カシテプリズ
カシテとプリズは、村の小高い丘に、二軒続く隣同士の家に住む幼馴染です。二人はプリズのおばあさんと3人で仲良く暮らしていました。
カシテはおしゃまな女の子。プリズは優しい男の子。
二人はいつも一緒に遊んでいます。
「プリズ、それ貸して」
二人が玩具の積木で遊んでいると、カシテはいつもそう言って、プリズの玩具をねだります。それに対してプリズはニコニコと微笑みながら、
「どうぞ」
と自分の積木を渡します。
カシテはいつも、人の持っているものが欲しくなってしまいます。
だから、いつも「貸して」とねだるのです。そして貸してもらえないと、酷い癇癪を起すので、二人の面倒を見ていたプリズのおばあさんは、この子はどんな大人になってしまうのだろう、と心配しました。
一方、プリズはいつも優しい子で、わがままなカシテが何をお願いしても、カシテに貸してあげるのでした。
そんな二人を見ていた、プリズのおばあさんは、二人に言います。
「カシテ、なんでもかんでも人の物を欲しがってはいけないよ。それはどんなに借りても人の物。いつかは必ず返さなくてはいけないもの。自分の物には決してならないのだからね」
カシテはおばあさんの言葉を笑います。
「必ず返すから大丈夫!」
だけど、おばあさんは知っていました。カシテの部屋にはプリズから借りたもので溢れていたのです。
おばあさんはプリズにも言います。
「プリズ、なんでもかんでも、人に物を貸してはいけないよ。それは本当はお前の物だということを決して忘れてはいけないよ」
「大丈夫だよ、おばあさん。「貸して」って言われたから貸すだけなんだから」
ニコニコと微笑んで言い返すプリズを、おばあさんは少し困った顔で見ていました。
ある日、カシテとプリズがいつものように、村の端にある林檎の樹の下で遊んでいると、一人の旅人が横を通りがかりました。馬に乗って現れた男は、カシテとプリズを見ると言います。
「僕も遊びたい。一緒に遊んでもいいだろうか?」
2人は綺麗な男の人を一目見て気に入りましたので、3人で遊ぶことになりました。
男は金色の髪に青い瞳の、とても綺麗な人でした。
そして、カシテとプリズが見たことのない綺麗な服を着ていました。カシテはキラキラした男の、胸元についている金色の薔薇のブローチが一目で気に入りました。
カシテは男に言います。
「そのブローチを貸して! とても綺麗だからつけてみたいわ」
男はニコニコとしながら、
「貸してもいいけど、これは僕の大事なものだから、決してなくしてはいけない」
と言いました。カシテはいつもプリズに言うように、
「大丈夫、必ず返すわ!」
と言って、そのブローチを借りました。
金色の薔薇はカシテの服の胸元につけてもらいました。
カシテはキラキラとお日様の光を浴びて光る金の薔薇がとても気に入りました。
プリズはニコニコとしながら、そんなカシテをみています。
プリズは、カシテが笑っている顔が一番好きだからです。
三人は仲良く夕暮れ時まで遊びました。
男は
「それでは僕はそろそろ帰ろう」
と言うと、立ち上がります。
「また遊んでね」
カシテがそう言うと、男は笑って答えます。
「いいだろう、また遊んであげよう」
男が去った後、カシテは自分の胸にブローチが残っていることに気づきました。プリズが
「まだ宿にいるだろうから返しにいこうよ」
と言うと、カシテは笑って答えます。
「あら、返してって言わなかったあの人が悪いのよ。これは私のもの」
カシテはそのまま金の薔薇のブローチを、家に持ち帰ってしまいました。
翌日、プリズはこっそり村で唯一の宿に行きましたが、そこには男はいませんでした。
やがて二人を大切に育てていたおばあさんが儚く天国に召されてしまいました。丘の上に二軒並ぶ家に三人で仲良く暮らしていたカシテとプリズは、二人きりになってしまいました。
二人は、隣同士のお家だから怖くないと、一緒に支え合って生きていくことにしました。
ですが、いつまでも人に物をねだってばかりいたカシテは、人に借りた物を返さない女の子に育ってしまったので、村の皆から嫌われていました。
一方、プリズは誰にでも物を貸してしまうので、村一番の貧乏になってしまい、誰もお嫁さんになってくれそうにありませんでした。
二人にはお互いしかいませんでしが、他の誰が貸してくれなくなっても、何でも貸してくれるプリズを、カシテは大好きでしたし、プリズも、村一番の貧乏になってもずっと隣にいてくれるカシテが大好きでした。
「プリズ、お金を貸して。新しい服が欲しいの」
ニコニコとそう言ってねだるカシテに、プリズはせっかく頑張って貯めたお金さえも貸してしまいます。返してもらえることはないのに。
だからプリズはいつもお昼ご飯を買えなくて、お腹がペコペコでした。
ある日、村に立派な馬車がやってきました。それは世界の果てにいるという偉大な魔法使いの馬車でした。
その馬車に乗っているのは、トッテンハッペンホマイマーという偉大な魔法使いの息子で、今では世界で二番目に立派な魔法使いのグルハマグリズマでした。
グルハマグリズマは馬車から降りると言います。
「昔、この村に立ち寄った時、僕が貸した金の薔薇のブローチを返してもらいにきた」
村の人たちはグルハマグリズマがとても強い魔法使いだと知っていたので、とても驚き、誰がグルハマグリズマの金の薔薇のブローチを借りたのか探しました。
借りた人間はすぐに見つかりました。
そうです、この村で一番人に物を借りる女の子、カシテです。
そして、一度も物を返さない女の子でもある、カシテです。
カシテは皆に問い詰められて、慌てて部屋の中を探しました。
机の中も、ベッドの下も探しました。
だけど、どこにも金のブローチは見つかりません。
「ごめんなさい、あなたのブローチ、なくしてしまったの。でも、あなたが悪いのよ。ずっと放っておくんですもの」
カシテは、自分は悪くないと言いました。
グルハマグリズマは笑います。
「カシテ。僕は君に言ったよ。貸してあげると。但し、貸すだけで僕はそれを君にあげるとは言ってない。人から借りた物を大事にとっておけない君は、自分が物にならないと分からないのだろう。君は暫く井戸の桶になればいいよ」
そう言うとグルハマグリズマは杖を振りました。
すると、カシテは裏井戸の桶になってしまいました。
グルハマグリズマはそれを見てから、
「それではまた、思い出したらこの町に来よう」
と言うと帰って行きました。
村の人間は、カシテが井戸の桶になったことを知りません。
勿論、一番仲の良かったプリズも知らないことです。
プリズは仲良しのカシテが突然消えてしまいとても悲しみました。
それからしばらくしたある日のこと、とても風の強い晩がありました。その強い風のせいで、村中の井戸の桶が壊れてしまいました。
ただ、カシテだけは壊れたら堪らないと思い、井戸の奥底に隠れていて無事でした。
カシテとプリズの家でしか使わなかった桶は、その日から村の皆が必要になりました。
「プリズ、桶を貸して欲しい」
そう言われると、プリズはニコニコとしながら、「いいよ、どうぞ」とカシテの桶を貸しました。
カシテは朝から晩まで、村中の井戸の水を汲みました。真冬の井戸の水は冷たく、いくら桶になってしまったとはいえ、それは大変辛いことでした。
しかも、プリズはすぐに貸してしまうので、皆はプリズの桶だと分かっていても、雑に桶を扱います。
井戸に放り込まれるたびに、ガンガンと身体を井戸の内側にぶつけられ、桶であるカシテは堪りません。
「プリズ、やめて。私を貸したりしないで。
皆、借りた物なのに、とても乱雑に私を扱うの」
カシテは泣きながらプリズに訴えます。
だけど、プリズには桶になったカシテの声は聞こえません。
カシテは朝から晩まで、井戸の水を汲みすぎて、ある日とうとう壊れてしまいました。半分に割れてしまったのです。
「ごめんよ、プリズ。借りたけど、壊れてしまったよ」
そう言われたとき、プリズはそれでも「いいよいいよ」と答えました。
村では殆どの人が新しい桶を買っていたので、誰も困りませんでした。困ったのは、桶を新しく買うお金もないプリズだけです。
プリズは水を飲めなくなってしまったのです。
壊れてしまった桶のカシテは、日に日に水を飲めなくなって弱っていくプリズを見ているだけでした。
「どうしよう、このままではプリズが死んでしまう」
カシテは泣きながらプリズに言います。
「ああ、プリズ。どうして私を貸してしまったの?」
既に死にかけていたプリズは、天国が近くなっていたので、カシテの声が聞こえていました。
「ああ、カシテ。だって皆、「貸して」と言うんだもの」
「自分の大切な物まで貸しちゃ駄目よ。あなた、死んでしまう」
「そうだね。貸したら返ってこないこともあるって、僕は分かっていたはずなのにね」
そう言われたとき、カシテは自分の部屋に転がる、たくさんのプリズの宝物を思い出しました。
借りた物を大切に出来ない。
きちんと返さない。
それがどんなに、貸してくれた相手に酷いことなのか理解したのです。
「ごめんなさい、ごめんなさい。今度からきちんと返すから。
ごめんなさい、ごめんなさい、誰かプリズを助けて」
だけど、桶のカシテの声は誰にも届きません。
カシテは泣きながら井戸の中に飛び込みました。
二つに割れた身体では水を汲むことも出来ませんが、一滴の雫だけでもプリズに飲ませたかったのです。
一方、プリズは自分のベッドの中で、静かに枯れていきます。
「ああ、僕はもっと自分の物を大切にしなければいけなかったんだね」
水が飲めれば少しは元気になれるのに、プリズの家には水を汲む為の桶がありません。
自分にとって大切なものまでを貸してしまったら、それはとても困ることになると理解したのです。
だけど、全ては遅いこと。
プリズは水が飲めなくて、そのまま死んでしまうことになりそうです。
──その時でした。
井戸の底にいたカシテは、その水底に、金の薔薇のブローチを見つけたのです。
それは昔、井戸に水を汲みにいったカシテが、桶に引っ掛けて落としてしまったものでした。カシテはそれを忘れていたのです。
カシテは叫びます。
「グルハマグリズマ! グルハマグリズマ!
借りた物を返します! だから私を元に戻して! お願い、グルハマグリズマ!」
その瞬間、空に大きな虹がかかりました。
その虹を渡って、世界で二番目に強い魔法使いのグルハマグリズマが現れました。
「それは僕のブローチだ。約束通り、返してもらうよ」
そう言うと、グルハマグリズマは井戸の底から金の薔薇のブローチを魔法ですくい上げ、それと同時に壊れた桶のカシテも、きちんとした人間に戻してあげました。
「なくなった井戸の桶の代わりに、銀色の桶をあげよう」
グルハマグリズマが杖を降ると、井戸に銀色の桶がつきました。
カシテは「ありがとう!」とグルハマグリズマにお礼を言うと、急いでその桶で井戸水を汲み、ベッドで寝ているプリズに運んでいきました。
魔法の銀色桶で汲んだ水は魔法の水だったので、すぐにプリズは元気になりました。
元気になったプリズは、カシテが側にいたので、とても喜びました。
「ごめんなさい、プリズ。今まで何でもプリズの物を借りていて。これからはそんなことしないから」
「ありがとう、カシテ。僕も何でも人に貸してしまうことは止したよ。だって、返してもらえないことがこんなに困るなんて思いもしなかった」
二人はお互いに抱きしめあって、再会を喜びました。
そんな二人を見ていた大魔法使いグルハマグリズマが、カシテに聞きます。
「カシテ、またこの金の薔薇のブローチを貸してあげようか?」
カシテは首を横に振ります。
「だってそれはあなたの大切なものなんでしょう?
もう、二度と人の大切なものを無闇に借りたりしないわ」
グルハマグリズマは今度はプリズに聞きます。
「素直なカシテはとても可愛いから、僕の旅に連れて行きたいな。プリズ、カシテを貸してくれるかい?」
プリズはグルハマグリズマに向かって言い返します。
「人間は貸したりできないよ。それにカシテは僕の命の恩人だし、僕の側にずっといてくれた大切な人だから、貸してあげられません。ごめんなさい」
大魔法使いグルハマグリズマは深く頷くと言います。
「そうだね。君たちのおばあ様が君たちに言いたかったのは、そういうことなんだよ」
「グルハマグリズマはおばあちゃんを知っているの?」
カシテが不思議そうに問いかけると、グルハマグリズマは少しだけ寂しそうに笑って、
「僕にこのブローチをくれたのは君たちのおばあ様なんだよ」
と言いました。
そう言えば、魔法使いは普通の人間より、ずっと長生きだと聞いたことのあった二人は、それ以上、グルハマグリズマには何も聞きませんでした。
「それでは大切なものを返してもらったから、僕は帰るね」
グルハマグリズマはそう言うと、また虹を歩いてどこかへと帰って行きました。
銀色の桶で汲んだ水は、万病を治す不思議な水になったので、村の人たちは、プリズにまたその桶を借りにいきました。
大切なものは貸さないと言っていたプリズですが、銀色の桶は、いつ言われても貸してあげました。
だってプリズにとって本当になくしては困る物は、他にあったからです。
また、カシテは村の人に借りていたものを、謝りながら返していきました。
その中には、当に無くして返せない物もありましたが、カシテは相手が許してくれるまで、心を込めて謝りました。
やがて、カシテが借りなくなったことにより、少しずつお金を貯めることが出来るようになったプリズは、村一番の貧乏ではなくなって、普通の人と同じくらいのご飯が食べられるようになりました。
「カシテ、一緒に暮らしてくれる?」
「プリズ、一緒に暮らしましょう」
二人は、小高い丘の上にある二つの家を一つに繋げて、結婚しました。
銀色の桶は、それを見届けるかのように壊れてしまいましたが、村の人にいつも親切だったプリズとカシテの家は、皆に優しくしてもらって、幸せに暮らしたそうです。
おしまい