君の心も見透かして
大変遅くなりましたが、侯爵様視点となります
会話(心の声も含む)が多いので読みづらいかもしれません
生温かい目でお読みください
会場のシャンデリアの光をうけて、まだらに輝く色の混ざったブロンドに、葉のような深すぎず浅すぎない緑色の瞳。化粧の賜物である白い肌に、貴族では一般的な痩せ型の身体で少々胸部は淋しいものの何ら変な所はない、思考回路までが貴族的なご令嬢。
いまいちパッとしないハトマン伯爵家の長女にして、結婚適齢期。その彼女の名はカトリーナ。カトリーナ・ハトマン。
二つ名なども存在しない、実家同様パッとしない令嬢である。
そして私の次の見合い相手らしい。
◆ ◇ ◆ ◆ ◇ ◆
どうも。
私はベルマーン侯爵家長男のベルマーン・ルータ・ヴィジャネスト。
この世に生をうけてはや26年。ついにこの度、数十回目の見合いをすることになった。
その相手は、存在は知っている程度のカトリーナ嬢。
影から私を見ているご令嬢の内の一人だが、別に何とも思っていない。もっとも、彼女は私だけではなく他の男達にも目を向けているようだが。
今回の見合いは我がベルマーン家の方から持ちかけたもので、理由は彼女の釣書が目に留まったから。他にも数多いる教養のある女性ではなく、彼女を選んだ理由は運命・・・・・・などではない。
私が数十回も見合いをして、選考基準も緩くなったところで彼女が選ばれたと言うだけだ。
なぜ、これほど見合いをして相手を決めるのか、それには深い理由がある。
実は私は人の心を読むことができる。
確かにこの世界に魔法というものはあるが、何もないところから魔力を源とした火や水と言った簡単なコトを起こせるだけで、大したことはできない。戦に使われるといっても野営の時の飲み水や食糧を焼くための火、あとはせいぜい火を矢につけて放つことぐらいだ。物語の中に出てくるような火の球や濁流、転移に治癒などそんなファンタジーなことをするには魔力が足りないうえ、そのような魔法は編み出されていない。
最近では人の持つ魔力の量も減少傾向にあるといい、現に今回の見合い相手であるカトリーナ嬢は魔力など持ってもいない。
そのような魔法環境の中で、私がなぜそのような魔法–––正確に言うと呪いの類になる–––を使えるのかについては長くなるので省略させてもらう。
ちなみに、私の名に入っている「ルータ」という単語。これは古代語で「心」を表し、代々赤い眼を持つ者だけが名乗り、受け継がれている。そして、赤い眼を持つ者は一代の中で必ず1人だけ現れ、その者が必ず侯爵家当主となると定められている。たとえ次男であろうと、女であろうと。
そして、ベルマーン家は侯爵であるにも関わらず王の側で権力をもち、王に絶対の忠誠を誓っている。それゆえ重要な会議などの際には必ず立ち会っているが、邪な考えを持った者はすぐに分かってしまう。相手の表情が動かずとも、何も言わずとも、私たちは見抜いてしまうのだ。
そのような事が続けば、様々な憶測を呼んでしまうのも無理はない。
貴族達の間では、心を読んでいるという的確に真実を当てているものや、悪魔と契約しているというものや、ベルマーン家は化け物の血を引き継いでいるというもの、など多種多様な噂が広がっている。
いくら噂があろうとも、王家は我が一族の能力ゆえに、私たちを信頼し重宝しているのだから何も実害はなかったのだが、今はその噂のせいで私の結婚がなかなか決まらない。
私は家の長男であるうえ、侯爵家を既に継いでいるので、当主として婚姻及び跡継ぎの誕生はもはや義務に近い。
そこで結婚相手を探すためにめぼしい令嬢を紹介してもらっていたのだが、いかんせん問題が多かった。
侯爵家に関する噂のせいで、私を恐れ、心の中どころか口に出して罵倒する令嬢がいるのだ。しかも侯爵家に釣り合う家のご令嬢は気位も高く、化け物に嫁がされようとしていると知るとすぐさま罵倒してくるのだから手に負えない。いくら政略だと割り切っていたとしても、口汚く罵るような令嬢とは御免だ。せめて、心の中ですましてくれるぐらいでなければ、共同生活などできやしない。男児が2人生まれたら即離婚という手もあるが、両親のようにはなりたくないので、できれば同居はしたい。
もちろん、私のことを表立って悪評するような真似はしない令嬢も多いが、なぜだかそういう令嬢は何かしら問題も持っていることが多い。
最も数が多かったのは令嬢の家に問題があるパターンだ。我が侯爵家は王家に近いこともあり、妻の実家であろうともかなりの権力を得ることができる。それを狙ってくる分にはまだいいのだが、それを悪巧みに使おうという輩が多いのだ。妻の実家の野心のせいで家名に泥を塗るようなことを絶対に避けようとすると、また候補が減っていく。
他にも、令嬢が他の男と繋がっていたり、私を亡き者にして侯爵家を思いのままに操ろうとしていたり、問題が多く今までの見合いは見事なまでに失敗してきた。中には人格者と言われる貴族の娘もいたが、必ずしも親に似るとも限らないし、またその貴族が事実人格者であるとも限らないのだ。
人間不信がさらに悪化した気がする。というか絶対に悪化している。
そんなこんなでついには見合いがカトリーナ嬢まで辿り着いたということだ。
伯爵家の中でも低位であり、彼女の両親は小心者でありたいして悪知恵も働かないので、どんなに頑張っても小悪党ぐらいにしかなれないだろう。その程度なら、うちの権力で握り潰すこともできる。
けれどはっきりと言って、彼女との見合いが成功する確率は低い。彼女が悪態をつかなくとも、両親に大きな問題はなくとも、結婚してのメリットがないのだ。彼女との実家の繋がりなどいらないし、彼女自身の美貌も教養も今までの見合い相手に比べて劣っている。これといって興味の引かれない彼女との結婚は政略としての意味すらなさないのだから。
なぜカトリ―ナ嬢との見合いの話が出たのか不思議でならない。
まぁ、彼女は一時の夢を見ることができるし、私も候補を絞ることができるのだから、1、2時間ぐらい気にやる必要もないだろう。
◆ ◇ ◆ ◆ ◇ ◆
さて、ついに見合い当日である。
もはや、ただの作業となっている見合いの準備を済ませ、応接間にてカトリーナ嬢を待っている。
侯爵家が迎えに送った馬車から御者に手を借りて彼女が降りてきているようだ。
ところで、この心読みの能力だがなかなかの優れものである。
この能力は侯爵家の屋敷を十分に網羅するだけの使用可能範囲がありながら、特定の個人のみに発動することもできる。先代当主であり、現在王のもとで働いている父上は、王宮内のどこでも能力を使えるようになっているのだから、私のこの能力の伸びしろもまだある。
幼いことはそんな調節などできず、他人の考えが頭の中に一日中垂れ流しで気が狂いそうにもなった。
ここまで巧く扱えるようになるまでには時間がかかったが、それだけの時間をかけた甲斐があったというもの。
つまり何が言いたいかと言うと、見合い相手の心の声も此処から聞くことができるというわけだ。
すなわち、この屋敷に入る前から見合いは既に始まっているということ。
ちなみに彼女は馬車の中で、侯爵夫人になれたときの贅沢について思いをはせた後、侯爵が心を読める悪魔でなかったら、心の底からこの日を楽しめたのになどと考えていた。
既に、心が読めることは彼女の中で決定事項であるようだ。噂を信じすぎる女性はあまり侯爵夫人に向かないな。
・・・・・・この噂については正しいのだから、そこまで気にする必要はないか。
そのまま、執事に連れられ私のいるこの部屋へとやってきた。
ノックの後に入れと返すと、彼女が先に部屋に入り、執事は壁際に寄っていく。
客人をもてなすために立ち上がり、自然と彼女と目があった。
彼女の瞳には今までの令嬢と同じように嫌悪と欲がうつっていた。
馬車から降りた時点で予想はしていたが、結局、女とはみなこうなのだな。
そんな風に1人諦めに似た気持ちを感じていると、
(あぁ、やはり、赤と緑は補色だから、変な感じがするわね)
って、は!? 補色!? カトリ―ナ嬢は一体何を考えているのだ・・・・・・
この令嬢、嫌悪と欲にまみれておきながら、私の目の色につっこんでくるとはなかなかの強者だな。
そのままカトリ―ナ嬢は特別綺麗なわけでもない淑女の礼をとって、挨拶を述べる。
「ハトマン伯爵家の長女、カトリ―ナでございます。ヴィジャネスト様、今日はお日柄もよく・・・」
ここからさらに、うんたらかんたらとつづく。
長い上、ありきたりな内容なのでほとんど聞き流して、自分の瞳について考えていた。
私の瞳は言われてみれば補色だが、そこまで気になるほど変なのだろうか。今度友人達にでも聞いてみようか。
「本日はこのような席を設けてくださり心より感謝申し上げます。短い時間ではございますがよろしくお願いいたします」
(きまった! 途中で噛むことも、言葉を忘れることもなく、無事にやり遂げましたわ!)
・・・・・・申し訳ない。意気込んでいたようだが、ほとんど聞いていなかった。
「ご丁寧にありがとう。私がヴィジャネスト・ルータ・ベルマーンだ。カトリ―ナ嬢、今日は遠路はるばるご苦労だった。どうぞ、そこに」
そう言って、私とテーブルを挟んで向かいのソファーを勧める。
(私はあんなに長く挨拶を述べましたのに、侯爵様はこれだけなんて、良いご身分ですこと。確かにハトマン伯爵家よりは格式の高い侯爵家ではありますけど。キーーーッ)
少ししか話していないが、カトリ―ナ嬢は少し変わっているのかもしれないと思い始めた。
「カトリ―ナ嬢は紅茶はお好きかな?他にも珈琲などもあるが」
「まぁ、それでは紅茶をお願いしますわ。お心遣いありがとうございます」
(コーヒーなんて飲んでしまっては、成長するところも成長しないわ。実際にこれから成長するかは別として。望みを捨ててしまってはだめですもの)
確かに彼女は凹凸があまりない。しかしだ、いまさら珈琲一つが胸の膨らみの大きさを左右するとは考えられないが・・・・・・
私が珈琲を飲んでいても彼女の心の声がまた聞こえてくる。
(ヴィジャネスト様の髪は外からの光をうけて綺麗なキューティクルを見せつけ、・・・・・・
侯爵様は男性なのになぜこんなに負けた気がするのかしら。悔しいわぁ!)
私は髪の輝きを見せつけてなどないし、何を勝手にこの令嬢は私と勝負をしているのだろうか。
彼女はやはり、変わっているようだ。
カトリ―ナ嬢は紅茶を口にした後、部屋を軽く見渡し思案して、またもやその内容が頭に聞こえてくる。
(なぜこの部屋を使ったのかしら? 今回はお見合いでしょう。もう少し色合いの明るい、穏やかな部屋はございませんでしたの? こういうところもいまだに結婚話がまとまらない一因なのではないかしら)
余計な御世話だ。
確かに家具は重厚な色合いで統一され、なかなかに迫力があるが、交渉事の際にはこの部屋の雰囲気も一役買い、相手も少し緊張してくれる。見合いとはいえ、相手を見定め交渉をするのだから、こちらに有利になりそうな部屋を選んで何が悪い。
・・・・・・とはいえ、この部屋は女性にあまり良い印象を持ってもらえないのかもしれないな。今度からは、違う部屋を使うことも考えてみるか。
(もっとも、たとえそこらのセンスが良くても悪魔に嫁ぎたい御令嬢などいらっしゃらないでしょうけど)
本当に、余計な御世話だ。
彼女がかなり変わっていることが分かった。
「カトリ―ナ嬢は何か好んでいることはあるのだろうか?」
先ほどから心の中での会話は続いているが、こちら1人で完結しているものであって、相手には伝わっていない。つまり、紅茶を飲むか尋ねた後から会話は全くなかったのだ。さすがに気まずいかと思い、場を持たせるために話しかけてみたのだが、曖昧すぎたかもしれない。
(なかなかに答えに困る難しい質問ですわね。これは何を聞いていらっしゃるのかしら。趣味?好物?それとも男性?
ちなみに男性でいうのならば、タイプはお金持ちで地位と権力のあるイケメンですわ。やはり、結婚するにあったって、今の自分よりも劣っている家柄の方とはできれば御遠慮したいですわ。まぁ、家が豊かだというのなら、考えないこともございませんが。やはり、生活の質は落としたく――省略――あぁ、私がもっと良い生まれだったら。けれど、これって今の私を否定していますわね。そうよ、こんな不毛なことを考えるのはやめましょう)
速い……!! この令嬢どうでもいいことに限って異様に思考回路の回転が速くなっている!!
そして、煩悩まみれすぎるだろ!
いや、他の令嬢もこんな感じだが、何か違う。絶対に何か違う。
(そういえば、侯爵様は人の心が読めるのでしたわ。まさか今の、ばれてはおりませんわよね? けれど、人の心を読むのは時として疲れることもあると描いてあったから、わざわざ伯爵家の小娘相手に使うなどしないでしょうね。あぁ、そんな力を持った化け物と同じ空間にいることがすっかり頭から抜けておりましたわ。
それで、質問はどうしましょう)
描いてある? 何のことだ? 人の心を読むのは疲れるという噂はあるから、それのことか?
というかこいつ、今の今まで俺の能力の事忘れていたのか。返答もまだ考えてないし、本当に何だ、この令嬢。
ただこのカトリ―ナ嬢に悪魔と言われるのは、あまり悪い気がしない。たぶん、他の令嬢と違って心の中に嘲りの色が感じられないからだ。そこには未知のモノへの畏怖と排他的な感情だけがある。他の令嬢は私を恐れながらも見下してくるのだ。化け物なんて人間よりも下なのだから、と。
女性から見下されないのは、案外気持ち良いものなのだな。
「侯爵様こそ、どのようなものを好みますの?」
って、結局質問で返すのか!!
「そうだな、私は・・・・・・乗馬などをすることが多いかな。仕事柄部屋に籠ることがおおくてね。外で身体を動かすと疲れが取れる気がするからね」
(はぁ。運動なんてしては、むしろ疲れがたまりそうですけれど。殿方ってそういうものなのかしら)
自分から聞いておいて、それはないだろう。
「それは健康的ですわね。私は刺繍などを嗜んでおりますわ。時間をかけてつくりあげたものが完成する時の気持ちは何物にも代え難いものですから」
(達成感はとてもありますし、自分のことは褒め称えますけれど、何物にも代えがたいというほどではないですから。憧れの方と話した時や、新しい流行りのものを贈られた時の気持ちもまた良いですからね)
健康的だとか言っているが心の中誤魔化せてないからな? 自分の心の中で刺繍が一番では無いと、正直に言っているからな?
そうやって、カトリ―ナ嬢の心の声に1人でツッコミをいれながらも会話は進み、彼女が私の事をどう思っていたか分かった。彼女の言葉を借りると、
(この方想像していたよりも捻くれておりませんが、世間一般で言うのなら少し神経質というか面倒くさそうですわ。これではおぞましい能力がなくとも、結婚相手に進んで立候補しようとは思わなかったでしょう。いえ、お金と地位と権力と顔はいいのですから、性格は多少難があってもいいのですけど。そうは言っても化け物なのは変わりないので結ばれるのは嫌ですし、つくづく可哀想な人ですこと)
本当に、余計な御世話だ!!
心の中で自分を偽ろうとしないのは良いことだけどな、俺が心読めること知っているなら少しは考えろよ・・・・・・
なにはともあれ、お見合いは無事に終わりを迎えた。
「本日はそろそろお暇させていただきますわ。誠にありがとうございました」
「あぁ、そうだな。有意義な時間を過ごさせてもらった。こちらこそ感謝するよ」
(有意義?何かそんなことあったかしら?どうせ社交辞令でしょうから、関係ないわね。)
いや、有意義だった。この令嬢は逆にすっきりしてしまうほど、煩悩まみれだった。そこを正直に心の中で言うところも好ましい。それがわかっただけでも今回の見合いはとても実のあるものだった。
そうして、カトリーナ嬢が人並みの淑女の礼をし、退室しようとして思い出したように一言加えた。
「それでは、ごきげんよう。良い縁に巡り合えますように」
これも社交辞令で、どうやら家庭教師に言うように言い含められていたようだった。
この言葉は良い縁とは言っているものの、ようは私を選べということだ。
(悪魔に選んでなんてほしくはありませんがこれも社交辞令の一環ですのでしかたありません)
ふと、思った。カトリーナ嬢を妻にするのも悪くないかもしれない、と。
悪魔だ化け物だ言いながら会話中は怯えることもなく、表面上を取り繕うのは他の令嬢より巧いようだった。侯爵夫人ともなる者ならば、そのぐらいできていた方がいい。
何より彼女の心の声は聞いていて飽きない。1人で言って1人でそれに反論する。面白くて良いじゃないか。
たとえ社交辞令であろうと、言われたこっちにはそんな裏事情は関係無い。
(さぁ、これで晴れてあのおぞましい化け物から解放されますわ)
そう考え始めると、このような嫌味でも可愛く聞こえてくるから不思議なものだ。
カトリーナ嬢。本当に有意義な時間を過ごせたよ。
◆ ◇ ◆ ◆ ◇ ◆
あの衝撃的な見合いから数日がたった。
あの後、正式にハトマン伯爵に婚約の話を持ち掛けると、すぐに承諾の旨が伝えられた。
婚約や結婚について話し合って分かったのだが、伯爵は優秀とは言い難い人物であった。王宮に勤めているらしいが、お飾りの役職であり、あまり芳しい実績もない。
決して単純でも阿呆でもないし、私のような若造が言うことでもないが、伯爵としては少し欠けるものがあるように思う。
彼のことをこれから義父と呼ぶのは嫌ではないが、なかなか微妙な気持ちである。決して嫌ではないのだが。
男心も少し複雑なのだ。
それはさておき。
今、私は伯爵家の屋敷に向かっている。
婚約についての最終確認をし、その後カトリーナ嬢にこの話をしなければならない。
彼女に会うのは見合い以来で、彼女なら既に私の事など断られたと思って忘れかけていそうだ。
また、1人漫才(というらしい。友人が言っていた)を見られるかもしれないと思うと、見合いの時を思い出して笑ってしまいそうになる。
伯爵家の屋敷に到着すると応接間に通され、婚約話の最終確認をすませて、互いに書類にサインをする。
これで婚約は正式に決定した。陛下にも話はしてあるし、許可も取ってある。高位貴族は結婚一つにも手続きが多くて大変だが、ベルマーン家という名前のおかげで割合早く済ませることができた。
伯爵は侍女をカトリーナ嬢のところに遣わせていた。
ついにこの人を義父と呼ぶのか・・・・・・。嫌ではない。嫌ではないいのだが、この気持ちは一体何なのだろう。
そのようなことをつらつら考えていると、彼女の心の声が聞こえてきた。
ちなみに伯爵の心の中については、読まないようにしている。彼の心の中を読んでも基本的に何も得るものがない。というか、もともとこの人は顔に感情が出やすいようで、何もしなくとも考えていることは手に取るように分かる。
よくこんな父親から腹芸の得意そうな娘が生まれたな。
(そうだわ、友人がすすめていたトルマリンの髪飾りを買ってもらいましょう。あれはいろいろな色があるから、自分の髪に合ったものを見つけられるわ、って言っておりましたもの。
そうと決まればさっそくお父様に・・・・・・って、えっ!?
なぜヴィジャネスト侯爵様がここにいらっしゃいますの!?
はっ、もしや直々にお断りを言いにきたのですか! まぁ、屈辱的ですこと!)
心の中じゃ感情豊かだっていうのに、表情はあまり変化がない。少し目を見開いて、今度は少し目を吊り上げただけだ。
縁談を断るためだけにわざわざここまで出向いたりしない。
しかもその前には伯爵に装飾具をねだろうとしているなんて、相変わらずの物欲だな。まぁ、公爵令嬢などに比べたら可愛いものだが。
扉の前から動かないカトリ―ナ嬢を伯爵が私の向かいの席に座らせる。
「カトリ―ナ、急にすまないね。お前がこの間お会いしたベルマーン侯爵様がわざわざうちに来て下さってね。なんとカトリ―ナを娶りたいとおっしゃるのだよ。もちろん正妻でね」
(は!?
え、ちょっと待ってくださいな! な、なんですの、それは!
だって、え? 私を娶る? いったいなんで!?
この間のどこが気に入ったの!?
ゴホン、少し落ち着きましょう。口調の乱れは心の乱れ、気をつけなければなりませんね)
はじめて彼女の口調が崩れているのを聞いた。意外と感情の揺れ幅は大きいようだ。
「カトリ―ナ嬢、先日はとても楽しく過ごさせていただいた。君を侯爵家に迎え入れれることをとてもうれしく思うよ。急な話だが、これからよろしく頼む」
「カトリ―ナよかったな。こんな素晴らしい方と結ばれることができて。わが伯爵家もお前の門出を盛大に祝おう」
(お父様からしたら、名門の侯爵家と繋がりをもてるのですから万歳三唱でしょうけど、もう少し私のことを慮ってはくれないかしら。いや、確かに今のご時世親の言う通りに結婚するものですけど、少々急すぎはしないでしょうか。初めてのお見合いから数日しかたっていませんのに)
もとの御令嬢口調に戻ってしまったな。少し残念だ。先ほどの崩れた口調も気に入っていたのだが。
そこからは、彼女をおいてさらに話を進める。婚約が決定したと言っても話し合うことは多い。花嫁修業についてだとか、結婚式についてだとか、生まれた子供の扱いについてだとか。
(・・・・・・あぁ、この2人に話に私は入ることができませんのね。もう部屋に帰ってはだめでしょうか)
もう少し我慢してくれ。ある程度伯爵との話が落ち着いたら、今度は君といろいろ話さなければならないから。
「ハトマン伯爵。すまないが、少し席をはずしてもらってもいいだろうか。カトリ―ナ嬢と2人だけで話したい」
「あぁ、そうですね。気が回らずすみませんな。ほら、カトリ―ナ。くれぐれも失礼のないようにね」
(えっ、私を置いていくの!? 私ではなくてお父様がでて行っちゃうの!? 私を捨てないでくださいませ、お父様!)
そんなに私と二人っきりになるのが嫌なのか? 面白くないな。
(・・・・・・・・気まずいわ。そしてなにより、こんな化け物と一緒にいるなんて、心を読まれでもしたら恐ろしいわ。あら、でも私の心なんて読んでも、何も大したことは考えておりませんから問題ないのでしょうか。いや、そういう話ではないですわね。心を読まれるということがそもそも気持ち悪いんですもの)
今、一瞬本音が出ていただろう? 別に問題ないのだな?
「カトリ―ナ嬢、これから君とは長い付き合いになるのだから、話しておきたいことがある」
(まさか、変な性癖でもございますの!? それなら、たとえ一晩でも付き合いきれませんわよ!)
なぜそこまで思考が飛躍するのだ。普通に考えてここは私が自分の能力について話すところだろうが。
「いや、そうではない。君も知っているようだが、私は人の心を覗き見ることができる。もちろん常にそんなことをしているわけではないが、これから君の心を読むこともあるだろうから、そこは理解してもらいたい」
(えっ、それ私に言ってもいいの!? 結婚しなきゃならないじゃない?)
「君と結婚する予定なのだから、何も問題ないだろう」
(それは、そうかもしれな・・・・・・って、えっ?
私、今何も言葉を発していないわよね? けれど返答があるって・・・・・・私の心を読んでいるの!?)
「そうだ。前に会った時もずっと読んでいたけれどな」
(なんですって!? 私の煩悩は漏れまくりだったの!? あぁ、お嫁にいけないわ!)
煩悩だという自覚はちゃんとあるのだな。そこを直そうとは・・・・・・直せるわけがないか。
「君はちゃんと私がもらってあげるから、大丈夫だろう」
「だからと言って、あなたみたいな化け物との結婚はごめんですわ!!」
(・・・・・・あ、言っちゃった。やばいどうしよ。侯爵家にとても失礼なことを言ってしまった。これはまずいぞ、まずすぎるぞ!
よしここは一旦冷静になりま)
「いまさら、そんなこと言われても気にしたりはしない。それに前もずっと化け物だ悪魔だ言っていただろう」
(ばれてたのかぁぁぁぁ!!!!)
思いっきりばれていたぞ。そもそも何で私が心を読めると知っておきながら、油断していたのだ。いくら能力を使うのは疲れるとはいえ令嬢1人の心を読むことなど造作もない。
なぜかうなだれているカトリ―ナ嬢の手を取って私は彼女前でひざまづいた。
「君の暴言と一人漫才はなかなかに面白かったぞ。貴族の令嬢にしておくのが勿体無いくらいだった。そんな君だからこそ結婚したいのだ。君みたいな愉快な女性はあまり貴族にはいないからな。
カトリ―ナ・ハトマン。君を幸せにすると私の名に誓おう。だから、どうか私と結婚してくださいませんか」
彼女は少々混乱しているようだ。急に真面目に求婚されたら誰でも驚くか。
(これって、断れないよねぇ。だってハトマン家とベルマーン家では、)
「うちの方が上だからな」
(そうそう、ってまた勝手に人の心読んでる。この悪魔)
「君になら、そう呼ばれることも甘んじて受け入れよう」
(もしかして、この人Мだったの!? 今までのお見合い相手では罵りが足りなくて私と結婚するというの!?)
「私はそのような趣味はない」
(えー。でも、確かに私、あまり罵倒はしてなかったものね)
彼女は混乱のあまり自分の口調が乱れていることにも気付いていないようだった。
本当に面白い。今回はあまり1人漫才とやらは見られなかったが、彼女といて愉快なことには変わりないな。
(本当に私で良いの? 後で悔やんでも知らないよ? まぁ、離縁したいというなら喜んで応えるし、慰謝料もちろんもらうけど)
なぜ、結婚もしていないのに離縁の話まで出てくるのだ。先を見通して考えるのは良いことだが、今此処で言うことではないだろう。
「そんな心配はしなくてよい。妻は何人もいらないからな。」
(それはつまり、妾を何人も作るってこと?まぁ、いいけど。それなら私も愛人作るまでだし)
だから、なぜそうなる。というか愛人を作るつもりなのか? 私と言う立派な男がいるにも関わらず? そんなの私が面白くない。
「はぁ。私はそんなことはしない。私の女性は君だけになるのだから、君も私以外の男はいらないだろう?」
(いや、私は他にも欲s「い ら な い だ ろ う」
(ちっ。というか、そもそも、)
「私の心を読むなああぁぁぁぁぁ!!!」
こんな叫んでいるところすら可愛いと思えるのだから、カトリ―ナ嬢、いやカトリ―ナを妻にするのは正解だったのかもしれない。たとえその結婚にあるのが実質的な利益を伴わない一方的な想いだけだとしても。
◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇
最後の方は口調が荒くなっていたカトリ―ナだったが、侯爵様はそれでも彼女を望み、晴れて夫婦となったのであった。
彼女はカトリ―ナ・ベルマーン侯爵夫人になっても彼のことを化け物だ、恐ろしいだの言い続け、2人の間にもさまざまな嵐が訪れるのだが、
物語はハッピーエンドで終わるものである。
もっとも、その幸せな結末まではまだまだ遠いけれど。
このあと、「あなたは恐ろしくなんてないわ」なんて言う令嬢や、
やたらとカトリ―ナにつってかかってくる令嬢や、
ベタベタ触ってくる令嬢が現れたり、カトリ―ナは愛人をつくろうと画策したり、彼にもいろいろあるようです。
侯爵様視点は大変書きづらく、はっきり言って作者自身も侯爵様が何を考えているのかよくわかりません。そこはご都合主義ということでよろしくお願いします。
そういえば今回の短編は、前回の「貴方の心を見透かして……!!」に似た構成になっていたのですが、気付きましたか?
特に冒頭部分は意識して似せましたので、そこも楽しんでもらえると嬉しいです。