領主とその夫の個人的な時間
残酷な描写有り、は念のため。具体的な描写はありません。
ココス領主レイン=ココスと彼女の夫デンターの部屋はそれぞれを繋ぐ通路がある。
廊下を別とした内部の作りは、秘め事を伏したままに逢瀬を重ねる男女の味方だ―――尤もこの場合の男女、領主夫妻は清い関係のままだが。
レインの月のもので初夜が流れた後、忙しさにかまけて夫婦の営みは棚上げになっている。日々顔を憔悴の色に染めて行くレインに、デンターが業を煮やした。
「今夜、あなたの部屋に伺います」
遂に来てしまった。レインは判決を待つ罪人に共感する思いでいっぱいだった。自慢の鍛え上げた表情筋が引き攣る音が聞こえる気がする。
思い切れない弱さなど無縁の生き方を貫いたと自負しているのに。終わった筈の女のレインが大切なものを知らなかっただけだと反論する。
「形だけの夫と定め突っぱねるか。いや、無理だ。なんにせよ後継ぎはいる。相手を見繕うならデンターを拒む政治的な理由が消えるか」
かと言って養子を望むなら、後継ぎ争いを避ける必要に迫られ、親族を根絶やしにすることさえ視野に入ってしまう。
やってしまおうか。寄生虫共を排除してしまえ、と誘惑が鎌首をもたげた。
ココスの貴族は腐っている。これは事実だ。レインは父、アンブレラから家督を引き継ぐまでにココスの暗部を知り尽くしている。
民を家畜と呼び、贅を誇りと称する豚め。私は父が生きたまま焼かれたことを忘れない。胡麻かそうと、死体が真実を語るのだ。 どうして娘を無視して葬式を始め、家族を燃やす?その行状自体が、後ろ暗いところがあると主張しているとわからないのだろうか。
僅かなほつれが崩壊への道筋を拓くと知れ。謀り事は形を成してはならない、政治はもっと陰湿だ。拙速を尊ぶのは軍事限定だと教えてやる。
「悪いなデンター。まだ腹を膨らませる訳には行かないんだ」
とどのつまり、骨の髄までレインは政治家だ。私的な悩みを引きずりはしても、行動に支障を与えはしない。なぜなら、彼女の血肉は民と土地なのだから。
そしてその性故に、性故に。ココス領主レイン=ココスは夫との会話を日常会話と切り捨て忘れてしまった。深夜、レインの居室に訪れたデンターの顔は赤黒く、さながら悪鬼羅刹の如き形相であった。
「なんだデンター、熱でもあるのか。風邪を移してくれるなよ」
「領主様は風邪を引く以前に命を落としたいご様子で」
あまりに直截に過ぎる言にレインは驚きを隠せない。デンターの表情も相まり、殺意を仄めかすようにも思えて背筋が震えた。
いずれ暗殺者の手にかかるぐらいなら。危うい妄想が思考の隅を掠める。
「私が死ぬには早い。なれば、どうすれば良いかな我が夫君」
応じるデンターの返事は激烈な抱擁だ。続けて、レインの骨ばった身体が横にあるベッドに放られ、先程まで座っていた椅子が倒れた。
容赦のない攻撃は止まらない。警邏の使う拘束具がレインを包む。見栄をかなぐり捨てた悲鳴を口で塞がれたときには自由が奪われた後だった。
「いつか君は夜は自分の体を使えと言ったね。私は戦帰りの騎士で、そこらの男より遥かに体力がある。そんな私に好きにしろと言った」
覚悟はできているのだろう?かつて愛した人の甘い声が女を蕩けさせる。頷いた顎を掴んで唇を貪るデンターを、レインは何処か遠い瞳で見詰めた。
「嫌なら拒んだらどうなんだ。私が君を欲を満たす道具にするとでも」
「誰が嫌だと言った。夢を見るのもいい加減にしろデンター。私はココス=レイン。義務を果たす」
デンターは泣いていた。透き通る涙の粒が降る。
わかっていたさ、いつだってお前は優しい。逃げ道を残してくれる。それが私には堪らない。
蹂躙されたい。求められたい。脳天まで貫かれたい。汚らわしい願望がとめどなく湧き出ずる。
せめて夜の帳に隠されている時間は、この私をお前の獣欲を満たす器にしてくれないか。
「義務ね。そうして君は自分の価値を肉に堕する。体のみならず精神を蝕まれて尚、仕事に励むのだろう。私が君に夜望むのは休息だ。明日から毎日この部屋に渡る。その間は有無を言わさず君の睡眠時間だ」
デンター、お前は本当に変わらない。
レインは口づけで火照った身体を持て余したまま朝を迎えた。それはひたすら甘い憂鬱だ。
「最悪だ」
考えてみて欲しい。寝起きに愛しい人に覆い隠されている。とりあえず、そこまではいい
。
問題はここからだ。昨夜は艶めいた色事はなく、また愛しい人であるデンター氏は捕縛術でレインを捕らえている。有り体に言って、全身が絡み合っているのだ。
デンターの生暖かい吐息が頬にかかるわ身じろぎする腿が擦れるわで、現在レインは大変窮している。
ふと、尿意を催す。漏らせば離してくれるかなあ、などとレインが呟くがすかさず漏らせと囁き返すデンターは鬼畜じゃなかろうか。
「最低だ」
どうかしていた。レインもデンターも。デンターは権利を放棄してレイン個人との時間を得た。軍権や一部の執行権を示す承認印を返上し、義務のみを懐に入れた。
それも、表向きはデンターが権利を持つことになるので責任の所在はデンターに落ち着くことになる。
レインはデンターを縛り付け、悦びを胸に得た。正当な報酬として操を捧げられると信じた。
誰に遠慮することなく、自身をデンターにくれてやれると。情けないことに、すべては領主の自分への言い訳だった。
太陽が昇り切ってから、ようやく二人は体を合わせる。そこに余計なものが挟まる余地はない。
デンター、私はお前が愛しくて憎いよ。さよなら、一人きりの日々。
そしてレイン=ココスとデンター=ココスの営みが始まる。
レインさんはゲージ内のハムスターぐらい空回ります。よくよく考えると、問題の根っこは大体アンブレラのせい。
デンター「「もういい・・・・・・もう・・・休めっ・・・!休めっ・・・!」
レイン「〇〇〇しろ、オラァァァ」