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なな。

改訂いたしました。28.1.31


 逃げられた―――…と頭の中で幾度と響く。理解できても目の前で実演されればそれは衝撃でありそれが自分でさせてしまったことにイルグルムは撫で上げていた手をぶらりと落とした。


 何かが違うのだ。この落ち込み具合は今までのよりまったく違うことに動揺を覚える。


 いつもならイルグルムの姿を捉えるとそそくさと逃げていく令嬢たち。近づかなければならない令嬢たちは我慢の限界を越えると泣き叫びながら遠ざかる。


 しかしそれらの距離の取り方をされてもイルグルムはそれほど悲痛ではなかった。最初こそは悲痛に―――しかし理由を考えれば納得のできる状況だ。殺してしまうかもしれないなら逃げてもらった方がいい。


 だがなぜか。この少女はやはり違うのだ。唯一と言っていいほど身軽に近づける存在で逃げられない存在。この短い期間でずいぶんとイルグルムは感化されたと思う。


 油断していた、と言うのはこの事だろうか。まさか他と一緒で悲鳴をあげて逃げられるとは思ってはいなかったのだ。


 顔を赤くして口を魚が餌を求めるようにぱくぱくと開閉。耳を押さえて視線が一定の場所に定まらずかなり泳いでいる。こちらが動けばピクリと半歩ほど下がる体。意識が戻ってきたイルグルムが一歩、踏み出すと小さな一歩で下がられる。


 おかしい。やはり違う。悲痛がなぜか深くてイルグルムは混乱した。なぜこんなに悲しく痛いのだろうか?逃げられると言う行為は他の令嬢たちと変わらないのに。なぜか少女に距離を置かれると悲痛に胸が苦しくなる。


 どうすればいいのだ。


 まったく良案と言うものが浮かばないイルグルムは途方に暮れる。とにかく動かない。それしか選択肢は残されていなかった。


 しかし―――世には救世主?と言う存在があるようだ。それはイルグルムにとってそう当たる人物なのかは別として、この雰囲気を変えてくれるには最適な人物がイルグルムの隣に現れた。



「何をやったのか、詳しく聞かせてくれるわよね?」

「乱暴は、していない」

「じゃあ何をしたのかしら?彼女の頬が赤いのは、なぜ?」

「私のせい、だろうな」



 この場には二人しかいなかったのだから当然だろう。隣に音もなく現れたミシィに多少の驚きをしつつも答える。その流れでどうしてこうなったのかと事情説明をすれば―――大体は予想がついていたイルグルムに強烈な一撃が背中に見舞われる。


 思わずその反動で仮面が飛びそうだったが踏み止まり手で押さえることで魔力の放出を防いだ。ここでもし飛ばされていたらミシィは間違いなくイルグルムの魔力によって死んでいただろう。咎めたいが、そこはぐっと堪える。


 ふん!と鼻であしらわれるも、結局は対面的にイルグルムの立場が弱いのでなにも言わない。少女の方へ歩き出した彼女を止める権利がまったくなかった。



「どうすればいい?」

「魔術師も一人の少女によって面目が丸潰れね」

「私では力不足だ。女性同士、ミシィに任せたい」

「王命でしょうが」



 わかっては、いる。王命なら絶対だ。イルグルムは王に仕えている。だが言葉を教えるのはまた別だと思う。なぜこれが王命で言い渡されたのだろうか。さっぱり王たちの意図が掴めない、と一人唸る。



「なぜここにミシィが?」

「確かに貴方に任せたけど私の仕事は彼女のお世話よ?でも付きっきりはさすがに彼女の負担になるようだから一人の時間を入れていたの。さっきのはそれね」

「一人ではないなら最初からそう言ってくれればよかったものの………それは休憩と言う意味か?」

「まあそんなところね。後は報告とか」

「…………………………その報告には」

「イルグルム魔術師とレスティの報告に決まっているじゃない」



 仮面があってよかった、とイルグルムは心底思った。ミシィが当然と言うように肩をすくめたと同時にしかめた顔はさすがに迂闊な行動だろう。そんな表情を見られた日にはミシィはそれを間違いなく逆手にとって咎めるし報告もする。


 しかめっ面を咎められるのはいいとして報告すると言うことは間違いなくイルグルムの評価にも関わるし、それはどうでもいいとしても何故か『レスティ』を気にかけている王と宰相の事だ。イルグルムでなんとかさせようとするのだからこれ以上に“何か”をさせる段取りが一段と拍車がかかるはず。


 初めから二人っきりで駄目なのだから様子見の監視つきから始まり終始付き合わせる気がした。彼女に進展がなければ方法までも指示が出されるだろう。


 それらをイルグルムがやるのだ。自分がやらなければならない、と分かっていて自ら面倒を増やしてどうする。気持ちを切り替えるためにもすぐさまミシィに教えを乞うた。


 恥がなんだ。分からないのだからなんでも聞いてしまえ。もはや嫌われているイルグルムに嫌われる要素が増えても痛くない。



「何となく雰囲気でわかるけど。まあ、いいでしょう」

「とりあえず落ち着かせた方がいいのか?」

「貴方が落ち着きなさい」

「………ああ」

「とりあえず座りましょう」



 元々あまり動いてもいないのでイルグルムはさっさと座る。ミシィに支えられながら少女も同じ椅子に座った。ミシィは素早く冷めたお茶の準備に取りかかる。


 ほんの数分―――静寂ではあったがどうやら少女はイルグルムを完全に嫌っている様子はなかった。まだ朱色に染まる頬を掌で隠しながらちらりとイルグルムの様子を窺ってすぐさま耐えられずにあちらこちらに視線を流していく。


 嫌われていたら完全に見ることはしないだろう。少なくとも落ち着かない彼女に『嫌い』を取り繕う技量が備わっていないとイルグルムは読み取る。ただ逃げ出したのに気にかけてくれる少女にイルグルムは困惑した。


 仮面のおかげで狼狽えた表情は伝わらなかったようだが、いつまで隠し通せるか………まあ知られる事はないだろう。そういえば少女の能力的なものも調べるように言われたことを思い出す。



「先に能力を探るべきか?」

「どんな方法を取るか知らないけど、今一人で行動したら余計な不信感を与えるだけよ」

「………」

「では、やり方だけどすごく簡単よ。これを読み聞かせるだけ。まずは私がやりましょう」



 ………それだけなのか?


 確かにそう声をかけたはずなのに仮面のせいでくぐもってしまったせいか―――はたまたミシィが意図的に無視をしたのかはわからない。


 イルグルムの傍らに置いてあった本を手にミシィはすぐ少女の隣へ。少し身構えた少女に短く一瞥するとゆっくりと、一文字一文字を丁寧に読み上げていった。


 どうやら本は本でも絵本、だったらしい。表紙がなかったのでまったく気づかなかった。それも誰からも愛されるお伽噺のお姫様のお話だ。イルグルムも小さい頃になぜか読んでもらったことのある絵本。


 少女は最初こそは絵本とミシィを繰り返し見て戸惑っていたが………ミシィがそのまま読み進めて次をめくる事でどうやら意図を汲み取ったようだ。本人にやる気があるようで何よりである。


 もし少女が強く拒めば何も出来なかっただろう。現に言葉が伝えられないと言うだけで四苦八苦しているのだ。少女の冷静な判断に思わず感嘆をあげる。きっとまだ戸惑って冷静でいられるはずなどないのに………


 とここでようやく気づいた。こうしてミシィがやっているのだから自分は別にいらないのではないか、と思ったときにミシィの言葉が甦ってきた。特に最後の言葉が鮮明に。



『まずは私がやりましょう』



 まずは、私が、やりましょう………である。まずとは?先んじて最初に言い出す言葉ではないだろうか。つまり、ミシィが先にやると言っているだけで―――



「こんな感じでまずは聞かせることね。理解してきたら今度は単語を一つ一つ言わせて覚えさせる。最後に文字ね。これはレスティ様がどれだけ出来るかによって方針が変わるんじゃないかしら?」

「……それを、私がやるのか」

「当然でしょう。何度も言うけど王命よ?なに?嫌なの?」

「嫌ではないが………」

「嫌ではないのね?―――デュラミス宰相閣下に報告しなくては………」

「何か言ったか?」

「いいえ。では、イルグルム。次は貴方よ」



 ずいと渡されるのはもちろん絵本である。しかもミシィは次の絵本を持ってくると言って音もなく出ていった。また、あの静寂がやって来る。


 互いにどうしようもなく見つめ合い………………しばらくしてミシィの真似をすることに。子ども用に大きめにかかれた文字を見せるようにイルグルムは読み出した。つまるところ結局は強引に押しきる策しか出てこなかったと言うことだ。


 そして絵本を持ってくると言う建前に報告を終わらせて再び戻ってきたミシィは………あまりに棒読みなイルグルムと懸命に聞いてはいるがどこかそぞろな少女の姿を見て頭を抱えたのは仕方がないことだと割りきるしかなかった。



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