はち。
いくつかご指摘があり、修正いたしました。
ご指摘、ありがとうございました。28.1.31
イルグルムがレスティ(仮)と仲睦まじくしていると思い込んでいる現国王ことザルヴェーガと宰相のデュラミスは執務をしながらほくほくと会話を弾ませていた。
二人の会話の元はもっぱらザルヴェーガの甥、イルグルムである。本人は王族とは無縁でありラージェリオス公爵家の人間
だと言っているがザルヴェーガにとってはどうでもいい。肩書きが何に変わろうが甥なのだ。
そんなイルグルムに現在はもしかしたらお嫁に出来るかもしれない少女との仲を深めているに違いない。これは王自ら手助けが出来るやもしれない事柄にザルヴェーガは鼻歌混じりに手際よくデュラミスと策を練っていた。
デュラミスもまた彼の事情を知っているからこそ助けたいと思っている。厳格の宰相と名が知れているがイルグルムは別だった。あんな過去の被害者だ。止められなかった自分にも非があると常々思っており、少しでも手助けはしたいと生前の魔術師長と話し合っていたものだ。
とにかく幸せになってほしい。それが彼らの願い。
「失礼します。例のお二人に緊急です」
「ミシィか、入れ」
すっと音もなく入ってくるミシィ。本来の彼女では入ることが許されないが許可はちゃんと取ってある。イルグルムとレスティ(仮)に何か問題があったら連絡するようにと。随一で彼女に頼んだのだ。
しかし本当なら書面で終わらせる予定である。その日一日を報告するように頼んだのだがどうしても、と言う場合は直接来るように言ったのだ。
「もう問題ができたのか?イルグルムは何をした」
「とても不味い状況です」
「申せ」
「しばらくして様子を見るように、後は二人に任せるようにとの仰せでしたが問題が起こりました。イルグルムは女の扱いを知りません」
「は?」
「一刻です。たった一刻で二人に距離が生まれました」
「な!?」
「なんだと!?」
どうしてそのような………などと二人は口々に溢す。そんなに相性が悪かったのだろうか?ザルヴェーガは未だにレスティと対面はしていない。しかし、デュラミスはすでに対面済みだ。
その証拠に見た目をしっかりと聞いているし、怯えてはいるが理解力があると芯の強い少女だと語っていた。
デュラミスの見立てでは問題はないと思っている。強引に有無を言わず口内に指を突っ込んだ男とまた鉢合わせするのにはどれだけ苦痛か。ミシィに訪ねて見ればあっけらかんと「二度と会いたくない相手ですね」と答えたのだ。
それでも態度を変えずに対面できたのなら思うところはあっても聡明な少女ならうまく割りきっているのではないか、とも思っている。世話を任せたミシィも甲斐甲斐しく不況を買わぬように動いてもらったのでそのおかげとも。
だが如何せん。問題が起きた。事詳しくは当事者たちに聞かねば事態がまったくわからない。かといってイルグルムを王命と押し付けて向かわせたのにまた無理矢理に聞き出すのも躊躇われた。嫌われた理由をほいほい喋るとはザルヴェーガも思わない。
「恐れながら申し上げますに、女性に避けられ続けていたイルグルム魔術師団長様には少し荷が重いかと。女の扱いをわかっていないご様子。このままでは二人の距離が縮まるよりも先に広がるかと」
「まずい。それは非常にまずい。人間関係は知っていたが女性の扱いにがそこまで酷いとは………後は二人で、と思っていたがそこまでに酷いのか」
「失敗しましたな。『贈られ人』はまさしくイルグルムのために来られた。まるで『聖女様』の再来だと思量し二人の仲を取り持とうとしたが………」
まさか、と二人は狼狽える。もしかして男としての性が!?と変な疑いをかけてしまうほどだ。早く修復しなければきっと溝が深まる。
そうなる前に何をすれば最善か―――デュラミスは考えた。今思えばこれは女の仕事ではないか、と。だがこれは良縁である。『贈られ人』の機密な縁である。この国の宰相として奏功せねばならぬ故に己がやらねばならぬのだ。
「デュラミス、どうする!?なんとしてでもやり通さねばイルグルムは独り身ぞ!」
「言い出したのは私です。こうなれば方法を変えるしかありませんな。仲立ちにミシィ、頼むぞ」
「仰せの通りに」
「まずは『贈られ人』であるレスティ嬢にはこちらの言葉を覚えてもらわねば何も始まりません。意思の疏通は必須でしょう。ミシィ、傍に控えイルグルムの品行を見定め手助けをせよ。出来るだけ彼女の意を汲み取り二人を影ながら支えるのだ」
ミシィは人の意を汲み取とる事に長けている。彼女ならば今の状態から少しは関係を持ち直してくれる事だろう。デュラミスは一人呟く。
時間を割って報告してきた彼女をなんとしてでも早く仲を取りまとめさせるために下がらせる。今は絵本を読み聞かせているとの事だ。幼少期の殿下たちを思い出して最善な方法だろう。
しかしここでザルヴェーガがおかしな事を言った。ふと思い出したかのように言うそれはデュラミスでもわからない。なぜそうなっているのか過去を比較できないからだろう。
だが言える事はただ一つ。ほぼ正しい答えと思われるそれを淀みなくデュラミスは告げた。
「過去の『贈られ人』の詳細に言葉が通じなかった理由としては、魔力の問題かそう記さなかった理由があるのでしょう」
「魔力か理由か………」
「先日に報告した通りイルグルムが放出した魔力を無効、または無力化させていると。陛下が幾度か話された『贈られ人』にはこの世界にはない特殊な能力をお持ちだとか。能力とはすなわち魔力でしょう。魔力を感じられないとイルグルムは言っていますが魔力そのものが特殊ならば彼や私たちが見てもわかりません」
「そう記さなかった理由は必要がなかったから、か」
「わざわざ言葉を教えてあげましょう、などど書き記す必要はないでしょうな。教本でもあるまいし。それに『贈られ人』は稀の方々です。歴史によって書き残す手間はいらなかったか―――歴史として省かれたか」
それに言葉が通じなくても会話をしたいと思う気持ちは伝わるのだ。苦労は絶えないであろう。しかし、互いが歩みよればそれこそ言葉など必要せずとも分かり合える時がある。どのみち今は言葉がなければレスティ(仮)と意思疏通ができないのだが。
もし『贈られ人』がこの世界の住人に心を開かず殻に閉じ籠っていたのならばもっと酷かったのかもしれない。それを歴史に残すのはやはりどうかと思われる。そうなるとやはり意図的に書き記さなかったのか………
「それで、私はいつレスティ嬢と会えるのだ」
「言葉か通じないのにどう作法などを教えろと言うのでしょうな?私の養子になってからなので今しばらくお待ちを」
「………遠いな。ならばこっそり見るか。しかし、お前がレスティ嬢を匿うか」
「我々の仕事を増やさないのであれば、どうぞ。―――イルグルムは公爵嫡子、ですからな。宰相である私の娘なら侯爵と近い爵位なのでなんなく嫁げましょう」
「そちらばかり絆を深めよって。孫あたりでこちらと縁は結べるだろうか」
「それはラージェリオス家に声をかけるしかないでしょうな」
王家にはちょうどザルヴェーガの孫がいる。まだ三歳と一歳だがイルグルムとレスティ(仮)が結ばれ、その間に子が生まれるならば………年の差などそれほど遠くもなくいいのではないか。ザルヴェーガが想像を膨らませる。
しかしそれよりも今が大事である。今まさに距離ができ始めている二人はちゃんと結ばれるだろうか。『贈られ人』は本当にイルグルムのために現れたのか………いや、魔力が無効化させたのだからイルグルムにとって必要な存在だろう。
「しかし………リンリールの侯爵家は黙っていないだろうな」
「あれらですか。温厚で有名なラージェリオス公爵家をも不快にさせた驕傲の侯爵として煩わしい家の」
「―――あそこまで下心丸出しでイルグルムを狙う家を見たことがないな。王家で飽きたらず次は縁の公爵を狙う………娘であるサランシュ嬢も今の地位だけでは物足りないらしい。一度酷い醜態をさらしたそれを逆手にとって食いつく様は執念か」
「ただの醜い足掻きです」
私は認めませんよ、とデュラミスはザルヴェーガに伝える。ザルヴェーガも受け入れたくはないので軽いため息一つで肯定した。
あれは酷いものだ。サランシュ侯爵令嬢と言えば上位の魔力保持者である。イルグルムがまだ十三の時でまだマントなしの仮面と手袋のみで魔力が抑えられていたころにお見合いをした頃だ。
触れられはしなかったものの、一定の距離まで近づけるその頃はまだイルグルムも女性に紳士であるようにと教えられていた。そんな時だ。サランシュ侯爵令嬢が仮面の下を見たいがためにわざと躓きぶつかりに行き仮面を取った。
仮面が取られれば魔力が放出されいくら豊富な魔力保持者でも苦痛を強いられる魔力である。当然ながらその魔力に当てられ頭痛、眩暈、吐き気、呼吸困難と体が侵されていく。
当然、そのお見合いは即終了。お見合いで酷い醜態を晒したサランシュ侯爵令嬢とそうさせたイルグルムの噂は瞬く間に広がりリンリール侯爵の当主はその噂をさらに焚き付けて逆手にとりイルグルムに婚約を要求したのだ。
もちろんその要求が通らないようにザルヴェーガが根回しをし握り潰した。醜態を晒されたから娶れとは横暴すぎる。ふざけるのは他所でやってくれと思うほどだ。
「まだ勘ぐられてはいない。せめて貴族に太刀打ちできるまで何事もなければいいのだが………」
「イルグルムが彼女を守ればいいのですよ。少しばかり足踏み状態ですが。このまま終わらせるわけにはいきません」
人頼みだがミシィに任せましょう。それは口に出さないが“人”と言う扱いを一番に理解し手助けできるのはこの王宮でミシィとその母親のシィラのみ。専門外なのだからここは見栄を張らずに任せましょう。
最後はなんとも情けなく聞こえるが女官の仕事を掌中に納めるカルトーラ家に逆らえるものはいないのだ。痒いところに手に届く彼女らに文句の付け所がないのだから。いくら王とて宰相とて言い返せないのならば任せてしまった方が気楽なのだった。
我々は願うだけ。イルグルムと『贈られ人』に祝福を。