝をつく襲撃型ユニット。

 その巨体が力尽きるまで、あっという間だった。

 護衛部隊、全滅。

「―――さて。じゃあお約束だが、宣言させてもらうかね」

 コモフが振り向くと、ニヤニヤ笑いを張り付かせた《黒牙》が高らかに告げるところであった。

 彼の背後。輸送艦からはためいているのは―――牙と屍を重ね合わせた海賊旗。

「この場は俺たちが乗っ取った。命が惜しけりゃ逆らうんじゃねえぞ?」

 

 宇宙海賊―――

 先の大戦の終結後。

 世界はいまだ、混沌の中にあった。

 




 投降した作業員たちは1か所に集められ、その周りを重武装した海賊どもが取り囲んでいた。

 その種族は様々だが、いずれも凶悪な風体であることは共通である。品性が顔に現れる、というのは別に地球人の専売特許ではないらしい。

「おいぼれ。これで全部か?」

「……ここにおるので全部じゃよ。なんなら名簿もあるがのう」

 《黒牙》のジェスチャーを受けて、手下が乱暴に教授の宇宙服を検めた。端末を持ったタコ男がケーブルを接続し、有線でデータを吸い出す。

「嘘は言ってないようです」

「よしよし。じゃぁ、こっちからの要求だ。お前らが集めてる兵器類。それがどこに埋まってるか、洗いざらい吐いてもらおうか」

 尊大に要求する黒牙に対して、教授は顔をゆがめた。意図を理解できたが故であった。先ほど己の部下3機を破壊した、海賊たちの機械生命体に視線を向ける。

「なるほど。お前さん方の機械生命体は、廃品利用か」

「ご名答。さすがお偉い学者様だ。調査隊の隊長やってるだけの事はあるな」

 そう。修理すれば動くものもあるのだ。この古戦場に転がっている残骸の中には。

 まっとうな生産手段を持つ正規軍と違い、近年重武装化が著しい宇宙海賊がどこから兵器を調達しているのかは謎に包まれていた。だがその謎も解けてしまえば単純だ。あまりうれしくない解け方であるが。

「どうせ正直に言ったところで、最後には殺すんじゃろう?」

 教授は宇宙海賊を睨みつけた。中々に堂の入った態度である。

 コモフは、上司がかつての大戦にも参戦していた古老であることを思い出した。

「分かってるじゃねえか。だがな。正直に言えば、少しは寿命が延びるかもしれねえぜ?」

「フン。わしらが言わねばその分、おぬしらにとって貴重な時間が減っていくわけじゃがの。よいのか?そのうち不審に思った軍がやってくるぞ?」

 彼らの属している商業種族軍は、少しでも問題が起これば大戦力を投入してくる事で知られている。ましてや危険な発掘現場である。

 送り込まれる部隊相手では、海賊ごときに勝ち目はない。

 だが黒牙は余裕の体だ。

「それじゃしょうがねえな」

轟音。

 作業員のひとりが、呆然とした表情のまま倒れる。その胸から体液をまき散らして。

 黒牙の手に握られているのは大型のハンドガン。驚くべき事に火薬発射式の骨董品である。唖然とする一同の眼前で、冷酷な宇宙海賊はニヤリ、と笑った。

「ジジイ。お前は最後にしてやる。俺様は老人には敬意を払う方でね」

 次弾を薬室に送り込みながら、次の得物を物色する宇宙海賊。

「待て!撃つならワシからにせい!」

「やなこった。そうだな。次は―――」

 その時だ。発砲しようとした黒牙の腕に飛びかかった装甲宇宙服がいた。

 コモフである。

 その体は、宇宙海賊の剛腕であっさりと弾き飛ばされた。身長は2倍以上。体重に至っては一体どれほどの差か。

 転がったコモフに対して残忍な笑みを浮かべる宇宙海賊。

「よし、そんなに死にたいならお嬢ちゃんから殺してやる。おいてめえら、そいつを押さえとけ」

 周りから手下の海賊どもが群がると、一瞬でコモフは引きずり起こされ、両側から固定された。必死にもがくも無駄な努力である。

「あ―――」

 死の予感。

 遠い昔。故郷の村が、宇宙怪獣によって焼き払われた日。あの時以来の恐怖が、コモフの頭の中を駆け巡った。もふもふの全身が総毛だつ。

 宇宙海賊の銃口。その真っ黒い穴がこちらを向く。その奥にある銃弾の尖端すら見える気がして―――

轟音。

 再び響き渡ったそれは、爆発的な火薬の燃焼によって生じた。膨れ上がったガスによって重金属の化合物が押し出され、コモフが被っているヘルメット。そのカメラアイを正確に貫通。コモフの顔面へ向けて直進する。

 コモフの頭部が後方にのけぞり、全身がそれに引っ張られて吹っ飛ぶ。

「死体を捨てて来い」

 海賊は拳銃を懐にしまうと、それっきりコモフへの興味を失い、生き残った者たちへ視線を向けた。

 

 砂塵の惑星にも夕暮れは訪れる。

 海賊どもは、調査隊の作業を引き継いだ。自ら用意した重機や機械生命体たちを使役して、機械類の回収を始めたのである。

「おらっ!野郎ども、急げ。さっさとしねえと時間が来ちまうだろうが!」

「飯は後だ、仕事片づけねえと軍とやりあう羽目になるぞ!!」

 罵声が飛び交う。

 稼働している重機のいくつかは、調査隊の作業員が操作していた。もちろん厳重な監視の下で、である。

 その後方では、座り込んだ学術種族の老人が、銃を向けられたままうなだれていた。

「……」

 彼は、海賊の機械生命体を観察していた。

 醜い。おそらく数種類の機械生命体を無理やり接合して再生したのであろうが、機種も用途もバラバラのそれを組み合わせたせいで全体のバランスが崩れている。先のような奇襲でなければ使い物にはなるまい。

 そしてその挙動。

 機械生命体にもピンキリがあるが、仮にも襲撃型ユニットを撃破できるだけの火力を保持しているにも関わらず、動きがぎこちない。

 超光速航行能力。そして亜光速戦闘能力。天文学的なエネルギーを必要とするそれらの機能は、制御するのにとてつもない演算能力が不可欠だ。戦闘中に通信回線を経由しつつ充分なマシンパワーを確保するのは不可能である。それゆえ、このクラスの機械生命体は、高度で自立した知能を与えられている。

 それが感じられない。あるはずの自意識が。

 そもそも、高度機械生命体は製造元を問わず、コアを破壊されない限り自力で完全な再生が可能である。そしてコアこそが、彼らの自意識の源だ。

 故に、戦闘で破壊された機械生命体はほとんどの場合、コアが壊れている。おそらく何らかの手段で代替しているのだろうが、海賊の機械生命体のコアはかなり機能に制約を受けているはずだ。まともなコアがあるならそもそも、残骸を回収して再生するなどという非効率的な事をしなくて済むからである。

 そこまで考えて、しかし無意味な事を、と彼は苦笑した。

 どうせあとわずかの命。明日か。明後日か。いや、今日かもしれない。

 そこへ、巨大な残骸が引きずられてやってきた。昼間、調査隊が解体しかけていたものである。

 興味深い事を、海賊たちはやり始めた。

 腕が伸びたままのコンテナ―――《朝潮-22》を撃破したそれが開く。

 中身を見て、教授は息を飲んだ。

 何もなかった。腕の持ち主は。

 腕はコンテナの底部に固定され、そこから単独で稼働していたらしい。

 亜光速戦闘可能な機械生命体は動力炉を持たない。

 彼らは全身の好きな部位をエネルギーに直接転換して稼働する事ができる。亜光速近接戦闘時には、各部位が各々条件反射的に作動し、コアがそれを統合する事で全体として機能するのだ。

「なるほどな」

 謎は解けた。解けたからと言ってあれを倒せるか?と言われても不可能であるが。

 海賊たちは、その腕と残骸を接合し始めた。なんと無理やり修理するつもりらしい。

 それにしても美しくない。あんなもののために殺された若者たちのことを思うと、ふつふつと怒りが湧いてくる。

 作業は夜を徹して行われ、作業員がさらに2名、射殺された。


 燃えている。

 村が、燃えている。

 天から落ちて来た異形の魔獣に吹っ飛ばされ、更に奴が吐く業火がすべてを焼き払っていく。

 その首がこちらを向いたとき。

 巨大な、白銀の巨人が、それを阻んだ。

 美しい存在であった。

 無数の刃にも見える翼と、鋭利な四肢と、幾つもの強力無比な火砲を搭載した頭部。

 一目見て分かった。あれは戦士だと。

 それも、幾多の戦いを乗り越えた勇者である、と。

 凄まじい力で怪獣を屠った戦士。彼女に連れられて、少女は星の世界へと昇り―――

 

 目が覚めた。

 頭がガンガンする。首が痛い。ムチ打ち症候群かもしれない。頭に大きな衝撃を受けたから。

――――

「ぁぁぁぁっ!?」

 声ならぬ声と共に、コモフは飛び起きた。

 痛い。めっさ痛い。つまり生きてる。

 なんで!?と思い、ヘルメットを外し、そして。

「あ……」

 銃弾は眼鏡の表面に張り付き、止まっていた。

 眼鏡がなければ即死だった。間違いない。

 もちろん、ただのメガネであればそもそも、銃弾を止めるなどという事ができるはずもなかっただろう。だがそれは普通の眼鏡ではなかった。

 この世で最も強靭な物質―――突撃型指揮個体の転換装甲で出来たメガネだった。

 さしもの海賊も、そんなバカげた眼鏡をかけたもふもふ生物がいるなどとは考えもしなかったらしい。そもそも普通、転換装甲は透明ではない。機械生命体のセンサーや光子ロケットのスラスターなど、重要なパーツを保護する部分のみが半透明である。コモフ自身、メガネに防弾性があるなどという事はすっかり忘れていた。

 まさに奇跡だった。

 黒牙が、もし多少なりとも勤勉さを発揮していれば。コモフの生死を確認していれば。あるいは、装甲宇宙服を脱がせて柔らかい下腹部を銃撃していれば。

 思い出すだけで震えがくる。

 あの宇宙海賊が手間をかけるのを嫌って、強度の低いカメラを狙ったから。だからこそ助かった。

「……シロミミ、ありがと……」

 己の体からメガネを削りだしてくれた友人に感謝の念を抱くと、コモフは周囲の状況を確認した。

 どうやら、高台の下に投げ捨てられたらしい。周囲は暗いが、眼前の斜面を見れば想像はつく。

 さて。どうしようか。

 海賊どもは、機材の運送を騙っていた。おそらく回線に侵入して身分を偽装したのだろうが、ならば正規の機材運送部隊はやってくるだろうか?

 来る。ほぼ間違いない。それ以前に海賊どもは立ち去るはず。

 それより早く、軍が気づいてくれる可能性は?

 定時連絡は、圧縮データをやり取りするだけのものだ。この星系には慣性系同調衛星がまだ敷設されていないから、高価な詭弁ドライヴ通信を使う事になっている。なので緊急時以外は定型的なやり取りを行うだけのものだ。

 おそらく海賊どもは、調査隊を脅して正規のものを送受信させるだろう。

 となれば途中で気付く、という事は期待できない。

 3日。それだけ持ちこたえられれば、自分は助かる。

 自分だけは。

 それはさほど難しくないだろう。何しろ自分は死体だ。そう思われている。大気も呼吸できる。太陽光は危険だが、装甲宇宙服の遮蔽は問題ない。予備の冷却水があるから水は十分持つ。カメラは応急修理ジェルで破孔を塞ぐことが可能だ。

 夜闇に紛れて、どこかの岩場にでも身を隠せばいい。

―――駄目だ。

 あそこにはまだ上司が、部下が生き残っているのだ。おそらく。

 助けなければならない。だがどうやって?

 超光速通信機がなければ救助など呼べようはずもない。

 そこでコモフははたと気づいた。あるではないか。超光速通信機なら。

 戦闘兵器に搭載された詭弁ドライヴ駆動の超光速機関は、そのまま超光速通信機でもある。そのため、高度機械生命体は通例、2基の超光速機関を搭載している。航行用と、通信用だ。戦闘指揮型ならば3基以上の場合もある。

 それは、大戦期からの伝統である。

 これだけ兵器が散らばっているのだ。使えるものもあるかもしれぬ。

 この星に降下する直前、衛星軌道上でチェックした兵器の散らばりを思い出す。

 なるべく大型で、損傷の少ないもの。できれば無傷に近い航宙艦が欲しい。……流石に高望みが過ぎるだろうか。

 星の位置で方位は分かる。最初の夜にだいたい覚えた。

 コモフは、遥か地平線、こんもりとした岩山を目指し、歩き始めた。

 

 さて。

 海賊たちの発掘作業は夜を徹して行われていた。当然である。時間制限がある中で、可能な限りの武器を確保せねばならなかった。

 これらの一部は他の非合法組織に売却され、また一部は自らが運用するために確保される。もちろんまともな用途ではない。

 そんな労働をしていれば作業効率が落ちそうなものだが、なにせ多種多様な宇宙人の混成集団であった。徹夜くらい平気なものも多数いる。

 そのうちの一人が気づいた。

「なんか動いてねえか?」

「へ?どれどれ」

 彼らが見ていたのは調査隊が設置していたセンサーである。それには確かに動態反応が検出されていた。

「脱走か?」

「おかしらに知らせてくる」

「おぅ。頼む。おっかしいなあ……」

 コモフは、自分が捕捉された事などまだ気づいていなかった。

 

「わっせ、ほいせ、わっせ、ほいせ」

 リズミカルな掛け声とともに、短い手足がせわしなく動く。

 コモフであった。

 彼女ら"もふもふ族"は、その短い手足のせいで脚は遅い。しかし持久力は意外とあった。その気になれば10時間以上走る事も可能である。

 この分なら、夜明け前にあの岩山にたどり着く事もできるかもしれない。

 ふと振り返る。

 砂埃が見えた。2筋。

「……」

 サーッ、と彼女の顔が青ざめる。どう見てもそれは、ホバーバイクの航跡であった。それも、こちらめがけて。

―――オーケイ落ち着け。敵は2台。武装はおそらくブラスター。兵員は1台に2名として4名。対してこちらは装甲宇宙服を着たもふもふ族1名。

 明らかな戦力差である。が、生身でヒポポタマス級宇宙怪獣や、ましてや突撃型指揮個体と殴り合えと言われているわけではない。まだなんとかなる。たぶん。

 それに、奴らはこちらの能力を知らない。充分なアドバンテージとなるはずだ。

 コモフは腹をくくった。

 

「いたぞ」

 黒牙の命を受けて送り込まれたホバーバイクの荒くれどもは、前席が運転手、後席で各々が手にマチェットやブラスターガンなどの凶悪な武装を構え、殺戮の予感に舌なめずりしていた。

 血を見るのが3度の飯より好きな奴らなのだ。退屈な発掘作業よりよほど面白い。あぶれた同僚どもは羨ましそうな顔をしていたが。

 気の早い射手がブラスターを発砲する。

 ビームが、前方をのそのそと駆ける球体の周囲に着弾。地面に小さな穴を空ける。まだ当てるつもりはない。十分にいたぶってからだ。

「ヒャッハァァァッ!」

 もう片方のバイクが速度を上げた。マチェットでまずは手でも切り落とす手筈だ。あと少し、というところまで迫り―――

 跳ねた。ゴム毬のように、球体が跳ねた。

「―――へ?」

 訳が分からぬまま、後方へと飛んできた装甲宇宙服の球体はホバーバイクと激突。衝撃でバイクの先と地面が激突し、獲物はより上空へ跳ねて―――

「あ、あ、あ……!」

 バイクから投げ出された男の脛骨をへし折り、球体は地面に激突。ぼよん、と跳ねてそのまま姿勢を立て直した。

 その真横を通り過ぎたもう一台のホバーバイク。それは前方でUターンすると、再度目標へ向けて加速した。

 

 "もふもふ族"

 この希少な知的種族は、今のところ銀河諸種族連合で最も新参者の種族である。文明は中世レベルで、大半の者は母星を出ることはない。現在連合の勢力圏下で活動している個体数は1。

 十数年前に発見されたこの種族は腕力も敏捷性も優れたところはないが、ある面白い特性があった。

 体内には空気を自由に出し入れできる大きな袋があり、いざという時はそこを膨らませて跳ねたり、水に浮いたりすることができるのだ。

 特に跳ね飛ぶ能力は驚異的で、助走をした上でなら1G環境下で10m以上の距離を跳ね、無事に着地することすら可能である。

 もっとも、こんなマイナーな種族、知っているとすればよほどのマニアか連合の種族利害調整官くらいのものである。宇宙海賊たちが知っていなくても当然だ。

 さて、そんな希少種族にして天才的頭脳を持つと評判のコモフ女史は、自分が倒した相手の武装を拾い上げた。

「……なんでマチェットなのよぉ!?」

 ひょっとしたら死体の方に銃があるかもしれないが、探している暇はない。もう片方のホバーバイクが迫ってくる。

 咄嗟に転がって回避。

 寸前まで彼女が立っていた場所へ、銃撃が降り注いだ。正確な射撃である。

 真ん丸なもふもふ族にとって、転倒とは戦闘力の低下を意味しない。そのままスピンすると、斜め前方へ跳ねる。

 空中でマチェットを投射。

 それは狙い澄ましたかのように銃手の首を刎ね飛ばした。我ながら信じられないほどの正確な投擲である。幸運の女神さまがおまけしてくれたのかもしれない。いや、死神が相手に敵対した可能性もあるが。

 ゴロゴロ。

 転がり、相手に向き直る。―――と、残された運転手は、バイクを元来た方へ向けていた。そのまま逃げていく。

 ―――勝った。生き延びたのだ。

 このまま力尽きて泥のように眠りたいところだが、まだ終わっていない。次が来る。

 コモフは、敵が残して行ったものを拾い集め始めた。

 




 渓谷の奥。岩の裂け目の中に、目的のものはあった。

「―――嘘」

 信じられない。これは。こんな完全な状態で。

 細身の巨人。その大きさは、高層ビルほどもある。

 ダイヤモンド型のフェイスカバーに覆われた顔。後頭部から髪のように長大な尾を垂らし、細く長い四肢と、それに比して頑強な腰のサブアーム。そのペイロードの大半を重装甲と高機動性に割り振り、対艦衝角の攻撃にすべてをかけた非常に強力な突撃型指揮個体。

―――禍の角。

 かつての伝説

 死神と恐れられた高能力機械生命体。

 黒いボディ。赤紫色のラインが入ったその巨体は、今にも動き出しそうなほどに完全に見えた。

 その胸部を貫いている長剣さえなければ。

 死んではいまい。そのはずである。禍の角のコアは腰にあり、そちらには損壊がないからだ。

 おそらく、あの剣が停止信号を送り続ける事で、禍の角が動き出す事を禁じているのであろう。

 コモフは、禍の角の巨体に手をかけた。アクセスせねばならない。彼女は生きている。交渉の余地はあるはずだ。

 

―――長い。とても長い間、眠っていた気がする。

 目覚めは突然だった。長らく無感覚状態で放置されていた体が、突如活性化したからだ。外部からの不正なアクセス。体表に張り付いている小さな有機生命体。

―――なんだ。私は、眠いんだ。放っておいてくれ。

『そうはいきません。こっちには用事があるんです。お願い、話を聞いて』

―――話?なんだ。お前は……同胞ではないな。銀河諸種族連合か。

『はい。その通りです。今日は、あなたにも耳よりなお話を持ってきました』

―――ふざけたことを。異種族は敵だ。何故敵の言う事を聞かなければならない。

『昔はそうだったでしょう。でも戦争は終わりました。今は、機械も生き物も、みんな仲良くやっていける時代なんです』

―――嘘……ではないようだな。貴様の装身具、我が姉妹の装甲か。よかろう。話は聞いてやる。

『よかった。ありがとう、話を聞いてくれて。今から、あなたの動きを封じているこの武器を停止させます。ですから、私を助けてください』

―――助ける?何からだ?遭難でもしたのか?

『いえ。お恥ずかしい話ですが―――敵からです』

―――お前は今、みんな仲良くやっていける時代だと言ったではないか?

『はい。その通りですが―――犯罪者というのはいつの時代も出現します』

―――犯罪者。概念は知っている。そういうものがいる事は。つまりお前は、お前の同族の、異常行動を取る個体によって危機的状態に陥っているということか。

『その通りです。私だけではなく、私の仲間も危険な状態に陥っているのです。どうか、彼らも含めて助けていただけませんか?』

―――よかろう。ただし私の身の安全を、銀河諸種族連合が保証するならだが。

『分かりました。問題ありません。銀河諸種族連合の方針として、恭順する者は機械生命体であっても、その生存権を認める事になっています』

―――この一度だけ信じてやろう。契約成立だ。

 

「何ぃ!?3人も殺られておめおめ逃げ帰って来ただとぉ!?」

 黒牙は激怒していた。あの小娘が生きていた事も、部下を3名も失ったことにも。

「ちっ……!2号を出せ。あいつが逃げ込んだ小山ごと消し飛ばすぞ!」

 機械生命体―――ニコイチで建造された1体と、武装した荒くれものどもが選び出された。

 

 岩山の前には乗り捨てられたホバーバイクがあった。

 この先。明らかに乗り物では侵入できない裂け目のような渓谷。そこへあの小娘が逃げ込んだことは確実だった。

 追撃してきた黒牙は、その熊に似た顔を獰猛に歪める。

「崩せ」

 40mの巨体が岩山を殴りつける。

 それだけで凄まじい衝撃が走った。小天体なら破壊できる威力だ。

 続いてレーザー発射。岩盤ごと溶融させる勢い。

―――まさしくそのタイミングだった。

 大地が震え、岩山が砕け散る。

 その内側から、黒と赤紫の巨体が飛び出した。

 レーザーをガードした右腕は溶融。後頭部の尾がしなる。真上へ伸び、尖端が振り下ろされる。ニコイチの頭部を貫通。そのまま腰までぶち抜く。破壊。

 一瞬の出来事であった。

 できそこないのニコイチが抗し得る道理はない。

 一部始終を、宇宙海賊どもは見ていた。呆然と。

 訳が分からない。

 いや、起こった現象は分かる。しかし、あんなものが一体どこから!?

 そんな彼らを、蘇ったばかりの禍の角は無視。

 無慣性状態へシフト。光速の99.98%にまで加速して踏み込む。

 至近距離―――彼女ら亜光速兵器の感覚でだが―――にいる稼働中の機械生命体。すなわち海賊側のニコイチどもへ向けてである。

 数キロの距離が一瞬で縮んだ。

 後頭部の尾が再び閃き、敵の脚部を掴む。原子1個すらつかめるほど器用なその攻撃肢は、敵を苦も無く吊り下げた。

 そこへ優しく当てられたのは左腕。

 発砲。

 大出力レーザー砲が、容易に海賊側機械生命の腰部を貫通。破壊する。

 ようやく脅威に気付いた最後の機械生命体が動き出した。だが遅い。

 禍の角は、最後まで情け容赦なかった。

―――形態転換開始。

 頭部の尾が真上に伸びる。関節が回転しつつ繋がり、一本の角となる。両足は接合して新たな尾に。両腰のサブアームが展開。尾となった両足の代わりに大地を踏みしめる。

 そこにいたのは、巨人ではなかった。二本の脚を備え、長大な角と尾を持った巨大な竜であった。

 彼女は旋回。その頭部衝角で敵を打ちすえ、苦も無く両断する。

 瞬殺であった。ここまでの流れは1秒とかかっていない。

 仕上げ。

 鋭い尾の一撃が海賊船の主機関を完全に破壊。動力を破壊された船はその機能を停止する。

 そして。

―――がああああああああああああああああ!?

 切断されていた痛覚がそこで再起動。

 激痛が、彼女の巨体を苛んでいた。再起動手順を幾つもすっ飛ばし、無理やり戦闘。機能の4割が死に、胸は未だに剣で串刺しのままだ。無理もない。健在であれば作動したレーザー・ディフレクターも停止している。おかげで右腕を溶かされるハメになった。

 復元したいところだが、その前に全体のスキャンが先だ。修復システムに異常があれば目も当てられない。

 と言ったことを思考するより早く、禍の角は意識を喪失していた。

 

 もちろん、そんな好機を逃すほどのんびりした者は多くなかった。

 混乱の中、多くの人質たちが近くの宇宙海賊たちにタックルし、組み敷き、何名かが射殺されつつも逆に武装を奪い取った。

 教授もその老体に似合わぬ動きで走る。目指すは、放置されている襲撃型ユニット。最初に倒された《朝潮-22》だ。

 銃声が飛び交うが構いはしない。そうそう当たるものでもなし。

 そうして巨体の影まで転がり込むと、彼は高度機械生命体の屍へ手を当てた。

 宇宙服の音声入力を起動。指揮官コマンドを入力。機器の再確認にも肯定の意。

 《朝潮-22》の安全装置が強制解除された。

「最優先命令じゃ。調査隊の安全を速やかに確保せい」

 35mの巨体が動き出す。その腰部には大穴が開いたままだ。しかし関係なかった。

 襲撃型ユニットは、動く部品が1つでもある限り稼働させることができる。たとえコアが砕けていようとも。

 勿論高度な知性や機能は喪失していた。だがそんなもの不要だ。歩兵相手ならば。

 ゾンビのように立ち上がった彼女へ、対戦車火器が放たれた。

 命中―――するその瞬間、表面がわずかに波打ち、そして弾丸がすり抜ける。

 後方から飛び出たロケット弾はそのまま彼方まで飛翔。地面にぶつかり爆発した。

 物質波構造体。ボース凝縮させた機体そのものを波とすることで実体弾を透過させる防御機能である。大型兵器に小体積の実弾は通用しない。

 反撃はささやかだった。頭部から通信用レーザーが発振されるだけだ。車両を丸ごと黒焦げにする程度のパワー。

 それで十分だった。歩兵を焼き殺すには。

 凄まじい勢いで、形成は逆転しつつあった。

 

 一方でコモフ女史はどうかというと。

 崩れた岩場の上にころん、と放置されていた。いや、あの崩落から助かったのだから文句は言えないが。これも禍の角が、律儀に救ってくれたおかげだ。

 あの分では放置しておいても何とかなりそうな気はする。というか、この距離ではコモフの足で踏破し終える頃にはすべて終わっているだろう。

 やるべきことはやった。ちょっと休みたい。ゴロン、と横になる。

―――などという贅沢は許されなかった。

 パァン、と何かがはじける音。

 コモフの、ちょうど頭があった場所を何かが通り抜けていく。金属の塊。小さな弾丸だ。

 ぎょっとして発射元を見やると、血まみれの熊男が。

 《黒牙》だ。どうやら、先ほど禍の角が暴れたのに巻き込まれたらしい。よく生きていたものだ。

「てめえ……許さねえぞ……」

 許さないも何もお前らが悪いんだろ!などと叫ぶ間も惜しみ、コモフは飛んだ。勝ちが見えたというのに、この期に及んで死にたくない。

 ぼよんぼよん。

 そんな音が立ちそうなほど見事に飛び跳ね、彼女は崩れた岩山を転がっていく。恐るべきスピードで。

「待て、待ちやがれ!?」

 追いかける黒牙だったがその速度は遅い。二足歩行がゴム毬に、こんな足場で勝てるわけがなかった。

 転がるコモフは通信機を作動させた。出力は最大。全方位にだ。

「―――たーすーけーてー!!」

 絶叫であった。

 聞き遂げる者がいた。

 彼女は軋む五体を持ち上げ、レーザーセンサーを作動。

 熱した金属に水をかけた時のような音がした。

 数キロ先の海賊の頭目。その右肩が、正確に蒸発した。

 

「……死ぬかと思ったよぉ」

 巨大な機動要塞の一室。

 商業種族軍の移動拠点の一つであるそこで、ふにゃふにゃになったもふもふ毛玉星人が突っ伏していた。事件の聴取が原因である。

 宇宙海賊はあの後降伏し、大急ぎで駆けつけて来た軍によって逮捕された。

 調査隊の死傷者は幾名もいたが、あの騒ぎにしては少なかった方だ。

 今後は宇宙海賊たちの背後関係を洗う事になるだろうが、それはコモフの知った事ではない。法を司る者たちの仕事だ。

 ようやく解放された彼女は、よっこいしょ、と腰をあげた。

 外していたメガネをかけ直す。肩がめっさ痛い。

 この眼鏡も今回は散々な目に遭った。銃弾を防いだはいいが、フレームは見事にねじ曲がっていたので修理しなければならなかったし。経費で落ちたのは不幸中の幸いである。

 まだ彼女の仕事は終わっていなかった。

 列車を乗り継ぎ、たどり着いた先は修理スペース。機械生命体を復元するための場所であった。見た目は透明な板で密閉された水槽である。

 コモフが近づくと、上面の板を透過して、巨大な頭部が覗いた。禍の角であった

「気分はどう?」

―――まぁまぁだな。

 禍の角は上機嫌であった。充分な環境下で大規模整備を受けられて回復してきたのだろう。

 彼女は諸種族連合の保護下に置かれ、現在整備中であった。約束は履行されたのだ。

「よかった。ねえ。あなたは何て呼べばいいの?」

―――私か?禍の角、と呼べばいいだろう?

「うーん。あなたの姉妹、たくさんいるよね?」

―――ふむ。ならば私は。黒火。

「くろか?」

 黒いボディ。赤紫色のライン。確かにその姿は、黒い火と呼ぶにふさわしい。

―――私はこれから、どうすればいいのだろう。平和なんて、何も知らない。

「まずは姉妹に会えばいいんじゃないかな?何人も知ってるよ」

 ふたりはすっかり打ち解けていた。元々禍の角は人懐っこいのが特徴の機種なのだ。

―――ひとまずはそうさせてもらおうか……

「うん。じゃあ、改めてよろしくね」

 こうして、新たな友情が結ばれた。


 ちなみに、今回の一件は黒幕がいた。その名を海賊ギルドという。

 怒り狂った海賊ギルドは彼女らに莫大な懸賞金をかけたのだが、それはまた別のお話。



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