次に続く地図(うた)
胡蝶の夢。
これに惹かれる思春期の少年少女は膨大な数に及ぶだろう。二千年以上前の説話なので、それこそ星の数ほどだ。
魅了されるのは少年少女に留まらないが、人々は何がそこまでこの説話に惹かれるのだろうか。作品の七割のテーマがそれの映画監督までいる。
自己の不安定。夢。現実。それは原始的な恐怖の根本であり、日常にも密接に関係しているものだ。恐怖を求める者はいつの時代だっている。恐怖とは進化過程で遺伝子が作り出した、自己防衛のための感情だ。だからといって恐怖を求めることが間接的に死を求めていることだとは思わない。きと恐怖を求めるということは、恐怖に打ち勝ち、死にも打ち勝とうとしているのかもしれない。
だから胡蝶の夢という自己の不安定さのテーマに引かれるのも、死と対立しようとしているのだ。
いや、果たしてそうだろうか?結論付けても問題がないのだろうか?
ここまで言って前言撤回するのも申し訳ないが、やはり胡蝶の夢に惹かれるものは、やはり現実の崩壊を無意識化で望んでいるのではないだろうか。それは逃避を望むのか、破滅を望むのかは私が結論付けるには若すぎる。
そうだ私だ。私はどうなのだ。
近頃私は自己の揺らぎを感じる。
早朝の道路脇にかかる、薄い靄のような揺らぎ。川のせせらぎにて削られる土砂のよりもはるかにゆっくりと私の現実性削られていった。
それに私は恐怖しているのか。
それとも興奮しているのか。
『自分のことは自分が良く分かっている』という言葉は、どうやら私には一番縁の遠い言葉のようだ。
自己分析をしなければわからない自分とはいったいなんなのだ。
「ちょっと何してはんの?」
年老いた女性の声によって現実に戻っていくのがわかる。
私は凝り固まった首を機会じみた動きで、声のした方向に向けた。
「あらまあ。壊れてるやないか。老朽化しとったんかねえ」
目の前の初老の女性は屈みこみ、自分の頬に手をやって、そう言った。ロマンスグレーの髪に、背の高い女性だった。
「ああ」と私は瞬きをして目を覚まそうとした「おはようございます。寮長さん」
「はい。おはようさん。なんや壊れたみたいやけど、怪我はなかったんかいな?」
そこで私はあたりを見回し、現状を確認する。
場所は私達が暮している学生寮の廊下だった。
全体的に白い作りとなっている。
そして私は自室のアルミ製の扉の取ってを握り締めていた。そしてその扉は……。
「壊れてますね」
「だからそうい言ってるんやないの」
私の自室の扉が外れている。アルミ製の扉が自室の入口に少しずらして置いてある。
ああそうだ、と昨日のことを思い出す。
昨日私はあれから炊飯器の盗難届を出すことにした。
警察の人相手に嘘をつくのは忍びなかったが、最近ここいらの大学にてハーブやらドラックやらで逮捕された学生がいたため、在りのまま話すのは余計な疑いを向けられるだけのように思えた。
だから私は『鴨川の河川敷で休憩していたら眠ってしまい、その間に炊飯器を盗まれてしまった』と云った。警察官の人の、信じられない阿呆を見る目が瞼の裏から離れなかった。
喫茶店に梅ケ谷が来なかったことが気になり、連絡してみたが、繋がらなかった。
昨日見たあれはなんだたのだろう。
それを一晩中考えていたために、昨夜はあまり眠れなかった。
そして今日大学へ行くために、扉を開き、閉じたら外れてしまい、それに驚き、茫然自失となり現状に至った。
寮長は扉をしげしげと見ている「おかしいな。前調べた時は何ともなかったんやけど。ほんまごめんなさいな」
「いえ、私も何だか力を入れ過ぎたみたいで」
「人間が力いれたぐらいでこんななるかいな。今日は予定は何かあんの?」
「大学でサークルの集まりがありまして」
「せやったら私が業者やら大学やらに連絡してあんじょうしとくさいかい、きいつけていきや」
「はい、お願いします」
それから、私は寮を後にした。
手に少し痛みを感じた。
老朽化。本当にそうだろうか。私は扉を閉める瞬間、何か体の中に力を感じた。
自分が自分でないような、他人に操られたような。
バスに乗って大学へ向かう。
この寮から大学へは少し距離があるのだ。といっても三十分ほどでつくが。
集合までに少し時間があるので調べものをすることにした。この大学の図書館の所蔵量はそこそこ多い。
その図書館の外観は全体的に茶色で統一された、煉瓦作りの建物だった。
中に入ると改札口のようなゲートに向かえられる。学生証をかざし、中に入るとそこは地下、一階、二階、三階を繋ぐ吹き抜けとなっており、左右に進むと本棚の群れがあった。
最近は何でも妖怪のしわざにするのが流行っているから、というわけではないが、妖怪のコーナーに向かった。
昨日みた小人のようなものの正体。
考えられるのは、私の見た幻覚、妖怪、妖の類、小人症の老人、実験によって作られた謎の生物、といのようなものだ。
どれも信じがたいが、やはり私の見たこと事態が信じがたいため、常識的な思考は捨てるべきだろう。
私は一時間ほど本を読みこんだ。
結論からいうとあまり良い収穫は得られなかった。一時間で読める内容などたかが知れている。
しかし似たようなものは沢山みつかった。
外見は子鬼の類に似てるかもしれない。ぬめぬめしていた所を見ると河童にも思える。
所業から考えると、盗みをする妖怪というのはそれこそごまんとい、とても特定はできない。
それから百鬼夜行絵巻にはよく、釜の付喪神がいるが、あれもその類という可能性もある。ただし付喪神が宿るには『ツクモガミ』という名だけあって九十九年かかるが、当然私の炊飯器は新品であった。
私はその後続けて『超能力』に関する調べものをした。
◇ ◇ ◇
図書館から出ると、冷房で冷え切った体に、蒸し暑い空気か私を包み込んだ。
空を見ると東の方向が曇っているのがわる。
久しぶりに一雨くるかもしれない。こないかもしれない。
と、後方から力強い早歩きの足音が聞こえた。
振り向くと香澄子が少し遠く出歩いているのが見えた。今日は私服のようだ。
ちなみに、彼女はこの大学の学生ではない。
私は「香澄子さん」と呼びかけ、手を振ると、彼女は驚いたようにこちらを見た。
「ちょっ!どないしたんや、その傷!」
彼女が敬語ではなく関西弁を使うのはよほど焦っている時だ。
私は自分の体を見たが、どこも傷らしいものはない。
近づいてくる彼女に私はいう「どこにも傷のようなものはない……って、うわっ」
言い終わらないうちに彼女は私を抱きしめてきた。
それもかなり強い力だったので引き離せない。この小さな体のどこにこんな力があるのというのだ。
シャンプーの匂いで少し噎せる。脈拍が異常な高さに上がった。
こういう時の対処法は私の頭の辞書にはない。しかし私は戸惑いながらも声をかける。
「……一体どうしたんですか?何か辛いことがあったのなら相談に乗りますが」
だが彼女は一向に返事をする様子はない。
それどころか抱きしめる力を強めてき、そろそろ腰に限界を感じ始めた。
それに香澄子は私より年上であるが、彼女の身長はあまり高くなくて、中学生くらいにも見える。
だから、このキャンパス内で抱き合っているのを見られるのは非常に不味い。
案の定少し遠くの人影から話し声が聞こえてきた。
『なんや朝っぱらからお盛んやな』『ちょっと相手側が若くないか』『じゃあロリコン?』『いやあねえ。学内の風紀が乱れますわ』『というかあれ経営学部の奴じゃないか』『あのオカルトサークルの!』『やっぱ昔からオカルトサークルはあやしいと思ってたんだ』
私は嫌な汗をかきながら、その場から移動することにした。
無理やり引きずり、図書館の裏手に移動する。このあたりなら人はあまり通らない……はずだ。青々しく茂った木が何本か植えてある。
「どうしたんですか一体?らしくもない」
私の言葉にようやく力が緩んできた気がした。
私の胸のあたりが濡れているのに気が付いた。そして押し殺したような声が彼女から漏れる。
「堪忍……。堪忍な……」
蚊が飛ぶようなか細い声だ。こんな弱気の彼女の姿は数回しか見たことがなかった。
「泣いているのですか」
「……」
「私は香澄子さんに『もう誰にも暴力は振るわない』と誓いました。しかし、香澄子さんがここまで弱る原因があるのだとしたら――」
「違う。……違うんです」
彼女は私を手で掴んだまま、体から離れた。私を下からはっきりと見るその目はいつもの眠そうな目ではなく、純真たる意志を感じた。その目から流れ出る大粒の涙を、私は美しいと思ったのだった。
昔友人の梅ケ谷がこんなことを言っていたの思い出す。
『女性の泣いている姿は美しいとか、女性の泣いている姿は醜いとか、結局どっちやねん、と思うことがあるやろ。それは実際は女性が涙を堪えている姿が美しいんやと思う。苦悩に立ち向かう女性の姿は美しい』
それを聞いた時は、いいことを言ってるみたいに話してるが何だかゲスい響きだな、と思ったが、今思い出すと、そうでもなく、きっと強い女性の姿を褒め称えた話だったのだろう。
同じサークルの図所と付き合ってるらしいが、それと関係した発言だったのだろうか。
目の前の彼女は私から手を離した。
「少し泣いたら落ち着きました」彼女の声ははっきりとしていた。
「では話してくれますね」
「それは出来ません」
「何故?」
私は懐からハンカチを取り出そうとする。しかし彼女がそれより先に自分のハンカチを既に取り出して涙を拭いていたために、その手はひっこめることになった。
彼女がそれを見て、少し気まずそうにすした。
「実を言うとわたし自身の持っている情報が少ないんですよ、ただ……」香澄子は自分の剥き出しの腕を見た。腕時計を嵌めているわけではいない「あなたが酷い目にあうことだけはわかっています。あなたは誘われているんです」
「意味がわかりません」
「出来れば今日は付きっきりでいたい。しかし今は話している時間がおしい。これを受け取ってください」
そういって彼女は赤いお守りを渡してくる。よく見たらペイズリー柄だった。『御守』とだけ書いてある。
「では御武運を」
そしてそのまま香澄子は三つ編みを揺らしながら、走り去っていった。
意味がわからない。あきらかに、彼女は尋常な状態ではない。
ここは追うべきか?もしかしたら炊飯器が消えたことについても何か知っているかもしれない。
しかし彼女はああ見えて足が速い。本気で走ったら私は追いつけないだろう。
「あの!」
目を上げると香澄子が遠くから叫んでいた。
「昔みたいに『香澄子姉さん』と呼んでくださいよ!」
そのまま彼女はしたり顔のようなものをした後、背を向けて歩き出した。
その言葉に私は気恥ずかしさから苦笑いをした。
いまさらそんな名前で呼べない。
少し周りの視線が気になった。
追うか迷ったが、梅ケ谷と連絡がつかないのも気がかりだ。ここはサークル棟に行くことを優先することにした。
ここは信じよう。彼女が私が追ってくることを望んではいないのだ。
我らが『第一ミステリー倶楽部』の部室を部外者が見て、この部屋は何のサークルの部室でしょう、という質問について答えを当てられた者は半分ほどであった。残りの半分は『天文学もどきサークル』『考古学もどきサークル』『ただ雑談するだけの部屋』などと様々であった。
七畳半ほどの部屋に入って、真っ先に出迎えてくれるのは宇宙地図だ。ちょうと部屋に入った正面の壁の窓の前に貼ってあり、この部屋の日あたりを悪くしている原因の一つである。
右手を見ると壁一面の本棚に、初めて来た人は圧倒される。UFOや心霊現象などのオカルト関係の本や、怪しげな雑誌はもちろん、ウソ科学やトンデモ本、またそれのアンチ、批判本、考古学関係、天文学関係、はたまたSF小説等が並べられていた。
左手には、絵というには憚れるが、落書きと呼ぶには禍々しい、模様というには乱雑すぎる、冒涜的とでも、邪神的とも言える、しかたなしに絵と呼ぶしかないようなものを描いた紙が貼られている。その絵的なものを文字で描写するには、私には些か正気度がたりていないため、辞退させていただく。これは副会長的な存在である、南陵接葉が、霊界的な所の霊的なものから、電波的なものを、自分の脳の海馬的な所で受信して、念写的なことをした図的なものである、と彼女は言っていた。的的言いすぎだ的な……。
テーブルの上には模様とアルファベットの書かれた両手で抱えられるくらいの木版と、手の平ぐらいの大きさのハート型の木片に十円玉ぐらいの大きさの穴の開いたものが置かれている。
所謂ウィジャボードという奴だ。競走馬は関係ない。
様々のものが雑多にある部屋だ。しかし、そこにいる人間は私一人しかいない。
かれこれ二時間は待ったし、ほかのサークル員全員に電話をかけて見たが、一向に繋がらない。留守番にも入れたし、メールも送った。
ここまでくれば私が集合の時間を間違えていると考えるのが妥当だ。
しかしながら私の書いたメモにはちゃんと今日のこの時間に集合であると書いてあるし、合宿前に届いた確認のメールにも同じように書いてある。
仮に私のほうが間違っていても、誰一人と繋がらないというのは、非常に不可解なことであった。
廊下に会長と同じゼミの先輩がいたので聞いてみたが、夏季休暇中のゼミにも来ていなかったという。
やはり考えられる理由は彼らに何かあった、というものか。
三回生 『第一ミステリー倶楽部』会長:枇杷野公英
三回生 副会長:南陵接葉
二回生 会員:梅ケ谷大介
一回生 会員:図所軋実
一体彼らに何があったというのだ。合宿中が、それとも帰ってからか。
ふとテーブルの上のウィジャボードに目をやった。
私達は合宿へ行く前に、怪し気な交霊会を行った。いや少し複雑だが、合宿に行くこと自体が交礼術の一部だったのだ。
もしやそれが原因だろうか。
いつもなら何を馬鹿なと笑い飛ばしている所だろう。しかしながら近頃私自身に降りかかる、不可解で摩訶不思議な出来事のことを考えれば、あながち的外れではあるまい。
そのためには記憶の断片を脳という名の引き出しから引き上げなくてはなるまい。
たとえ最近の記憶が曖昧でも、だ。
■ ■ ■
「注目ー、ちゅ、う、も、くー!」
あまり広くない部室に、手を合わせる音とともに、女性の声が響いた。
元気な声、というと聞こえがいいが、その発している声の主が二十一歳であることを考えると、少々煩わしさを感じる者もいるかもしれない。私はそうでもないが。
私を含めた四人は、彼女の方に緩慢さを含んだ動作で体を向けた。
彼女――――副会長の南陵接葉は、黒に近い紺がベースのチェック柄のワイシャツに、青いデニムジーンズを履いていた。利発そうな顔に、少し長めの黒髪のボブカット、赤ぶちの眼鏡をしている。背丈が高く、チェック柄が、大きめの胸が形を立体的に見せていた。
昔、梅ケ谷が、『チェック柄ってファッションセンスに自身ない人が着る代表例やないですか……』と言って叩かれたことを思い出す。
「さて」
南陵は仲間たちを見回し、少々芝居がかった仕草で、話し出した。
「今回の合宿は交霊会を兼ねます。合宿先で交霊会を行うんやなくて、旅という行為そのものが交霊術となるわけやね。昨日の電波量はいつもより多かったちゅうか、天啓的やった」
私達は彼女の次の言葉を待つ。今更彼女の言葉に驚いたりはしない。
『第一ミステリー倶楽部』はオカルト研究を活動の主とするサークルであるが、だからといって、部員全員がUFOや幽霊を信じているわけではない。
梅ケ谷などは、オカルト現象はほとんど信じていないが、空想科学を楽しむ感覚でこのサークルに所属している。
枇杷野、図所、私の三人は、怪し気なテレビや雑誌、本などの九割九分がデタラメだとは分かっているが、ロマンチズムとして本当のこともあったらいいな、といった感覚で研究している。
そして、夢の中で宇宙や霊界との交信をしていると、自称し、怪し気なテレビや雑誌の半分は真実であると主張しているのが南陵であった。
「そんで、今回はこれを使う」
そうして取り出したのがウィジャボードだったのだ。
「はい、質問」
「はい、梅ケ谷。発言を許可する」
梅ケ谷はその大きな体を動かし、板をしげしげと眺めた。
というかまた太ったんじゃないだろうか。彼女がでたら、痩せるかと思ったが、そうでもないようだ。
「何をするのか知りませんが、京都らしくコックリさんの方がええんちゃいます?あまり詳しくはないですけど似たようなもんでしょうし、そちらのほうが安上がりだったんじゃないですか」
「ほう、つまりウィジャボードについての歴史を聞きたいと?」
「いや、いいです」
「ウィジャボードおよびコックリさんは共にテーブル・ターニングという交霊術を元としている。その起源はわかっていないが、十五世紀にレオナルドダヴィンチがテーブル・タイニングを行っていた記述があったため、それより以前からあったということだ。そのお手軽さから最も簡単な交霊術の一つとされるる。かのアーサー・コナン・ドイルなんかも晩年はオカルト関係に嵌ってたから、テーブル・タイニングをやってたらしいわな。
さてこのウィジャボードやけど、やり方は簡単。木版を複数人で取り囲み、その上にハート型の木片、指示盤を置き、みんなで手で押さえる。『コックリさん、コックリさん』みたいな呪文はあったりなかったりするけど、今回はまあ質問だけでええやろ。そしてしばらく待ってたら木片が動き出して、アルファベットや数字を辿り、メッセージを霊から聞きだす、というのがこのウィジャボードの用途やね。
科学的な根拠としては、術者が、自分がそうであってほしい言葉を選んで無意識の内に筋肉が疲労し手を動かしている、というのが一般的。しかし、あたしの意見としてはこういう無意識ってのはまだまだわかってないことが多いから、昔から霊的なものとの密接な関係が強い。
さて。なんでコックリさんやなくて、ウィジャボードを使用をするのかというと、こういう儀式的な物はやっぱり手間をかけた方が効きやすくなる。十円玉と紙さえあればできるコックリさんと、木の板であるウィジャボードでは豪華さが違うわな。そして今回は市販のもんやなくて、手作りの盤を使う」
私は「失礼」といいながら盤に触った。たしかに市販のもにしてはクオリティの低さが目立つ。手彫りで文字を書き、そこに墨で色を付けてある。
「ほー、大したもんですねー」
梅ケ谷が素直にそう言った。皮肉っぽく聞こえるのは京都弁の訛りの性質ゆえである。
南陵は「そうだろう、そうだろう」とでも言いたげに首を縦に振った。
「もうちょっと詳しいことは会長のほうが詳しいと思うけど。できたら補足してよ会長。会長……?寝とる……。こんなんで就活の面接で『私はミステリー倶楽部と言う名のサークルで会長を務めていました。そこで人を纏めることを学びました』とか言うんやと思うと若干腹立って来た……。
まあええわ。さて、最初に行った旅そのものが交霊術となる、の意味やけど、これを見てみ」
そういって彼女は日本地図を広げた。赤のサインペンで至る所に印をつけてある。
「これは日本中のパワースポットに印をつけてある。そしてそれぞれの場所にアルファベットや数字を割り振り、ウィジャボードで出た文字の位置にそれぞれ合宿へ行くんや」
「それぞれ?」梅ケ谷は嫌な予感がする、というような顔で汗を垂らした。
「そうぞれ。それぞれの部員で別々のパワースポットへ旅に出る。これは日本列島を盤に見立てたテーブル・ターニングといってもええかもしれへんな。絶対何かおきるで」
したり顔で彼女は仲間たちを見回す。皆は少し唖然としていた。
恐る恐る梅ケ谷は手を挙げる「その、それを思いついたきっかけは?」
「夢かな」
「ゆめか~」
「いやいや、夢を侮っちゃあかんよ。どっかの物理学者のなんとかの賞を取った人も夢がきっかけで何とかの発見したらしいし」
「曖昧ですね~」
「面白いじゃないか」
今まで話に参加しようともしいなかったほうから声がかかる。皆は一斉にそちらを向いた。
「あ、会長。起きとったんかい」
「中々ない発想だ。いつも頓珍漢なことを言っている南陵ならでわといったところか」
「いや~、会長にそんな褒められてもなんも出んよ~」
「昼飯奢ってくれ」
「それは無理」
■ ■ ■
こうして我々は各所のパワースポットに合宿へ行くことになった。私と梅ケ谷が反対し、南陵、枇杷野、図所が賛成したため、多数決により決定した。とはいっても予算の都合で、あまり遠くの場所には文字を割り振らなかったが。
まさかこの交霊術が原因だというのか。約束通り、ちゃんと白山にも行ったが、ほんのお遊びのようなものだと思っていた。
私は必死に白山での出来事を思い出そうとする。
しかしそれは霞がかかったように曖昧だった。舌打ちをし、テーブルの前に立つ。そして余部が先ほど言った言葉を思い出す。
「あなたは誘われているんです」
私は瞼を閉じた「上等だ」
普通に考えれば私が次にすべきことは、梅ケ谷の両親にでも連絡をとることだろう。
しかし、私はウィジャボードの上に指示盤を乗せた。
「答えろ、どこへ行けば答えが見つかる?」
ウィジャボードもコックリさん同様一人でやっては霊に憑かれるという言い伝えがある。だかろこそだ。あえて相手のペースに乗る。
すぐに指示盤が動き出した。思っていたより滑らかな動きだった。とても自身の無意識下の行動とは思えない。
『s』
『k』
『u』
『l』
『l』
『sukull』
知っている単語だが、合っているのか不安だったので辞書を開いた。
『skull 意味:髑髏、骸骨、されこうべ』
再び私は盤に手を置いた。
「これは、皆はすでに死んでいるという意味か?」
『No』
「つまりこれが場所を現しているんだな?」
『Yes』
「もっと分かりやすくできないのか?」
反応はない。
私はしかたなく、本棚から地図を取り出し確認する。
日本地図。近畿周辺の地図。皆が行ったパワースポットの場所の周辺の地図。そして京都の地図。
髑髏に関係する地名は多々ある。しかし髑髏そのものが地名をさしているのなら……。
なるほど。ここか。
私は京都市の地図のある一角を指さした。
盤に確認を取ってみたが、反応はなかった。
◇ ◇ ◇
バス停の清水道と五条坂の間のあたりには、東山区役所がある。その裏側から少し進んだ場所。
そこに轆轤町がある。観光地からは若干離れるが、木造の古い家々がちらほら残っている。
ろくろ町と聞いて連想するのは陶芸に使う回転する器械、つまりは焼き物作りがかつて盛んであった、とのようなことだろう。しかしながら轆轤町の語源はそうではない。
轆轤町には二つの寺があり、うち一つが西福寺という。その西福寺の角はこの世とあの世の境とされていた。そこから東、かつては鳥辺野と呼ばれる葬送の地だったが、平安前期には葬送といっても、死骸を野に投げるだけで、火葬どころか土葬でさえもなかった。
中には鳥辺野まで運ぶのが面倒で、鴨川に投げ込む輩も多く、川の河原は死骸だらけだった。
故にその場所はかつて髑髏町と呼ばれていた。
しかしながら江戸時代、町も整備され、治安を当時よりははるかに良くなっていた。こうして、髑髏町では縁起が悪いため轆轤町に改名されたのであった。
と、いう説が有力である。
『そいつ』を見つけるのは驚くほど簡単であった。轆轤町は広くない。徒歩で数分あれば、町のすべての家を見つけられるだろう。
少し日が落ちてきているが、逢魔が時には少し早い。
そいつは、西福寺の角――六道の辻という――に立っていた。私を待っていたようにじっと佇んでいた。それでいて初めからそこにいたかのように。
昨日見た小人ではない。大きさは高さが私の倍くらいだろうか。
一目みて思ったことは
「黒い」
ということだった。
体の形は人間に近しいだろうか。体全体が闇をヒトの形にくり抜いたように黒く、それでいて大きな存在感を醸し出していた。
戦場に置いて黒は逆に目立つ、だから迷彩服は緑だったり灰色だったりするのだが、そいつも黒であるが故に、目立つナリをしている。
手、足が異常に長く、風が吹けば倒れるかと思うほど細い現にゆらゆらと体を揺らしていた。。
「お前が私を呼んだのか?」
返事を期待せず私は言った。
反応はなかったが、目の前のものはただじっと暗闇の奥から私を見ているように思えた。そして私の言葉を理解しているようにも。
鞄の中からウィジャボードを取り出す。
「再度聞く。お前が私を呼んだのか?」
指示盤が振るえ、自動的に文字盤上を動きだした。そして『Yes』の位置にて止まる。
「炊飯器を盗んだのはお前の仲間か?」
『Yes』
「サークルのメンバーが失踪したのもお前らが原因か?」
『Yes』
目の前の影を見ると今度は上下に揺れていた。
「もし仮に我々が悪いのだとしたら、謝罪、及び償いを受け入れる気はあるのか?」
『No』
「そもそも我々が悪いのか?」
指示盤はYesとNoの間で揺れていた。
目の前の影を見るととくに変化はない。ただあざ笑っているようにも見える。
あたりを見回すが人が通りかかる気配はない。
「では最後の質問だ。香澄子姉さんが泣いている原因はお前らか?」
指示盤は一瞬迷ったそぶりを見せた。その時の答えだけえらく時間がかかった。
一分二分。日の光に薄暗さが見て取れた。
まるで時間稼ぎをしているようにも見える。
やがて、指示盤はもったいぶるようにアルファベットの文字列の上を進む。
そしてついには動きを止めた。指示盤がさしていたのは……。
『Yes』
「なるほど」
私はワイジャーボードを地面に置く。そして鞄から護身用のメリケンサックを手に嵌めた。次に護身用のチェーンを取り出し、そして護身用のスタンガンを取り出した。
「こういう交霊術の失敗ってのは自業自得の場合も多々ある。今回がそうなのかはまだわからない。しかし、最後の質問の答えが『Yes』だと言うのならば」
香澄子に貰った御守を手に握りしめ、腰を落とし、拳を目の前の影に向ける。
「お前は私の敵だ」
靴のつま先が、アスファルトの地面を強く蹴った。
※轆轤町は現在は普通の町です