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口から漏れ出るのは世界(うた)

「話すことは多いです。ただその前に謝らせてください」


 香澄子はそう切り出した。

 いつもの、私の知っている香澄子の顔だ。眠たそうにしてはいないが、しっかりと前を見ている顔。

 先ほどのような話し方をする香澄子は何度か見たことがあった。

 おぼろけな記憶だ。

 確かまだ幼いころだろうか。

 まあ人によって態度や雰囲気が変わることなど、人間にとってはよくあることだ。私もそうなのだから。


「謝ることとは?」


 私は縛られたままで顔を向けた。

 彼女は正座をし、手を前につき、頭を下げていた。

 私はそれを黙ってみている。彼女は簡単には頭を下げない。だから、彼女が土下座をするということは、よっぽどのことだ。だからそれを止めたり、話を遮ったりするのは彼女を侮辱することのように思えた。

 だから黙って私は彼女の次の言葉を待った。


「貴方のサークルのみんな」彼女は感情の読めない声で言った「助けられることが出来ない可能性が高くなってきました」

 

 脈が速くなる。

 拳を握りしめたことにより、汗が溜まる。腫れた左腕が今更痛みを訴え始めた。


「……一から説明してください」


 そう絞り出すだけで精一杯だった。


「ええ、ですからこの世界のことから話しましょう」



 彼女が言うには、この世界は私達住む世界に重なるように存在しているという。

 大陸や島の形はほとんど同じでありながら、文化模様や生物の形や科学の法則が似ているようでまったく違うようになっている。外見上の科学レベルは昭和初期程度ならしい。


「ただこの世界……蛾坩堝界っていうんですが、地球と行き来する門の中には未来や過去と繋がっているものがあるんです。農業コンベアーは見ましたか?」

「はい」

「あれは、未来から盗んで来た道具を使って作られたものです。全自動自立式稲作兼開墾機、わたし達は『開拓者』って呼んでます。科学の法則が違うとはいっても、似てはいるのでこちらでも使おうと思えば使えます。未来行きの門はほんの一部しかありませんから、使える者も一部ですが。もちろんこの世界の法律でも盗みは犯罪なので、非合法の集団が行っています」

「もしや私の炊飯器が盗まれたのは……」

「心当たりがおありで?蛾坩堝界の科学技術は昭和初期程度なので、それより後のものは積極的に盗みに来ます。日本の炊飯器の水準は高いほうだといいますし、充分ありえますね。未来だ過去だいってもこの世界が地球のどの時代と重なっているとかはないんですが」


 彼女は淡々の語っている。感情を込めるのか恐ろしいとでもいうように。


「それで、サークルの仲間たちがいなくなったのはどういった理由で?」

「それは……」


 彼女は言い淀んだ。しかしそれも一瞬のことで話を続ける。


「それはですね、触媒としてです」

「触媒?」

「蛾坩堝界と地球のどちらの科技術で説明できないものがあるんです。その一つに超能力があります」


 超能力。

 私は昨日の影のようなものの時に使った力を思い出す。

 あれが超能力だったのだろうか。


「いろいろ呼び方があるんですが。『呪い』だとか『香辛料』だとか言ったりもします。この力を手に入れるには様々な方法があるんです。代表的なものが大規模な交霊術。そしてもう一つが超能力者を食べること」

「その」


 触媒、香辛料、超能力。つまり

 私は彼女が間に合わないかもしれないと言ったことを頭の中で版数する。

 


「サークルの仲間たちはすでに」

「違います!」


 小さな叫び声だ。無論、外に会話がもれないようにと。それでもしっかりと感情がこもっていた。


「まだ間に合います!地球の生物を蛾坩堝界の生物が食べると拒否反応が起きるんです!だからまだ諦めてはだめなんです!」


 諦めないでと言われても、まだわからないことが多すぎるばかりで、私はまだ戸惑うことしかできない。しかしわからない時点で、諦めるなと言ってくると言うことは、状況は絶望的なわけとなる。

 彼女は説明を続ける。


「拒否反応が出るのは、蛾坩堝界の生物を地球の生物が食べる時も同じです。ではどうやって栄養をとるのかというと、少量であれば、拒否反応は出ません。だからほんの少しずつ食べていきます。また違う世界の物を食べることによって少しずつ体が、今いる世界に馴染んでいき、そしていずれかは、蛾坩堝界の物質に置き換わります。ただ、その時人間の形をしているかはわかりません。蛇になったり、鬼になったりする場合もあります。かく言うわたしも蛾坩堝界の生まれなんですか、人間じゃないんです。『豚飼ぶたかい』っていうんですが、人間との違いは耳の高さと、あとは内部構造くらいですね。ほかにも人間のような外見の生物は沢山います。地球側の人間が変態する時は、人間に似た生物になる確率は七十パーセントぐらいですね。蛾坩堝界の生物になるには三ヵ月ほどかかります。それまでに助けだす必要があるんです」

「香澄子さんって人間じゃなかったんですね」

「はい」

「そうですか」

「淡泊な感想ですね……」

「驚く部分が多すぎて、驚けないです」


 そもそも昔からそんな気はしていた。

 頭の中で、話を整理する。


「その、つまり能力を得るなために人を食べる者達がいるってことですか。そんなに力が欲しいのであれば、自分たちで交霊術を行えばいいじゃないですか」

「蛾坩堝界の生物は超能力を発現しえない。理由はわかっていませんが。ですからこちらの世界の生物が交霊術によって超能力を得るには、地球で体を三ヵ月慣らして、物質置き換えなければならないのです。わたしは人に近くて、そしてヤクザにもコネがあったので、偽造戸籍の入手は容易……ではなく苦労しましたが、とにかく、戸籍の入手は可能でした。しかし、異形な体をしていれば、三ヵ月地球で暮らすのはかなり困難で、ですから交霊術を地球側の人間にさせ、さらうという方法が取られるわけです。おそらく、交霊術をしようと言い出した貴方のサークル仲間がこちらの世界の者と繋がっていたのでしょう」

「副会長が……」


 第一ミステリー倶楽部副会長南陵接葉なんりょうつぐは

 彼女がこの事件を引き起こした、協力者。

 俄かに信じがたい。

 しかし……

 

「それらのことをしている組織は多数あって、代表的な組織は四つ、亀岡市の『株式新瑞あらたま人造人間工業』、京都市下京区の暴力団『頭々ずがしらぐみ』、南区英国人自治領の探偵社『クイーンフォレスト』そして、京都をまとめている『中央管理局』」


 知っている地名が出てきてさらに混乱する。文化が似ているようで、全く違うといったが、地名がある程度同じなほどには似ているらしい。


「その……人造人間工業っていうのは?」

「その名の通り人造人間を作る会社です」

「それだけですか?」

「ほかにも順序立てて説明しなければならないことが沢山あるので、詳しいことは後にしてください。先ほど、わたしは地球出身ではないと言いましたが、二つの世界を移動した後その世界で長期間過ごすと元いた世界での記憶のことは段々薄れていきます。では何故今ここにいるのかというと、わたしの超能力のおかげです」

「記憶が段々薄れるって……」


 彼女は簡単に話したが、とても重要なことなのではないだろうか。


「それなら大した問題じゃない、ていうわけではないですけど、元の世界に戻れば記憶は復活するので。紙にでも、絶対に帰る、と書いておけばそこまで問題にはならないですよ。あと日記をつけるなどの方法で記憶を保持できます。ですから、ここでの人間関係は程々にしておいてくださいよ」

「それならいいんですが」


 いいのか?本当に?


「わたしの超能力はその日の内に負う傷が見えるんです。自身と他人共にね。それは人間に限らず、その他の生物にもあてはまり、多少の厚着の服でも透けて傷を確認することができます。光って見えるんですがね。ただ、鎧とか着ている時は駄目でしたね。傷の情報が更新されるのは夜なんですが、それ以外の時間でもわたしが傷を回避する手段を思いつけば予知も変わります。例えば、肩が光っていたので、その部分に鉄の板を挟むことを考えたら消えた、と言う場合があります。無論消えない場合もあります」


 昨日彼女が傷がどうのこうの、と言っていたのはこのことだったようだ。


「それで、何故蛾坩堝界のことを忘れていたのに色々できたのです?」

「簡単ですよ。これです」


 そう言って彼女は袖をめくり上げた。

 暗がりで、よく見えなくて初めは何かできものがあるように見えた。しかしよく見るとそれは間違いだとわかる。

 文字だ。

 香澄子の腕には赤い文字でびっしりと書き埋められていた。それはマジックペンや筆で書いたものではなくて、文字の形に傷をつけたものだった。

 息が一瞬詰まる。


「それは……」

「ああ、大丈夫ですよそんな顔をしなくても、数日たったら後も消えます。能力のことは地球に来て間もないころからわかっていたので、最小限の薄さで傷をつけるすべを自力で獲得しました。それで、傷の更新が来る前にその日のことを傷として文字で書くことで、過去の自分に今日の出来事を知らせることが出来る。時間軸上に並び替えると、その日の初めに文章の形の傷か浮かび上がり、その文章の通りに出来事が起き、そしてその日の終わりに今日の出来事を書く、と言う形になりますね。ちょっと突っ込みどころがありますが、説明がややこしいので詳しいことは後日話します。それで、昨日は貴方達がピンチになったので、そのために準備をするように、と書かれていました。だから今日までに、ここの人達を傷の予知や食料などを利用して、懐柔しました。元々、豚飼とここの種族……赤人あかびとって言うんですが、彼らと私の種族は仲がよかったんです。それで、片方が困ってたら手を貸すようにという掟があったんです。その中でも超能力持ちは優遇するようにと。だから豚姫様なんて呼ばれてるんですが」

「それでも、女性がそんな自分の腕を傷をつけるなんて」

「でも仕方のないことですよ。何せ命がかかってることですから」


 彼女の表情は読めない。

 小屋に入る僅かな光の中に見える彼女の表情は硬い。

 だが私はわかってしまう。

 この傷をつけさせたのは私だ。彼女は決して正義の味方とかそういうのではない。会ったこともない人間のために、自分を傷つけようとする人ではない。だが、私が親しいものであるために、命を救おうとしてくれた。そして会ったことがなくても、私がサークル仲間を救いたいと思っているからこそ、手を貸してくれているのだ。

だから、私は彼女に自分の肌に傷をつけないでとは言えない。サークルの仲間たちを助けてほしいから。助けるのを手伝ってほしいから。

 だから私はこう言うしかできない。


「でしたら、私の肌にも書いてください」


 彼女はキョトンと私を見つめ、そして言葉の意味を理解すると言った。


「そんなに気を張らなくてもいいですよ。そんなに痛くもないことですし」

「しかし自身の肌に書くには限界があるでしょう。ですからそんなに痛くないのでしたら私の肌に書いても大丈夫だと言うことだ」

「まあ、そうなのかもしれませんが。あれ、そうなのかな……?」


 香澄子は少し腕を組んで考える。そして


「まあ、大丈夫だと思います。ただ、この能力が敵などに知れると、偽りの情報を書かれたりしますから注意してくださいね」

「はい」

「えっと、後は何を話せばいいんでしたっけ」

「例えば具体的にどこから仲間たちを助ければいいんですか?」

「それはまだわかりません。ですがこの亀岡内に数個ある工場に一人さらわれたという独自情報がありまして」

「独自情報?ほかにも仲間がいるんですか?」


 そもそもか本当に亀岡だったのかここ。


「ええ、後で紹介しますよ。十七年ぶりくらいに会ったんですが、子供たちに分け与えた食料はその人が用意してくれたものです」

「食料と言えば、野菜泥棒ばいると聞きましたが」

「ええ、一年ほど前から倉庫や畑の野菜が盗まれる事件がしょっちゅう起こりまして」


 私は辺りを見回し、ここが倉庫であることを確認する。


「倉庫に新参者の香澄子さんと私が二人でいていいんですか?」

「倉庫は二つあって、こちらは比較的盗まれていいもののほうの倉庫なのでしょう。それで盗まれても今まだ尻尾も出さなかった野菜泥棒の顔の種族を知ることが出来たので、それもよしとするつもり、ということでしょうね」

「彼らは私を野菜泥棒と思っているんじゃなかったんですか?」

「流石に本気で私を野菜泥棒だと疑っている人はいませんよ。ただ念のためにね。入口も人が見張っているし」

「この会話聞かれたりしないんですか?」

「それは誰か聞いている者がいないか、協力者が見張っているので大丈夫です」


 私は入口の方向へ目を向けた。

 協力者。

 ここにいるのか。もしや、この村の子供たちの一人がそうなのだろうか。


「とはいっても、その野菜泥棒は鍵を閉めても、人っがよく見張っても盗んでいくみたいですが」

「プロなんですね」

「そうですね。ただ超能力者という可能性もあります。例えばテレポーテーションとか」

「何故私が疑われるんです?」

「この国では戸籍があって、それを証明できない者は人扱いされません。ちなみに、ここでは喋ることの出来る生物すべてを人と呼びます。ですから貴方は手形を持っていないので人扱いされず、泥棒と断定されました」

「私も手形とやらを作れないのでしょうか」

「偽装であれば作れなくもないですが、それでも未来の技術によって作られた力なので、一ヶ月はかかるかと……。ですからわたしが子供達に貴方が無実だと言っても信じてもらえるかどうか……。いえ、方法はあるんです。貴方が無実だと証明する方法が……」


 彼女は何か言い淀んでいるようだった。


「難しい方法なんですか」

「いいえ。ただ貴方がそれを了承してくれるか……」

「何を言ってるんです。仲間の命がかかっているんですよ。そのために協力者は必要でしょう。ですから私の汚名も晴らさないと、行動に困難が付きまとうじゃないですか」

「そ、そうですね。これは必要なことですしね!」


 そういうと彼女は縛られたままの私の耳元に口を近づけて言った。


「これは仕方のないことです。貴方にとって皆から辱めを受けることになるかもしれませんが」

「かまいませんよ」

「では」


 彼女はさらに声のトーンを落として言う。さも申し訳なさそうに。


「わたしのペットになってください」


 私は彼女の方向を見るといつの間にか、またお面をかぶっていた。

 だから表情は見えない。

 ただ、そのお面自体は笑っているように見えた。

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