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よん。

修正いたしました。28.1.31

誤→尻に引いて

正→尻に敷いて

ご指摘、ありがとうございました。

 

「名前は?」



 声をかけてみた。たぶんでもなく言葉が伝わらないのだからわからないだろう。不思議そうに辺りを見渡して眉間に少しだけしわがよった。先程より幾分か警戒や怯えは薄れているように思える。泣き叫ぼうともしない少女になかなか強かななのだなと素直な感想か漏れる。


 近くで見ても不思議な少女だ。闇より濃いと思わせる黒はしっかりと艶があるように見える。どこかの貴族なのだろうか。


 服装もよくわからない。ドレス―――のわりには女性として丈が短いようだし、よく見れば上半身と下半身が別々の布地は明らかにこの国の衣服ではない。


 女性の衣服と言うものに詳しくはないが、一般的に女性が着る服は上下が繋がったドレスだ。腰からひらひらさせたり布を重ねていたりと統一性がある。


 しかし今目の前にいる少女の服装は明らかに上下が違う。首もとまで覆うそれは薄い桃色でゆったりとした生地。羽織りは暖かみのある朱色で軽く結んでいる。下には膝までの長さで何枚か重ねてきているのか真っ白な布地が細やかな飾りと一緒に。膝から下は足を覆うように紐が複雑に絡んでいる茶色のブーツだ。


 ぱっと見ただけでは厚着に見える。足元が寒く見えるが、シーツを手放さないのは寒いのだろうか?イルグルムの中で大きく疑問が生まれる。


 どうやらジークスはそのまま寝かせたらしい………まあ、触るわけにもいかないのでいい判断だろう。だが不躾に見すぎたらしい。見えていた部分が白いシーツに覆われて………むしろくるまって睨まれた。すまん。



「イルグルム師団長!一番頼れる人を連れてきましたよー!」



 真剣な空気など一変に払ってしまうほど陽気な声で戻ってきたジークスが駆け足でイルグルムの傍まで行く。


 最近は知らずに幻覚でもかかってしまったのか、やはりジークスの後ろに人懐っこいトルクと言う犬のふさふさした尻尾が見えてしかたがない。うずうずと少しだけ低い頭がわずかに動く。


 誉めると言うか………労いの言葉をかけなければこのままジークスは期待に満ちた目で見つめ続ける。改めて言うが彼はこの国の成人年齢である十六を過ぎている。十七は立派な成人だ。なぜここまで無邪気に振る舞えるのか………考えても仕方ないので手短に誉める。


 誉めれば誉めるほど嬉しそうに笑うジークス。にこーと表情を表に出して連れてきた侍女………もとい女官を紹介してきた。見た瞬間にイルグルムは「ああ、一番頼れる人か………」と目元を覆う。仮面が邪魔をしたが、動いた手はしっかりと目元を。


 薄い緑の髪をきちんと後頭部に一まとめにキリリとつり上げた眼光は小さな失敗も逃さないと言うように鋭く相手を射抜く。ぴしりと姿勢が真っ直ぐな彼女はこの城に使える女官の中でも仕事に手抜きと言う言葉を相手に思わせないほどの手腕の持ち主だ。


 ジークスが言う、一番頼れる人で間違いがないだろう。彼女の名はミシィ・カルトーラ。お年五十越えのシィラ・カルトーラ女官長の娘で伯爵のご令嬢と言う身分だが母が女官であるため娘も母と同じ道を歩んだくせ者だ。


 子は母に似ると誰もが呟くように、母であるシィラが女官長の座を不動のものにしていれば娘も負けじと次期女官長の座を不動にしているほど十分な働きを貴族ともに見せつけている。彼女たちに任せればすべて行き届く。親子揃ってその手腕はこの城に轟かせていた。


 ミシィはイルグルムと同い年であってしっかり結婚もしている。本来ならその家の品格を守るために社交界など夫人の仕事なのだがミシィの方がやり手なので家と言う主導権は彼女の手の中にあると言っても過言ではない、と噂で聞いた。実際に夫を尻に敷いて支えているとも聞いていたりする。


 イルグルムが噂で聞いた、とまとめてしまうのは主に遠巻きにされる環境とイルグルム本人に興味がないと言う結果からなるものだ。この噂は真実なのだが、イルグルムはどこか噂程度でしか捉えていない。


 特にミシィは母のシィラよりイルグルムの事情を知っているせいか国王と同じ可哀想なイルグルムと認識していて、女官としての立場を大いに利用して世話焼きにかかる。故にイルグルムにとっては少し苦手なタイプなのだ。世話焼きがなぜか姉の振るまいになるのでどうしても圧されがちになる。



「なんですか、その態度。わたくしでは頼りないと?」

「いいえ、心強いなと」

「心にもないことを言わなくていいわ。それで?お世話は彼女かしら?」

「彼女だが………他の仕事はどうした」

「終わらせたわ」



 ふっ、と笑う仕草は何を意味しているのだろうか………女官の仕事を事細かく知らないイルグルムには自慢を鼻で笑ったようにしか見えない。


 因みに使っていなかったこの部屋に初めて足を踏み入れたミシィからも軽くお小言をもらった。公爵、魔術師団長としての自覚はないのかと凄まれては黙って受け止めるしかない。幸い仮面をつけているのでうんざりとした表情はわからないようだ。



「そう言えばジークス、医師はどうだった」

「軽く見られましたけど疲労だろうと言って帰っていきました」



 忘れていたのだろう。「あ」と声をあげた。また幻覚で見える尻尾が表情とともに項垂れる。



「そうか。ミシィは彼女を頼む。言葉が通じない異国民だ。何か聞き出してくれるとありがたい」

「ずいぶんと難題を言うわね………彼女、縮こまっているけど無体な事はしていないでしょうね?」

「なぜそうなる。むしろミシィに怯えているだけだろう」

「なんですって?―――その前にちょっと準備をしてくるわ。ここ、本当になにもないもの」



 咎めるように睨んだのは強い訴え、だろう。キリリと鋭い眼光がよりいっそう突き刺さるようにイルグルムを射ぬいて立ち去った。なんの準備かはわからない。が、ここには物が本当にないし女性ならではの準備が必要だと思うことにする。


 彼女に任せておけば必要な物がだいたい整えられる。まさかミシィを連れてくるとは思っていなかったので、彼女に任せてもいいだろうと。帰りを待った。本当はミシィに少女の聴取をすぐにでも交代してほしかったのだが………引き続き自分ではできないとイルグルムもわかっていたので待つことにする。


 しかしデュラミス宰相はそうではない。彼はこの国の宰相であり、ただの文官などではない。仕事がこれ一つと言うわけではないので時間が限られる。早急に体内の魔力があるかないかだけでも調べてくれないかと言い渡された。


 確かにこのままだと………まあ自身の体を抱いて守るように縮こまっているのだから攻撃的な人物ではないだろう。これが演技なら大したものだ。だがイルグルムの中ですでに『大丈夫だ』と言う変な安心感があった。危害を加える少女ではない、と何かが感じ取っている。


 こんな事は初めてなのでしっかりとした証拠もなにもない。ただ―――触れた時の何かが安心と言う答えを導いたのだ。それはすんなりと納得させる何かで………だがこれはイルグルムだけの確信だ。回りに余計な波風をたてないように適度に警戒しつつ魔力を診る事にする。


 そのためにまた手袋を取るとはなんと手順の悪い………やはり自分には情報を聞き出す事が苦手なのだな、と改めて思い知らされる。



「イルグルム師団長、僕、出ていましょうか?」

「………なぜだ?」

「魔力の影響もありますし………それに、体内を調べると言うことは中を触らなければならないじゃないですか。イルグルム師団長も一人で楽しみたいでしょう?相手は女の子ですよ」

「お前の頭には花畑が咲いているとよくわかった。ジークスだけ出ろ」

「えー。本当の事でっ!?失礼しましたー!!」



 さっと抜いてその頭を鷲掴みでもしてやろうかと手を伸ばせば残像が残るくらい素早い動きでジークスは逃げた。勢いよく閉まる扉に少女の肩が跳ねたおかげでイルグルムへの警戒は高まる。


 背中越しにはガタリと椅子が動き出すのでデュラミス宰相が大きく動いた事がよくわかった。つまり端から見ればイルグルムに皆が怯えている光景なわけであって、少女に恐怖を与えるのは十分だった。一歩を踏み出せば途端に肩が大きく跳ね上がる。


 ―――もうさっさと済ませよう。それしかない。


 うだうだと考えながらやるから余計な事が起こるのだ。そうと決まればイルグルムの行動は早い。元々ベッドの脇にいたので手を伸ばせばすぐに届く。近づけば反射的に顔を膝に踞るように丸くなる少女の顎を寸でのところで掴み、緩んだ口元にすかさず指を突っ込む。魔力を診るだけならこれだけだ。


 詳しく知ろうとすると時間と相性の問題があるので魔力の有無だけみるならこれでじゅうぶん。舌を撫で上げれば思わずか、それとも特有の反応か―――噛まれた。


 噛み千切るほどではないのでそのままゆっくり引き抜く。頬が少しだけ朱に染まっている。―――そしてイルグルムは首を捻った。ハンカチを探りながら考えるのだがどうも納得がいきそうにない。よくわからないが少女には魔力がない。自分で診たので嘘はない。


 では先ほどの魔術が無力化してしまったのはなぜだろうか?魔力がなければ魔力は打ち消せない。何もない状態で魔力が消えると言うことは無意味な魔術を放ったときだけ。だがそれは失敗であり、残留が残る。



「イルグルム」

「はい。魔力はありませんでした」

「ないのか。ではなくて、イルグルム」



 急に声が先ほどより低くなった。何か憤らせる琴線に触れさせてしまったらしい。少女は完璧に白い丸い固まりになったのでデュラミス宰相に向けていた背を反転させた。


 かなりお怒りらしい。腕を組む、と言う行動はデュラミス宰相の機嫌が悪い証拠だ。ついでに指が腕を叩く動作は怒りの頂点に近い場合で―――今がその時だ。



「………何でしょう」

「イルグルム・ラージェリオス。貴殿は男性で、相手は少女だ。断りもなく女性の口に指を入れるのは体裁か悪い。言っている事がわかるな?」

「………多少は」

「多少?多少なのか?イルグルムは女性との交流が滅多な事がない限り出来ないので多目にみようと思っていたが淑女の扱いが全くなっていないなら話は別だ。この事は陛下と母君のフェスナーラ様に伝えておく」



 ………迂闊だった。さっさと終わらせようと考えたのかいけなかった。捕獲ではなく自分から保護と言っていたのに少女に対して先ほどの行動はいただけない。


 またしてもデュラミス宰相のお小言をもらう。それはミシィが戻ってくるまで続けられ、最終的にはミシィまで参加して咎められる。


 デュラミス宰相の前では自分は指示を出すだけにしよう。こんこんと攻め立てる二人に仮面の下でため息を吐き出しながらイルグルムは誓った。


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